選択
【選択】・・・そうだ。これは俺に何を選択させるんだ?
すると使者は俺に黒い何かを投げてきた。慌ててキャッチする。
これは・・・俺のスマホ?
半年以上前に見たっきりだけど、長く愛用していたその形は覚えている。
スマホには、かつて見たあの登録サイトが表示されていた。
「【選択】は使っても使わなくても生きて帰れる。つまりそのまま戻ることも出来るが、【選択】出来るのは今ここでの一度だけ。後からはもう変えられない。だからゆっくり考えるように。」
そう言って使者はその場に座った。俺がどういう選択をするか悩む時間を与えてくれたようだ。
俺はスマホに目をやる。そこにはかつて見たあの文字が書かれていた。
【もしチートが与えられるなら、欲しいですか?】
「どうするんだい?チートを持って行ってもいいって世界が認めたようだよ?世界が認めたという事は異物感も避けられるように設定し直されるだろう。」
どうする・・・か。ここで【はい】を選べば俺はまたチートに生きられるということだろう。
そしたら、世界はもう救われたわけだし、今度こそチートでスローライフが出来るんじゃないか。
でも・・・。
「悩んでいるのかい?前の君は即答で【はい】と答えたのにね。」
「そりゃあ前は異世界にいけるなんて思ってもいなかったからな。」
「でもあの時の君が異世界にいけると分かっても即答で【はい】を押していただろう?」
・・・確かにそうかもしれない。というか絶対に【はい】を押していた。
でも実際にチートを経験して、そのあまりにも強すぎる力にドン引きした。あれは世界の力だと言うが、かなりシンドかった。
一瞬で誰かの数十年の努力を追い抜いていく。それは最初は気持ち良いけど、その誰かと親密になればなるほど気まずさや申し訳なさを運んでくる。
誰かと肩を並べて生きられるというのは、悪いものじゃない。
「チートはとても便利だ。一度使ってしまったら捨てがたいだろう?」
そうだ。チートは便利なんだ。俺もそう思ったし、周囲の人たちにも何度も言われた。
物も持ち運ぶ必要がないし、空だって飛べるし、本当に何でも可能にしてくれる。
便利なものに慣れた時、それを捨てがたくなってしまう。
スキルを使っていたはずなのに、既にそれなしでは生き辛くなる体に変えられてしまっている。
それに【浮遊】が使えなくなればもうエリーと空の旅をすることも出来なくなるだろう。
悩ましいところだな。
「怖いのかい?チートを捨てることが?」
・・・怖いか。確かに怖いのかもしれない。
今まで俺はあの世界でチートを持っている状態で過ごしてきた。
つまり、多くの人たちとの関係はチートを持っている俺によって作り出された関係なのであって。
チートでも勇者でもない俺を・・・みんなは受け入れてくれるだろうかという不安もある。
「君は特別になりたいのだろう?今度こそ平和な世界であれば君の望むような特別が得られるかもしれないよ?」
特別か・・・。そうだな。女も金も力も権力も名声も全てを手に入れられるかもしれない。
でも・・・
「今は不思議とそういうものを欲していないな。もう特別は十分だ。」
「ふふ。君が欲しいと思っていた特別というのは、要は人の注目を浴びたかっただけだ。ともすればそれは、愛に飢えていたともいえるだろう。」
「愛に飢えていた?俺が?」
「そうだ。君は気が付いていないかもしれないが、既にあの世界で女も金も力も権力も名声も手に入れている。だというのに何一つ満たされなかっただろう?」
「・・・そう言われればそうかもな。」
「結局君が求めていたものは誰かの注目ではなく、特別な愛情だった。そしてそれを【預言者】や冒険者の先輩や皇帝から与えられて満たされたから、人の注目に魅力を感じなくなりつつあるんだよ。」
うーん。愛情に飢えていたと表現されてもしっくりこない気がするが・・・でも確かにそうなのかもしれない。
求めていたものではないけど、結局想像していなかったそれらのものの方が今では魅力に感じている。
「さて、長々と話したが、既に答えは決まっているようだね。」
「あぁ。一応な。」
「ふふ。一応と言いながらも随分堅い意志だったじゃないか。こっちがどんなに揺さぶってもビクともしなかったぞ。」
確かに使者はずっと揺さぶろうとしてきた。でもまぁ、結局答えは変わらなかった。
俺は【いいえ】を押した。
「一応聞いてもいいかい?どうしてチートを捨てたんだい?」
「うーん。やっぱり一人で強すぎるってさ、結局は孤立しているだけなんだよね。」
「ふむ。孤立か。」
「そうそう。孤高とか孤独じゃなくて孤立してるんだよ。周りとあまりにもかけ離れた力は周囲と自分を隔ててしまう。それは単純に一人になるという孤独じゃなくて、周りがいるからこそを感じてしまう孤立なんだよ。」
俺はさっき言われたように、結局は人からの愛情に飢えていたのだろう。
チートという能力はその愛情を受けづらくさせてしまう。
女や金や名誉じゃ埋まらない情を、孤立してしまう中では受け取り辛くなってしまう。
「孤立するのってさ、すごく辛いんだよ。結局さ、苦しんで、悩んで、喜ぶ。そういう人生の中の色々な出来事をさ、誰かと一緒になって過ごす時間ってのは良いものなんだよ。でもチートはその「一緒」を奪ってしまうからさ。だから、いらねぇや。」
「ふむ。そういうものか。」
「俺はチートでも勇者でもない、ただのハルヤとして生きていくよ。それに俺はみんなを信じてるからさ。俺の能力がなくたって、きっと受け入れてくれるって信じてるんだ。」
「ふふ。力よりも人と過ごすことを選んだか。勇者らしい。いや、元勇者だったか。」
