第二話 突然の襲来
どこからともなく聞こえる鳥の歌と朝のヒンヤリとした空気が春の近づきを感じさせるこの日、
俺はいつものように髪を結ってもらっていた。
俺の16歳の成人とお披露目を祝う祭りが1か月後に控えているため、その準備で国中が大忙しだった。
そんな中、俺はアナとのお喋りにふけっている。
「もう1か月後ですか...。楽しみですね!お嬢様。」
「ええ、楽しみね。」
「もう、お嬢様反応薄くないですか〜?主役はお嬢様なんですよ!!」
この15年でノエルは「俺」としての意識が薄れていて前世の記憶も殆ど消えかけていた。
普段のようなたわいのない事を話していると、俺達は外が騒がしいことに気がついた。
「それより、なんだか今日は外がにぎやかね。」
「そうですねぇ。何かあったんでしょうか?確認してきます!」
そう言ってアナは部屋をあとにした。
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それから数分後。
一向に外の音が消える気配がなく、アナも戻ってこない。
ドンッ
大きな音がして外の騒がしさが一気に大きくなった。
外からは人々の怒号と金属音、何かが爆発したような音が聞こえた。
すると、普段はめったに俺の部屋に来ない執事が焦った様子で部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた。
その瞬間、俺はなにか異常事態が起こったのだと察した。
「ノエルお嬢様!今すぐお逃げ下さい!」
「何があったの?」
「群衆が一揆を起こしたのです!ここにいては危険です!地下の隠し通路を通り、お逃げ下さい!」
俺はただ驚愕していた。
あの「ドンッ」という音は門が壊された音だったのだ。
しかし、群衆の力だけであの門の警備を突破できるわけがない。
俺は疑問と動揺の中、執事の後について行った。
しばらく歩いていると執事が壁の前で立ち止まった。
すると、壁に向かって何かをし始めた。
「お嬢様、こちらです。」
執事がそう言うと壁が開き、地下へと続く階段が姿を表した。
その階段はほこりっぽく蜘蛛の巣も張っていて、長い間人が入っていないことがひと目で分かった。
「階段の下で兵士が準備をしております。どうか気をつけて下さい。」
「ありがとう。」
そう言って俺が階段を降り始めると、執事が外から扉を閉めた。
階段と壁は石造り、明かりは1〜2mおきに壁にロウソクが灯っているのみで非常に心細かった。
広さは横に人が3人通れるかどうか程度だった。
速歩きで階段を降りて行くと、階段の終わりで兵士が数人待っていた。
「お待ちしておりました。この通路を真っ直ぐ行くと街の外の森に出ることができます。急ぎましょう。」
「ちょっといいかしら、お母様とお父様は無事なのかしら。」
そこには両親の姿はなかった。
すると兵士は目を逸らし、
「国王と皇后様は...街での公務中に群衆に襲われましたっ。」
その場の空気が凍りついた。
「王国の精鋭部隊が護衛していたにもかかわらず、襲われてしまい...部隊も壊滅しました。無念の限りです。」
兵士たちは皆、目に涙を浮かべていた。
俺もただ悲しみにとらわれた。
その空気を打ち砕くように爆発音が鳴り響き、人々の怒号が聞こえてきた。
「まさか、ここが見つかるなんて!」
「急ぎましょう!」
この通路の広さでは荷車も通ることができないので、俺は兵士におんぶをしてもらった。
兵士たちは訓練されているだけあり、
鎧と俺があっても、もの凄い速度で走った。
しかし、群衆はそれ以上の速さだった。
段々と後ろから人々の足音と声が近づいて来ていた。
しばらく走ると、出口が見えてきた。
兵士たちは出口の前で足が止まった。
待ち伏せされていたのだ。
なぜか群衆には、通路の存在ばかりでなく出入り口まで知られていたのだった。
すると兵士たちは何かを覚悟したようにうなずきあった。
「お嬢様、できるだけ身を小さくしててくださいね。」
俺をおんぶしている兵士が俺にそう放つ。
俺は言われるがままに身を小さくする。
次の瞬間、他の兵士たちが出口の群衆に向かって走り出した。
群衆は何かに囚われたように俺たちに襲いかかってくる。
それはまるで魔物のようだった。
一瞬、兵士たちが群衆の中に道を作った。
俺をおぶっている兵士はその一瞬を見逃さなかった。
物凄い速さで群衆の中を駆け抜ける。
やっとの思いで群衆の中から抜けふと後ろを見ると、
先程まで勇敢に戦っていた兵士の体が原型をとどめていなかった。
そして、群衆がこちらに視線を向ける。
するといきなり、俺をおぶっていた兵士が急に立ち止まった。
その兵士は、このままでは2人ともあの兵士のようになってしまうと悟ったのだった。
「私が奴らを食い止めます。その間にお嬢様はお逃げください。」
「でもそれではあなたが…」
「大丈夫です。私を信じてください。」
その兵士はこの国の兵士の中で最も手練の兵士だった。
その兵士の名は、アーウィンと言った。
俺はアーウィンの実力を疑っているわけではなかったが、どう考えても一人の手練兵士でどうにかできる量の人ではなかった。
俺は必死に彼を静止した。
俺は1人で逃げられる自身がなかった。
だが彼は俺の静止を振り切り、たった1人であの群衆に立ち向かっていった。
「うおぉぉぉぉ!」
アーウィンの雄叫びを聞いた瞬間、俺は覚悟を決めた。
俺1人を逃がすためだけにどれだけの人が命を落としたのだろう。
俺が死ぬだけでどれだけの人の努力が無駄になるのだろう。
そう考えると、俺の足は自然に前へ踏み出していたのだった。