獅子人姉妹
「あの子たちは獣人海漁ギルドで預かることになった」
外周1区の病院に入院中のぼくの病室にお見舞いに来たグラム錬師が、サーカスで囚われていた子どもたちの処遇を教えてくれた。
「結局海漁になったんだ」
「もっとも資金力があり種族も多様だからな」
世界各地で攫われてきた子どもたちの処遇は王国側にとっても悩みどころのようだった。
獣人たちは未だに銀狼王を自分たちの王としているため聖王国の貴族にはなりたがらず、一部の地域の自治権を認めてもらい、複数の氏族が個別に集落を統治する独特な立ち位置を保っている。
聖王国の獣人連邦領というかなんというか。
そういった事情があるため、獣人の子どもの扱いで少し揉めた。
国際事件の被害者であり証人でもある少年少女を保護したい聖王国側。
人間に狙われたトラウマを持つ獣人の子どもの安全を最優先したい獣人側。
慎重な話し合いの末に条件をつけて聖王国側が折れ、聖都アヴァロン内で獣人側に属する組織が保護することになった……。
という話は聞いていた。
「めんどくさ」
「まったくだが、子どもたちは安心したようだ」
人間によって親元から攫われて、呪いにしばられ、夜眠ればあのクソピエロに追い回されて拷問の日々。
確かに人間に対して過剰な警戒や恐怖を抱くのは理解できる。
「落ち着いた頃に親元に連絡し迎えに来て貰うか、送り出すかになるだろう」
「長丁場になるね」
「そればかりは仕方ない」
このご時世、旅をするのは簡単じゃない。迎えを待つにせよ送るにせよ年単位での作業になる。
暫くアヴァロンに居るならまた会う機会もありそうだ。
話の切れ間にグラム錬師からお見舞いで貰った袋の中を見た。
こんがり焼けたスティックパイだ、トマトと海の匂いがする。
「トマトとシーバスのパイだ、口に合うといいのだが。このあたりには持ち帰れる肉料理の店があまりなくてね」
「海の物も好き、ありがとう」
シーバス……ってことはスズキか、量があるしあとでみんなと食べよう。
「それにしても……入院したと聞いた時は肝が冷えたよ」
「ぼくもびっくりした」
事件は夜梟騎士の隊長にシャオの印籠を預け、ラオフェン特使への秘密裏の面会を仲介して貰うようお願いした直後のことだ。
少しずつ身体が回復したのでトイレに行こうと立ち上がった瞬間、意識が暗転した。
気づくと治療院の中で、どうやら酷い貧血で気絶してしまったらしい。
たぶん夢の世界とはいえ幻体で暴れた反動による過労みたいな感じだったんだろうけど、ぼくのことを知らない治療師が大慌てで緊急入院手続きをしてしまい、気付いたときにはこんな状態になってしまったのである。
「平気なのにね」
「何故普通に動けるのかと、検査結果を見たヤルムルート錬師と治療師たちの首が真横に倒れそうになっていたが」
「慣れと気合と根性」
「アリス錬師は無茶をする子だな」
目が覚めてすぐ動こうとしたらスフィにギャン泣きされそうになったので、連絡待ちの間は大人しくすると決めた。
暫くはベッドの上の住人に甘んじることになる。
会話の切れ間を縫うように扉が開き、スフィが顔を覗かせた。
「グラムさん、こんにちは」
「あぁ、こんにちはスフィ」
挨拶をしながら入ってきたスフィがベッドの脇まで小走りでやってきて、よいしょと声を出しながらベッドの上によじのぼる。
「アリス、おはなし中?」
「おはなしは……まだある?」
「いや、必要な話は終わっているよ」
グラム錬師は考える素振りを見せてから立ち上がった。
「俺はこの辺で失礼しよう、ロドを待たせているのでね」
「ロド、巻き込んじゃったけど元気そう?」
「もちろん、年の近い少女が錬金術師だと知ってやる気を見せているよ」
「……よかった、じゃあまた」
「グラムさん、またね」
「あぁ、では」
軽く会釈をして部屋を出るグラム錬師を見送る。
夢の中にもいなかったしロドが巻き込まれていないことは把握していたけど、ちょっと心配はしていた。
グラム錬師も目をかけているみたいだし、この分だと弟子入りするかもなぁ。
「スフィ、どうしたの?」
