チュートリアルマン
退院した日の夕方、ぼくは海沿いの建物の上でオレンジ色に染まる水平線を眺めていた。
指定された待ち合わせの時間まであと30分ほど、スフィたちはすぐ後ろでなにやら相談している。
移動中に何気なく杖を取り出して気づいたのは、完全に無重力状態なのはぼくの肉体と髪の毛やしっぽだけだということ。
それなりに重量のある杖を手にすると落下する杖に合わせて身体が落ちていったので、装備品などは完全な無重力ではないことに気付いたのだ。
原理は不明だけど、何かしら重量のある物を身につければふわふわせずに済むことがわかり、現在は杖を掴んで半分浮いている姿勢を維持している。
その状態で海の向こうがオレンジから紫に変わっていくグラデーションを静かに見ていると、軽い足音をさせて誰かが隣までやってきた。
「やあ、今日は良い夜になりそうだね、お嬢さん」
顔を横に向けると、ギターに似た弦楽器を抱えた、赤錆まみれのハリガネで形作った人型が片手で髪をかき分ける仕草をしていた。
「……また会えるとは思ってなかった」
フォーリンゲンでも会った、前世からの知り合い。
うさんくさいことこの上ない人型アンノウン、通称ハリガネマン。ぼくしか呼んでないけれど。
「それは私もさ、でもここで会ったことは内緒にしてくれ、特に若き星竜にはね」
「なんで?」
「今代の星竜から恨みを大人買いしてしまってね、見つかった瞬間殺し合いになってしまう。私は戦いは苦手なんだよ」
この胡散臭い存在は星竜からも嫌われているらしい。
「…………」
「そう睨むなよ、私たちは共犯者だろう?」
ハリガネマンの言葉で、頭の上でシラタマが毛を膨らませながら殺気……というか怒気を叩きつけている事に気づいた。
よく見るとハリガネマンの足元が凍り付いて空気が白い、ふつうに冷気で攻撃してる。
「で、嫌われ者のハリガネマンが何しにきたの? ぼくこのあと用事があるんだけど」
こいつばかりは何度会っても信用できない。
嫌う理由に上手く理屈がつけられないけど、強いて言うなら本能的に合わない気がする。相容れない。
「君の加護についてのチュートリアルさ、ほら、私ってそういう役割だろう?」
「そんな設定初めて聞いた」
「今考えたからね。ようこそアヴァロンへ! 武器と防具は装備しないと意味が無いよ!」
「…………」
暖簾を殴るような手応えのなさにハァと溜息を吐いて、ハリガネマンを睨んだ。
どうせ重要な情報は出してこないんだろう、手早く済ませてほしい。
「用事があるからさっさと済ませて」
「つれないじゃないか、まぁ私も長居はしたくない。それとあっちの子たちは私に近づけないほうが良いね、私の周りはいまマイナス何百度とかの世界になってるから!」
「シラタマ、力を無駄遣いしないの」
「チュリリ……」
コツコツ貯めてる冷気をここぞとばかりに放出するシラタマを嗜める。
弱体化してるとは言えシラタマの攻撃に動じる気配すらないあたり、やっぱりこいつも高位の化け物なのだろう。
「いやぁ助かったよ、寒かったからね」
「じゃあ帰れよ」
「説明したら帰るさ。君に貸し出されていた月狼の能力なんだけどね。君、かなり無茶な使い方しただろう?」
ちょっと考えたけど、思いつくのは夢の世界で擬似ブラックホールを造ったときくらいだ。
「夢の世界でピエロ倒すのにブラックホールもどきつくったけど、それ?」
「それだ、本来であれば月狼の力によって存在を隠蔽するだけだったんだよ。それがある限り誰も君たちの存在を探知できないっていうのがメインの効果で、重力操作はおまけだったんだ」
「……なるほど?」
どういう理由かはわからないけど、月狼の加護はぼくたちの存在を隠すために与えられたものみたいだ。
「そう、本来なら月狼が制御下に置いて力を注ぐことで、君の消耗や影響を最小限に留めるはずだった。ところが君の無茶のおかげで、加護のうち重力操作に関わる部分が君のものになってしまった。これはちょっと想定外でね、いやはや歴史の転換点ってやつは楽しいね」
「……よくわからないけど、結局どうなってるの?」
「隠蔽以外の重力操作が切り離されて、君の能力の一部になった。重力操作じゃなく重力を水のように扱うことができる能力に変質しているようだ」
完全に想定外の情報が出てきて、頭が混乱する。
「重力が強いほど水中に居るように泳げ、薄いほど泳げなくなるみたいだね」
「……じゃあ上に行くほど身体が重くなるのは」
「水の中は自由に泳げても、水から出るとそうもいかないだろう。あとは身につけている服の重さが影響しているんだろうね。ま、水とそのまま同じ法則な訳がないのは理解しているだろうけど」
「原理がわからん」
「原理なんてないよ、そこにある結果が全てさ。こっちの人間どもが"加護"と呼んでいる力は元来そういうものだよ……君だってよく知っているだろう?」
