思わぬ援軍
「きてるにゃ! なんか撃ってくるにゃ!」
「フィリア、盾!」
怪物たちは飛行能力を持っている。
速度はそこまでではないものの、空を飛んで攻撃をしてくるだけで厄介だ。
手の平から放たれる白い光の槍は幸いそこまで威力がない。
「みんなを守って!」
車が通り過ぎた地面から生えた暖かい光の盾が、飛んでくる光槍を弾く。
リクエスト通り高めに生成された盾はちゃんと射線を遮っている。
「フィリア、完璧」
「そ、そうかな」
「頼りになるー」
「そのまま頼むにゃ!」
そういえば前に両足を地面についてる必要があるって言ってたけど、車に乗ってる状態でも接地してる判定になるようだ。
地続きであればいいのかな、余計なこと言って集中を乱さないようにしよう。
「アリス、このまま入口まで戻るの!?」
「押さえられてる気がする……」
スマホを見ると時刻は22時、外と精霊領域内がおおよそ同期してるのは404アパートでも確認している。
夜明けまではまだ余裕があるけど……。
ブラウニーは機敏なハンドルさばきで街を駆け抜け、入口……仮称『駅』へ向かう。
仮に封鎖されているとしても、突破できるか?
『派手に暴れているのは誰でちか!?』
走行中、妙な口調の声が聞こえた。
合成音声じみた子供の声だった。
カーラジオ……じゃない。
玩具の無線みたいなものがついてる。
手を伸ばしてマイクらしき部分を取った。
「こちらC022ウェスタン、侵入者から逃走中。どうぞ」
「アリス……」
いや、ふざけてるんじゃなくて管理番号がハンドルの真ん中に書かれて……ブラウニーがその体勢だと見えない。
『なんで子供が街にいるんでちか! まさか攫われて!? あああ、もう! あいつら好き勝手に!』
「手に余るので一度撤退して、以前変な鳥騒動の時にあった出入り口をこじ開けて援軍を送るつもりだった。どうぞ」
『変な鳥って……なんであの汚泥を知ってるでちか? 学院の生徒でちか?』
「こっちは全員学院の生徒。これもしかしてどうぞいらない? どうぞ」
『これは双方向通信機でち。無線のことを知ってるってことはテラからの落人でちか?』
「そんなところ」
双方向だったのかよ……今まで言った「どうぞ」を返して欲しい。
相手が一体何か知らないけど、地球から人間がやってくるみたいな事例はあるらしい。
『こっちに来たら守ってやれるでち、ステーションじゃなくて中央の建物に……待つでち、さっき入口をこじ開けるって言ったでちか?』
「シラタマ! フリーズランサーセット! ファイア!」
「チ゛ュリ゛リ゛リ゛リ゛!!」
「敵に攻撃しながら髪の毛ひっぱらないで」
中々状況がカオスになってきた。
まだ少し余力のあるシラタマに敵を牽制してもらいつつ、取り落とした無線の通信機を手に取る。
『その声、そこにバカ雪鳥がいるでちか?』
「雪の精霊神なら頭の上でキレてるけど……え、着火が気に入らなくて機嫌悪かったの?」
ていうかバカ雪鳥って。
「チュピピピチュルルル」
『ようやく誰だかわかったでちよ! おまえがついていて何でその子がピンチになってるでちか!』
「ヂュルルルルル!」
『うるさいのはおまえでち! おまえが火のバカと大喧嘩して大陸を沈めたせいで、地上で大きな力を使えない決まりが出来たの忘れたでちか!? 本来ならこんな汚泥すぐ片付けられるのに、コツコツ掃除するはめになってるでち!』
なんか気になる情報が出てくるんだけど、今は気にしてる場合じゃない。
「とりあえずどうすればいいの」
『ステーション近辺に潜伏していてほしいでち、すぐに援軍を送るでち。怪我してる子がいても安心するでちよ。このラフィ・ロールが治してあげるでち』
「チュルル」
『アピールじゃないでち! おまえが不甲斐ないから僕が手助けするはめになってるって反省するでち! これじゃ海原の王に任せた方がマシだったんじゃないでちか!?』
「ヂュリリリリ!!」
「喧嘩しないの」
シラタマは知り合いが多いなぁ……という現実逃避をする暇もなく、なんとも言い難い視線が送られている事に気づいた。
ずっと前から気付いていた、本当は。
「アリス……」
「これぼく関係なくない?」
