友よ
今から半年前にこの世界に闇が落ちただと?!どういうことだ?!
「それはどういうことですか?!一体どこに?!」
「・・・教皇領パルリアだ。あの島国が今から半年前に闇に包まれた。」
教皇領?今は大聖教年で偉い人がたくさん集まってるんだよな?
「今あの教皇領は大聖教年であるが故、あの地の者以外は大司教以上の人間でないと入国できない。そのため他所にはその動向がまったく伝わっておらん。故にほとんどの者がその事実を知らんのだ。」
・・・それで誰も知らなかったのか。いやでも何で皇帝は知っているんだ。俺の疑問を察知したかのように皇帝は説明を続ける。
「レンダルフィア帝国はこの国の大司教バルダスの懐柔に成功してな。スパイとして潜り込ませていたのだ。」
よく大司教をと思うが流石は大帝国だな。懐柔とかそういうのはやはりお手の物と言ったところか。
大司教も信仰に厚い人なのかもしれないがやはり権力に魅了されたのか。
「バルダスは【音魔法】の使い手でもある故に【通信】の魔法でこちらに情報を送っていたのだ。そのおかげで動向を探ることが出来たのだが・・・今から半年以上前「空が闇に包まれた」との一言を最後に連絡が取れなくなった。」
・・・世界に魔人たちが襲ってきた時と同じだ。空が暗くなって、恐らくその後で魔人にでも襲われたのか。あるいは魔王に襲われたのか。
「レンダルフィア帝国は世界一の国家ではあるが、教会は普遍的な組織として無視できないほど大きな存在であった。故にこの国家からすればいずれ蹴落としたい相手であってな。その動向には注視していたのだよ。おかげで今回の異変を察知することができた。」
国家ではなくとも宗教は大きな存在でしかも各国に影響力があるはずだ。いかに世界一の国家であろうとも無視できない存在なのか。
「そこから我々は教皇領を探りに行ったが誰も帰っては来なかった。」
・・・それはつまり、その場所は既に何者かに支配され危険な状態になっているということを示すのだろうか。
「我が国としてはこれ以上の探索は危険と判断し、遠くから状況を確認する程度にとどめていた。不安もあったが同時に喜ぶものもいた。あの教皇領に何かがあったと考え、自分たちの権力を高められると考えたのだよ。」
・・・普通だったらそこで何かがあったと考え世界に危険を訴えかけそうなものだが。
「この国の者たちは教皇領のダメージが大きくなるに越したことはないと考え、教皇領の状態を秘匿した。その結果どこの国も気が付かぬまま教皇領の暗闇は放置され続けることとなった。高を括っていたのだろうな。未曾有の出来事であっても自分たちであればどうにかなるだろうと。」
もしすぐに教皇領のことが伝えられていたらもっと早くに対策を打てたかもしれない。俺もその出来事が伝えられていたらその場所がゴールだともっと早くに設定していただろう。
「・・・そして四日前だ。教皇領の空が晴れたという情報が入ったのとほぼ同時期にこの国が魔人に襲われたのだ。」
空が晴れた・・・。つまりはその場所にいた何者かの同調が終わったという事だろうか。
「勇者よ。200日という時間は果たして四日前からなのかどうかは分からんのだろう?もし仮に教皇領が闇に包まれた日からと考えると・・・時間がないぞ。」
いきなりの事態に頭が混乱してくる。大魔人からは200日という日数だけを聞いていつからかは確認していなかった。あの時が全ての始まりだと考えていたからだ。
四日前からであればまだ猶予はある。・・・だが半年以上前からと考えると・・・もうすでにリミット間近までやってきているということだ。
・・・。できればその可能性はなくなってほしいが、教皇領が闇に包まれてからということの方が辻褄が合う出来事がある。
半年以上前というのは、俺がこの世界にやってきた時期に近いということだ。
そもそも俺がこの世界に呼ばれてからなぜ半年以上もたってから魔人がやってきたのか。
最初は考えもしなかったが旅が続いていく中で疑問に感じていた。
どうしてあのタイミングだったのか。なぜあの時に俺は送られたのか。その明確な理由は考えてもわからなかった。
だから俺はその半年の期間は勇者としての力を上げるために設けられた時間なのかと考えることにしていた。
だが・・・もし魔王がその時に乗り込んでいて、その危機に出くわした、あるいは察知したタイミングで俺が送られたと考えたら?あくまでも仮説でしかないが・・・納得できる理由に思えてくる。
もし俺がこの世界に来た時から200日というのであれば・・・残された時間は恐らく5日程度。
190日以上あると考えていたが、一気に時間がなくなった。
・・・どうする?どうすればいい?俺はとにかく教皇領に向かうしかないよな?そこで魔王と戦うのか?俺は戦えるのか?力は足りるのか?
