熱湯
色々仕掛けがてら学校内を調べて回った結果。嫌がらせの主軸になっているのは主にBとCクラスということがわかった。
というかBクラスにフィルマ伯爵家のエレオノーラというご令嬢が入学してきて、そこから噂が流れているみたいだ。
恐れ多くもフィルマ伯爵家にタカろうとしている嘘つきの獣人がいる……と。
「そういうわけで相談したい」
「構わないが……マレーン様はどうされたのだ?」
「いいえ……っ……気にしないで」
ぼくはまず、ちょうど食堂で見かけた気軽に話せる貴族2名を集めた。
常識人枠のルークと胃のあたりを押さえているマレーンだ。因みにレッドスケイル家の従者からは睨まれ、図々しいと言われた。
そのせいかマレーンの顔色が青を通り越して次のステージにたどり着きそうである。自分の出自を知るのが怖くなってきた。
「まぁなんというか……」
さておき、差し支えない範囲でふたりに事情を話す。
「……クラスをあげての……嫌がらせ……」
「確かに今は社交シーズン真っ只中だが……。君たちにはすまないが、そこまで隠さなければならない醜聞には思えない。謝罪させれば済むだけの話だろうに」
話し終えたあたりでマレーンの意識が飛びかけていた。ひとまず置いて話を進める。
「……マレーン、何か知ってる?」
「…………」
「おーい?」
遠くを見ているマレーンの目の前で手のひらを振って見せる。途端にルークが渋い顔をした。
「アリス、流石にそれは無礼が過ぎるぞ」
「――はっ。大変失礼しましたアリス様」
「マレーン様……?」
「だいじょうぶ?」
なんかマレーンの挙動が逐一おかしい、ルークも混乱している。
「ごめんなさい、少し疲れているみたい。ええと……」
「フィルマ家で何か普段と違う何かあったとか、知ってる?」
「……レッドスケイル家も社交界から離れているから、情報は少ないわね」
「そっか」
事情が分かれば攻めかたもあるんだけどなぁ……。
そんなことを考えながら目の前のサンドイッチを齧っていると、こちらに向かってくる荒々しい足音が聞こえた。
「本当に図々しい獣だな、貴族相手に食事までタカっているのか?」
言ってきたのは髪型をビシッと整えた金髪の少年、年齢は12歳くらい。そのすぐ後ろには先日ぼくに事情を教えてくれた親切な女の子もいる。
1年生の貴族って大体12歳前後が多いのかな。
勿論誰だかわからないので、ぼくの中で物知り枠であるルークに聞いてみることにした。
「これ誰?」
「君はいつでも縦横無尽だな」
知らないものは仕方ないじゃん。
「無礼な奴め、俺はローディアス・リーブラ。リーブラ子爵家の次期当主である!」
「偉いの?」
「リーブラ子爵家は代々騎士の家柄だ。たしかフィルマ伯爵家とは懇意にしておられたと記憶している」
「そうだ……いくら幼いとは言え、騎士としてその悪童ぶりは見過ごせない!」
少年はびしりと指を突きつけてくる。なんか真っ直ぐだな。
それより彼の後ろにいる少女が気になる、表情にどことなく嗜虐性が滲んでいる気がする。
「聞けば貴様、妹のための決死行に挑んだヴィクトーリア様を騙し、過度な金品を要求したそうだな!」
「事実無根」
「側仕えでもあるカテジナ殿の証言がある! 言い逃れできると思うな!」
うーんと思いながらルークとマレーンの方を見ると、なんとも言い難い表情をしていた。
「エレオノーラ様」
「えぇ……カテジナ姉さまから聞かされていた通りの子ね。でもお父様もヴィクトーリアお姉様も寛大よ。あなたが心から反省して嘘をついたことを謝罪するなら、許すと言って下さっているわ」
「そもそも嘘ついてないんだけど」
「どうやら幼すぎてフィルマ伯爵の慈悲深さが理解できないらしい……」
「蜂の巣をつついちゃったかんじかぁ」
慈悲深さとやらはわからないけど、状況だけはなんとなく理解できてきた。
つまるところ、間違いだったことにすれば見逃してやると言いたいのだろう。
そのためだけにここまで大きく動くということは……よほどタイミングが悪かったらしい。
えーっと、こういう場合は。
「だからってここまで大事にしなくてもいいんじゃない?」
「あなたが嘘をついて錬金術師ギルドまで動かしたのが原因でしょう!? いきなりローエングリン様から抗議文が来て、ラキース様に誤解されてしまったのよ!」
「ラキース?」
「呼び捨て……!? オリビア……カテジナ姉さまの妹の婚約者よ。フィルマ伯爵家にとっても大切な婚姻が台無しになりかけたのよ! あなたの嘘のせいで!」
意外とあっさり事情を教えてくれた、やっぱりこの子は親切なのかもしれない。
「とりあえず平行線ってことはわかった」
「なんですって?」
「ここで言い合っても無意味ってこと」
「あなたが嘘を認めて謝れば済む話よ!」
このままやりあってもただの水の掛けあいだ。大体の事情がわかったことを収穫としたい。
「取り敢えずそろそろ行く」
「あ、あぁ……失礼する」
「私も失礼するわ」
「ちょっと! 待ちなさい!」
シラタマに合図を送り、食堂を出るために杖を支えに移動する。ぼくたちに続いてエレオノーラが少年を伴って追いかけてきたのをあえてスルー。
食堂を出ると同時に小声で錬成を使う。
「……なんでこんなところに雪が?」
廊下の端に積もる雪に気付いたルークが不審そうな顔をしながら通り過ぎる。
そこで声で止められないと察したのか、確か何とか子爵家の少年のほうが手を伸ばしながら近づいてきた。
「止まりたまえ! まだ話は終わっていないぞ!」
そんなことを言いながらぼくに向かって一歩踏み出した瞬間、廊下の床を踏み抜いて下のお湯溜まりへと綺麗に落下していった。
「なあああっづうううう!?」
少年はばしゃばしゃとお湯をかき分けて飛び出し、雪に体ごと突っ込んでいく。設定温度は45℃、服を着て入っても火傷しないギリギリを狙った。
「きゃああ! 熱っ、お湯!?」
「はぁ!? ってあっつっ!」
近くにいたエレオノーラとルークの悲鳴が上がる。ぼくと少年の間に割って入ろうとしていたマレーンは即座に避けた、流石だ。
魔道具学の教室からパク……借りてきた水の温度を上げて維持する魔道具を使い、せっせと作った力作トラップだ。
反撃用に、数は少ないけど校舎内の数カ所に設置してある。
「乱暴しようとするなら、ただでやられる気はない」
「くっ、こんな卑怯なトラップを……! よくもっ!」
顔を真赤にした少年が再びぼくに向かって走ろうとして、濡れた雪に滑って盛大にお湯の中に突っ込んでいった。
「ぎゃあああっづうううう!?」
「ぶざ……あちっ!?」
制服スカートだから素足にかかったっ、あっつい!
汚水をかけられそうになったから、仕返しするならこれだと思ったけどやめたほうがいいかもしれない。飛び散って危ない。
その後、騒いでいるところにやってきた先生に捕まり小一時間ほどお説教されることになってしまった。
校舎を勝手に改造するなっていう内容がメインだったけど……怒られるところは本当にそこ中心で良かったんだろうか。
疑問は尽きない。
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