雪の精霊神と推定玩具の精霊の喧嘩までぼくが原因にされたら困る。
■
十分に距離を離したところでリンクルについてきた怪物2体を両断して貰い、他のやつらに見つかる前に近場の建物に身を隠すことにした。
適当な建物の庭に車を滑り込ませて駐車し、錬成で玄関の鍵を開けて忍び込む。
外観は可愛らしくリフォームされているが、中身は以前見たのと同じ近代的な家だ。
駐車時にはちゃんと壁にぶつかった。
「ありがとうリンクル……その、すごく助かったよ」
「――――」
幻体の力を使い切ったリンクルが、ミリーの胸元に嬉しそうに頬ずりをして消えていく。
「アリスちゃんたちもありがとう、特訓の成果が出せたかな」
「今日は頼りになった感じ」
「そうだにゃ」
守られるだけのなにも出来ない立場から、精霊術師としてそれなりに戦えた。
そんな自信がミリーの表情に現れていた。
「少し身体を休めよう」
武器のチェックや装備の再分配とか、やるべきことはある。
「さっきの声のやつ、信用できるにゃ?」
「ロールシリーズ……みんながアクアルーンで会ったのと同じ、マイクの兄弟みたいなものだよ。少なくとも敵にはならないと思う」
できれば近くに戦っていたぬいぐるみが居るのが理想だったけど、結果的に援軍がくるのなら問題ない。
「ねぇ、今のうちに入口に戻ることって出来ないかな」
「相手の反応を見る限り、どうだろう」
相手はぼくとスフィのことを把握している様子だった。
昼間は完全にスルーしていたことから、正面切って護衛から奪えるとは思っていないのだろう。
最初はここを押さえることに専念し、鎮圧直後で意識が学院に集中している間にぼくたちを狙った。
あからさまにぼくたちを狙った傭兵くずれみたいなのは陽動のための捨て駒か。
カルト目的のコスト度外視な動きに見えるけど、戦略として見れば合理的ではある。
「一番速度のある細身のやつが追って来なかったのが気になる。先回りして待ち構えているかも」
「アリス、ゴブリンにゃ!」
「は?」
ノーチェが刀を手に窓を睨む。
ぼくたちも姿勢を低くして窓に近づき、外を見た。
……汚い腰巻きのゴブリンが、棍棒を手に歩き回っている。
「な、なんでこんなところに魔獣がいるの?」
「……呼び寄せの石だ」
そういえば物資として呼び寄せの石を運び込んでいたな。
幻獣は戦力として当てにならないが、ただ暴れさせる捨て駒には丁度いい。
「広い街でぼくたちを探すには時間が足りないとみたか」
あいつらも時間に余裕はないみたいだ。
「どういうこと?」
「ゴブリンは嗅覚が鋭いし、仲間の血の匂いに反応して集まってくる習性がある。自然個体なら危険を察知してむしろ距離を取って偵察するんだけど……幻獣召喚はその生物の特徴だけを取り出すから、習性通りに動く。あとは子供の雌の匂いを嗅ぎつけてくる可能性も高い」
通常の成長期間を経ることで、血の匂いに反応する習性を危険察知の方法に利用する。
消えると言っても倒された死体から魔力が抜けきるまで数分から数十分、血の匂いも含めたリアルな痕跡が残る。
今回はその習性を広域探知に利用したのか。
「そういえば幻獣探知法って、戦術の授業で習ったような」
「あ、たしか昔の戦争で使われたやつ」
「空中に陣取れるから出来る戦法だと思うけど……」
地上に居たら召喚者側も攻撃されてぐだぐだになる。
怪物たちが飛行能力を有しているから出来るのだ。
空飛べるのずるいな……ぼくも飛べたわ。
「……まずい、家の戸締まりは?」
「玄関は閉めたにゃ」
ガタンと勝手口の方から音がする。
一般的な住宅の出入り口はひとつではない。
「しゃあない、精霊さんチームは温存! ノーチェたちにまかせる、できれば血の出ない方法で倒して」
「任されたにゃ!」
ノーチェが室内で刀を抜いて構える。
「ゲヒッ、ゲヒッ、ギャヒ!」
少ししてキッチンに続く廊下の奥から姿を現したのは2体のゴブリン。
ぼくたちを見たゴブリンたちが爛々とした目を見開き、舌なめずりをしながら走ってこようとして……。
「ゲッ」
「ギャア! ギャア!」
「ギギギイ!」
廊下を走る途中で肩がぶつかって、その場で殴り合いの喧嘩をはじめた。
