バールード神
別の何者かが神の座に君臨している。どうして宗教の総本山である教皇領でそんなことが起こっているのかは分からないが、ともかく何者かが神の座を乗っ取ったという事だ。そしてそこにいる奴は魔王の可能性が強いというわけだ。
どこにいるのかは分からないが、恐らくあのデッカイ建物だろう。周囲の人間が神と崇める奴を粗末なところに置くわけがない。
「エリー。さっさとあのデッカイ建物に行くぞ。もしかしたら魔王に会えるかもしれねぇぞ。ラッキーだったな。」
エリーは神の名がすり替えられていることに驚き戸惑っていたが、俺の一声でどうやら正気を取り戻したようだ。
「・・・そうですね。魔王に会えるという幸運がそこにあるのでしたら、行かなければなりませんね。」
「もし戦闘になった場合、エリーはすぐに他の奴らをひっぱたいてでも逃げてくれよ。【不殺】が発動するような状況になったら戦い辛いから。」
「えぇ、分かりました。状況を整える役目は任せてください。」
「あぁ、頼んだぞ。」
俺たちは建物を目指して飛んでいく。建物の周りには多くの人がいるし監視の目もある。そこで引き止められたら面倒だ。なるべく厄介ごとは起こしたくない。なので俺は上空から建物の裏側に回り込んだ。
これから俺は人生で初めての不法侵入を行う。
やり方は簡単。建物の一部を破壊してそこから侵入するだけだ。多少気が引けるがどうせ魔王がいて戦闘になったらこの建物は崩壊するだろう。壊れるのが後か先かというだけだ。
それにきっと世界平和のためと言えば許してくれる。そう信じて俺はおかまいなしに建物の中腹あたりの場所に突っ込んでいった。
人生初めての不法侵入は無事に成功し、それなりにひっそりと中に入ることが出来た。
どうやらいきなり当たりというわけではなく、何やらよく分からない倉庫のような部屋の中に出てしまった。ここには流石に魔王の手掛かりなどありそうもないのでとりあえず部屋のドアから内部に侵入していく。
俺たちがいる場所はいくつもの部屋がある階のようだ。倉庫や研究室にでもなっているのだろうか。
一つ一つの部屋を探してもしょうがないので、俺たちは魔王が居そうな場所を目指して闇雲に捜索していく。
すると別の場所で一人の召使のような女性がいた。大司教以上ではなさそうなので、滞在中の人たちを世話をするための人なのだろう。
「すみません。バールード神はどこにおられますか?」
「え?あなたはどなたですか?!」
「あぁ。俺たちは【勇者】と【預言者】の使命が与えられたものでして、神の導きによりバールード神に会いにやって来ました。」
「・・・?全くそんな話は聞いていませんが・・・でもここに居るという事はそういうことなのでしょうね。バールード神様は現在最上階の聖堂におられます。今も教皇様に何かお言葉を賜っていることと思いますので、あまり邪魔はなさりませぬようにお気を付けください。」
そう言って召使は俺たちに深々と頭を下げた。所作の一つ一つが綺麗だな。流石は教皇領、街、建物、人、全ての質が高いと言ったところか。感心しつつも礼を言って俺たちはバールードのいるところに向かって行くことにした。
「なるほど。分かりました。ありがとうございます。」
バールードとかいう奴はこの建物に居たんだな。良かった良かった。
俺たちはさっさと最上階を目指して進んでいくことにした。
「ふふふ。ハルヤさんも人をだますのが上手になりましたね。」
「うるせぇ。誰かさんの真似をしただけだ。それにさっき俺は一言も嘘なんてついてねぇぞ。」
勇者と預言者という使命があるのも確かだし、バールード神と名乗る奴に会うためにやってきたのもその使命のためにやってきたのであって、導きによるものだと言って良いだろう。成り行きも導きも大差ねぇし、だから嘘じゃない。
「なるほど。確かにそうでしたね。重要なことは伝えずに相手を信頼させるだけのことを伝え、相手に勘違いさせる。今後の参考にさせていただきます。」
「そんなもん参考にするんじゃねぇ!」
「『これはかつて勇者もやっていたこと』という免罪符までいただけましたし。素晴らしい手口を手に入れました。」
「手口っていうな!馬鹿言ってないでさっさと行くぞ!!」
これ以上コイツの軽口に付き合わされては肩の力が抜けすぎてしまいせっかくの緊張感が薄れてしまう。最後の戦いぐらいバシッと決めたいからな。緊張しすぎも良くないが、多少の緊張感は欲しい所だ。
気合を入れなおしつつ最上階に向かって行くが、その道中で人の行き来が増えてきたせいで段々と騒ぎになってしまった。
「誰ですかあなたは?!」
「何者だ?!」
「止まれー!」
後ろから色々な声が聞こえてくるのが段々と面倒になってきた。
こうなったら強行突破だ。俺はエリーを抱え壁を蹴り破って一度外に出る。
そして【浮遊】で上昇し、最上階まで向かって行く。
最初っから最上階に飛べばよかったな。そんなことを思いつつ、俺は最上階と思われる場所の壁をぶち破った。
中には驚いた顔をしてこちらを見ている初老の男と、いかにもな神々しさを伴った装いを身に着けている羽の生えた天使のような人物がいた。
あれが・・・魔王?
