ピクニック気分
「遅くなっちゃった」
「チュリリ」
食事会を終えて帰路につく頃には、すっかり日が落ちてしまっていた。
家から漏れる明かりや、街道に設置された錬金灯のおかげで真っ暗ってわけではないけど、人気のない夜道はなんとも言えない不安を掻き立てる。
吹く風の冷たさも合わされば、感じる孤独感もひとしおだった。
「シラタマたちが居てくれてよかった」
「キュピ」
「シャー」
幸いなことにシラタマとフカヒレがぴったり側についてくれているから、寂しさもだいぶ緩和されていたけれど。
「収穫はあったけどね」
「チュピ」
とはいえ夜道を帰るという代償を支払うだけの価値はあった。やっぱり専門家との会話は勉強になる。
「…………」
今日あった会話を思い返しながら風を切って進む。結局家にたどり着いたのは月が昇り切る頃だった。
「ただい」
「おかえりー!」
玄関ドアを開けるなり、ただいまというより先にスフィが飛んできた。
「おそいから心配してたんだよ!」
「ごめんね、おみやげあるよ」
ちょっと涙目になっているので、ほんとに心配をかけてしまったみたいだ。申し訳なく思いながらお子様パワーを駆使してウェンデル老師から勝ち取ったサンドイッチ入りの箱を渡す。
「さむかったでしょ? はいろ」
「うん」
手を引かれて家にあがると、室内の暖かさになんだかホッとする。
「アリスかえってきたよー」
「聞こえてたにゃ、おかえり」
「おかえりー」
「おかえりなのじゃー」
「ただいま」
リビングにはノーチェ、シャオ、エルナとリオーネが揃っていた。
台所の方で動く気配がするので、フィリアはあっちにいるみたいだ。
「おみやげだって」
「なんだにゃ?」
「肉の匂いがするゾ」
「『色とりどりの皿』のサンドイッチ」
アヴァロンではそこそこ知れた有名店ということなので口にしてみたけど、スフィたちはいまいちピンときていないみたいだった。
「夜食に良いでしょ、みんなで食べて」
3人分をぼくを除いた6人で分けることになるけど、夕飯は済んでるし夜食ならこんなものだと思う。
「おー!」
「研究は順調にゃ?」
「まぁまぁ」
やってるのはまだまだ実験段階だ。勉強にはなるけど、ノリ自体は『発表会本番までに何かしら良いデータが取れればいいな』くらいの軽いもの。
因みに御大たちはそれぞれ魔導列車と欠損治療がメインだそうだ。
列車は言うまでもなくローエングリン老師の飛空石に対抗して安全な陸路の開拓。
身体欠損の治療は光神教会の最高司祭が使う信仰魔術ならできるらしい。それをポーションで再現するのが目標だそうだ。
妨害が凄まじいらしいけど物ともしていないのは流石第10階梯。
聞いたところによると、今回の共同研究はヴァーグ導師の発案だったようだ。
「お祭りまでは午後の授業はそっちに専念することになりそう」
「錬金術師と一緒に研究するなんて凄いゾー」
「まったくじゃな」
「ぼくも錬金術師だからね?」
リオーネはともかく、シャオは未だにぼくが錬金術師だという現実を受け入れかねているようだ。
下手に常識があるせいでありえないという感覚が一番にきてしまうのかも。
「どんな錬金術師様なのかしら?」
「ヴァーグ導師とウェンデル老師」
「ぶっ」
そういえば偉い錬金術師と共同研究しているとしか言っていなかったっけ。なので普通に名前を出すと、シャオとエルナが飲んでいたお茶を噴き出した。
きたない。
「ワシでも知ってるのじゃ……治世の授業で習ったのじゃ……」
「あー、そういや学院にきてるって話題になってたにゃ?」
「西の方にも名が轟いてるわよ、その方たち……。アリスちゃんはその方たちに錬金術を指導してもらっているのね、羨ましいわ」
「いや、ふんぞりかえって喧嘩うってる」
チキンレース継続中であることを端的に伝えると、エルナがいつもノーチェがするような虚空を見つめる顔をしはじめた。
やっぱ猫科特有の反応なんだろうかこの顔。
「あいつら大人げなく技術と権威でねじふせようと考えてるから、技術で対抗してる」
当人たちは生意気な新人への躾を兼ねてるみたいな事言ってたけど、「おら跳ね返してみせろよ」的な空気があるのをひしひしと感じる。
なのでぼくの対応が正解なんだと思う、少なくとも錬金術師の世界では。他の場所にこの感覚を引きずっていったら大やけどしそうだ。
