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空気

俺とジャイコフは【王の間】から戻ってきた。時間は来る前と何も変わらない。体も来る前の体制に戻されている。

フッカは戻った瞬間に切り傷がつけられて死んだ。急に倒れたから周りの人々はビックリしている。なるほど時間の進まない【王の間】で倒されるとこうなるのね。

同時に空も晴れた。もうすっかり夕方になっているが、それでもさっきまでの暗い空に比べれば随分綺麗な空になった。




魔人を倒したはいいがゼロホン国とイッポン国の状況はあまり良くない。

互いに敵意を持って睨み合っている状況だ。



だがこれ以上は俺にはどうしようもない。俺は強いだけで人の心は変えられない。

その方面は得意な人に任せることにしよう。



「皆さん!もう戦いは止めましょう!私たちは互いに素晴らしい国なのだから褒め合うべきなのです!」


ラエラの声が戦場に響く。

【博愛】の力なのかその声に皆が聞き入っているように見える。


俺たちはドラゴンの上に戻りラエラに魔人が討伐されたことを伝えた。



「皆さん!聞いてください!私たちの平穏を脅かしていた魔人は討伐されました!皆で喜びましょう!」

ラエラを通して魔人の討伐が報告された。これでもう敵意があおられることはない。だから両国が手を取り合うことが出来るかもしれないと思っていた。




「うるせぇ!俺たちは今こそイッポン国を倒してこの国の覇者になるんだ!」

「俺たちの国こそが最も優れてるんだ!自由こそが最高なんだ!」


「今こそゼロホン国を討伐する時だ!この島に秩序をもたらす時が来たのだ!」

「我々の国家こそが最良であり最善である!規則こそが人間を豊かにするのだ!」




一度植え付けられた敵意は抜けきらないのか、強くなりすぎてしまったのか。

戦いは止まらなかった。



「ど、どうして!私たちはもう戦う必要なんてないのよ!魔人は倒されたのよ!」

ラエラの悲痛な叫びが戦場に響き渡る。だが誰も止まらない。



「戦う必要ならある!俺たちの優位を示すためだ!」


「我々が勝利することによって国家の豊かさを示すことが出来るのだ!」



戦いは止まらない。植え付けられた敵意を取り除くことが出来ない。

揺さぶられた感情のコントロールが効かなくなったと言った方がいいだろうか。


敵意に愛に嫉妬に、様々な感情が入り乱れた結果、戦いに向かう事を選択してしまったのだ。

どうしていいか分からなくなって、考えることをやめて、最も簡単な答えを出そうとしている。



勝てばいいのだ。




勝てば何も考える必要がなくなる。相手がどうこうなどと煩わしい思いをしないでいい。

単純で明快で分かりやすい方に人は流れて行く。特に両国は国家自体が極端に単純明快な方向に進んだ国だ。その国民性が出ているのかもしれない。



「イッポン国を滅ぼせ!!」

「ゼロホン国を殲滅せよ!!」


「皆さん!やめて下さい!!!やめて!!!」



一歩一歩と人々は歩みだす。戦いに向けて。



その場においてもはや聖女の声は虚しく響くだけだった。

引き留める声をもはや無視して人々は歩き出す。



聖女は、【博愛】は、もう声すら出てこなかった。




代わりに出てきたのは、ただのラエラの声だった。




「・・・いい加減に、いい加減にしなさい!!!」


先ほどまでとはまるで声量の違うラエラの大声が鳴り響く。

さっきまでは聖女の演技でもしていたのだろうか。



「あなたたち馬鹿なんじゃないの?!何が我が国の優位よ!!どっちも大した国じゃないわよ!!」


さっきまで両国とも優れてるとか言ってたのに、腹に据えていた思いが爆発するようにラエラは両国をなじる。


「ゼロホン国は法律がないとか言いながら結局「ルールを作らない」ってルールに縛られてるじゃないの!!どんだけ生き辛い国なのか自分たちがよくわかってるでしょ?!」


法律がないのが自由と言っているゼロホン国だが、結局人間は必要だから法律を作るのだ。それを禁止したらかえって生き辛いわな。



「イッポン国もイッポン国よ!!何が法で人を守るよ!その法のせいで犠牲になった人や生活がどれだけあると思ってるのよ!!」


イッポン国は法で全てを縛った結果、国自体が異物を排除する方向に動いてしまった。そこにある犠牲は物的にも精神的にも多大なものであるのだろう。



ラエラの叫びをいつの間にか全員が聞いていた。というかビックリしている。

・・・そりゃビックリするわな。さっきまで聖女みたいにおしとやかだったのがいきなり怒鳴りだしてるんだからな。

さっきまで戦いに向かいそうになっていたのに、今じゃ仲良く口を開けてラエラを見つめている。



「でもよ・・・だからって俺たちどうすればいいんだよ!」

「今さらもう引けないだろう?!」


「我々はここまで来てしまったのだ!」

「もう引き下がるわけにはいかないのだ!」



ラエラの言葉に少しだけ感情が動いたように見えるが互いにプライドが邪魔して引き下がれなくなっている。

ここまで来て受け入れたくはないわな。それでもラエラはなおも説得を続ける。いや説得というより説教と言った方が正しいのか。




「どっちも隣にバカな国しかないから自分たちの異常さに気が付いてないのよ!!ここで戦って勝ったところでバカな事には何も変わりないわよ?!いつまでこんな不毛な戦い続けるつもり?!」


まぁ互いに比較対象がアレだしな。そうなっても仕方ないか。


「ゼロホン国もイッポン国もどっちも変な国なのに優劣つけても意味ないでしょ?!どんぐりの背比べよ!目くそが鼻くそを笑うだけなのよ!バカバカバカ!」


凄い勢いで罵倒してるな。まるで【聖女】の発言とは思えないが、それでも愛情を感じるのは【聖女】の力なのかラエラ本人の魅力なのか。



「どっちも変で狂ってるのよ!それを受け入れたくないって、子どもじゃないんだから!!間違えたら訂正する!良くないところは直していく!しょうもないプライドだけ持ってるけど本当にしょうもないわよ!!過ちを認めなさいよ!」


