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エリーの回想

6歳のころに父が死んだ。あの領主のせいで死んだにも拘わらず、領主からは罵声を浴びせられ、同じように領主の苦しめられていた街の人たちからは「なぜあの時殺さなかったのか」と責められた。


どうしてみんな、お父さんを責めるの?!


それ以来私たち母娘の居場所はあの街にはなくなった。

直接的な嫌がらせはなかったものの、遠巻きに避けられるようになった。


それでも私はお父さんを責めたりしない。お父さんは本当に優しくて、大好きなお父さんだったから。私はお父さんの優しさをいつまでも忘れない。そう誓った。



そんな私たち母娘に転機が訪れたのは洗礼式の日だった。

私には【預言者】という職業が与えられ、それに伴い【預言】という固有スキルを手に入れた。


―――――――――――――――――

預言:

神の声を聞ける。

―――――――――――――――――


説明はそれだけ。聞いたこともないスキル。けれどもそれはもしかしたら希望かもしれない。


幸いにして洗礼を授けられた場所は教会。神の声を聞けるというスキルは何か有用なものとして使ってもらえるのではないか。そう考えた私はすぐに司祭に駆け寄った。


「司祭様!私は【預言】というスキルで神の声を聞けるみたい。これは珍しいスキルなの?」


すると司祭様も聞いたこともないスキルだったようで、大変驚いた顔をした。


「【預言】?それに神の声が聞ける?うーん。聞いたことはありませんね。ですが嘘を言っているようではありませんし、上の方にかけてみましょう。」


そこからはあっという間だった。

どうやら【預言】のスキルは帝国でも聞いたことがないということで、わざわざ帝国の大聖堂でも有名だったリーフ大司教様が直接確認に来た。


「ふむ。どうやら【預言】というスキルも、神の声が聞けるというのも本当のようだ。して、お嬢ちゃん。君はどうしたい?」


「私はこの街から出て行きたい!どこでもいいの!でもここにいたら街の人たちはいじめてくるし、お母さんも元気がないの!だからどこか他の所に連れて行って!」


私の言葉に大司教様は何か危険なものを感じたのだろう。

そこから私と母は一緒に大聖堂に連れていかれることになった。


「ふふふ。まさかエリーだけじゃなくて私も修道女なんてね。あんまり敬虔な信徒じゃないけど大丈夫かしら?」


「大丈夫だよお母さん!お母さんの分まで私が頑張るから!」


「・・・エリー。お母さんはお母さんで頑張るから大丈夫。心配してくれてありがとね。でもね、お母さんは、あなたが元気でいてくれたらそれでいいの。だから心配しなくても大丈夫よ。」


そう言ってお母さんは私の頭をなでてくれた。



それからの日々は、私にとっては幸せでもあり、苦しい日々でもあった。


他の修道女の方々はとても優しかった。何よりもリーフ大司教様は私のことを大変可愛がってくれた。だから私も立派な修道女になるべく日々勉強に励み、努力を重ねていった。


けれども一方で、【預言】のスキルは私に何も語り掛けなかった。

どれだけ祈っても、どれだけ願っても、神様の声は一切聞こえない・・・。


どうして?なぜ?私の何がいけないの?

まだ私では不足しているのかと思ってより一層努力した。それでも、何も聞こえなかった。


時折、司教のバルダス様が私に「何か聞こえたか?」と語り掛ける。

その度に「何も聞こえません」と答えるのが苦しかった。


いっそ嘘でもついてしまいたいと考えても、そんなことがまかり通るわけがない。

それにどうやら私の【預言】は国も期待しているらしい。その期待は日に日に重くのしかかって来た。


何よりも辛かったのは13歳のころに母が病に倒れてしまったこと。

私にとって唯一の心の拠り所であった母が弱っていく姿は、段々と私に絶望をもたらすものだった。


だがそんな折に母は言った。


「ふふふ。私は死んでも大丈夫。だって天国でお父さんに会えるから。だから安心してね。それにあなたは一人じゃないわよ。聖堂にはたくさんの優しい人もいるし、それにいつかきっと大切な人にも会えるから。大丈夫よ。」


