皇帝
皇帝は自分の国に興味がないと言い放った。皇帝こそ自分の国のことをまず考えそうなものだが違うのだろうか。
「ハハハハ!面白い顔をするな勇者は。そんなに私がこの国に興味がないことが不思議か?」
「え、えぇ。正直皇帝こそ自分の国のことばかり考えそうなものと思っていましたので。」
「むしろなぜ皇帝であれば自分の国のことを考えるのだ?」
「え?なぜってそれは・・・自分が豊かに暮らすためには国が豊かでなければならないからじゃないですか?」
「ふむ。確かに一理あるな。だが私は自分が豊かに暮らせればなんて考えてはいない。むしろどうでも良いと考えている。」
「それでもこの国と民が豊かに暮らせればと願ったりとか。」
「それもないな。私はこの国の民のことはどうでも良いし、この国の未来もどうでもいい。自分にも周囲にも全く興味がない。故にこの国がどうなろうとどうでも良いのだよ。」
・・・なんでそこまで悲観的なんだ?この国のトップに立って、贅沢の限りを出来る立場に立って、なぜそこまで全てを放棄しても良いと思えるんだ。
「どうして・・・?」
「どうして?理由は分からんか?」
「分かりません。」
「ふむ。では聞くが、お主は勇者になりたくてなったのか?そして今勇者となって良かったか?」
初めてそんなこと聞かれたな。正直俺は勇者になりたかったわけじゃない。むしろ勇者なんて面倒だって考えてた。そして今となっては勇者なんて放棄したいとしか考えていない。
どうして俺が世界を救わないといけないんだ。どうして責任を持たないといけないんだ。そういう感情がないわけじゃない。
それでも救う力があるからやっているだけで・・・そうか。そういうことか。
「なるほど。あなたも【王】という職業になったばかりに皇帝をやっているだけ。そういうことですか?」
「ふむ。先の質問からその答えに行き着いたという事は、お主もやはり【勇者】という職業に対してあまり乗り気ではないという事だな。」
「そうですね。なりたいと思ったこともないし、なって良かったと思う事も大してありません。」
「ならば同じこと。私とて皇帝になりたかったわけではないし、なって良かったと思う事もない。だから私をこんな地位にまで押し上げたこの国が好きではないし、他の奴らも私を持ち上げようとするから気味が悪い。故に興味を持てんのだ。」
何というか皇帝のイメージとは違うな。皇帝ってもっと英才教育がなされてこの国の支配者として育てられているのかと思った。なぜここまでこの国の事を想う気持ちを養えなかったのか疑問に感じる。
「どうしてこの国を想う気持ちを持てなかったのですか?」
「むしろなぜこの国を想う気持ちを持てると思ったのだ?」
この人は質問に質問で返してくるのが好きな人だな。もっと単純に答えてくれれば楽なのに。
「そりゃあ自分の住んでいる国が好きになるものでは?ましてや皇帝の血族であれば育みやすそうなものですが・・・。」
「ふむ。お主は勘違いしておる。そもそも私はこの国の人間ではあるが皇帝の血族ではなかった。元々は単なる農民の子どもであったのだよ。」
「へ?」
農民の子ども?それがなぜ皇帝になっているんだ?
