名前
「貴族ってのは面倒だにゃー」
「そうだナ」
狩りの帰り道、訳知り顔で頷くノーチェにリオーネが同調していた。
ミリーの事情を掻い摘んで説明し直した感想がこれである。
「つーか愛し子にゃんだろ、精霊が居たら狙われるくらい……」
ぼくの頭の上でくねくねしているらしいシラタマを見ていたノーチェの視線が、シャオの肩の上に浮かぶシャルラートへと向けられた。
「いや、普通はあっちだったにゃ」
「どういう意味なのじゃ!?」
「現地から離れると不便なんだよね」
愛し子が精霊の領域内にいるならまだしも、現地から離れると召喚して貰わないと精霊が助力できないという欠点がある。
因みにシャオは純粋な精霊術の技術はラオフェンでも下の方らしい。ぼくに至っては魔力がなさすぎて論外だ。
ミリーの腕前は知らないけれど、精霊術が得意じゃないか戦闘に不向きなのだろう。
「何度もいうがアリスを基準にするのをやめるのじゃ、あれは異常なのじゃ、おかしいのじゃ、どうかしてるのじゃ! いかれてるのじゃ!」
「フカヒレ、おやつ食べる?」
「シャア……」
ぼくの声に反応して影の中から顔を出したフカヒレが「ナードの味がしそう」と嫌がった。おやつが何かも言ってないのに察しが良い。
「まぁ暗殺云々はシャオ関係だけで十分にゃ」
「そだねー」
「まったく」
こっちは研究で忙しいので巻き込まないでほしいと思う。
そんなこんなで駄弁りながら帰り道を進むと、日が落ちる前に我が家へとたどり着いた。
門をくぐると庭の方から数体の雪の精霊たちが飛んでくる。
「ただいにゃー」
「ただいま」
「チピピ」
ノーチェに続いて帰宅の挨拶をするぼくたちに、精霊たちも鳴いて応えた。いつものやり取りに少しほっこりしながら左右を確認し、耳を立てて音を探る。
……よし、異常なし。無事に帰宅できた。
■
「随分長くお世話になっちゃったけど、私たちも明日には戻らないと」
「寂しいゾ!」
「寂しいのじゃ!」
夕食を終えてまったりしはじめた頃に突然エルナがそう切り出した。仕事もあるだろうし、そろそろ滞在限界のようだった。
いつの間に仲良くなったのか抱き合って別れを惜しむシャオとリオーネを横目に、スフィたちも少し寂しそうにしていた。エルナは貴重なお姉さん枠だったからなぁ。
「今度はこっちから会いにいってもいいし、お祭りには来るでしょ?」
「そうね、もちろんお祭りにも行くわ」
エルナの返答を聞いて、ノーチェたちからほっとしたような気配がしはじめた。
「故郷から迎えが来るまでにかなりかかるだろうし、まだしばらくは会う機会がたくさんあるもの」
「絶対また遊ぼうナ!」
「もちろんなのじゃ!」
手を取ってくるくる回るシャオとリオーネを眺めて、微笑ましそうにエルナは言った。
「……祭りが終わる頃にはスフィたちの父ちゃん母ちゃんも見つかってるかにゃ?」
故郷からの迎えという言葉で何か思うところがあったのか、ノーチェが天井を見上げながらふとつぶやいた。
そうだった、その問題もあったんだ。
「フォレス先生次第だと思う」
流石にそろそろ戻ってきてもいいとは思うんだけど、用事とやらが随分と長引いているようだ。
おじいちゃんの行動を思い出し、マレーンの反応を見る限り。広く情報を集めようとするよりピンポイントで知っていそうな人をあたるべきだろうし。
「明日はエルナたちを見送ってから、学院で聞いてみる」
「それがよさそうだにゃ」
「ご両親が無事に見つかるといいわね。砂狼族は珍しいし……セレステラ様のお付きなら銀狼王家所縁の方でしょうし、何か知っているかしら?」
「案外そのセレステラ様がふたりの母ちゃんだったりしてにゃ」
冗談めかしていうノーチェに向かって、エルナだけでなくフィリアとシャオまで首を横に振った。
「銀狼と砂狼は全然違う一族じゃない」
「そ、それに! セレステラ様のご息女なら銀狼王家と聖王家、星竜様の血を引くお姫様の中のお姫様だよ? 守りだってすごいだろうし、なのに誘拐されたことになっちゃって……とんでもない大事件だよ」
「しっぽ同盟ではわしが一番お姫様なのじゃ! あいでんてぃてぃは譲れないのじゃ!」
ぼくたちが銀狼だって知らないエルナは仕方ないとして、シャオはなんなんだ。
「現実的じゃないかも」
まぁ国の威信が揺らぐレベルの事件と考えれば完全秘匿されているというのは辻褄が合う。
ただその場合、犯人は精鋭揃いの近衛騎士や星堂騎士、果ては星竜オウルノヴァまで出し抜いたことになる。それなのに奪った赤ん坊を西大陸のどこかにぽいっと放り投げて放置。
……なんかしっくりこないんだよね。
たしかにスフィの名前『シルフィステラ』と響きが似ているので気にはなっているけど。言ってしまえばそれだけだ。
因みにぼくの名前は『アウルシェリス』。どちらも独特な響きだし、迂闊に人に言ってはならないと厳重に言い含められてるから……やっぱり名前そのものが手がかりになるんだろうか。