死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。俺だけじゃなく、世界の人々の命をこれから預かる行動になっていく。
まだ190日以上あるからといってどこか気楽に考えていた部分があったのだろう。
いざその時を目の前にして、俺は怖くなった。大丈夫なのか俺は。
魔王に・・・勝てるのか?
「・・・よ。」
どうする・・・どうすればいい・・・。
行きたくない。怖い。嫌だ。そんな感情が押し寄せてくる。
・・・そもそもどうして俺がこんな目に遭わないといけないんだ。
半年以上前からこの世界にやってきて、そこから俺は散々苦しんだ。チートで特別な力は望んだが、勇者の使命なんてものを背負いたくはなかった。
「・・・もよ。」
戦って、時に人の死を見せられて。これまで経験したことのないあまりにも大きな悲しみや苦しみを目の当たりにさせられて。その責任まで背負わされて。
そんなに頑張っているというのに勇者の足を引っ張るかのように利用する奴らも現れて。
そんな人たちのためにも命をかけなくちゃいけないくて・・・。
俺は全て後回しにする性格だった。だから魔王のこともどこかで後回しに考えていたんだ。
いざそれが目の前に迫ってくると、俺はどうしようもないほどに恐怖を感じていた。
「・・・友よ!!」
「友よ」という声に反応してハッとして顔を上げると皇帝が笑っていた。
「・・・友よ。焦る気持ちはよく分かる。だが落ち着くのだ。こういう時こそ冷静になるのだ。」
焦り・・・そうか俺は今とてつもなく焦っている。まったく冷静ではなかったな。
「この【王の間】はな、誰にも邪魔されずに話すことが出来る空間である。だがそれ以上に、この場所は【王】が心を落ち着かせるために備えられた場所だと私は考えているのだ。」
心を落ち着かせる場所?
「【王】は様々な判断を迫られる。時にそれは猶予を残されていない状況での決断を迫られることもある。そういう時に心を落ち着かせるために私はよくこの場所に来るのだ。」
そんな使い方もあるのか・・・。誰かと話をするための場所と思っていた。
「不安や焦りは人を臆病に引きずり込み判断を鈍らせる。そうなった時、私たち人間は大きな過ちを犯す。引いてしまうこともあれば、果敢とは名ばかりの無謀な行動を取ることもある。」
追い込まれれば人は何をするか分からない。冷静な判断を欠いた時こそ危険ということだ。
「自分の責任が重ければ重いほど不安や焦りも大きくなる。ましてや神から与えられた世界のための使命とあってはその責任の重さも計り知れないものだろう。」
俺の心の葛藤を見透かしていたかのように皇帝を俺の心に触れる。
「そして考えるのだ。どうして俺がとな。そもそも理不尽であるだろう?自分で選んだのではなく与えられた何かによって翻弄されるのは真に理不尽だ。」
そうだ。理不尽なんだ。職業もスキルも何もかも勝手に与えておいて、勝手に責任を負わせておいて。
「だからな。逃げてしまえば良いのだ。神のせいにして逃げてしまえば良いのだ。少なくともお主が逃げようとも私はお主を責めたりはせん。」
その言葉は・・・。
「勝手に押し付けられたのだ。逃げたとてそれは何も無責任なものではない。むしろ無責任に押し付けたのは神の方なのだ。責められるべきは神であろう。」
・・・誰だったかな。誰が言ってたんだっけ。
「むしろ私はこう思うぞ。神が遣わした者がした選択は、神のした選択とほぼ同義であるとな。逃げたとてそれもまた神の選択であるということだ。」
・・・逃げてもいい。その言葉は嬉しかったんだ。この嬉しさを俺は知っている。
「友よ。お主に責任などないのだ。好きに生きれば良いのだ。・・・と言っても私はそれが出来なかったがな。それでも苦しんだ私だからこそ言うのだ。好きに生きれば良いと。」
・・・そうだ。エリーだ。リトラスの村から出発したところで、アイツがそんなことを言ってたな。
逃げてしまえばいい。責任なんて神に背負わせろって。
「友よ。一人で背負うな。そんな必要などないのだ。」
そうか。俺はまたあの時と同じように一人で全部を背負おうとしていたんだ。
逃げてもいい。責任を放り投げても良い。無責任にしか思えない言葉。だがその言葉に救われる。
