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処刑

翌日、いや俺の最後の日と言うべきか。


天気はまさかの曇り空。せっかく空を暗闇から解放したって言うのに、最後ぐらい晴れ間を見せてくれてもいいじゃねぇか。神も人間の風情ってもんを分かってねぇなぁ。



「ハルヤさん、おはようございます。よく眠れましたか?」


「あぁ。疲れてたからぐっすりだ。エリーも眠れたか?」


「えぇ。おかげさまでゆっくり眠れました。」


嘘つけよ。すすり泣く音がずっと聞こえてきてたぞ。まぁそれを聞いていた俺も結局全然眠れてないんだけどな。


「さて、フィリップのところに向かうとするか。」


「えぇ。そうですね。」


最後の最後、いよいよその時がやってくる。そう思うと、言葉が何も出てこない。エリーも同じ気持ちなのか黙っている。



もしかしたら、これが最後なのかもしれない。

そんな感情を一生懸命に押し殺して、信じるんだと何度も心に言い聞かせる。


俺たちはきっとまた会える。互いに何も話さないのは、心の内で何度もそう言い聞かせるのに必死だからかもしれない。



城までは【時空魔法】で門の前まで飛んでいった。だがすでに門の前に人がたくさんいて、俺たちを見つけては大歓声が沸き起こる。どうやら街は祝勝ムード一色で、皆で既に朝から騒いでいるようだ。


随分早くから騒いでいるんだなと門番に聞けば、昨日からずっとだと言われた。

なるほど、どうりでみんな疲れた顔をしているわけだ。



大歓声で迎える民衆を横目に、俺たちは城内に入っていく。


城内でも歓声を受ける。こちらは昨日以上に大きな歓声だ。昨日は突然だったから用意できない部分もあったのかな。今日は来ることが分かっていたから、改めてちゃんと祝おうという雰囲気が伝わってくる。


祝うだけという雰囲気だから、どうやら俺が【断罪】されることは周囲には伝えられていないようだ。


それは通された皇帝の間でも同じだった。周囲の人々は皆一様に俺たちを褒めたたえる。

【断罪】に関しては誰も何も言ってこない。恐らく、知らないという事だろうか。


フィリップは一人で抱えてたのかな。気が変わったりはしてないよな。


「勇者ハルヤよ。よくぞ来たな。これから祝勝会が開始される。その初めにお主に演説をしてもらう。そしてその後で私が演説をする。その時が、全ての始まりの合図となる。」


・・・なるほど。その時が断罪の時だということか。

最初にいきなり来るってわけね。あー何だか緊張してきた。



というか最初に演説って何だ?俺は何を話せばいいんだ?

人前でスピーチとかまともにしたことないんだけど・・・え?どうすんの?