ゴブリン……もうABでいいや。
AがBの首に噛みついたものの、Bは手にする棍棒でAの頭をかち割る。
無理矢理Aを引き剥がしたB。
悪臭のする濁った血を大量に零しながら、こっちに近付いてこようとする。
しかし歩きだしてすぐ廊下に倒れ込んだ。
まだ心臓は動いてるから急性失血による貧血だな。
放っといても死ぬ。
「…………」
なんとも言えない表情でノーチェがぼくを見てくる。
「戦力としては使えないって言ったじゃん」
素のゴブリンなんてこんなものだ。
それよりも見事に大量出血されてしまった。
「うぅぅぅ、くしゃい!」
「酷い匂いだ……」
「生き物としてはまっさらな状態なのにね……」
悪臭に鼻を押さえたスフィが涙目になっている。
ゴブリンは臭いものというイメージが集約されているせいか、長年の汚れが蓄積した本物よりも匂いが酷い。
「幸い家の中だからすぐに外に漏れるってことはないかもしれないけど……離れようか」
「賛成!」
見事に追い立てられる形になってしまったな、ちくしょう。
「アリス、あの走るやつは?」
「今必要なのは長距離の移動じゃなく短距離の潜伏移動、小回りが利かないアレは不利」
「先に出るにゃ!」
「あ、スフィも!」
玄関を開けて飛び出したノーチェとスフィ、程なくしてゴブリンの悲鳴が聞こえる。
後を追いかけて外に出ると、ふたりは近くにいたゴブリンを鞘に入ったままの武器で倒していた。ナイスだ。
「チュルル?」
「ぼくたちは温存。ガードはフィリアに……」
そういったところで、覚悟を決めたような表情でミリーが護身用の長剣を握りしめた。
「魔力もないし、私も戦うよ。ふたりみたいには無理だけど、ゴブリンくらいなら」
「わかった、お願い」
「うん」
ガードはフィリアとミリーに任せ、ぼくは地面を泳ぐフカヒレに引っ張ってもらって移動する。
「なんかフォーリンゲンを思い出すにゃ!」
「いまは余裕だもんね!」
スフィとノーチェは鞘に入ったまま確実にゴブリンを仕留めていく。
出血は最小限で動きも危なげがない。
「はっ、たあ!」
ミリーも意外……というと失礼か。
落ち着いた太刀筋でゴブリンを捌いている。
将来的には魔法剣士スタイルになりそうだ。
フィリアも今回は覚悟できているからか、戦闘でも臆さずに前に立つ。
盾とメイスでゴブリン程度なら問題なく倒せている。
「アリス、どこいくにゃ?」
「入口……ステーションまで出来るだけ近付いておきたい」
「わかったにゃ!」
ノーチェが先導し、ぼくたちもそれに続く。
ステーションの近くにある大きな建物を目印に、危なげなく進んでいった。
「わしらの出番はなさそうじゃな……」
「そうでもない」
基本的に守られているだけのぼくたちは暇だけど、ステーションが近づくとそうも言っていられない。
指で上空を示すと、そちらを見たシャオがしっぽの毛を逆立てた。
「空からきてるのじゃ!」
「ぼくらの担当はあれだよ」
2体の怪物がこっちに気付いて空を飛んでやってくる。
残数は不明ながら距離の関係で相手側は逐次投入状態。
落とせるうちに落としておく。
「シラタマ、砲弾準備! ワラビは軌道修正、合図をしたらブラウは空へ殴り飛ばして、当てようとしないでいい。『錬成』」
シラタマが作って空中で保持する大きめの氷柱に、錬成で亀裂を入れていく。
「方角、誤差修正。そこ、上方向斜め、ブラウなぐって!」
「…………!」
ブラウが氷柱の底部にあたる部分にアッパーカットのような打撃をいれる。
殴られた底部の氷柱はあらぬ方向に飛んでいったが、予め砕けやすく亀裂を入れてある。
衝撃の余波を受けた氷塊は砲弾のように飛んでいく。
「ワラビ!」
「――――」
チリリンと音を鳴らし、ワラビが風を操って砲弾の軌道を弄る。
流石に大きく方向を変える事はできないけど、少しずらすくらいなら……。
「グオオオ!」
見事に砲弾の一部がぶつかった怪物が悲鳴をあげてよろける。
クリティカルとはいかないけど有効だ。
「有効性確認、誤差修正、第二射準備」
「ヂュルルル」
1回やってコツをつかんだ。
シラタマの氷をぼくが砲弾として成形する、ブラウが砲台役になって、ワラビが弾道を調整。
