平和
皇帝は世界の危機と勇者の来訪が「チャンス」と言ったが・・・正直意味が分からない。
「ふむ。まるで分からんという顔をしているな。だが考えれば簡単な事よ。今世界に危機が訪れている。すなわち他国の国力が落ちる瞬間であるということ。」
「それは分かりますが・・・。」
「だから、チャンスなのだ。領土を奪うにはこの瞬間だと国は考えておるのだよ。」
「・・・はぁ?!世界の危機なんですよ?!今この瞬間に人間同士で争うのは危険じゃないですか?!」
流石に世界がこんな状況の中で侵略すれば人類全体の力が落ちていく。それはすなわち世界の防衛力の低下が起こり危機が増すということだ。侵略行為は自分たちの首を絞める行為でしかない。
「そうだ。今争えば魔王に侵略しやすい土壌を作ることとなり危険が増すだろう。だから我々も自衛に徹していた。だがな、その危険はお主の来訪によってなくなってしまったのだ。」
「え?俺の?」
「そうだ。勇者の歴史は知っておるか?」
「えぇ。一応4人の勇者の話は本で読みましたが。」
「であるならば話は早い。勇者は未だ魔王に敗れたことはない。そのことは歴史が証明している。すなわちお主が現れたという事は魔王が敗れるという事だ。実際のところ未来がどうなるかは分からん。だがいずれにせよお主が敗れればこの世界は終わったも同然。であるならば勝利を仮定して行動した方が良いと考えたわけだ。」
それは・・・確かにそうかもしれないが。でも勝てる保証なんてものはどこにもない。それを仮定して行動するというのは・・・いや理に適っているのかもしれない。
しかし人間の倫理としてそれはどうなんだろうか。許されることではないだろう。
「それは・・・。」
「だからチャンスと彼らは言ったのだ。勇者の来訪のおかげで世界の危機は考慮しなくていい。安心して自国の軍を強化し、弱った他国を支配する時だと。」
「・・・その理屈は分かりました。だがそれでも世界の平和のためにという考えはないのですが?世界全体で危機に立ち向かう方が全体の損失も失わずにいられるはず。結局争いは何も生み出しません。止めるべきだと思わないんですか?」
今この状況で人間同士が争うなんてやはり馬鹿げている。世界中で困っている人や苦しんでいる人がいて、自分たちが救える力があるんだったらそれを使おうとは思わないのか?!
「・・・世界の平和?ハハハハ!やはり勇者は正義の男であるのだな。」
俺なんか面白いこと言ったか?人間として当然のことを言っただけなんだが。
「笑ってしまってすまなかったな。しかし勇者の考えが少し分かった。それではこちらと話がかみ合わないはずだな。」
「何が違うんでしょうか?」
「ふむ。勇者にとって平和とは何だ?」
平和・・・か。あまり深く考えたことはないが、それでも平和と言えば戦争のない世界のことを指すんじゃないだろうか。俺はそう考えてきた。
「平和ですか?戦いのない世界ですかね。」
「なるほどなるほど。それは素晴らしい考えだ。まさに理想郷であるな。そんな世界に行って見たいものだ。だが私たちにとっての平和はそのようなものではない。」
「どのようなものなのですか?」
「平和とはすなわち国家の秩序が安定していることだ。だから敵対国を侵略することは国家の秩序安定のために必要なことであり、故に我々が考える平和のための行動でもあるのだよ。」
国家の秩序が安定すること?確かにそれも一つの平和かもしれないが・・・。
「それはつまり、国家が無事であれば他国はどうでも良いという事ですか?」
「うむ。言い方を変えればそういうことだ。自国さえ無事であればそれが平和であるという事だ。そもそもなぜ他国の平和まで願わなければならんのだ。人は争うもの。欲が尽きず、どこまでも追い求めるもの。我々が襲わなくとも他国も虎視眈々と我が国の地位を脅かそうと狙っておる。どうしてそんな奴らの無事を願わねばならんのだ?」
皇帝の言葉に驚かされる。まるで倫理観が違うのだ。
前の世界の平和とこの世界の平和の考え方は違う。あまりにも違いすぎる。
だがよく考えればそれも当然なのかもしれない。
前の世界であればグローバル社会となりその国にいながら他国の情報を誰しもがすぐに入手することができた。そのおかげで他国への親近感もある程度持っていた。
ましてや敵対国と明確に呼べるものは存在しなかったし、領土を奪うためにどこかが攻め入ってくるなんてのは過去の話だと思っていた。少なくとも俺は日本人として過ごしてきた時はそう考えていた。
だがこの世界は違う。他国の情報など大して入ってこない世界にあって、他国は得体の知れない存在であり、敵対するものと考えやすい土壌が出来ている。
ましてやモンスターの存在などから戦う事自体のハードルが低い世界でもある。
戦いへの忌避感がそこまで高くないのだろう。
その結果として自分たちの国だけが安定していればそれでいいという平和の考え方が生まれている。
いやむしろ、まだ世界平和を願う世の中が生まれていないといったところだろうか。
思えば前の世界だってほんの1世紀前はバンバン戦争を繰り返していたんだ。何もおかしいことではないのかもしれない。
「勇者よ。君は世界のためを想って行動しているのだろうが、私たちは私たちで自国のことを考えて行動する。故に私たちの思想が一致することはないだろう。」
「・・・でも先ほどは他の方々は勇者と共に戦おうと言っていたではないですか?」
そうだ。さっき皇帝を取り巻いていた人々は世界のために戦おうと言っていた。だから俺は嬉しく思ったんだ。世界の人々が一緒になって魔王に立ち向かっていく。その言葉が嬉しかったんだ。
「・・・だからお主は素直だと言ったのだ。あんなもの演技に決まっておろう。」
「え・・・?」
「あれはお主たちを取り込むために作った姿であり、あそこで語られた言葉には何一つ本当の思いは存在せぬよ。」
「そんな・・・。どうして?」
「ふむ。なぜ勇者や預言者をあそこまで歓迎したか。それはこの国家の歴史にも関連している。」
そう言えばこの国には石の勇者の墓があるとサムエルさんが言っていたな。そのことが関係して歓迎されているはずだ。
「この国には石の勇者の墓があるんですよね?だから歓迎されていると考えていましたが。」
「そうだ。この国には石の勇者の墓がある。だがそれだけではない。これはほとんどの者は知らないことだが、この国はかつて勇者クライドによって破壊された国家ロンバルディアの血族が建国した国であるのだよ。」
「え?勇者クライドの?」
勇者クライドに破壊された国家?それはつまり勇者クライドを執拗に取り込もうとして怒りを買った国家だよな?