俺の悩みなど知った事かと言わんばかりに、そのまま化粧室に連れて行かれ身だしなみを整えてもらうことになった。

俺は当然のように聖装を着ていくことになったが、エリーも今日ばかりはドレスを着たらしい。可愛いなぁ。



この姿が最後かと思うと何だか泣きそうになってくる。

いやいや、必ず帰ってくるんだ。朝からそう何度も心の中で言ってきたじゃないか。



「ハルヤさん、どうですかこの衣装は?」


「え?あ、あぁ。めちゃくちゃ可愛くてビックリした。」


俺が普通に褒めるもんだからエリーは虚を突かれたのだろう。驚いた顔でこちらの様子を伺う。


「あら?考え事ですか?」


「・・・いや、人前で演説って何話せばいいんだろうって思ってさ。」


「ふふふ。思ったままに語れば良いのです。勇者の言葉なら民衆はどんな言葉でも喜んで聞きますから。」


そうか。そういうものか。ただそんなこと言われてもやはり皆に良いスピーチだったと思われたいと感じてしまうのが人間の心情だろう。


多少の励ましを受けつつも、俺はやはり悩んでしまう。



「勇者ハルヤ様。預言者エリー様。ご準備はお済みになりましたでしょうか?既に街の方々の準備は整えられております。どうぞこちらにお越しください。」



・・・召使いが俺たちを呼ぶ。いよいよ、最後の時がやって来た。

緊張してくるな。恐怖も不安もある。色々なことがこれから起こってくる。


色々と悩む俺にエリーが語り掛けてくる。いつになく、真剣な表情で。


「ハルヤさん、大好きです。ここまで惚れさせたのですから、責任とって、帰ってきてくださいね。」


あまりにも直球な告白に驚いた。でも、不安に思う気持ちが和らいだ。

最後の最後に、俺が勇者のはずなのに、勇気をもらうことになるとはな。


「そうだな。・・・必ず帰ってくるよ。」


「ふふふ。では行きましょうか。」



俺たちは城の中腹にあるバルコニーに連れていかれる。その高さでも十分に周りの民衆を見渡すことが出来るだろう。


既に大臣と共にフィリップもいた。フィリップは心なしか悲しい表情をしている気がする。ただ俺を見つけた途端、何かを吹っ切れたように笑顔で迎えてくれる。


「勇者よ。民はお主の言葉を待ち望んでいる。存分に語ってくれ。」


その言葉と共に大臣に案内されるままバルコニーに出て行く。



俺が出て行くと大歓声が起こった。見下ろすと信じられないほどの人で埋め尽くされている。

一体何人いるのだろうか。分からないが、それでも10万人は超えていそうだ。


とりあえず手を振ってみる。すると大歓声はさらに大きな歓声になった。

スゴイ。耳が痛いぐらいだ。


人々は狂喜乱舞しながら俺の方に向かって色々と叫んでいる。もはや何と叫んでいるのかは何一つ分からないが。それでも嬉しそうだ。



ヤバい。ドキドキする。こんなにも大勢の視線が全て俺に向けられている。こんな経験今までしたことがない。どうすりゃいいんだろう。


困惑した俺の前に何か魔道具が設置された。


「ここに向かってお話しください。」


大臣の一人に伝えられた。どうやらこれはマイクのようなものなのだろう。

いよいよ、俺の演説が始まる。当然、何も考えていない。頭は真っ白だ。


だから、頭の中に浮かんだ言葉をそのまま話していくこととしよう。



―――――――――――――――――


街中の視線が鞘の勇者ハルヤに釘付けになった。

一体勇者は自分たちにどんな冒険譚を語ってくれるのか。皆がワクワクしながら待っていた。

時には苦しみも、時には困難も経験し、それでも最後には勝利する。そんなお約束の冒険譚を期待して、人々は勇者の言葉に耳を傾けた。



『えーと。民衆の皆さん、初めまして。俺の名前はハルヤです。勇者として、異世界からやってきました。


俺は前の世界では何の力も持たないただの一人の人間でしたが、ある日突然、多分ですけど神に連れられてこの世界にやってきました。


そこで与えられたのは【チートパック】という能力でした。これがとんでもなく強いスキルで、なんと経験値が1万倍入るんです。この力で俺はすぐにレベルもスキルLv.も上がっていきました。オマケに【勇者】という職業も与えられて、さらにレベルの上昇が早くなりました。』



「異世界?」「チートパック?何だそれ」「とにかくすごく強いってことだな!」「流石勇者様だ!!」




『この世界に来て四日目に、俺を拾ってくれた恩人たちと協力してドラゴンを倒しました。彼らは30年もドラゴンを倒すために必死にレベルを上げ、ようやく勝てたと涙ながらに喜んでいました。俺はその光景を横目に、ドラゴンを倒したことで恩人たちの30年の努力をあざ笑うようにして、一瞬で圧倒的な力を手にしてしまったんです。


圧倒的な力を持った俺を襲ったのは、虚無感でした。みんなよりも1万倍以上の速度で強くなる俺は明らかに異常だって。


強すぎる力に申し訳なくなって、苦しくなって、自分がこの世界の異物なんだって思って逃げ出して、リトラスの村で何でも屋としてひっそり暮らしてました。それから半年たったある日、【預言者】エリーに会いました。


