激突
「それで、飛んでるアイツをどうやって落とすにゃ?」
ブラウニーの漕ぐ車で玩具の街を走り抜ける。
かなり速度が出ているようで、空を飛ぶ怪物が徐々に近付いてくる。
幸いなことに、魔術的なもので飛んでいるのか相手の速度は遅い。
「シャオ、シャルラートを呼んで」
「ぬぉ、出番じゃな? 出番なのじゃな!?」
何に喜んでるんだ。
「出番だよ。点じゃなくて面で、衝撃をぶち当てる感じで背中を狙ってって伝えて。風と雪のクッションで受け止める」
「よし、任せるのじゃ!」
シャオが詠唱をしている間に、ぼくもワラビとシラタマと打ち合わせをする。
ちょうど相談と詠唱が完了する頃に、車はいい感じの距離まで近付いていた。
「行こう」
「よし、ゆくぞシャルラート!」
「――――」
シャオの指示を受けてシャルラートが眼前にバスケットボールくらいの大きさの水球を作り出す。
しっかりと意図を汲んでくれているみたいだ。
やっぱり人と友好的な関係を築けている精霊は、このあたりの調整もちゃんとしてくれるのか。
「状況開始」
「いまじゃシャルラート!」
放たれた水球が凄まじい速度で飛んでいき、無防備に飛ぶ怪物の背中を直撃した。
怪物が体勢を崩し、抱えていた人間を放り出す。
「うわああああああああ!?」
あ、意識あったんだ。
「ふたりとも、やって!」
「チュリリ」
ちりりんと軽やかな鈴の音とともに風が集まり、ミリーの落下速度が目に見えて落ちる。
目算で100メートルくらいからの自由落下、減速しても普人なら大怪我は避けられない。
そこにシラタマが円形の厚い雪のシートを作って浮かべる。
柔らかい粉雪を集めたものだ、1枚抜ける度に大きく減速していった。
想定通りに最後に道路に落ちたミリーは、何事かと周囲を見回す。
よし、無事だな。
「ミリー、リンクルだして!」
「え、アリスちゃん? え!?」
「はやく! はよ!」
困惑しながら詠唱するミリーのところまで車を飛ばしてもらう。
「わ、我が元へ……」
「乗せて!」
「急ぐにゃ!」
「こっち!」
スフィとノーチェが詠唱中のミリーのパジャマを掴んで車の内側へ引きずりこむ。
この状況でも詠唱をやめないとは、特訓の成果がちゃんと出てるな。
「き、きたれ盟友『リンクル』!」
「リンクル、空中のあいつに攻撃、なんでもいい!」
「――プゥ!」
唸り声みたいな声を出しながら、リンクルが出現と同時に空中の怪物に向かって蹴りを放つ。
耳鳴りがして、こちらを向きかけた怪物の身体が半分にちぎれかける。
凄まじい風圧か何かで攻撃されたのか、片足が遠くへ飛ばされていった。
「ブラウニー、迂回しながら戻って、リンクルとシャルラートは交互に追撃」
「――!」
「!!」
シャルラートは水のレーザーを、リンクルはブレイクダンスのような動きで蹴りを放つ。
怪物はなすすべもなく貫かれ、大きな刃で身体をバラバラに切り裂かれていく。
その隙にブラウニーがドリフトしながら横道に入った。
過剰攻撃だったかな?