さっきまでどっちも素晴らしいとか言ってたのに・・・でも何だかんだ事実だ。どっちも変で狂ってるわ。



「それでも戦いたいなら勝手にしなさい!私とジャイコフはここから出ていくから!」


ここでまさかの姫からの駆け落ち宣言である。ジャイコフもビックリしている。

でも満更でもなさそうな顔がちょっとだけムカつく。



「ひ、姫さんが出て行っちまうのか?!そうなったら誰が俺たちをまとめてくれるんだよ!」

「お、王子がいなくなるのか?!それでは誰が法を管理するのだ?!」



「知らないわよそんなの!!私たちがいなくたって王がいるでしょ!!それにどっちみちいつかは滅びる国よ!!ちょっと早くなるぐらいいいじゃない!!」


ラエラはもう止まらない。今まで溜めに溜めたものが一気に放出され好き放題に喋っている。



「それであんたたちはどうするの?!戦うの?!止めるの?!どっちでもいいから早く決めなさい!!」


ラエラの最後の一押しに一つの声が生まれた。




「・・・戦いたくない!!」


その言葉をきっかけに、膨らんだ風船が破裂したかのように思い思いの言葉が飛び出してきた。



「本当はゼロホン国よりイッポン国に行きたかったんだ!こんな国生き辛くて嫌だったんだ!!」

「俺だって今すぐこんな危ない国から出て行きたい!大体なんで戦わないといけないんだ!」

「羨ましいだけであって、憎いわけじゃねぇ!何なら良い国だなって思ってる!」


「私はイッポン国よりもゼロホン国の方が優れていると思っている!!縛られずに共存できるならそれが一番じゃないか!」

「イッポン国が息苦しかったんだ!自分の好きなことが何も出来ない!!」

「ゼロホン国がうらやましかったんだ!移住したかったんだ!!」



さっきまで互いに憎しみ合っていたというのに、今度は互いに自虐合戦が始まった。

良い傾向なのだろうか。でも国からしたら良いものではないのだろうか。



「それでいいのよ!人間、欠けがあるものよ!それを今まで私たちは無視してきたわ。ゼロホン国もイッポン国も仲良く欠けがあるの!だから互いに補い合うしかないのよ!」


ラエラの言葉には【博愛】がかかっていたのか。それともただただその言葉に打たれたのかはわからない。それでも民衆の心は確かに戦わないという方向に向かって行った。



「俺たちは戦うべきじゃない!!」

「互いに認め合うべき存在だ!!」

「もうこんな生活は嫌なんだ!!」



・・・今度こそ大丈夫かな。

戦場の空気が変わってきたので、俺たちは彼らと目線を合わせるために両国の中央に降り立った。

皆近くまで来るとドラゴンの大きさを改めて認識させられたのかビビっている。


それでもラエラとジャイコフが降りるとその両者に注目が集まった。

何か言うのを待っているという感じだ。



「皆さん、改めまして。私がゼロホン国の姫のラエラです。そしてこちらが・・・。」


「ラエラの婚約者のジャイコフだ!!」

突然のジャイコフの叫びに皆が驚いている。

突然叫んだのもそうだが、その中身にさらに驚かされる。


婚約者だったのか?聞いてなかったんだけど、と思っていたらラエラも驚いている。



「は?!あなた何言ってるの?!いつ私たちが婚約したのよ?!」


「ゼロホン国とイッポン国は手を取り合う事になったのだ!!その象徴として私たちが結婚をするということで良いじゃないか!!」


「それはいいかもしれないけど・・・だからって今言う事じゃないでしょ!あんたイッポン国の王子なんだからルールを守りなさいよ!!」


「なるほど・・・ルールか。確かにそうであるな。」