聞いていた話から勝手に魔王がいるものと思っていたが、ここに来て違うんじゃないかと思えてきた。
というのもその見た目が俺の想像とは全く違ったからだ。むしろ正反対だったと言って良いだろう。
もっと悪そうな面で、もっと黒々とした格好をしていると勝手に思っていた。
だが実際の見た目はいかにも人の良さそうな顔をした、純白に身を包んだ天使のような人がそこにいたのだ。
・・・まさか、本当に神なのか?
こちらの驚きよりも初老の男性の方が先に回復したようで、壁が破られるという事態に対して当然の反応として叫びだした。
「だ、誰だ君は?!聖地アードナイル聖堂の壁を破壊するとは何たる罰当たりな!!」
あの人が教皇なのか?かしずいているからあまり威厳は感じないが、それでもやたらと長い冠を付けて豪華な首飾りや金ぴかな布を首から下げているので、きっと一番偉い人なのだろう。
だが今は教皇の相手をしている場合ではない。
とりあえず教皇は無視して俺は聖堂の聖壇に座っている天使のような奴に注視する。
奴は俺たちが壁を蹴り破って入って来たというのに一切動揺していない。
それどころかニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。
その様子はやはり善に属する者の反応ではないように見える。
格好に騙されちゃいけない。奴は神の名を語る別の奴だと注意しながら、目の前に降りていく。
「エリー。頼んだ。」
「わかりました。・・・ハルヤさん、待ってますよ。」
「あぁ、ラスボスはラスボスらしく堂々と待ってろよ。」
「ふふふ。ではラスボスらしくひと暴れしておきますね。」
そう言ってエリーは未だに戸惑っている教皇を力任せに抱きかかえ、後ろの扉から出て行った。
エリーには他の人たちがここに来ないようにする役目をお願いしている。
あれだけの人を相手にするのは心配もあるが、【パーティー】のおかげでエリーのレベルは既に500を超えているし、いくつもの魔道具を持っている。普通の人間相手どころか相手が大魔人であっても遅れはとらないだろう。今は魔王相手に集中しないとな。
「よう。あんたバールードとかいう神様なんだってな?」
奴は相変わらずニヤニヤと笑いながらジッとこちらを観察している。
余裕そうにコチラを観察しているので、こちらも観察させてもらおうと【鑑定】を使おうとした。
だが、【鑑定】では何も見えなかった。
・・・どういうことだ?今までにはないことなので戸惑ってしまう。それを面白そうに奴は見て、ついに口を開いた。
「【鑑定】では我のことは見えぬよ。」
・・・どうして奴がその存在を知っているのか。どこかで聞いてたのか?
いや、でもこの島に入ってからはそんなことは一言も喋っていない。だというのに知っているということは他の魔人からの情報でもあったのか?