その言葉を残して、母は天に召されていった。


一人ぼっちになった私に寄り添ってくれたのはリーフ大司教様だった。

リーフ大司教様はいつも私のことを気にかけてくれる。だから私はあまりリーフ大司教様のお世話になるのもと思い気丈に振舞っていた。


けれど、そのせいでリーフ大司教様は安心したのかご退任されてしまった。

そして残ったバルダス司教様が大司教となり、大聖堂の雰囲気は少しだけ変わった。何というか、温かみがなくなってしまった。


バルダス大司教様は悪い人ではない。けれど、神様への信仰というよりも、帝国への信仰が厚い人だった。そして帝国のためにといつも私に「預言は聞こえたか」と聞いてくる。


いつもであれば耐えられていたその言葉も、母とリーフ大司教様がいなくなったことで、段々と重荷に感じてくるようになった。



そして16歳になったころ。私は限界に達した。


なぜ私は【預言者】なのか。なぜ神は何も語らないのか。

こんな無言の神に対して、私はなぜ祈り、願っているのか。


本当はいないんじゃないか。


そう考えると私の頭の中の呪詛は止まらなくなっていった。どんどん汚い感情が渦巻いていく。


なぜ預言者なのか。なぜこんなにも理不尽に押し付けられたのか。

それだけじゃない。領主はなぜ私たちを追いやったのか。大司教はなぜこんなにも苦しむ私をさらに苦しめるのか。



どうしてお父さんはあの時領主を守ったの?

・・・無駄死にだったの?



そこまで考えた時、私は自分の心の中のあまりにも汚い部分に初めて触れて、苦しくなった。

あぁ。自分はこんなにも汚く醜い存在だったのか。


そう考え始めるともうこの場所にはいられないと思った。

私はその考えから逃げ出すかのように大聖堂を飛び出した。


幸い自分の手持ちの持ち物はほとんどない。

鞄一つに全てを詰め込んで私は大聖堂を飛び出した。



誰かが後を追ってくるかもしれない。帝国の人たちが逃がすまいと追いかけてくるかもしれない。

そう考えて私はとにかく帝国の外まで逃げていこうと必死だった。


けれど私の予想に反して、追手はやって来なかった。


・・・そうか。そうだよね。

【預言】の聞こえない私では、追う価値すらもないか・・・。


そう考えた時、ショックもあったけれど、それ以上にホッとした。

もう私は自由だから。もう誰も私を心配なんてしないから。


死んでも大丈夫なんだ。

誰も悲しまないし、死んでも両親に天国で会えるから。


だから大丈夫。



それからの旅路はとても大変だった。

いかに私がこれまで戦いをしてこなかったかを痛感させられる。


それでも幸い回復魔法のスキルを持っていた私は、自分の傷を癒しつつ、時には戦いも経験しつつ、街を転々としていった。


街の治療院でお手伝いをしたり、冒険者ギルドでお手伝いをしながら、少しずつ旅にも慣れていった。


けれど誰かと親密になることはなかった。



周りの人たちがどこか羨ましく感じてしまう。自分の好きなようにこれまで生きてきたんだなって。

何にも縛られることなくのほほんと生きてきたんだなって。


本当は誰にでも色々な苦しみはあるはずで、決してそんなことはないはずなのに、どこかで自分だけを被害者にして周りと自分を隔ててしまっていた。


そのせいで誰にも踏み込めず誰にも踏み込まれないまま、1年半もの時間が過ぎていった。



春がやって来て、段々と実りの日々を迎えようかとしていたある日、私は初めての体験をする。


『クフの街にいる勇者に会いに行け。』


頭の中に突然声が響いた。

勇者に会いに行く・・・?え?何これ?


困惑しながら、訳も分からないので無視しようと思った。


けれど私が無視しようとするとまた頭に直接声が響いてくる。


『クフの街にいる勇者に会いに行け。』


・・・もしかして勇者に会わないとずっとこの声が響き続けるの?!


きっとこれが【預言】の力なんだろうけど、今まで何も答えてくれなかったのに、急に勇者に会いに行けなんてあまりにも虫が良すぎる。


でも行かないとずっとこの声が響き続けるの・・・?

どこまで【預言】は私を苦しめるのか。


いつか天国に行った時には神に文句を言ってやろう。

そう考えつつ、私はクフの街に向かうことにした。



その時の気持ちはた憂鬱なものだった。

だって勇者に会えば私はどうなってしまうのか。もし一緒に旅に出るなんてことになったらどうするのか。


勇者と一緒に旅なんてしたくない。


旅は好きだけど、勇者のような正義や優しさの象徴である人と一緒に旅をすれば、私はきっと自分の醜さが露呈されてしまう。だから嫌だった。



でも実はもう一方で喜んでいる私もいた。


初めて役目が与えられ、初めて必要とされている気がして、何だか嬉しくなった。


でも【勇者】ということは世界の危機が訪れようとしているということ。

だから世界の危機を喜ぶなんて不謹慎だ。そう考えても、それでも必要とされることがやっぱり嬉しくて。

やっぱり私は汚い人間なんだな・・・。


とにかく、【預言】が鳴り響き続けるのも辛いいので勇者の下に向かうことにする。



途中、勇者がスゴイ速度で街から街へ転々としていったことが分かった。

どうしてそんなに転々としているのだろう?何かあったのかな?


というかこんな速度で移動されたら絶対に追いつけない。

もしかして追いかけ続けて私の人生は終わってしまうのではないかと思った。


【預言】が伝えられる旅に勇者の居場所が変わっていくことに焦り始めた。

だからもしいつか勇者に会う時には、ちょっとばかり虐めてやろうと思った。

それぐらい許されるよね?



