爺さん
フィリップとの会話も終わり、俺たちは【王の間】から皇帝の間に戻って来た。
「勇者ハルヤよ。そなたの勝利を祝うため、明日、国を挙げての祝勝会を開くこととする。しっかりと備えておくように。」
「ハッ!皇帝のご厚意に感謝いたします!」
「ふむ。改めてこの度はよくやった。世界を救ってくれたこと、この国を、そして世界を代表して感謝する。」
――パチパチパチパチ
皇帝の言葉と共に俺たちは周囲の人々の拍手を受けた。
みんな笑顔だ。その裏で何を考えているのかは分からないが、それでも今はただ勝利に対する称賛を受け取っておこう。
拍手で見送られつつ、俺たちは城から出て行く。
すると城の前にはたくさんの民衆が駆けつけてきていた。
どうやら俺たちを待っていたようで、俺たちが出てきたのを見て大歓声が起こった。
「勇者様!!こっち見てぇぇぇぇ!!」
「ありがとう勇者様ぁぁぁぁ!!」
「エリーぃぃぃ!よくやったぞぉぉぉぉ!!」
あちこちからの声援に鼓膜が破れそうだ。こりゃ明日の熱気は凄いものだろうな。
中にはエリーへの称賛もあった。名前を呼んでいるという事は昔の知り合いだろうか?
何にせよ、この中をかき分けて行くのは無理そうだ。
うーん。もう街の外に出るかな。いや、そう言えばちょうどいい場所があったな。あそこにも寄っておきたい。
そう思ってすぐにエリーを掴み、【時空魔法】で飛んでいくことにした。
「・・・勇者よ。やはりワシを殺すつもりか?魔王の次はワシなのか?」
本当は大聖堂の中に行こうとしたのだが、ついついリーフ司教の部屋に飛んでしまった。
おかげで爺さんはまた驚いてひっくり返っている。まぁ司教なわけだし許してくれるだろう。
「すまん。間違えた。本当は入り口に飛ぼうとしたんだが。」
「そうであったか。人間誰しも間違いがあるから仕方あるまい。特にお主のようなポンコツはよく間違えるじゃろう。あまり責めても可哀想だから許してやることにするわい。」
「やっぱりここに飛んだのは間違いだったな。爺さんの頭の上に飛ぶべきだった。」
相変わらず口の悪い司教である。俺を目の敵にしているといったところか。
だがそんな俺たちのやり取りをエリーは楽しそうに見ている。
「ふふふ。相変わらずお二人は仲良しですね。ついつい妬けてしまいます。」
「誰が仲良しだよ!」
俺がツッコミを入れる中、爺さんは既に俺のことなどどうでも良くなったのかエリーを熱烈に歓迎する。
「おぉエリー!よく無事に帰ってきおった!心配したのじゃぞ!!」
「リーフ司教様、ありがとうございます。この通り、無事に帰ってくることが出来ました。」
「ぬ?エリー。何か良いことと悪いことがあったようじゃな。魔王を無事に倒したのじゃろう?何があったのじゃ?」
勘が鋭い爺さんだな。流石は人たらしの異名を持つ男だ。
この爺さんは【吐露】のスキルで相手の本音を聞きだすことが出来る。だがそれを使わなくても十分に人の心を読むのが上手い。今もエリーの表情なのか声なのかは分からないが、エリーの感情を言い当てている。
「そうですね・・・。では全てお話しいたします。」
そう言ってエリーはこれまでに起こったことを全て語りだした。
中には俺からの告白を受けたことまで語っている。止めようとしたが止める術が見つからなかった。
「なるほどのう。勇者との関係についての話はワシにとっては気分の悪いものであるが・・・にしても勇者を断罪か。思い切ったことをするのう。」
「【預言】に従うと決めましたから。・・・でも未だにこれが良い事なのかは分かりません。もしハルヤさんが帰って来なかったら、一生後悔しそうで・・・。」
エリーは悲し気な表情を浮かべる。【王の間】では説得に協力してくれたエリーだが、やはり心の中では苦しい思いは消えていないようだ。そりゃそうだよな。
すると爺さんは慈しみを込めた優しい顔でエリーを見つめ、語り始めた。
「エリー。ワシがなぜ司祭になったか知っておるか?」
「え?いえ、知りません。」
「ワシはな、なーんにも考えずに司祭になった。そして流れるように生き、いつの間にか一時期は大司教にまでなっておった。」
爺さんって何にも考えてなかったのか。司祭ってもっとこう・・・スゴイ条件があって入るのも大変なのかと思っていたが、そうじゃなかったんだな。エリーも流石に驚いている。
「そうだったんですか?リーフ司教様は何か天啓でもあったのかと思っていました。」
「ほっほっほ。ワシは何もない。ただ流れに身を任せたらこうなっておっただけじゃ。ワシはそのせいで何度も悩んだ。本当にこれで良かったのかとな。ちなみに今でも後悔しておるよ。ある程度成功した人生のはずなのにのう。」