「待ってリンクル、いきなり魔力使いすぎだよ! というかなんでアリスちゃんたちがここに!?」
「うぅ、シャルラートを取らないでほしいのじゃ……」
めんどくさくなったシャオのケアはシャルラートに任せつつ、周囲の音を探る。
「ブラウ、もう少し速度出せる? 少し遠回りして出入り口の方へ」
「…………」
こくんと頷いたブラウニーが車の速度を上げる。
最初は不安だったけど、なんだかんだでブラウニーは記憶の中でも上位に入るくらい運転が巧い。
駐車以外なら安心して任せられる。
「攻撃は気付かれてる、増援が来る前に離れよう」
派手に攻撃した時点で気付かれているとみるのが自然だ。
「シャルラートとリンクルは残り魔力どのくらい?」
「7割くらいじゃな、召喚はあと1回じゃ」
「リンクルは4割くらい……おれ……私の魔力も厳しいから、これ以上は」
「こっちはシラタマとワラビが9割ってところ」
精霊術は術者の魔力で編んだ幻体を精霊が操る術だ。
幻体の魔力が尽きるまでが活動時間で、主に力を使ったりダメージを受けるごとに魔力を消耗する。
精霊術師としてはミリーよりシャオのほうが実力が上のようだ。
「それより、助かったけどなんでみんながここに……」
「こっちのセリフにゃ、あたしらは奴等の裏の目的にきづいて、偵察にきたにゃ」
裏の目的に気付いて……まぁ、うん、間違ってはない。
「私はいきなり苦しくなって、起きたらあの怪物に口を押さえられてベッドから引きずり出されて……怖くて怖くて」
「うわぁ」
「同情するにゃ」
あのホラーゲームに出てきそうなクリーチャーにベッドから引きずり出されるとか、よく漏らさなかったなぁ。
「このまま殺されるかとおもったよ……みんなありがとう」
「ま、大したことしてないにゃ」
「えへへー」
取り敢えずは目的を達成できた。あとは脱出するだけなんだけど。
「そこですね!」
「きゃああ!?」
突然建物を飛び越えて細身のフードが進行方向に落ちてきた。
ブラウニーがハンドルを切って回避する。
長い棒を道路に突き立てながら、細身のフードが着地する。
「やれやれ、まさか」
「フリーズランサー、セット! ファイア!」
「ヂュリリリ!」
棒を引き抜いた細身のフードに向かって、無数の細い氷柱が放たれる。
男はそれを棒で払い、指笛を吹きながら凄い速さで走り出した。
獣人並の速さだ、強いな。
「そちらから来て頂けるとは好都合! 大人しく捕まりなさい!」
「しゃ、シャルラ……」
「だめ、シャオたちは温存」
敵はこいつだけじゃない。
あの場にいた要注意人物はこの細身と、ガタイの良いフードと、少年みたいな奴の3人。
雰囲気からしても幹部クラスだろう。
「止めてください、ブロッツォ!」
「ウオオオオ!」
先の路地からガタイの良いフードが飛び出してきた。
そいつは勢いのまま、握り込んだ拳で道路を叩きつける。
「『大地鳴動!』」
日本語、竜宮の武技か。
衝撃波と共に道路が激しく振動し、車が横転してしまう。
「防御優先!」
「ふぎゃああああ!?」
「のじゃあああ!」
放り出されたみんなを、ワラビとシラタマ、それからシャルラートが上手く受け止めてくれる。
ぼくは発動した重力制御でゆっくりと着地した。
怪我はなさそうだけど追いつかれてしまったな。
「くっそ、やられたにゃ!」
「うー、シラタマちゃんありがとう」
雪まみれになったノーチェとスフィが剣を抜きながら、ぼくと敵の間に立ちはだかる。
「こいつら強いにゃ」
「うん!」
「どうやら向こうからきてくれたようだな、手間が省けたぞ」
「蛇の神が御執心なのは双子の妹の方です、姉の方だけでも人質に使えるでしょう。どちらも無傷で捕らえるようにしてください、特に妹の方は」
「姉だの妹だの見た目じゃわからんわ、そもそも半獣ごときに気を使えるか。光神教の奴等に治させればよかろう」
「まったく粗暴な」
並び立つフードの連中は間違いなく強かった。
こういう奴等を警戒して戦力が集まっている学院に居ようとしたのに、感情的になって完全に失敗したな。
「ごついのはパワー系、細いのはスピード系、ちっこいのはどこ?」
「おまえに言われたくない!」
建物の上から声がした、最後のひとり、フードの少年がいた。
首に黒い鎖みたいなのが巻き付いた人形を従えている。
相対したまま時間が過ぎると、逃げ道を塞ぐように続々とフードの連中が出てくる。
「集団を相手にする時は、時間をかけるとこんな風に囲まれる。だから行動の正否より即断即決が重要な場合がある」
