月を泳ぐ
「ほわー」
諸々が終わって数日が経ち、身体の調子も戻ってきた。
もうそろそろ学院も再開するため、明日には家へ帰る準備をしなければならない。
そんなことを考えながら動くようになった身体でベッドから降りようとしたぼくは、今まさに空中を泳いでいた。
「アリス浮いてる!? どうしたの!」
「ゼログラビティ」
「……?」
加護には自分の中で芽吹いたものと、超常的な存在から与えられたものの2種類がある。
前者は成長することがあるらしいけど、後者は与えられた時のまま変わらないというのが定説だ。
本来なら自重を軽くする程度のことしか出来ないはずなのに、ベッドから出たぼくの身体はさながら無重力の中を泳いでいる時のようだった。
前世でやった何かの実験で重力のない部屋の中に入った時の感覚に似ている。
浮き上がった身体は空中でくるくると回り、安定しないまま壁にぶつかった。
「どうなってるにゃ、それ」
「重力ないなった」
「意味がわからんのじゃ」
ぼくもわからん。
どういうわけか自分に対してだけ無重力状態を維持できるようになっている。
魔力消費は……しているように感じない。
「というかおぬし、なんぞ魔力減っておらんか?」
「……マジだ」
シャオに言われて自分の中のわずかな魔力を動かしてみると、動かせる量が以前より減ってる。
ただでさえ少なかったのに3割近くも削れてる、しかも重力の細かい調整が出来ない。
というか気付いたら天井付近まで浮かび上がってしまっていた。
「おねえちゃん」
「んゅ?」
「おろして」
「うん」
下に向かって手をのばすとスフィが何度かジャンプして手を掴み、下まで引っ張り降ろしてくれる。
地面に脚がついたところで重力操作を切ると、一気に身体が重くなっ……!?
「アリス!?」
「ぐおお……」
自分の重さに耐えきれずスフィにしがみつく。
これって、今までなんだかんだ歩けていたのって無意識に重力操作で自分を軽くしていたから!?
何が原因かはわからないけど、細かい調整が利かなくなった代わりに消費無しで常時無重力にできるようになったんだろうか。
倒れたのって重力操作オフで急に動こうとしたのが原因なのか?
仕方ないので意識してオンに切り替えて浮かび上がる。
「こっちの方が楽」
「えー」
飛びすぎないようにスフィの肩を掴んで一息つくと、ノーチェたちがなんとも言えない視線で浮かぶぼくを見てきた。
「なんか、ゴーストみたいにゃ」
「うん……」
ぼくに対して言うのは洒落にならないのでやめてほしい。
■
受付に寄って支払いと退院手続きを済ませた後、ぼくたちは荷物をまとめて治療院の廊下を歩いていた。
プレイグドクター装備のときも思ったけど、やっぱり自分で歩かなくていいのは楽だ。
「移動が楽になったって考えるのが良い気がしてきた」
「前向きじゃなぁ」
どっちにせよ自力移動には限界がある、常に浮かべるならそれに越したことはない。
問題は浮かぶことは出来ても自力での推進力がないことだろうか。
室内だと風がないからうまく移動できないし、風に吹かれるとどっかに飛ばされてしまう。
「うちのふわふわ様は変な方向に進んでいくにゃ……」
「へんなあだな付けないで」
ぼくだって好きでこうなったわけじゃない。
「ねね、アリス」
「なに?」
「もしかしてお空とべる?」
「……んー」
スフィに適当な紐を渡して掴んでもらい、上へ飛び上がると一定の高さに到達したところで身体に重さを感じるようになった。
一定ラインから先は加護の力より通常の引っ張る力のほうが強いらしい。
今は治療院の中で天井があるからそこで強制的に止まるけど、感覚を信じるなら王立学院の屋根くらいが滞空の限界ラインかな。
推進力があればもっといけそうなので、ドクター装備なら本当に空を飛べるかもしれない。
「限界はある、あと飛ぶんじゃなくて浮くっていうのがただしい」
「そっかー」
自力じゃ壁を蹴って飛び跳ねる体力も筋力もないし、空中でジタバタしながら力尽きるのがオチだ。
ちょっと手遅れ気味だけど、ドクター装備をした時との差別化のためにも活用しすぎないほうがいいだろう。
国の暗部に属する人間の前でかなりの手札を曝したのだ、以前と違って隠し通そうとするのは逆にリスクになった。
だからといってフルオープンにするのも違うと思う。
「じゃあスフィがつれていってあげるね」
「ありがと、スフィ」
暫くは誰かの肩か背中につかまって移動するのが賢明な対処だろう。背負われてるフリでもいい。
「ゴーストみたいだにゃ」
「うん」
……人を背後霊扱いしないで。
そんなこんなでわいわい騒ぎながら治療院を出て隣接する錬金術師ギルドに向かうと、ぼく宛に鼠を名乗る人物からの手紙が届いていた。
早くもラオフェン特使との渡りがついたらしい。面会の日時と待ち合わせ場所、注意事項を頭に入れてからぼくは手紙を錬金術で粉々に"分解"した。
学院が始まる前にシャオの件は片付きそうだ。