ラエラにすら何も言わずに進めようとしたらダメだろう。それにこんな場所に言うなよ。

さっきまで戦場だったんだぞ。みんなも唖然としてるし。



「そうだな、間違えていたよラエラ。・・・私と結婚してくれ!」


「え・・・そりゃできたら嬉しいけど・・・。ってルールを守れってそういう意味じゃないわよ!!」


おぉ。ラエラが恥ずかしさのあまり思いっきりぶん殴った。

あれは【手加減】なしだな。王子が完全にのびている。可哀想だから回復魔法ぐらいはかけておいてやろう。



「あぁ!!我らが王子がやられたぞ!!」

「いや、あれは王子が悪い。」

「そうだな。流石に掟破りもいいところだ。」

イッポン国の人々も、自分の国の王子がやられたというのに何だか穏やかだな。


「姫さんやるじゃねぇか!」

「それよりイッポン国の王子も中々だな!」

「あの自由さは俺たちだって簡単には出来ねぇぞ!!」

ゼロホン国もゼロホン国で笑っている。さっきまで戦場だったのが嘘のようだ。



「もう!!ジャイコフのせいで大変なことになっちゃったじゃない!!」

ここでラエラの追加の一撃。さっき回復魔法で治してやったばっかりなのに。一応追加で治しといてやろう。


「息ピッタリじゃねぇか!」

「早速夫婦漫才かー?」

「「「ハハハハハ」」」


「あんたらも笑うな!!」



ラエラが語り、ジャイコフが身体を張ったおかげで状況は一変した。

不思議だな。あんなに敵意をむき出していたのに今では一緒になって笑っている。



人と人との関係は複雑だ。さっきまで喧嘩していたと思えば、一つのきっかけですぐ仲直り。

でももしかしたらまたすぐに喧嘩しているのかもしれない。

でもその度にきっと別の誰かがそれを直そうとする。そうやって集団というのは保たれていく。

法やルールじゃ作れない複雑な関係がある。


・・・やっぱり人間って不思議だわ。あまりフッカを笑えないな。

俺もここまで状況が変わるとは思ってなかった。思ったよりゼロホン国もイッポン国も、ラエラもジャイコフも、愛情深い人だったってことかな。




「ふふふ。ハルヤさんどうしました?あの二人に憧れているのですか?」


「ちげぇよ。今の二人を見て憧れる要素がどこにある。」


ラエラは相変わらずジャイコフを叩いている。気絶しているジャイコフを起こそうとしているのか、それとも追撃しているのかは分からないが、羨ましいものではない。


「そうですか?随分仲良さそうですが。私たちみたいに。」


「あいつらは仲良いのかもしれないが俺たちは違うだろ。」


「ふふふ。そうでしたね。私たちの方がもっと深い仲でしたね。既に何度も体を重ねた仲ですし。」


「ただの移動手段を変な呼び方で呼ぶな!また変な誤解が出てくるだろ!」


コイツはここぞという時にいつも変な誤解を差し込んで来ようとしてくる。

いい加減やめてほしい。俺は虐げられて喜ぶタイプではない。



「お!こっちも夫婦漫才してるぞ!」

「「「ハハハハハ」」」



「うるせぇ!笑うな!」



俺は両国の陣営の上にドラゴンを飛翔させた。おかげで両国の奴らがビビっている。ついでにここで空に向かって火を吐かせてやる。おぉおぉ悲鳴が上がった。いい気味だ。


「勇者がご乱心だ!」


ふははは!勇者も人間なんでな。怒る時は起こるのだ。




ラエラだけが親指を立てて俺の行動を褒めてくれた。



聖女と勇者だけが、この場面においては人々の悲鳴を喜んでいた。


嬉しい悲鳴ってこう言う事をいうのかな。いや、違うか。

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