道の中ほど
願いは虚しく、気配はこちらを伺うようについて回った。
「……匂いは草と水の匂いだけなんだよにゃ」
「うん」
かなり距離があるからか、気配を察知しているのはぼくとフィリアだけ。
這いずる音だけが遠くで蠢くのは、何とも言えず不気味だった。
「完全に狙いをつけられたっぽい」
「なんだか怖い……」
姿の見えない追跡者にフィリアも怯えてしまっている。
「不気味じゃのう」
服の切れ端や散乱している荷物は、あれから一度も見付けてない。
何者かの仕業だとするなら、ぼくたちが次の犠牲者候補って感じだろうか。
「まぁ、いざとなれば本気出す」
収入こそ落ちるものの、ここまで魔獣から手に入った魔石はすべてぼくが貰っている。
おかげでカンテラの燃料にも結構余裕が出来た。
一度くらいなら大技をぶっ放せる。
相手が水に属するなら有効打になる可能性が高い。
「あたしらも、新しい武器の試し斬りしてやるにゃ!」
「いつまでも弱くないもん!」
武器がパワーアップして強気になっているスフィとノーチェもやる気満々だ。
相手がなんであれ、迎撃する覚悟は出来ていた。
理想はこのまま見逃して貰えることなんだけどね。
■
首都へ続く湿原に入って約10日。
追い越していく旅人たちを横目に、ぼくたちは自分たちのペースを保っていた。
「今どのあたりにゃ?」
「えーっと……半分は大分過ぎてる、あともう少し」
シーラングの首都は、大陸東方南部に存在する巨大湿原の中央に存在する。
国ひとつ分に近い大きさの湿原は、他国の侵攻を許さない鉄壁の要害地帯。
その分、首都への移動は大変だ。
慣れている人なら大体7日、一般的な必要日数は港から首都までで約14日と計算されている。
皆は健脚だし、ぼくがシラタマに乗れるおかげでかなり順調だ。
速度自体は徒歩だけど、どっちにせよ馬車とか馬の類いは使えないので大きな差はない。
馬を使っても走れないっていうのが正確かな。
「くさいし、じめじめして滅入ってきたにゃ」
「ねー」
気配にストレスを感じるぼくとフィリアに対して、スフィたちは水と湿度と緑の匂いにやられているようだ。
確かに青々と茂る草木の匂いは、ジメジメとした暑さに乗っかってかなり濃い。
「のう、わし水ほしいのじゃ」
「シャオちゃんもう飲んじゃったの?」
「うむ……」
汗だくのシャオが意を決したようにフィリアに水筒を差し出す。
申し訳無さそうに耳と尻尾を垂らしているけど、別に気兼ねなんてしなくていいのに。
「この暑さと湿度なら脱水が怖いから、気にせず飲んで」
「しかしのう」
フィリアが一旦足を止め、リュックの中から2リットルペットボトルを取り出してシャオの水筒に移しはじめる。
「旅の最中の水は貴重じゃろう?」
「……忘れてたにゃ、あたしら水に困ったことにゃいし」
シャオの言葉にノーチェが納得したように手を叩く。
「あの街に居た時は、飲み水を探すのが一番たいへんだったよね」
「そうだにゃあ」
安全性の高い飲み水なら水道水でいくらでも補充できる。
404アパートが使えなくても、錬金術での濾過なら大した手間もかからない。
毒性や細菌、微生物程度でいいなら安全性のチェックも出来る。
もっと細かい検査となると街の設備が必要だけど。
「ぼくが居る以上、水には困らせない」
「キュピ!」
最悪シラタマの出した雪を溶かして水にすることも出来る。
調べた感じ魔力は入ってるけど普通の雪だったし、飲んでも問題ない。
「シラタマいま揺れないで、酔う」
「チピィ……」
テンションが上がると身体を左右に揺らす不思議な踊りをする癖がある。見てる分には可愛いけど、乗ってる時にやられると三半規管にクる。
「……錬金術師とは便利なものじゃなぁ」
「伊達に一生食いっぱぐれないって言われてないと思う」
「アリスはすごいんだよ!」
ややズレたスフィの自慢を聞き流して、少し機嫌が悪くなったシラタマの頭を撫でて慰める。
熱帯にある湿原って水こそ多いけど、安全には疑問がつきまとうからね。
この往路での水は結構貴重なのだ。
「水売ったら金にならないかにゃ?」
「あ……」
ひらめいたノーチェにフィリアが「その手が!」みたいな顔したけど、それはない。
「それやるにはぼくが錬金術師って明かさないと信用されない、相手によっては……」
「狙われるにゃ」
それなりに実力があるパーティに所属してるなら小遣い稼ぎって認識されると思うけど、生憎とぼくたちは新米ひよっこ。
正式なパーティ名すら決まっていないFランクパーティである。
いや、スフィとノーチェが「もっとかわいいのがいい!」「いやカッコイイのがいいにゃ!」と揉めて、首都まで保留中だ。
リーダー自体はノーチェで正式に決まったんだけど、メンバー同士は基本対等で行くことが決まってるので、こうやって意見が割れると結構長引く。
張り合ってるだけで仲は良いんだけどね、ふたりとも。
「あたしら殲滅の牙の名を轟かせて、そういうのも全部跳ね除けられるようになってやるにゃ」
「もっとかわいいのがいい……」
「泣く子も黙る最強パーティを目指すにゃ、パーティ名でも相手を怖れさせるべきにゃ!」
こんな感じで、未だに意思は統一されてない。
10歳未満の獣人の女の子だけのパーティで『殲滅の牙』って、確実に生暖かい目で見られるとは思う。
「おまえらもカッコイイ方がいいよにゃ!?」
「絶対かわいいほうがいいよね! ね!」
「え、え、あ、うん」
板挟みになったフィリアが狼狽し始めた。
「フィリアはどっちにゃ!」
「え、え、あ」
「アリスはおねえちゃんの味方だよね?」
「はい」
もちろんお姉ちゃんは絶対である。殲滅の牙はぼくもちょっとどうかと思うし。
「これで2対2にゃ……後はシャオ!」
「む、よかろう! わしがよい名前を考えてやるのじゃ!」
「混ぜっ返すにゃ!」
「のじゃ!?」
ここぞとばかりに自己主張で選択肢を増やそうとするシャオにノーチェのツッコミが入った。
「首都までまだ時間あるんだから、ゆっくり話し合おうよ」
「そ、そうだよ!」
フィリアがちらちら見てきたので助け舟を出すと、速攻で乗っかってきた。やっぱり困ってたらしい。
攻撃力高そうな名前はどう考えてもフィリアの趣味じゃないからなぁ。
女の子らしい趣味というべきか、フィリアはスフィと同じくらい可愛い物が好きだ。
ぼくはスフィには逆らえないし、多数決になればスフィが勝つことが決まってしまうので困っていたんだろう。
シャオはシャオだし。
「そうじゃ! わしの提案をないがしろにするんじゃないのじゃ!」
「じゃあどんなの考えたか言ってみるにゃ」
「よかろう! "シャオとそのしもべ達"なのじゃ!」
「これからシャオはひとりでやっていくそうにゃ、別れを惜しんで先に進むにゃ」
「のじゃ!?」
休憩が終わった。
すたすたと先に進むノーチェに続いて、みんな歩き出す。
蒸し暑いけど、天気は良いなぁ。




