相談しましょ
唐突だけど、この世界の冒険者たちはパーティを組むのが基本だ。
冒険者のメインの仕事といえば魔獣の討伐、遺跡や危険地帯の調査。
町の外に出る任務に関しては、単独で何とかできるような依頼は基本的にない。
まぁ未踏破領域の調査なんかの遠征はめったに行われるものでもなく、近隣の魔獣退治が冒険者の仕事となって久しい。
長く続いたそんな状態のせいか、若い世代でアタッカー偏重とサポート軽視という風潮が出来上がりつつあるそうだ。
「嘆かわしいものです」
戦闘できるサポーターの代表格である戦闘錬金術師、ハリード錬師が湯気のくゆるティーカップを傾けて嘆いた。
話があると授業終わりに教室へと押しかけたぼくを、ハリード錬師はお茶へ誘ってくれていた。
ついさっきまで考古学の講義に使われていた小教室では、高等部の学生たちが資料片手にノートに何かを書き込んでいる。
今日は考古学の講義が最後の授業のため、一部の生徒が残って自主勉強をしているようだった。
「ここだけ見ると、そんな風潮少しもかんじないけど」
「全員が有望株ですよ」
残っている生徒は全員が冒険者志望、それも遠征を目指すような野心家ばかり。
冒険者が成功者や英雄として名を残す方法は、街付近に出た災害クラスの魔獣を討伐するか未踏破領域の重要情報を持ち帰るかのどちらか。
いつ現れるかわからない魔獣を倒すより、未踏破領域に挑む方が見返りが大きい。
しかし生半可な能力では無策で崖から飛び降りるような愚行だ。
「面白いように冒険者ばっかりだね」
「純粋に考古学を学びたいという学生は少ないんですよね」
憂鬱そうに言うハリード錬師に、一部の学生が苦笑を返す。
どうも王立学院の高等部に入ってまで考古学を学ぶのは冒険者志望が大半らしい。遺跡調査とかのフィールドワークは冒険者の立場の方がやりやすいし、仕方ない。
「それで、お話でしたか」
「うん、実は……」
ほどほどに雑談が進んだところで、ワラビに音の流れを弄ってもらい本題に入る。
永久氷穴での一件を伝え、一応の後ろ盾であるローエングリン老師に抗議か話の調整をお願い出来ないかどうか聞いた。
するとハリード錬師は暫く固まったあと、目隠し越しに目頭を揉み始めた。
「アリス錬師はトラブルの精霊にも好かれているんでしょうか?」
「わらえない冗談はやめるべき」
ぼくに関して言うとそれが冗談じゃ済まない可能性がある。
目の前でお茶請けに出されたクッキーを突いていたシラタマが露骨に顔をそらしたけど、何も聞きたくないからそのまま答えなくて良い。
考えがまとまったのか、ハリード錬師が何とも言いづらそうな雰囲気で口を開いた。
「老師にお伝えはしますが、やはり謝罪の要求までは難しいかもしれません」
「……やっぱり?」
「アリス錬師はドーマ一門ではありませんからね」
そう、ぼくの立場は非常にふんわりしている。
後ろ盾とは言うものの、ローエングリン老師の弟子ではないし、かといって同門でもなければ傘下でもない。
老師の傘の下に入れて貰ったんじゃなく、グランドマスターという軒先を少しの間貸して貰っているだけ。当人いわく将来を見越した『同盟』だ。
「老師も頼まれれば拒絶はしないでしょう。しかし引き換えとなる何かを求めると思われます」
「…………」
物言いから推測するに、かなり厄介な条件を出される可能性がありそうだった。あのたぬき爺が何を要求してくるかちょっとわからない。
金や物に困ってはいないだろうし。
「相手に謝らせるためだけにそこまでする意味を考えてる」
「お聞きした話から推測すると、アリス錬師はご自分の立場を誇示しておられないようですね。身を守るために爪を隠すのは旅の最中では間違った判断ではありませんでした。しかし錬金術師のコートもバッジも、本来は人に見せることにこそ意味を持ちます」
「……うん」
「もしもこの国に落ち着くのでしたら、立場を武器にしていく事も考えなければいけません」
ハリード錬師の視線がシラタマに向かった。
スフィが成績優秀でしかも"愛し子"という事実を隠れ蓑にしている状況なら、ぼくの力や立場は基本存在しないものとして扱われることになる。
貴族相手に事を起こすなら、まず自分の力を誇示することから始めろとお説教されているのだ。
ごもっともな話だった。
錬金術師というぼくの立場を利用して貴族を懲らしめてという"お願い"をするのに、前にも出ず弟子入りもせず、ふわふわした立場のまま人任せにしようとしている。
「……自分の言動を思い返すとなんか落ち込む」
「あなたはまだ7歳なんですから、出来ないことが多くて当然なんですよ。むしろあなたは落ち着きすぎです。子どもの失敗をお説教をして嫌われるのが私たちの役目なんですから」
「うん……」
「錬金術師を名乗った上でやられたのなら話はもう少しスムーズだったんですがね」
「トラブルそのものを避けられた可能性もある?」
「別の面倒事があったかもしれませんが、事件は避けられたと思います」
ややこしくなってしまった最大の原因がこの"後出しジャンケン"である。
自分が錬金術師だと名乗っていれば貴族相手でも多少は渡り合えた、しかも相手は錬金術師ギルドの所在地である国の貴族だ。