「…………」
アンノウンと一緒で既知の物理法則と同じ枠組で考える事自体が間違いか。
「便利? にはなったけど攻撃には使えなくなった」
魔力が減った代わりに常時発動できるようになって、代償として調整が利かなくなった。
つまり任意で重力を増加させてっていう使い方もできなくなった。
「ブラックホールかっこいいのに」
「まぁ、それよりもっと面白い使い方ができるかもしれないけどね?」
「面白い?」
「能力をオンにしている状態なら、君にとって重力は水のようなものってことさ」
「…………」
うーん、つまりここは水の中ってことか。
自分の手を見つめてから、水を掻いて押し出すように薙いでみる。
波紋を描くように広がる不可視の波が近くの植木をがさがさと揺らし、枝から外れた葉っぱが高速で地面に落ちるのが見えた。
自由に操作や増減はできないけど、水のように重力を飛ばしたり揺らめかせたりできると。
「……重力波?」
「人間の定義する物理法則のそれとは違うね、まぁ好きに呼べばいいさ」
「じゃあグラビトン、かっこいいし」
「そうかい」
おおよそ状態は理解した所で、ちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「なんか魔力が減ってるんだけど、これって加護が変化したせい?」
「ん? ……いや、幻体を作っただろう? まだその……設計図が伝わるかな、それが君の中に残っていて、維持にリソースを持っていかれてるだけだね。消せば戻るよ」
「なるほど」
どうやら魔力が減ったのは加護とは別件のようだ、ちょっと安心した。
考えてみれば夢世界モードの幻体は偶発的に誕生したから、もう一度作ろうと思って無理だと思って諦めていた。
設計図が残っているなら、そこを基点にすれば同じものが作れる。
……魔力減るのは痛いけど消しちゃうのも勿体ないな、しばらくそのままにしておこう。
「質問がなければ説明は以上でおしまいだ、そろそろ私はお暇させて貰うよ、寒いし」
「……シラタマ」
よく見るとハリガネマンの足元が凍り付いているので、またシラタマが攻撃していたようだ。
反応からして攻撃しても無駄っぽいし力を温存しといてほしい。
「ヂュリリ……」
「いやいや、君だって納得していたはずだろう。ちゃんと君の元に案内したじゃないか」
「ヂュリリ! チュリィ!」
「人聞きが悪いな、騙してなんかいないさ」
頭の上でシラタマが抗議の声をあげる。
翻訳すると「だまされた」「聞いてない」「これなら賛同しなかった」って感じかな。
あいつが共犯者って呼んでたから、ハリガネマンの立てた何かしらの計画に加担してたみたいだけど……。
「シラタマ、そういう悪い付き合いは断たないとだめだよ」
「チュピピ」
良くない付き合いを続けていると知らないうちに詐欺に加担させられたり、白い粉を運ぶ手伝いをさせられたりするのだ。
それで捕まって恩赦狙いでパンドラ機関にやってくる人を前世で何度も見てきた。
「随分仲良くなったことで、よかったじゃあないか」
「ヂュリリリ!」
前世の頃みたいに、シラタマたちに対して一線を引くようなことはもうしていない。
ちゃんと対話ができるようになって、相手の考えていることも理解できるようになった。
シラタマはぼくに対して害になるようなことはしないし、する気がないのもわかっている。
ノーチェたちと旅に出た時、旅の途中で今度はシラタマたちと向き合うことを決めた時に、騙されていようがどうしようがみんなを信じることにしたんだ。
だから変に引っ掻き回すような言い回しはやめてほしい、シラタマが傷付く。
「そっちとしても、そろそろ切り上げたいだろう?」
「まあね」
ハリガネマンの顔……顔どこだ?
たぶん顔が向いている方向では、スフィたちが建物の影に隠れながらしっぽをピンと立ててぼくたちを警戒するように観察している。
漏れ聞こえる会話からフォーリンゲンに居た吟遊詩人と同じ姿に見えているみたいだ。
「どうせ知りたいことは教えてくれないだろうし、ばいばい」
「もちろん教えるつもりはないね、ではさよならだ」
やや強引に話を切り上げたハリガネマンが、手らしき部分をヒラヒラさせて歩き去っていく。
「ヂュリリ!」
「シラタマ、おちついて」
去りゆく背中にツララを投げつけるシラタマをなだめつつ、スフィたちの方を見る。
「……わかるけど、時間がきた」
「ええー」
「何話してたにゃ、ぜんぜん聞き取れなかったにゃ」
「いろいろ」
聞きたいことたくさんありますと顔に書いてあるみんなから視線をはずし、近づいてくる気配に向ける。
道の先から、足音が異様に整っている『私は一般人です』って格好の男性が歩いてきていた。
チュートリアルマンの相手をしているうちに、待ち合わせの相手が到着してしまった。
……まぁ、能力と魔力についてわかって良かったのかな。