因みに半端な腕でやるとへこへこしながら指導されることになるだろう。ぼくだってリスクとプレッシャーは背負っている。
「た、大変なのね……天才も」
「噂には聞く」
なんでここで天才なんて単語が出てくるのかわからなくて首を傾げてしまった。
「あ、そうだアリス聞いて!」
「なに?」
一瞬の沈黙に割り込むようにスフィが声をあげて話が切り替わる。
「明日ね、エルナおねえちゃんたちと狩りに行くの。いっしょにいける?」
「いけるよ」
ぼくがやってるのは今日明日で片付く話じゃない、スフィたちと一緒に行動する余裕くらいはある。
「……狩りって、大丈夫なの?」
「なんかいも言ってるでしょ! アリスはつよいよ、よわいけど」
「一瞬で矛盾しないで」
たしかに身体は弱いけど、足を引っ張らないくらいの働きはできる。
「それにしても急だね」
「冒険者科の宿題にゃ、討伐依頼を受けてみようって」
なんかゲームのデイリーミッションみたいな単語が飛び出してきた。どうやら授業の一環でチームを組んで討伐依頼を受けるという宿題が出たらしい。
「これが紹介状にゃ」
「……えーっと、王立学院の授業のために協力を求む。低脅威度の魔獣の討伐依頼を特別に受諾可能に?」
渡された紹介状を見る限り、冒険者ギルドで出ている低脅威度の討伐依頼を受けさせて貰えるようにお願いするものだった。
こういう融通措置もあるんだ。
「7区の自然公園で適当な魔獣の討伐受けようと思ってるにゃ」
「なるほど、それならいけそう」
思えばアルヴェリアについてからというもの、スフィたちの冒険者仕事には殆ど参加できていない。これでもしっぽ同盟の一員なわけだし、現場から離れすぎるのも良くない傾向だ。
気分転換になるし、よい機会かもしれない。
■
そんなこんなでぼくたちはブラウニーの作ってくれたお弁当を持ち、7区にある自然公園に来ていた。
「討伐依頼受けてる子ども、結構いるんだ」
「冒険者目指してるやつも多いみたいだにゃ」
「一般校の中だと冒険者は人気の進路なんだよ、このへんだと一般校とか冒険者学校が多いから」
恐らくうちで最も一般常識に強いフィリアが補足してくれる。中央からやや離れた7区あたりになってくると冒険者志望の子が多いらしい。
実際に自然公園に入ってすぐの場所では、武器を手にする子どもがうろついていた。
装備はボロボロの使い古しからおろしたてのピカピカまで様々だ。
「ねぇ、君たちも冒険者目指してるの?」
「ん? そうだにゃ」
入り口で雑木林に入る準備をしていると、近くで同じように準備をしていた男の子のグループに声をかけられた。
10歳くらいの普人3人組だ、装備は使い古した感じだけど……手入れはちゃんとされてる。
「だったらさ、僕たちと」
「結構にゃ、こっちは人数多いしにゃ」
「あ、そ、そうなんだ……」
にべもなく断るノーチェに、ぼくたちの方を見て彼等は引き下がることにしたみたいだ。
「……4人で居るとね、ああいうの凄く多いの」
「たまにすごーーーくしつこいヤなやつもいる!」
「ワシの魅力のせいでいつもすまんのじゃ……」
シャオのいつものボケをスルーしつつ、なるほどと納得する。
冒険者の中で女の子の割合は凄く低いしスフィたちは美少女揃いだ。獣人に対する差別意識がないなら戦力としても期待できるし、声をかける気持ちはわからなくもない。
こっちとしてはうざったいというのが正直なところだけど。
「……目立つなぁ」
うちのパーティは同年代の冒険者と比べて装備の質が違いすぎる。そのあたりも目をつけられる理由なのかもしれない。
強そうな他人に頼るなっていいたくなるけど、おんぶにだっこなぼくは人のことが言えない。
「そんじゃあ出発するにゃ!」
「おー!」
周囲を観察している間にみんなの準備が終わったようだ。手を振り上げるノーチェに続いて、スフィに引っ張られながら雑木林の中へ進む。
耳を澄ませると葉のこすれる音に混じって生き物の動く音も聞こえてくる。
すかすかの木々から色づいた葉が落ちてくるのがなんとも言えない秋の風情を感じた。この時期にしては葉が少ないのは少し前に雪が降ったせいだろうか。
この感じなら気分転換にちょうどいい森林浴ができそうだった。