「この国の皇帝は代々【王】の職業を継承してきた。職業は遺伝しないものと考えられているがなぜか【王】だけは継承されていくのだ。だが先代の皇帝の子には【王】の職業は授けられなかった。理由は定かではないがな。」
【王】の職業は遺伝しやすいとは聞いていたが・・・絶対ではなかったということか。
「そしてなぜか単なる農民の子どもである私に【王】の職業が付与されてな。私の両親は私を産み育てたのは間違いなく、そのことはリーフ司教によって確かなこととして証明された。そのため原因が全く分からなかった。だが事実として私が【王】の職業を持っていることには変わらん。その結果この国は岐路に立たされたのだ。」
そうか。皇帝の隠し子とかそういうことが疑われたという訳か。こういう時にDNA鑑定がないと詰むよな。改めてリーフ司教便利だわ。そういうことがあって今回も皇帝に手紙一つで繋げられたのかもな。
「皇帝の血を取るか、【王】の職業を取るか。国家は分裂するかと思われたが、皆が【王】の力の利便性を実感していたからな。即座に私を皇帝とするための教育が開始された。」
「それは・・・皇族からの反感はなかったのですか?」
「もちろんあったさ。だが皇帝であっても国家には逆らえなかった。むしろ先代の皇帝は【王】という職業にかまけた無能であったからな。皆喜んで国家から追放したのだ。まぁ表向きには不運にも事故に遭い亡くなったそうだがな。」
つまり皇帝を殺害したという事か・・・。【王】がよそに行くのもまた危険だと考えたのだろう。そこまでしてでも【王】の職業が重要なんだな。
「私は私で望んでもない皇族としての暮らしが始まってしまった。元々は農民の子だ。教育と言われても何もかもがわからなかった。しかし国は私に選択の余地など残さなかった。家族の為、知人の為、私は皇帝になる選択肢しか残されてはいなかった。」
家族と知人のため。・・・つまりは人質か。やり方がえげつないな。
「それでも【王】としての力さえ振るえば私も家族も国家から守られたからな。国家は私を失いたくはないのだ。褒めておだてて贅沢を与え。有能な者とするべくあらゆる手が使われたのさ。」
なるほど。国家から逃げられたりしたら大損害だしな。そこまで酷いことはしないか。
【王】という職業に人生を変えられたけれども、【王】という職業に守られ続けてきたのか。
「私にとってその生活は悪いものではなかった。だがな、やはり好きにはなれんのだ。誰かを使う事も、誰かがかしずくことも、奇妙なものとしか思えん。所詮【王】という職業を持っていようとも、農家の子は農家でしかないのだ。三つ子の魂百までとはこのことだな。」
皇帝はどこか寂し気に笑っている。それだけ生活が変わって、全ての人が従うようになって、普通なら偉くなったと思ってふんぞり返りそうなものだがな。よく変わらなかったな。
「だが私の両親は違った。皇帝の親という権力を手にして好き放題贅沢三昧に生きるようになってしまってな。土にまみれて笑っていたあの頃の両親はいなくなり、ブクブク太った国家の家畜が生まれてしまったのだよ。」
あぁ。両親はやはり権力に魅了されてしまったのか。国家からすれば親は教育する必要がないから贅沢だけさせていればいいだけだしな。操縦が楽だったのかもしれない。
「知人も全て変わってしまったよ。しょっちゅう喧嘩していた友人は今となっては私の言葉なしには顔を上げないほど忠実な民になってしまった。もう殴り合う事も許されん。」
皇帝はただただ寂しそうに語る。皇帝という権力を手にした結果、それまで持っていた全ての物を取り去られてしまった。
この世の価値で言えば、皇帝の権力を手に入れてから得たものの方がきっと価値の高いものを手に入れたはずだ。でも価値観は人それぞれだ。他人にとっては無価値なものでも自分にとってはとても高価なものはたくさんある。そういった価値あるものを、全て失ってしまったのだろう。
「【王】という職業は、皇帝という権力は、私から全てを奪った。故に私はこの国を好きにはなれないし、この国の民のことも自分の民とも思ってもいない。既にこの国への愛想などとうに潰えた。だから私はこの国に興味がないのだよ。」
「・・・そうだったんですね。」
「だからお主をここに呼んだのだ。酔狂なことをしたと思うが、それでも何か似たものを感じたのだ。お主とて【勇者】という職業に翻弄され、得られたスキルによってこの場所まで来ているのではないか?」
「・・・簡単に言えばそうですね。あなたと同じです。」
「【王】も【勇者】も同じだ。あの【預言者】も同じであるな。この世界は職業とスキルに縛られている。それらによって人を評価する。他人から見れば私たちは羨ましい存在であり特別な存在であり故に憧れるのかもしれん。だが、我々からすれば普通に生きられることこそ羨ましいものであろう。」