皇帝とエリーは、【王】と【預言者】それぞれの職業に人生を左右されてきた。
理不尽に押し付けられたその職業に散々悩まされてきた。
その苦悩を知っているから、逃げてもいいと言ってくれるんだ。
きっと苦悩の中でかけて欲しかった言葉を、俺にかけてくれているんだ・・・。
勇者もまた、救われるべき存在なのかもな。
「・・・俺は焦っていました。一人で全部背負わないといけないってどこかで考えて。苦しくなっていました。でも逃げてもいいって言われてホッとしました。ありがとうございます皇帝。」
「・・・フィリップだ。友を肩書で呼ぶな。」
「ハハハ!じゃあそうさせてもらうよ。ありがとうフィリップ。ちなみに俺の名前は友じゃなくてハルヤだ。」
「・・・フ、そうだったなハルヤよ。してお主はどうするのだ?」
どうするか・・・。怖いし不安もある。逃げ出したい気持ちがないわけじゃない。でも俺は残念ながら逃げる勇気は持ち合わせていない。
理不尽に抗う事。神の与えた物に抗う事。きっとそっちの方が大変だ。
「流されて何でも後回しにする怠惰な人間。それが俺だ。だから今回も、とりあえず流されてみようかな。」
「ハハハ!そうかそうか。ハルヤは面白い人間であるな。だがハルヤよ。私にとってはこの国よりも、この世界よりも、一人の友の方が大切である。くれぐれも気を付けるのだぞ。」
意外と熱い奴だな皇帝は。いやむしろメンヘラ気質かな?
なんて冗談を考えられるほどに、少し心が落ち着いた。
魔王だがなんだか知らないが、こっちは【勇者】であるだけでなく、チートなんだ。
サッサと行って俺TUEEEEEでもかましてやるかな。
「フィリップ。俺は今から魔王のところに行ってくる。サッサと倒してくるからよ、祝勝会でも用意していてくれ。」
「ハハハハ!国をあげて祝ってやろうじゃないか。」
皇帝が言うならマジで国をあげて祝ってくれるのかな。それはそれで大変そうだ。
「あ、そういえば他の場所への救援物資はどうすればいいかな?」
今思い出したわ。この国の奴らが信用ならないならどうすりゃいいんだ?
「・・・ふむ。我に渡しても恐らく国の管理下におかれるだろうな。なので一つはカモフラージュとして我に渡せ。そうすれば周囲の目は欺けるだろう。本当の物資はリーフに渡すのが一番良いだろう。リーフは教会関係に顔が効く。何よりも教皇領のピンチとなれば教会の者たちが動くはずだ。教会が動けば世界が動く。もとよりそっちの方が適任であろう。」
「なるほど。じゃあリーフ司教に渡していこうかな。」
「それがいいだろう。奴であれば国のやつらも上手くあしらうであろうしな。」
流石爺さんだな。あの年までこの国の大聖堂に仕え続けたからこそ、国相手もお手の物という事か。
「それでは【王の間】を解除するが準備は良いか?」
「あぁ。頼む。」
「くれぐれも気を付けるのだぞ。」
「あぁ、魔王相手だろうが何だろうがサッサととぶっ倒してくるよ。」
俺はカッコよく決めたと思ったのだが、皇帝は腑に落ちないという顔をして言い放った。
「そうではない。【王の間】を出た後に私に対して不敬を働くなよということだ。国の者たちから反感を買いかねない。フォローは出来るが面倒事は避けたいだろう?お主は少し抜けていそうな気がしてな。だから気を付けろと言っているのだ。」
・・・なるほど。そういうことですか。
ただいきなり抜けてそうは失礼じゃないですかね?
「そういう意味での気を付けろかよ。俺はそんなに抜けてないぞ?」
「最初に言ったであろう?お主の自己評価よりも我は我自身の目で見た判断を信頼するという事だ。」
「それで俺が抜けてるって判断したのか?」
「ふむ。抜けているでは言葉が悪かったな。アホだと判断したという事だ。」
「おい!より酷くなってるじゃねぇか!!」
いきなり人をアホ呼ばわりは酷いだろう。だというのに皇帝は大爆笑している。
「ククク!ハハハハハ!冗談だ。・・・冗談というものは良いものだな。気に入った。もっと冗談を言いたいから無事に帰ってくるのだぞ。これは皇帝の命令だ。」
「・・・承知いたしました。勇者ハルヤ、必ずや生きて帰って来ます。」
「うむ。」
俺たちは【王の間】から出て行った。