「そうだ。かつて勇者クライドを取り込もうとして失敗し破壊された国家だ。だが子孫がたまたま他国に行っていたため勇者の報復を回避し、祖国の復興を願い新たな国家を立ち上げた。それが今のレンダルフィア帝国の始まりであったのだよ。」
まさか勇者クライドを追い詰めた国家の子孫が生き延びていたなんて・・・。
「勇者クライドを追い詰めたという評判の悪さから子孫であることは隠されていったがな。だが皇族と直近には伝えられ続けたのだ。そこから地道に国を大きくすること1000年。ようやく我々は世界一の国家に返り咲いた。そして今再び勇者が現れた。」
「だとしたらどうして歓迎されたんですか?むしろ怒りを買いそうなものですが。」
勇者クライドの復讐を回避した王家の末裔が建てた国に再び勇者が現れた。普通なら勇者というだけで恨みを買いそうなものだが。
「ハハハハ!勇者クライドへの怒りなどこの国には存在せぬよ。かの一族の血は既に途絶えているし、今や名前も違う国家だ。それに自分たちは不遇な状況に立たされているわけでもないからな。」
「じゃあわだかまりはないという事ですか?」
「わだかまりはない。だが国家の者は過去の経験からこう考えているのだ。次こそは勇者を手中に収めたいとな。だから勇者の手前良い顔をし、勇者を上手く取り込もうと画策しておるのだ。」
・・・勇者クライドの時と同じじゃないか。普通ならそこでもう同じことはしないと考えそうなものだが。名前が変わっても血が変わっても、国家の在り方は変わらないんだな。
「勇者よ。だから言ったのだ。お主は善人で正義感が強く、素直な人間で危なっかしいとな。国家に対して君はあまりにも無防備だ。世界の平和などこの国が考えるわけがないし、勇者の手伝いを心から喜んでする者などおらんのだよ。」
さっきは本当に嬉しかったんだけどなぁ・・・。全部演技だと言われるとやるせなくなる。
誰しもが世界の平和を望むものだとばかり考えていたけど、魔王の到来すら所詮他人事という事か。
「先ほどお主が言っていたであろう?魔道具を配るとな。そんなことをすれば確実にこの国の者たちは自分の物とするだろう。出来るだけため込んで侵略するための兵器として用いるはずだ。だからこの国だけに渡すことは避けた方が良いだろう。」
世界の救うための道具を自分の物にしちゃうか・・・。先ほどまでの皇帝の話を聞いていればその可能性はとても高いものだろうな。
「そうですか・・・。では少しだけ置いていくことにします。ただ俺の力は大したことないですよ?俺は人間は殺せないという【不殺】という能力を持っているので他国への侵略兵器には使えないですからね。ハハ。」
だめだ。何かショック過ぎて乾いた笑いが出てくる。自分のことを侵略兵器として見られているようで悲しくなってくる。さっきまで喜んでいたから余計にだ。
「【不殺】だと?それはつまり我々には攻撃できないという事か?ならばより危険ではないか。今度の勇者は自分たちを殺すことが出来ないとあっては良いように利用されかねんぞ。」
そうか。勇者クライドと違って自分たちに攻撃出来ないのであれば怖くはないのか。
それでいて魔道具を作れる人間ともなれば利用価値はあるということか。それが国外に行ってしまえば確かに脅威になる。おだてておだてて、最悪は抵抗できないのであれば捕まえて殺せばいい。そんな具合に思ってるのかもな。
「ただ殺せないだけで死なない程度には攻撃できますので勘違いしないでくださいね?」
「そうなのか?であれば逃げることは出来るという事だな。少しだけ安心したよ。」
何だか皇帝と話していると人間の汚い部分ばかり押し付けられているように感じてしまう。
どうしてこんなにも争っちゃうんだろうな。世界の危機だってのに。自分の豊かさばかり追い求めやがって。段々と腹が立ってくる。
・・・でも俺はこういう人たちも含めて救わないといけないんだよな。
世界を救うという事はそういうことだ。良い人だけじゃなく悪い人も含めて全てを救うことになるんだ。
それが果たして良いのか悪いのか俺には分からなくなってくる。
考えれば考えるほど何だか落ち込んでくる。
だがここで一つ不思議に思った。なんで皇帝はこんな事を俺に話すんだ?
そもそも国家のためであればこんな話する必要がないだろう。何が狙いなんだ?
・・・ダメだ。考えても分からない。ならば直接聞くしかないか。
「・・・どうして全てのことを俺に話してくれたんですか?どう考えても自分の国に対する悪い評判にしかつながらない話ですよね?」
「・・・それはな、私はこの国にまるで興味がないからだ。」
興味がない・・・?