・・・【勇者】じゃなくてもっと一般的な職業だったらもっとこの世界を楽しめたのかもしれない。
責任を負わされることなく、レベルを上げてスキルを上げて。周りと競争しながら自分を高めて。時には挫折も苦しみも味わいながら、それでも手にする栄光があって。
その栄光は世界から見ればちっぽけかもしれないけれど、でも自分にとってはとても大きなものであって。それを手にして喜んで。
そんな生活がうらやましいと思う気持ちは確かにある。
結局俺たちのような特別な力を持つものは、この世界が持つ社会においては異物である。周囲とは相いれない存在だからこそ、周囲に溶け込みたいと願ってしまう。
そして俺たちの場合は職業に伴う行動が求められる。
【勇者】だから、【王】だから、【預言者】だからと期待されて、苦しくなる。
皇帝はその苦しさを味わったからこそ、この国のためにという思いが持てないのだ。
「・・・職業とは、スキルとは何なんですかね。」
「私にも分からんよ。言い換えれば才能とも呼べるそれは、しかしもらってただ喜べるものではないらしいな。」
「そうですね。俺もこんな力なければと思う時もありますよ。」
「そうであろう。ましてや【王】よりも貴重な【勇者】だ。その能力も破格であろう。」
「えぇ。そりゃあもう他の人たちの頑張りがちっぽけに見えるぐらい、とびぬけて強くなれますよ。」
「そうか・・・。それは辛いな。」
辛いか・・・。まさかそんな風に言われるとはな。普通だったらうらやましがられるんだけど。
一人高みに押し上げられた皇帝だからこそ、この痛みを分かってくれるのかな。思わず笑ってしまった。
「ハハハ。ただまぁ逃げることも出来ないので魔王と戦うしかないんですけどね。」
「逃げてもいいんじゃないか?こんな世界、壊れても問題ないだろう。」
「とんでもないこと言いますね。」
「私はこの世界に価値を見出していないからな。」
やさぐれた考え方だな。まぁ皇帝の話を聞けばそう考えるのも納得してしまうが。だが俺はそこまでやさぐれてはいないぞ。
「残念ながら、私はこの世界で良い人たちと出会ってしまったので、守らないわけにはいかないんですよ。」
「そうか・・・。勇者には友がいるのか。羨ましい限りだな。」
「ハハハ!皇帝に友人はおられないのですか?」
「そうだな。心を開いて話をしたのは今回が初めてだ。」
「ならば俺が初めての友人ですかね?」
言い終わってからちょっと調子に乗った発言だったかなと思った。同じ痛みを共有していると思ったからか、俺も心を開いていたらしい。ちょっと苦言を呈されると思ったが、皇帝は目を丸くして、そして大笑いしだした。
「ハハハハハ!・・・そうか。そうだな。君が初めての友人なのかもな。」
良かった。怒ってないらしい。
「まぁその友人もすぐに死ぬかもわかりませんがね。」
「そう言えばそうであった。これから死地に向かう勇者であったな。我もこの国の人々と同じようにどこかで勇者の勝ちを考えていたが、それを果たす勇者には当然のように恐怖や苦しみが存在する。お主にとってはこの戦いの捉え方は違うものだったな。」
「えぇ。まぁ今すぐに死地に向かうということではありませんが。」
「そうなのか?すぐに魔王の下に向かうのではないのか?」
そりゃすぐに行きたいけどよ。行先わからんし。それにまだ日数はあるからな。
「魔王の行先が分からないのでね。ただ猶予はまだ190日以上ありますから。今はとにかく魔王を探すことが目的です。その間に他の場所が襲われないためにレンダルフィア帝国に協力を願いに来たんですよ。」
「その190日という日数は何なのだ?」
「どうやら魔王は時間稼ぎをしているようで、その日数は200日なんだとか。世界に暗闇が落ちてきたのが四日前ですから、まだ190日以上は猶予があります。ただまぁ急ぐにこしたことはないんですけどね。」
俺が日数の話をし始めると皇帝はどこか不安げな顔をし始めた。
少しだけ緊張した声で俺に問いかける。
「・・・勇者よ。その200日というのは本当に四日前から数えて200日ということなのか?」
「え?いや・・・確かにそれは明言されていませんでしたが。」
確かに時間稼ぎに200日とは聞いたが、あの日から200日とは聞いていないな。
そう考えていると、皇帝は思案顔をしながら重々しく口を開いた。
「・・・勇者よ。もしかしたらその190日という日数には今一度吟味が必要かもしれんぞ。」
「え?なぜですか?」
「・・・初めて空に闇が落ちた日は四日前ではない。今から半年以上前に、既に闇に包まれた場所がある。」
・・・え?




