トラブル発生
ブラウニーの運転する車に乗って、来た道を戻る。
やっぱり中心近くが戦場になっているようで、入口からここまでに戦闘の痕跡はない。
「……なんかよかったにゃ」
「ん?」
後部席のノーチェの声に振り向く。
「なんつーか、ようやくいつものアリスって感じにゃ。いつもはお前が止める側だったからにゃ」
「あぁ、なんか、うん。……たぶん、マイクの代わりにここを守らなきゃみたいに思ってたのかも」
元から時間がなかったのも、別にぼくが引き継いだ訳でもないのはわかってる。
だけどマイクはぼくを守るために消えてしまった。
ぼくが代わりにやらなきゃ、みたいに気負っていたのかもしれない。
でも現実の玩具の街は侵食されていた時より安定している。
普通に守る戦力もいるし、スフィたちがアクアルーンで会ったぬいぐるみのように、力のある精霊が"主"を受け継いだのだろう。
ぼくがここで気張る必要はなかったのだ。
「でも肩の荷が降りたにゃ、あたしだけで判断するのはまだちっと早かったにゃ」
気が抜けた様子で座席に体重を預けているノーチェを見て、思わず笑みが漏れそうになる。
「また頭に血がのぼったらいけないから、いざという時の判断はよろしく」
「ふにゃっ!?」
「ノーチェ、よろしくね」
あははと和やかな笑いが漏れる。
道を曲がると、駅みたいになっている建物が見えた。
あそこが全ての出入り口が集まっている場所だ。
「あ……ねえあれ! あれ!」
「んにゃ?」
フィリアが慌てた様子で空を指差すと、そこには空に魔獣みたいなのものが飛んでいた。
なんか布みたいなのをまとった、白くて手足が長く、翼の生えた……ヒトガタ?
「なにか、人みたいなの掴んでない……?」
「んん、よくみえんのじゃ」
「しまった、眼のいい種族がいない」
狼、猫、兎、狐……近視ってほどじゃないんだけど、遠いところはハッキリしない。
でも確かに人っぽいものを抱えているようにも見える。
「そうだ」
ポケットからスマホを取り出して、カメラアプリを起動してズームする。
デジタルズームだから荒いけど……抱えているのは人間、子供みたいだ。
「あいつら、人を攫ってる?」
「えぇ!?」
何が目的かわからないけど、ますます余裕がなくなってきた。
「急ごう」
頷いたブラウニーが車を動かし、どんどん駅のような建物が近づいてくる。
しかし駅の入口あたりから複数人のフード男たちが姿を現して、慌てて姿を隠すはめになった。
「あいつら……」
「しっ」
指を口元に当てて、静かにしてほしいとジェスチャーで伝える。
相手は子どもひとりと大人数人。全員が襲撃者と同じフード付きローブを着ていた。
中心にいる子どもの隣には、木製の人形らしきものが倒れている。
「ゲートが開けないってどういうことだよ、子どものいる場所に作れるはずなのに」
「部屋に居ない可能性が……」
「こんな時間に? 普通は寝てるだろ」
フードの子供は11歳くらいで、声からすると男子か。
少年は苛立った声を出しながら隣で倒れている人形を蹴りつける。
「ああもう、簡単な仕事だと思ったのに! あの偉そうな錬金術師に文句を言われるじゃないか! この役立たずっ!」
「落ち着け同志リッシュ、言われていた少年の方は確保出来たのだ。ひとまずそれで良しとしよう」
「はぁ、わざわざ前線から離れてこっちまできたのに、収穫が女装してる変態やろーだけかよ! 半獣の方も捕まえられていたら星竜への人質に使えたのに」
「仕方ありませんよ、戻りましょう」
会話の内容からして確実にフードの仲間だろう。
問題は「偉そうな錬金術師」、「女装」、「星竜への人質に使える半獣」って発言だ。
狙いはぼくとミリーで、ミリーは玩具側の通路から確保されて攫われたのか。
出入り口を使えるのが玩具と子供だけとはいえ、子供のいる場所に自由に通路を作れるシステムを敵が使えるのは予想以上にまずい。
相手サイドに玩具が味方する子供がいるのは想定外だ。
……いや、そうじゃなくて。
「さらわれてたのミリーかよ」
「!?」
まさか誘拐されてるとは。
だとするとまずい、捕まって人質にされるならまだいいけど、そのまま街を出られる可能性もある。
ミリーは愛子、本来なら存在だけで価値のある人間なのだ。
「はぁ、なんであんな新参者に俺が命令されなきゃいけないんだか」
「今回の作戦で随分と物資を消耗しましたからね。彼とその裏にいる貴族の資金援助は魅力的です。光神教にばかり借りを作るのもよくありません」
「それに攫うのは風の精霊の愛子と星竜の娘だ、どちらも使い道は多いだろ」
それにしても、源獣教の教義的に精霊は主神の御使いみたいなポジションのはずなのに。
玩具への態度といい、彼等からは精霊に対する敬意みたいなのをまったく感じない。
崇高なお題目を掲げておいて実態は……なんてのはああいう連中にありがちだけど、それなのかな。
ひとまず手短に状況を伝えて、みんなと小声で話し合う。
「どうしよう、ミリーを見捨てるわけにもいかないし」
「でも勝てるにゃ? あたしらだけでやつらを倒すのなんて無理にゃ」
「アリスのおともだちだよ、見捨てるなんてヤダ!」
「ひとまず彼奴らがいなくなるのを待つのはどうじゃ?」
「まごついてたらミリーを助けるタイミングがなくなる、やるなら今すぐ追いかけてあれを撃墜しないと」
こっちが進撃の準備を整える前に連れ出されたら、助けるのは難しくなってしまう。
でも偵察よりずっと危険なことになる、スフィたちを巻き込むわけにもいかない。
「確実に助けられるなら、いまなんだけど……」
「はぁ……すぅ……よし!」
どうすべきか悩んでいるぼくの肩をノーチェが掴んだ。
緑色の瞳がまっすぐ見つめてくる。
「しっぽ同盟はこれからあいつを助けに行くにゃ、助けたら即脱出。どう動くにゃ?」
「ノーチェ」
「ダチを見捨てて逃げるのは、アタシの主義に反するにゃ。みんなも悪いけど付き合ってくれにゃ」
「……わかったよ、リーダー」
ぼくの心情を見透かしたようなノーチェの言葉に、ぼくは知らず知らず溜め込んでいた息を吐き出した。
みんなも反対する気はないようで、顔を見合わせて頷きあう。
「車で追いかけながら撃墜、回収したら駅まで引き返して部屋に戻る。方針はこれで」
「おし、みんなやるにゃ」
「おー」
小声のノーチェに合わせて、みんなも小さな声で同意を示す。
敵の目につかないように車を動かして、ぼくたちは怪物を追いかけることになった。