今でも後悔してるのか。何というか、そういう思いとは無縁の人間かと思っていた。
「人はどの選択肢を選ぼうとも後悔をしようと思えばいくらでも出来る。後悔しないように生きるということは、過去は一切気にしないか、人生を諦めるかじゃ。しかしそんなものはほとんど人には無理なのじゃ。」
随分と言い切るな。しかし実際にそうなのかもしれない。
「エリーは【預言】に従うと決めたのじゃろう?もしかしたらそれはお主の望む未来は与えないかもしれん。きっとそうなればお主は後悔するじゃろう。じゃがな、お主の望む未来が与えられたとて、お主はきっとどこかで後悔することもあるじゃろう。」
「ハルヤさんが生きて帰ってきてくれても私は後悔するのでしょうか?」
「どんなに素晴らしい人間との出会いであっても、幸福だけの毎日は送れんよ。勇者との出会いに後悔しなくとも、日々の生活で後悔することはいくらでもあるじゃろう。ワシが言いたいことは、後悔しない生き方など不可能だというのに、なぜ後悔するかどうかを悩んでいるのかという事じゃ。」
後悔するかどうかで悩むか・・・。俺たちの状況は確かにそうなのかもしれない。
どちらが後悔することのない選択かを考える。どちらがより損失が少ないかを考えているのかもしれない。
「それでも一つでも後悔を少なくしたいと願うのが私たちではありませんか?特に今回は間違えれば大きな後悔になりかねません。それこそ一生引きずる後悔になりそうで・・・。」
「我々には未来が見えん。じゃから後悔しないようについ考える。じゃがな、その選択が正解だったと分かることは一生ないのじゃ。どんなに成功した未来を過ごそうとも、仮の世界戦ではさならる成功があったかもしれんと考えるのが人間のもつ弱さじゃ。」
うーん。確かに良い未来だったとしても、「もしかしたら」って考えが消えないのか。
絶対に間違いだったという選択をすることもあるかもしれないが、だからと言って他の道を行っていたら必ず成功していたとも言えないし。
「今回の選択は人の命がかかっておるからのう。お主の人生だけを考えるものではない。悩むのは当然じゃ。しかし、後悔のないようにという選択は難しい。選ばなかった方の仮の未来を考える時、我々はつい良い未来を想像してしまう。そこに我々は期待し、渇望し、羨望し、後悔する。」
もしこうだったら、ああだったらと悩むのはよくあること。本当はその未来にだって苦しいことも悲しいこともあるのに、なぜかそういうものを想定しなくなってしまう。だから俺たちは後悔する。
「どちらをしたいかで選択しても良い。どちらが楽かで選択してもよい。ただ後悔しないようにという条件付きでの選択はお主の未来に苦しみを残す。今のお主の感情に従っていきなさい。」
「私の感情・・・それが分からないから困っているのですが。」
「なら流れに身を任せればよいじゃろう。幸いお主には【預言】という指針が与えられておるのじゃ。お主の決定ではない。神の決定だ。身を任せるには十分なものであろう。」
エリーは黙ってしまう。それでも、何かを決意したような顔をしている。
「リーフ司教様。ありがとうございました。少しだけ勇気をいただきました。」
「ほっほっほ。これぐらいであればいつでも語ってやろう。何かあったらワシを頼りなさい。良いな?」
「はい。わかりました。」
リーフ司教に話せたことでちょっとだけ心が軽くなったのだろう。エリーが笑顔で答えている。吹っ切れたと考えても良いのかな。
どこか気落ちしていたエリーだったが、どうやら元気が出たようだ。
俺たちはそのままリーフ司教と別れ、街の外までやってきた。
今日は魔神と戦ったり色々あったからな、明日に備えて休むことにした。
明日は特に準備するものはないんだが、心の備えのために少し落ち着きたい。
どうせ街中は勇者フィーバーで近づくことも出来ないので、街の外に家を出し今日はそこで休むことにした。
「ふぅ。今日は疲れたな。」
「そうですね。あまりにもいろいろとあり過ぎましたね。」
「本当に、魔人が来てからというもの落ち着いた日が一日もなかったよ。」
「ふふふ。刺激の多い毎日で良かったじゃないですか。最後はちょっと過激かもしれませんが。」
「・・・そうだなぁ。来た当初はこんなことになるなんて思ってなかったんだけどなぁ。」
「未来というものは、全く想像通りにも期待通りにもいかないものですね。」
本当にそうだ。思えばチートをもらって俺TUEEEして無双して楽しむはずだったんだけどな。
チートも無双も俺TUEEEもしてるはずなのに、期待通りではない。