ブラウが当てられないなら、ぼくたちで当てるようにすればいい。
「名付けて、即席精霊多重砲」
「アリス! これ危ないのじゃ!!」
少しして、あらぬ方向に飛んでいった氷柱の底部があらぬ場所に落ちて来る。
これが懸念される最大のリスクだな。
消耗を節約できるいい方法だと思ったんだけど。
「ええい、シャルラート、トドメなのじゃ!」
「――!」
シャオの指示に応じたシャルラートが、水のレーザーを横に一閃して動きの止まった怪物たちを両断する。
「きゃあ!」
「スフィ! だいじょうぶにゃ!?」
悲鳴に振り返ると、スフィが受け身を取りながら道路を転がるのが見えた。
怪物が殴ったような姿勢のまま、更に腕を動かしてノーチェを殴る。
「くっ、はっ」
「ノーチェ!」
「大丈夫にゃ!」
ノーチェはしっかりと防御したようで、壁際まで転がりながらも立ち上がる。
「もう、痛い!」
「さっきよりやる気にゃ!」
「ふ、ふたりを守って!」
「フィリア、そこだとまずい、横に」
「う、うぬぅ」
咄嗟にフィリアがノーチェたちに近づき、光の盾を作る。
ノーチェに追撃をしようした怪物が盾に阻まれ、その隙をついてノーチェが雷を放った。
まずいな、フィリアが射線を遮ってしまっている。
ぼくもシャオも攻撃が出来ない。
「フィリア! アリスたちを守るにゃ! そこだと邪魔になってるにゃ!」
「え、え、わ」
「おちついて! スフィたち負けないから!」
「ご、ごめん!」
特訓と言っても個別特訓で、パーティ行動の練習は最近してなかったからなぁ……。
ノーチェに言われて自分の位置取りに気付いたのか、フィリアは慌てながらぼくとシャオの横に戻ってくる。
ミリーはスフィたちを気にしつつも、動かずにぼくたちの背中を守ってくれていた。
「ごめ、ごめんね」
「大丈夫、落ち着いて」
「気にしなくていいのじゃ、ゆくぞシャルラート!」
消耗が激しいけど、ここはシャオに任せた方がいいか。
シラタマの活躍は厄介そうなやつらまで温存しておきたい。
「スフィ、合わせるニャ!」
「うん!」
光の盾の効果が消えると同時に、スフィとノーチェが連続で怪物を斬りつけて、怯んだところで距離を取った。
それに合わせてシャオがシャルラートに声をかけようとする。
声が発せられるより前に、近くの建物の中から巨大な鉄輪が飛来した。
鉄輪は怪物の後頭部にぶつかり……。
「フィリア盾ぜんいんはよ!」
「ま、まもってぇ!」
「「うおおおお! 爆ぜろぉぉぉ!」」
男女ふたり分の掛け声に合わせて、2回の連続した爆発音をさせながら炎上する。
咄嗟の掛け声に反応してフィリアが全員の前に薄い盾を作り、爆風だけは何とか防げた。
怖いし熱いわ……!
「みんないるぞ! 無事かぁ!?」
「うおりゃあ!」
鉄輪に続いて同じ建物から飛び出したのは、リオーネとブラッド。
ブラッドが剣を手に上半身が焦げた怪物に斬りかかり、飛び上がって鉄輪をキャッチしたリオーネが、空中で身体を捻り怪物を鉄輪で殴りつける。
「うおお、こいつかってえええ!」
「ハアアアアアアア! 屠れ! 『エゼルリゼル』!」
手を押さえながら離れるブラッドに対して、リオーネは牙をむき出して鉄輪を振り回す。
まるで踊るような円を描くような動きで、遠心力の乗せられた鉄輪が怪物の身体に叩きつけられていく。
衝撃の度に爆発が起こり、数を重ねるたびに威力が増していく。
さしもの怪物も耐えていられたのは最初の数発、徐々に攻撃で体を揺らされるようになり、爆発で身体が浮かび上がる。
「ガアアアアアア!」
「グオオ……」
リオーネが咆哮をあげながら、体勢を崩した怪物の胴体に鉄輪を叩きつける。
轟音とともに爆炎が渦巻き、怪物の悲鳴ごと飲み込んで炭へと変えた。
「つ、つええ……」
「フウゥゥゥゥゥゥゥ……!」
炭の塊となった怪物を踏み砕き、全身から湯気を立ち上らせてリオーネが振り返る。
フィリアが小さな悲鳴をあげるのも仕方がない圧力を感じる。
「みんな、無事でよかったゾ!」
しかしそんな様子を見せたのは一瞬で、汗を流しながらリオーネはニカッと笑った。
……これは想定外だったけど、別のところから思わぬ援軍が現れた。