「我に鑑定を使えないので戸惑っているようだから教えてやろう。我は鑑定の能力を知っている。というよりも全てのスキルを知り、全てのスキルを使いこなすことが出来る。故に鑑定を阻害するスキルも当然使用できるのだ。なぜならば我は神であるからな。」
意外にもこちらの戸惑いにちゃんと返してくれた。案外懐の大きい奴なのか、バカなのか。
・・・それとも、俺がどうあがこうとも絶対に負けないという自信に基づいた余裕からくるものなのか。
ぜひともバカであってほしいものだが。
「なるほどね。ご高説ありがとうございます。ためになりました。」
「そして同時に、我も【鑑定】を使えるという事だ。お主のように目を光らせることもなく使用できるのだよ。異世界からの救世主、勇者ハルヤ・セガワよ。」
知ってるだけじゃなくて使えるのかよ。・・・これはかなりマズイ状況だ。
見られたということもだが、それ以上に俺のステータスを見ながら相変わらず笑っているという状況がマズイのだ。向こうは俺のステータスを見てなお余裕を保っていられるほど、強いということだ。
「それでお主は神である我に何を願いに来たのだ?」
さっきから神神うるせぇな。その嫌味っぽさは絶対に神じゃねぇだろ。
「あぁ。神にお願い事があるんだよ。願いは簡単だ。死んでくれねぇか?」
「ほう。神の死を望むのか。それはそれは酔狂なことだな。」
「うるせぇよ。テメェは神じゃねぇ。ただの魔王だろ。」
俺は聖剣を抜く。このカッコいい見た目の剣は、残念ながら魔王にしか見えない。
なのでようやくのお披露目だ。
これを抜いてしまえば相手が魔王かどうかなんてことは簡単に分かること。
魔王もこの剣を見つめている。そして、笑った。
「ククク。だから言っておるだろう。我は魔王ではなく神だとな。残念ながらその聖剣は我には見えぬよ。信じられぬのであればその剣で我を切ってみればよい。」
・・・何だと?
まさか、そんなハズはない!奴は魔王で、この聖剣がそのことを示すはずであって。
奴は俺に確かめろと言わんばかりに手を広げて待っている。何かの罠なのかもしれない・・・。
けれど確かに切れば分かること。俺は用心しながら、奴に言われた通りに剣で切りかかる。
・・・だが奴の言うように全く切れない。一切のダメージを与えられていないことはすぐに分かった。
つまり、奴は魔王ではないということだ。
「お前は一体・・・。」
「さっきから何度も言ったであろう?我は神なのだと。これで信じてもらえたかな?勇者よ。」
バカな。どういうことだ?じゃあ魔王は?世界の暗がりは?
一体何がどうなっているんだ?!
「じゃあ魔王はどこに行ったんだ?!」
「勇者よ。魔王は確かにここにいた。だが既に私の力によっていなくなった。もうこの世にいないのだよ魔王は。だから戦いはもう終わりなのだ。」
戦いが終わり?これで終わり・・・?
コイツが神で。魔王はもういない?じゃあ俺は?俺はなぜこの世界に送られた?
俺はなぜ勇者でチートなんだ?
「わざわざ来てもらったところすまないが魔王はもういない。故に勇者も必要ないし救世も必要ないのだ。お主の役目は終わった。元の世界に帰してやろう。」
終わり?元の世界?俺は元いた日本の地球に帰るのか?そんなことが出来るのか?
・・・本当にコイツは神なのか?
・・・嫌だ。俺はそんなこと望んでいない。
確かにこの世界で【勇者】になって、そこに苦しんだし、辛い思いもした。
だけどそれでもそんな俺を慕ってくれる人がいる。俺を特別に大事にしてくれる人がいる。
だから俺は帰りたくない。俺はまだこの世界にいたい。
エリーと、サムエルさんと、フィリップと、たくさんの人たちと過ごしてきた時間が、元の世界に帰ることを拒否させる。
「どうした帰りたくないのか?【勇者】という職業を押し付けられて苦しんでいたのであろう?もっと喜んではどうだ?」
喜べない。喜べるわけがない。
「お主を【勇者】という重荷から解放してやるのだぞ?」
・・・違う。
「もう勇者である必要はないのだぞ?」
・・・絶対に違う。
コイツは神じゃない。こんな無責任な奴を俺は神なんて認めねぇ。
勇者、勇者って何度も言いやがって!
俺が苦しんだのは・・・【勇者】じゃない!
神が与えた【チート】に苦しんだんだよ!
強すぎなんだよ【チート】は!
化け物じみた強さでもはや人間のレベルじゃ簡単に追いつけない高みに人を登らせて。
高すぎて誰も追いつけねぇところに一人ぼっちで放置して。それがどれだけ苦しかったか!
誰とも一緒に登れない!誰とも一緒に苦しめない!
誰も俺についてくることは出来ない!
チートが俺に虚無感を与えて、チートが俺を異物にした!
そんなところに俺を連れてきて、見ないふりなんざ認めねぇ!
あぁ確かにチートが欲しいと願った俺もいたさ。
でもな、結局俺に「チートが欲しいか?」と聞いてきたのは神なんだ!
「チートに生きて!!」って願ったのは神なんだよ!!
チートを語らねぇテメェは神なんかじゃねぇんだよ!!
その瞬間、俺の心の叫びに呼応するかのように、聖剣が光った。