不安は杞憂に終わった。なぜなら少し経ってから勇者がリトラスの村に長期滞在していることがわかったからだ。


どうやらそこに定住でもしたのか一切動かなくなった。

これなら安心してたどり着けそう。


そんなことにホッとしながらも、しかし同時に勇者に会う時が近づいてきているのかとまた別の不安が襲ってくる。


正義に触れたくない。そう思いつつ、それでも止まない【預言】からも逃れるように、私はリトラスの村を目指していった。



リトラスの村は500人ほどの小さな村。

おかげで見つけるのに少し苦労したけれどようやく到着することが出来た。


これでようやく勇者に会える。勇者に会えばこれからのことも少しわかるのだろうか。

色々な不安を抱えて私は勇者を探す。



村で人を探していると一人の柄の悪そうな女性が立っていた。

ちょっと怖いけど話しかけてみる。


「あの、すみません。」


「ん?あんた誰だい?」


「私は【預言者】のエリーと申します。この村に勇者がいると聞いてやって来たのですが・・・。」


「勇者?そんなもん聞いたことがないねぇ。」


え?聞いたことがない?


どうしよう。もしかして間違えた?いや、今だに【預言】は響き続けているから・・・。

もしかして勇者が勇者であることを隠している?でもなぜ?


分からないけど、とりあえず何か情報がないかと聞いてみる。


「そうですか。では半年程前にここに来られた方はいませんか?」


「半年前?・・・うーん。ハルヤが来たのがそのぐらいだね。」


「ハルヤ・・・さん?」


「そうそう。アイツならもしかしたら勇者かもしれないねぇ。アイツは力も強いし足も速いし、何でも器用にやっちまうんだ。モンスター退治も大工仕事も出来る凄い奴なんだよ。あ、でも手は早くねぇな。アハハハ!」


なるほど。それは勇者の可能性がある。それに半年前という時期はまさに預言がリトラスの村を指示した時期だ。


「アイツさ、器用な男だから唾つけようと思ったんだけどさ。一緒に酒飲んであたしが「酔っちゃった」って誘ったらわざわざ家まで送るんだぜ?信じられないよな?アハハハ!」


その誠実さも勇者らしいところかもしれない。

今まで女の一人旅で身の危険を感じたことはたくさんあった。だからそのことは少し安心した。


「ありがとうございます。他の方にも聞いてみますね!」


「あ!ハルヤなら村の外れんところで何でも屋やってるからよ。そこに行きゃ多分会えるぜ。」



ハルヤさん・・・その人が勇者なのかな?



その後他の方々に聞いても、どうやら勇者の可能性がありそうなのはハルヤさん一人だった。

恐らくもう確定ということでいいのだろう。ただ話を聞いている内に夜になっていたので、ハルヤさんを訪ねるのは明日にしよう。



村の人の話を聞く限り、悪い人ではなさそうだ。

でも勇者っぽい人でもなさそうだ。どういう人なんだろう?


半年間も追いかけ続けた人。憂鬱だったけど、ここにきて少しだけ興味がでてきた。

勇者はどんな人なんだろう。


そんなことを考えながらその日は眠りについた。


次の日、朝早い時間だけれど、ハルヤさんがどこかに行ってしまう前に行動しよう。

村の人たちから聞いていた何でも屋に向かう。



その家は、何の変哲もない一軒家だった。看板が出されて、そこに何でも屋と書いてあった。

ここに、勇者がいる。



色々なことを考えつつ、ドキドキしながら、家の扉をノックする。


――コンコンコン


「あの、すいません。」


「はいはーい。今行きます。」


中から出てきたのは、一見勇者には見えない、気だるげな顔をした一人の青年だった。

想像していた勇者像とは全然違う。でもなぜだろう。とても安心する。


すると青年はこちらを観察したかと思えば、すぐにキリッとした顔を作り話し出した。


「どちらさん?何のご用件ですか?」


・・・もしかして私を見て顔を作ったの?勇者が?


勇者もまた、一人の人間なんだな。

想像とあまりにも違って、でもそんなことがあまりにも面白くて、私はついつい彼を虐めてしまった。


けれど彼も悪いんだ。とても面白い反応をするし、何よりも私を半年間も追いかけまわさせた勇者なんだから、ちょっとぐらい虐めても許してくれるだろう。


どことなく父に似た彼を、私はすっかり信用して、いつの間にか楽しんでいた。


「私の名前はエリーです。勇者の下に行くよう、神から預言を与ってやってきました。よろしくお願いします。勇者様。」


勇者様って言ったら彼はとても嫌な顔をした。


ふふふ。本当に面白い人。


この人とだったら、旅に出ても良いかもしれない。

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