「あのね、エルナおねえさんとリオーネおねえさんがね、お見舞いだって」
「なるほど様子を見たいし会いたい」
「うん、呼んでくるね」
ベッドから飛び降りたスフィが病室を出ていき、暫くして部屋がノックされる。
「どうぞ」
「失礼するわ」
そんな第一声と共に顔を見せたエルナは、かなりやつれているけど瞳には活力が満ちていた。
「話は聞いた、私の命を……何より妹を道化師の呪いから解放してくださったことに心からの感謝を」
エルナは部屋に入るなり片膝をつき、右手で左側の肩を掴みながら深く頭を下げる。
「たしかに受け取った、無事でよかった」
「この恩は生涯忘れないわ、ほらリオーネも」
「う、うん……」
何故かエルナの背後に隠れていたリオーネが横から顔をのぞかせると、すんすんと鼻を鳴らして納得したように頷いた。
「……あの時のニオイにそっくりだ、スフィたちが言ってたのほんとうだった」
「だからあのときの子はアリスだってば!」
「むぅ……」
会話の流れでなんとなく察したけど、夢の世界でのぼくの姿を見ているリオーネは同一人物だと信じていなかったみたいだ。
「……私は気を失ってたからね、リオーネはちゃんとしなさい!」
「ひゃいっ! あ、あの……助けてくれてありがとな」
「どういたしまして」
頬を染めてチラチラこっちを見ながら言い終えたリオーネは、すぐにエルナの背に隠れた。
なんかキャラ変わってない?
「リオーネ!」
「……うぅ」
姉の叱責を受けて観念した様子で隣に片膝で座り、姉のポーズの真似をする。
立場も年齢も関係性も違うけどなんかちょっと親近感を覚える。
何かの作法らしき所作を終えると、ようやくふたりとも肩の力が抜けたようだった。
「なぁ、ほんとに女の子? あの時は男の子のニオイがしたゾ」
「夢の世界だと自分が男の子だっていうイメージが強かったから、たぶんその影響」
幻体の素の中にシラタマたちが入って夢の世界に運んでもらい、そこに眠りながら意識を送ることで形を整えて活動する。
やったことを簡単にまとめるとこうなるんだけど、その形を整える段階でぼくの中の自分に対するイメージと理想とかが入りまくった結果があれだ。
緊急だったし確認したわけじゃないから、肉体まで男の子になってたのかはわからない。
「そっか……」
「アリスは女の子だもん!」
「…………」
何故かひどくがっかりされて、ついでとばかりにスフィの言葉が重くのしかかった。
別に女の子であることが嫌なわけじゃない、しっぽ同盟のみんなとの関係は凄く心地良いから。
ただ『おまえは女の子だ』って改めて突きつけられるとちょっと、なんか、なんだ。
「リオーネ、いつまでも失礼なこと言ってないの! ごめんね、私たち暫く獣人海漁ギルドでお世話になることになったから、家族と連絡がついたら改めてお礼に伺うわ」
「……うん、がんばってね。ご家族と無事に会えることを願ってる」
「ありがとう、それと……良かったらだけど、リオーネとも遊んであげてほしいの。獅子人のせいか周りが一歩引いちゃって」
「あぁー……」
大陸東方では南部森林地帯にある獣牙連邦の盟主が金虎人で、大陸西方北部では金獅子率いる獣人達が人間国家と勢力争いをしているとも聞くし。
銀ほどじゃないけど、金色も獣人にとっては特別な意味合いがあるらしい。
普通の獣人の子たちからすればエルナもリオーネもお姫様か。ぼくからはもっとも遠い言葉だな。
「たぶん大丈夫、元気になったら遊ぼ」
「おう! かけっこは得意だゾ!」
「スフィもとくい!」
「前言撤回していい?」
ピンポイントで一番苦手な部分をついてこないでほしい。
そんなぼくたちのやり取りを眺めながら、エルナは穏やかに笑っている。
最初に会った時に撒き散らしていた追い詰められたような気配は少しもなかった。
*獣人海漁ギルド
中型船や小型船で近海で活動する、素潜りなどを中心とした漁を行う組合
人間主体の海漁ギルドとは港と漁場の距離などで差別化を図っている
海の魔獣の危険がある世界で助け合い精神を是としているため、海漁ギルド同士の仲はそこそこ良好