思ったよりも苦しくて。でも思ったよりも人の温かさにも触れて。
良かったんだが悪かったんだか。いや、やっぱり最後に死が用意されている以上、良かったという事はないのかな。
「あ、そうだサムエルさんに連絡しないと。」
また連絡すると言ったっきりだったな。ちゃんとサムエルさんにも伝えないと。
俺は魔道具に魔力を込めてサムエルさんに連絡を取る。
『おぉハルヤか!今どこにいるんだ?こっちは色々な街を巡って魔王が討伐されたことを伝えているところだ!』
「こっちは今オンドモンドにいます。どうやら明日勇者の祝勝会が開かれるみたいで。そこで・・・」
俺は今までに起こったことを全て話した。
魔王じゃなくて魔神だったこと。同調したこと。俺の能力のこと。
そして【預言】が与えられ、明日【断罪】されること。
サムエルさんはじっと俺の言葉を聞いている。いつもふざけたサムエルさんだが、今日ばかりは静かだ。
『つまりお前さんは・・・明日死ぬってことか?』
「そうですね・・・でも生き返る可能性もあるんじゃないかと思っています。」
『・・・そうか。それでお前は今怖くて怖くてしょうがねぇんだろ?俺の【感覚鋭敏】は声だけでも多少は分かる。声だけだってのに、お前さんの恐怖がすげぇ伝わってくるよ。』
「・・・そりゃそうですよ。何たって死ぬんですから。」
怖いに決まってるだろ。誰だってそうなるはずだ。
だというのに、サムエルさんは笑った。
『ハハハ!お前さんはまだまだだな。俺たち冒険者はいつだって死を覚悟してる。そして死んでもいいようにいつも備えている。それが一流の冒険者なんだ。死を前にして揺らいでちゃ本来の力を出せねぇぞ?』
「俺冒険者じゃなくて勇者なんですけど・・・。」
『知るかよそんなこと。お前さんは俺と一緒にギルドに登録して以来、冒険者としての俺の子分なんだ。まだまだ教えなきゃいけねぇことがあるみてぇだしな。サッサと帰ってこい。』
サッサと帰ってこいって、帰れるかどうかもわからないのに、なるべく早くなんてのは無茶だろ。
・・・でもまぁ、親分の言う事だからな。親分の言う事聞くのも子分の役目かな。
「分かりましたよ親分。勇者クビになったら稼ぎ口がなくなるんで、冒険者の心得教えてくださいね。」
『俺の指導は厳しいぜ?死んだ方が良かったって思わねぇように覚悟しておけよ。』
「ハハ!分かりましたよ。」
『ハルヤ・・・待ってるからな!じゃあな!』
そう言ってサムエルさんとの連絡が終わった。
待ってるか・・・そうだよな。親より先に死んだら、親不孝だもんな。
それにあの人何だかんだ良い人だから本当にずっと待ってそうだし。あまり待たせるわけにはいかないな。
「ふふふ。サムエルさんも強がっちゃって。泣きそうな声してましたね。」
「子の前で泣くわけにはいかないって考えてたのかもな。何にせよ待たせるわけにはいかないな。」
「そうですね。生き返るだけじゃなくて、なるべく早くという条件も付きましたから、より難易度が上がってしまいましたね。」
「本当に、この世界は何一つゆっくりさせてくれないよ。おかげで毎日大忙しで、ゆっくり考えられない。でもまぁ、それぐらいがちょうどいいのかもな。」
「そうですね。ハルヤさんが言っていたように、忙しさは悲しさや苦しさを忘れさせてくれますね。」
「おかげで、明日が来ることが怖くて怖くてしょうがないって考える暇もなさそうだ。」
明日、俺は死ぬかもしれない。そう考えると、心が張り裂けそうなほど怖くなる。
でも、明日だったからまだ良かったのかもしれない。
これが一週間とか一年とか長ければ長くなるほど、きっと色々考えて、もっと怖くなっていっただろう。
そう考えると、やはり魔神を倒してすぐに【預言】が与えられたのは、俺たちのことを思ってだったのかもしれない。
なるべく、考える時間を与えないようにと。
周囲が暗くなり、俺たちはいつものように夕食を共にし、いつものように軽口を投げつけ合い、床についた。
最後だから一緒にと一瞬思った。でもそれをしてしまえば、どんどん死にたくなくなるような気がして、結局は別々に寝ることにした。
だけど、隣の部屋から聞こえてきたすすり泣く声が結局、明日への恐怖を増していく。
もっと人との関係がなければ、誰にも愛されなければ、こんなこと思わなくて良かったのかな。
でも、それがなかったら俺は魔神を倒せていただろうか。
頭の中に色々な考えが巡ってくる。どれもこれも、恐怖や悲しさばかりを運んでくる。
やっぱり、静かで落ち着いた時間ってのは、こういう時にはいらねぇもんだな。