自分の所属と立場を示していればあちら側も妙な真似はせず、素直に脱出のための助力を頼んだ可能性がある。
仮に信じなくても、『ちゃんと名乗ってバッジも見せたのに信じなかった』という事実で詰めることができた。結局保身が状況を悪い方向へ走らせてしまった。
このあたりの考えが甘かったのは否定できない。
バッジやコートといった自分が錬金術師だという証をひけらかす行為、皆がそれをする意味をわかっているつもりでいた。
ぼくは結局、ただ"わかった気分"になっているだけだったのだ。
なんだか酷くショックを受けてテーブルの上に突っ伏すと、頭の上に何かが乗る感触がした。髪の毛越しでもザラッとしていて重量がある……フカヒレか。
「そこまで落ち込まなくても大丈夫ですよ、理解力がありすぎるのも考えものですね」
「……持ち直す、フカヒレどいて」
「シャー」
『げんきだしてー』とうねりながら頭から降りたフカヒレを膝の上に乗せて、ふうと息を吐く。
「ここからは真面目な話ですが、伝えて頂けて助かりました。フィルマ伯爵家の権威を傷つけるには十分な醜聞です」
「ハリード錬師でも知ってるんだ」
空気が切り替わったことを察してぼくも気を取り直す。
「多くの宮廷魔術師を輩出している名門ですよ、立場上それなりに情報を扱う立場ですので耳に入ります。アルヴェリアの貴族は他国と少し在り方が違います。当主一族はノブレス・オブリージュを体現する方が多いのですが、その代わりと言うべきか親戚や譜代の従者が暴走する話を聞きます」
何となく心当たりがあった。名門貴族よりも恩恵を受ける周辺が威を借る傾向があるみたいだ。
「フィルマ家の反応を危惧しておられるようですが、それよりも騎士の暴走を危険視したほうが良いかもしれません。口封じに動くとすれば主ではなく従者の方でしょう。主家にとっては面倒な醜聞ではありますが妥当な着地点があります。しかし従者にとっては職と立場を失うのに十分な失態です。幼い子どもに対する強盗行為ですから」
「あぁ、そっか」
このあたりは基本的には従える側であるルークとは違う視点の意見を聞けた。
フィルマ家には最初から賠償しつつ臣下を処罰という着地点がある。
だけど実行犯である騎士とその家にとっては大ダメージだ。役目を外され、最悪犯罪行為として裁かれるかもしれない。
主筋よりも関わった従者たちによる口封じを考えたほうがいいとハリード錬師は言った。
「……今のぼくたちに手を出せると思う?」
「それも踏まえて早めに相談してくださって助かったというお話です。ローエングリン老師からの釘刺しがあれば、少なくとも変な真似はできなくなりますから」
やや強引ではあったけど、時間を取って早めに相談してよかったかもしれない。
「早いに越したことはないと思いますので、一走りして伝えてきましょう」
「手間をかける」
「いえ、丁度ギルドに用事がありましたのでお気になさらず。途中まで送りましょうか」
「うん」
立ち上がってテーブルを片付けたハリード錬師に続いて教室を出る。
廊下の窓から日の傾きかけた空を見上げながらフカヒレに捕まって移動し、ふと大事なことに気付く。
「ハリード錬師、ひとつ訂正。もうすぐ8歳」
「それは……もうすぐということはおめでとうはまだ早いでしょうか。時の流れは早いものですね」
「結構濃密だった」
旅に出てからもう1年が過ぎて、道中で7歳になってもうすぐ8歳。
こまめに測ってないけど、みんなちょっとずつ背も伸びてきている気がする。
「そういえば、ご両親については何かわかりましたか?」
「うーん……いまいち」
ヒントというか、答えに繋がりそうな人とうまくコンタクトが取れない。
従者との関係悪化でマレーンとは密談が出来ず、フォレス先生はまだ中央から戻ってきていない。
それとなく手紙の選択肢を出したけど拒否されたあたり、わずかでも情報が漏れる可能性を嫌っているようだった。
ここまで『お前の出生には重大な何かがあるぞ!』という動きをされると、両親とかいいから耳を寝かせて家に引きこもりたくなる。前世から脈々と受け継がれた引きこもりの血が騒ぐ。
「急がなくてもいいかなって」
「そうですか」
親が何者であろうと、自分が変わるわけじゃない。変わるつもりもない。
何かあったときに逃げ出す手段を確保するための猶予期間だと思うのもいいかも。
「……シラタマ?」
突然頬ずりしてきたシラタマを手のひらに乗せると、なんだかしょげている様子だった。
慰めている間に玄関までたどり着き、ハリード錬師とは学院を出た辺りで分かれることになった。
「精霊が傍にいるならば大丈夫だとは思いますが、道中はお気をつけて」
「うん、よろしく」
ぼくも忘れ物がないか軽く身の回りのチェックをしてから、シラタマに大きくなっておんぶしてもらう。
「かえろっか」
「キュピ」
道中にあった店じまい中の露店でリンゴを見付けて買ったりしながら帰り着くと、道中で意外な人たちと遭遇する。
「こんにちは、また会えて嬉しいわ」
「アリス! にひひ、遊びにきたゾ!」
少し厚着になったエルナとリオーネ。外周1区にいるはずの彼女たちが、ぼくを見付けて手を振っていた。