「それにさ・・・。」
俺が最後の理由を言うと、使者は大爆笑した。
「ははははは!なるほどね。そうか。そうか。それはいいな。」
使者は何だか満足そうにうなずいている。何というか嬉しそうな表情に見える。いや、実際に表情は良く見えないから分からないんだけど。雰囲気が嬉しそうだ。
「さて、君はこれからあの世界に帰って行く。君が死んでから一月後の世界だ。帰る場所は、行けば分かる。君のこれからの人生が幸せであるように願っているよ。くれぐれもこの場所にすぐに帰ってくることのないように。」
「ははは!あの世界は危険だから、チートもなしじゃ大変かもしれないな。でもまぁ、何とか過ごしてみるよ。」
「そうかい。では、これよりハルヤの送還に移る。」
そう言って使者はよく分からない言葉を喋りだした。すると段々と使者の顔が見えなくなっていく。
あぁ、そう言えば最後にお礼を言っておこう。
「使者さん!ありがとう!何かよく分からないけどあなたと話してると安心したよ!またいつかな!」
こうして、俺は勇者でもチートでもない、ただのハルヤとして、あの世界に帰って行くことになった。
―――――――――――――――――
「・・・行ったか。」
思ったよりも早くチートを放棄した彼には驚かされた。それほどまでチートが嫌だったのか。それとも、誰かと一緒に歩むことに魅力を感じたのか。しかし最後の願いは・・・思わず笑ってしまった。
いずれにせよ、彼の過ごす人生に幸あれと願うばかりだ。
「・・・頑張れよ。ハルヤ君。」
一人そう呟いた。だが、その独り言は聞く者の存在によって独り言ではなくなった。
「・・・あなた。もしかしてハルヤ君はもう行ってしまったの?」
完全に忘れていた。ハルヤ君が来たら伝えると言っていたのを忘れていた。
「ふふふ。あなたは昔からそうね。一人で何でも勝手に決めて、一人でどこかに行ってしまって。そして今回は一人でハルヤ君に会って。そんなに一人が好きなのかしら?」
ここは自分の非を認めさっさと謝るに限る。
「ごめんなさい!!」
「ふふふ。」
笑っている。つまりこれは完全に怒っている!
ヤバいヤバい。二度目の死が近づいている気がする。ここは一か八か弁明しよう!
「しょうがなかったんだ!会ったら自分のことを言っちゃいけないってルールを守ろうと必死になってたら、それ以外に考えが全然回んなかったんだ!むしろ話さなかった私を褒めて欲しいぐらいで!」
「ふふふ。だったら許されると思ってるの?」
「ひぃぃぃ!!」
賭けに負けた僕は、妻からのさらなる攻撃を受ける羽目になった。
「ふふふ。あなたのせいでエリーがどれだけ苦労したか。あなたが神様にお願いしたせいで【預言】なんてスキルがあの子に渡されたせいでどれだけ苦労したか。」
「そ、それは!でも子を思う気持ちだからこそだ!しょうがないじゃないか!」
「だったらもうちょっと分かりやすい説明にしたら?神の声が聞けるとみんな期待しちゃったのよ?でも実際は、エリーが幸せになるための行動しか伝えられないんだったら、そう説明文に書かないと勘違いしちゃうでしょう?」
「それは神様に文句を言った方が・・・。」
「ふふふ。神様に文句をいうわけにはいかないからあなたで憂さ晴らししてるだけよ?」
「な、なんで?!」
「あなたが私を呼ばなかったからに決まってるでしょ?」
・・・これはもう大人しくサンドバックになるべきだな。
頑張れよハルヤ君。多分エリーも彼女みたいになる。つまりは君も僕みたいになる。
「ふふふ。さぁ、あなたの過去の悶絶告白シーンでも振り返ってみましょう。幸いここは映像化していつでも見れるし。」
「やめてくれ!あれは何回見ても恥ずかしいんだ!!やめてくれ!!」
色々と頑張れよハルヤ君。
レベル1からのやり直しは大変かもしれないが、最悪死んでも大丈夫だから。
悪くないよ?死後の世界も。
―――――――――――――――――
死と生のはざまから送り出された俺は、あの世界に帰って来た。
そのことはすぐに分かった。
ただまたここからかよ。あの時と違って場所が分かるからいいけどさ。
でもやっぱり原っぱに一人はねぇだろ。
―――ガサッ
どこかで音が鳴った。
・・・あれ?というかチートのない状況でモンスターが襲ってきたらマズくないか?
ヤバいかもしれない。
そう考え警戒しつつ、その音の方を見た。
・・・あぁ。良かった。安心した。
それどころか、心が一瞬で喜びに満たされた。
また会えた。俺にとっては一瞬だったけど、あいつにとっては一ヵ月ぶりか。
随分、待たせちゃったな。
「エリー・・・。エリー!!!」
俺はいても経ってもいられずに走り出す。エリーも同じように走りだしてきている。
そしてあっという間にぶつかりそうなまでに近づいた俺たちは、勢いそのままに抱きしめ合った。
エリーを抱きしめる。強く、強く抱きしめる。
「ハルヤさん!!・・・良かった!・・・良かったっ!!」
涙を流して喜ぶエリーを抱きしめる。生きていることを確かめるように、長く、強く、抱きしめる。
「エリー。・・・ただいま。」
「・・・ふふふ。おかえりなさい、ハルヤさん!」
そしてまた、力いっぱい、目一杯抱きしめた。
もうチートじゃないから、【手加減】なんていらない。
ずっと、ずっと焦がれていた。ずっと、ずっと、力強く目一杯に抱きしめたかった。
もう虚無感を感じることはないだろう。この温もりが、俺の心を満たしてくれる。
そう伝えてくるように、そう確かめるように、エリーは俺を、俺はエリーを全力で抱きしめた。




