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序幕 雨のなか


 小雨が降る夜の森、風で流れた雨雲の隙間から蒼い月が顔を覗かせていた。


 微かな月明かりが頼りの冷たい森の中を、小さな影が歩いている。


 湿った木の葉を踏み鳴らし、よたよたと頼りない足取りで、影はぬかるんだ道を進む。


 時折足を止めて背中を気にしながら、草木に紛れるように歩き続けた。


 ひときわ強い風が雨雲を退かし、月が完全に姿を現す。


 照らし出された影の正体は幼い少女たちだった。年の頃は6つか7つ。狼を想起させる毛の生えた三角の大きな耳と、豊かに揺れる尾をもつ、薄汚れた灰色の髪の童女がふたり。


 ひとりがもうひとりを背負い、小さな脚を懸命に動かして歩く。


 背負う方の少女は焦りを滲ませた顔を時おり背後に向けては、泣きそうな口元を強く結んでいる。


 背負われる方の少女は意識がないのか、ぐったりとして動かないまま背で揺られる。


 少女たちの顔は、まるで生き写しのようによく似ていた。


「アリス、もうちょっとだからね」


 ふらつきながら歩く少女が、背負っている片割れへと声をかける。それから見据えた道の向こうには、深く暗い夜闇に染まる森が広がっていた。


 不安に小さな胸を潰されそうになりながら、少女は背中で寒さに震える"妹"を励まし続けていた。


「もうちょっとだから、おねがい、がんばって……」


 生い茂る葉を伝い、集まって落ちる冷たい雫が土で汚れた肌を濡らす。ふりしきる小雨は動けない"妹"から容赦なく体温を奪っていく。このままなら、逃避行のさなか熱を出してしまった妹は助からない。


 そんなことは、"妹"を背負う少女が誰よりもわかっていた。生まれつき身体の弱い妹の面倒を、物心ついたときからずっと見てきたのだから。


 一方で"妹"もよくわかっていた。このままでは自分が長くないことを。


 背中で揺られ、青ざめた唇で息を吐きながら、ようやく見上げた空の上。雨に煙る青い月が浮かんでいる。


 年に数度姿を現す不思議な色合いの月。青い月には彼女たち"おおかみ"の祖たる神、虚空の彼方より世界を見守る月の神獣が住むという。


 "おおかみ"の少女は唇を結び、月を見上げて祈りを捧ぐ。


 "おおかみ"の少女は熱に浮かされながら、月を見上げて願いを込めた。


――どうか、妹を助けてください。

――どうか、お姉ちゃんだけでも助かりますように。


 冷たく濡れた大気の果てで、揺蕩う蒼い月が静かに少女たちを見つめていた。


 無慈悲な雨は、か細く弱く、されど止む気配は未だなかった。

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