「言ってる場合じゃないニャ!」
「余裕だな、半獣」
高所を取った少年が小馬鹿にしたように笑う。
「小さい女の子を囲まないとイキれないやつらを特別脅威には感じない」
「なんだと!?」
あっちの歴戦っぽいふたりはともかく、小さいやつの煽り耐性は低いな。
「そっちのだいちめいどう? だっけ? 小さい女の子を転ばせるなんてすごい技だね、すごいすごい」
「ほう?」
ガタイの良いやつは腕を組んで面白そうに口角をあげる。
あーやだやだ、強い奴は挑発に乗ってくれない。
「リンクル、ワラビ、シャルラート。可能な限り衝撃をちらして」
「アリス?」
「何するつもりにゃ?」
「本当の大地鳴動ってやつだよ……ブラウ、出番だよ」
「…………!」
ブラウニーが両腕をむきっと掲げた後、右腕をぐるんぐるん回しながら前に出る。
スフィたちの表情があからさまに引きつった。
「ははは、そんな小精霊に何ができるんだよ!」
少年は精霊に詳しいようだ。
ぼくと契約してる精霊たちは、外から見える力は弱く見えるらしい。
実際に本来の力と比べて出力はだいぶ落ちてしまっているし、すぐエネルギー切れを起こす。
「ぶちかましてやれ」
「…………!!」
風の精霊2体、水の精霊1体が守りを固めたところで、ブラウニーが腕を大きく振りかぶった。
恐らく前方に立ちはだかる男たちを狙って放たれた拳は、しかし斜めしたの方向に向かって振られ、勢い余った当人はすっ転ぶ。
そして地面は撓み、建物が跳ね上がった。
「うわあああああああ!!」
「ふなああああああああ!?」
「のぎゃあああああああ!」
轟音とともに大地が砕け、普通なら立っていられないほどの局所的な地震が起こる。
衝撃で砕けた地面が建物ごと捲れ上がり、壁のように上空へ飛んでいく。
いつぞやの岩砕きの比じゃないな。
事態が解決したら修復手伝うので堪忍してほしい。
こんな無茶苦茶な攻撃でもぼくたちに直接的な被害は出ていない。
防御してるとはいえ、やっぱり単純なラッキーじゃないんだろう。
子供には被害が向かないようになっているのかもしれない。
かといって気軽にやられたら困るけども。
「ぬおおおん、尻打ったのじゃ……!」
「ひ、ひうぅ、腰が」
「いたた……」
なお味方サイドに負傷者が出ないとは言っていない。
衝撃波とか粉塵とか瓦礫とかは精霊たちが防いでくれたけど、振動ばっかりはどうしようもなかったね!
「アリス、むちゃくちゃさせないで!!」
「まぁ敵は倒せたけどにゃ……」
「今のうちに離れよう」
粉塵と衝撃で相手側が崩れている隙に離れてしまいたい。
「いまのでブラウが4割、ワラビが6割。そっちは?」
「さ、3割……この治癒で2割じゃ」
「その子のパンチどうなってるの……大精霊より力があるんじゃ……あ、リンクルはあと2割だけど……」
やっぱり大技はそうそう連発できない。
シャオたちの回復が済んだところで徒歩で移動を開始する。
「げほっ、ごほっ、ふ、ふざけやがって! このやろう!」
人形に抱えられた少年がまだ止まらない粉塵の中から飛び出してくる。
あちこちボロボロだけど大きな怪我はない。
「こいつが生き残ったか」
「子供だと思って油断してた! おい、叩きのめせ!」
「お前もガキにゃ!」
「だまれ半獣!」
少年が袖口から伸びた黒い鎖を振り回すと、その先に繋がった様々な種類の人形たちがぼくたちに襲いかかってくる。
この子たちも玩具の精霊……この場合は亜精霊か。
嫌がるように首を振りながら、それでも手にした武器を振り下ろす。
「このっ!」
「なんか、やりづらい!」
明らかに苦しそうに攻撃してくる玩具に、スフィたちも反撃が鈍っている。
「力の弱い精霊を操ってる?」
「俺の授かった源獣の寵愛だ、人に与する裏切り者の精霊を正す鎖だ! この贖罪者リッシュがお前たちの罪を罰してやる!」
「何が正すだ」
「ヂュルルルル!」
ぼくが怒るより先に、いつもの癇癪とかじゃないレベルでシラタマがブチギレた。
少年に向かって多数の氷柱が放たれるものの、人形たちを盾にして防がれる。
無理矢理従わされてるみたいだし、ぼくが止める前にシラタマも攻撃を中止した。
「げほっ、まだ生きてるやつがいるなら! 贖罪者の矜持を示せ! 寵愛を受け入れろ!」
膠着状態のなか、少年が叫ぶ。
薄まりつつある粉塵の向こうでうめき声や叫び声が上がり、空を飛んでいたのと同じような怪物が瓦礫を押しのけて姿を現した。
どうやら人間があの怪物に変異する方法を保有しているらしい。
そう簡単には逃がしてくれないか。