その時に、俺は【勇者】として役目が与えられたと思って、嬉しくなってしまったんです。そして世界に闇が落ちた日、俺は歓喜しました。ようやく出番が来たんだって。そんな汚い自分にまた嫌になりました。』




「どういうことだ?」「世界の危機に歓喜した?」「何を言ってるんだ?」




『そこから俺は魔人を倒す旅に出ました。色々なところに行って、魔人に苦しめられている人を救っていきました。そしてどんどん強くなっていきました。どんどん・・・自分がこの世界における異物だって思わされるようになっていきました。


魔人や大魔人は確かに強い奴もいたけれど、全てレベルの暴力で勝つことが出来ました。何の努力もしていません。魔人を倒せばあっという間にレベルが上がって、簡単に強くなりました。


最後には魔王から進化した魔神との戦いになりました。そいつは信じられないほど強くて、今までの魔人や大魔人ですらちっぽけに見えるほど強い奴でした。でも俺は最後にこの世界に同調することが出来て、結果として魔神よりも強くなって、最後は簡単に倒すことが出来ました。』




民衆は段々と静まり返っていった。期待していた冒険譚とは全く違うものであり、何よりも語る勇者の顔が、まるで戦争に負けて帰って来た兵士のように悲し気な顔をしていたからだ。

そして時折語られる「何の努力もなしに」「簡単に」そう言った一つ一つの言葉に、勇者の特異性、受け入れ難さを感じつつあった。



『倒してから思ったんです。魔神すら簡単に倒せるようになった俺は、この先どうなるんだろう?って。そこで最初に感じた異物感がまた戻って来たんです。すでに俺のレベルは15000を超えています。笑えるでしょう?レベル30だ40だと言っている世界で、俺だけ15000なんです。今だったらそこらへんの山一つ簡単に消し飛ばせます。それぐらい、強くなってしまったんです。


強さだけじゃありません。スキルも何でも使えます。空だって飛べるし、魔道具だっていくらでも生み出せるし、多分やろうと思えば鍛冶だろうと大工だろうと何でも誰よりも上手に出来ます。皆さんがしてきた努力を、俺は一瞬で追い抜いてしまうんです。


・・・俺、怖いんです。あまりにも強すぎる力を持っている自分が怖いんです。そんな時に、【預言】が与えられました。「勇者は死ななければならない」って。』




先ほどまで大歓声だったはずの民衆は既に沈黙している。

勇者の葛藤、苦悩、そして勇者の死が告げられた民衆は、自分たちの想像していた勇者の言葉とは何一つ重ならないことに驚きつつ、その語る内容に混乱した。


民衆はもっと別の苦悩や困難や挫折を期待していた。そこから来る勝利を期待していた。

しかし勇者から語られたものは、淡々とした魔人との戦い。そして強すぎる力への葛藤であった。

何一つ理解できないその悩みから発せられた「死ななければならない」という言葉を理解するには、集う民衆は平凡であった。




『それを聞いて、悲しくもあり、でも同時にホッとしたんです。そうか。これを抱えて生き続けなくていいんだって。死にたいわけではありません。でも何というか、今の状態を放置はしないぞって神が言ってくれているようで、ホッとしたんです。だから俺は、死を受け入れようと思うんです。


皆さん、今日は祝勝会として集まってくれたこと、本当に嬉しく思います。だけど俺は、今日は祝いに来たんじゃなくて、お願いに来たんです。


俺を、勇者を、この世界から解放してください。』



その言葉を最後に勇者は頭を下げ、魔道具の横にズレた。民衆はなおも混乱している。一体勇者は何の話をしているのか。なぜ勝った報告を聞くはずが、勇者の死について語られているのか。

今日ここに来たのは勇者の勝利を祝うためであり、勇者の死についてなど当然、何一つ考えてはいなかった。


国家の中枢を担う大臣たちも、普段からは想像できないほど狼狽えていた。しかしそれを顔に出さないのは、普段の訓練の結果なのか、理解が追い付いていないのか。いずれにせよこの先で勇者をどう利用しようかと考えていたのだろう彼らは、突如勇者が自らの死を語ることが不可解でならなかった。


戸惑う民衆や大臣たちとは違い、まるで勇者の死を知っていたかのように皇帝の言葉が告げられた。どこか寂しさも含まれた、しかし威厳と覚悟に満ちた言葉であった。



『今日ここに集う全ての者を対象に、ただいまより【断罪】を行う。

此度の罪人は勇者。罪状は・・・ない!


だが先ほどの話にあったように、勇者はこの世界にとって大変危険な存在である。

その力を、我々は正しく使う事が出来るだろうか?勇者という力を、我々は望まずにいられるだろうか?答えは、否だ。そう考えた神は、勇者に死を用意した。


勇者もまたその力を扱いきれないと判断し、神の決断を受け入れた。

後は我々がそれを受け入れるかどうかである。


決断の時だ。勇者を殺すか、生かすか。


自分は勇者の力など望まない、潔白な人間であると思うのであれば拒否すればよい。

だが反対に、自分もいずれ勇者の力を欲すると判断し、そして何よりも・・・勇者を解放してあげたいと望むのであれば、勇者を・・・殺してやれ。


国民よ。ここに問う。勇者の処刑を希望する者は、勇者の救いを希望する者は、その心で勇者の処刑を願うのだ!!』



皇帝の問いは国民の感情を揺さぶった。

なぜ勇者を殺さなければならないのか。

なぜ何の罪も犯していない勇者を殺さなければならないのか。


だが、皇帝は言った。「勇者の救いを希望するなら」と。

勇者もまた一人の人間である。そのあまりにも大きい力を一人に背負わせ続けることは、勇者にとって喜びなのか。苦悩なのか。


言っている意味を正しく理解できたものはどれだけいたのか。

しかし、「勇者を救うため」という言葉が民衆の答えを迷わせた。


勇者を殺すべきではない。なぜなら自分たちを救ってくれたから。

勇者を救うべきである。なぜなら自分たちを救ってくれたから。



しばらくの時間が流れた。祝勝会とは程遠い、沈黙の時間が。


そして国民は決断した。




『今、決断が出された!!これより、勇者を処刑する!!』



その言葉と同時に、鞘の勇者ハルヤはその場に倒れた。

その出来事は一瞬であった。苦しみも痛みも感じる暇もなく死んでいったのは、最後の救いであっただろう。



こうして、鞘の勇者ハルヤは処刑された。


国民が最後に出した決断は、勇者の処刑であった。

それが優しさなのか、それとも罪故なのかは分からない。

それでも、勇者の願いは叶えられた。



勇者は処刑される最後の瞬間まで希望に満ちた目をしていたと語られている。


まるで死が終わりではないかのように、死んでも大丈夫だと言わんばかりに、前を向いたまま、鞘の勇者は、自分が救った人々の願いによって死んでいった。



勇者が死んだと同時にそれは起こった。倒れ伏していた勇者の体が宙に浮き、そして身に着けていた聖装が突如として光だした。光はそのまま世界を包みこんだ。曰く、その光は遥か遠方にいた人々の下にも届けられたと伝えられている。


その光を見た者は、全て等しく優しい気持ちを受け取った。

それは世界の優しさを願った神からの贈り物だったのかもしれない。



鞘の勇者ハルヤは死んだ。遺体すら残されずに、この世界から、その存在ごと消えていくこととなったのだ。


―――――――――――――――――





『今、決断が出された!!これより、勇者を処刑する!!』


フィリップの言葉を最後に、俺の目の前が真っ暗になった。







そして気が付くと俺は真っ白い空間にいた。

白いという情報以外には何もない。もはや目を開けているのかすらわからないほど白一色だ。



・・・俺はここを知っている。

俺があの世界に行く前に来た場所だ。


俺は死んだんだよな?あまりにも一瞬のこと過ぎて分からなかったけど。

ということは・・・ここは死んだ後に備えられた場所だという事だろうか。



ワケが分からず考えこんでいると声が響いた。



「やぁ。」



・・・誰だ?

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