死んでも大丈夫
次の日、俺たちは陽が昇る前に出発することにした。
あまり村にいると名残惜しくなって、出にくくなってしまうからな。さっさと出ることにする。
ただ、突然いなくなると心配するだろうから、家のドアに「世界救ってくる」と書いた羊皮紙を打ち付けておいた。
これで大丈夫だろう。
「かえって心配になりませんかね?頭がおかしくなったって。」
・・・コイツには風情というものが分からんのかね。
「こういう時は、言葉が少ない方がカッコいいんだ。」
「なるほど、元から頭がおかしいと認知されているから大丈夫という事ですね。あ、私は個性だと思ってますよ。」
「朝から辛辣だなおい。」
結局羊皮紙はそのままにして、村を出発する。
誰にも会うことはなかったが、しばらくいなくなるだけだ。いつかまた帰ってくる。その時に、事情を説明すればいいだろう。
行先は決まっている。昨日エリーと話し合って、西に行った先にある「アンデーキア」という街に行くことに決めた。
理由は、一つにはその街には図書館があること。もう一つはその街が現在襲われている可能性が高いからだ。
昨日、何か方針を決めないといけないと思い、俺の出来る限りの情報を集めようと自分のステータスを確認した。
そこで、二つの情報を発見した。
一つは、【地図】だ。
これまでは方角しかわからない俺の思い出マップでしかなかったが、それが若干変化していた。
空が暗くなっている場所、つまりは異界との繋がりが出来た場所が表示されるようになった。
多くの場所が黒くおおわれているため、どこから手を付ければと思う部分もあるが、中にはリトラスの村のように開放されている地域もありそうだ。
軍隊が強いと噂の場所や、冒険者ギルドの本部がある場所など、強い戦力を持っている場所で黒くなっていない場所があるので、恐らく魔人を倒して解放したという事なのだろう。
クフの街も、黒くはなっていない。ホッとした。何だかんだあそこには知り合いがいるから、心配していたのだ。
勇者だけでなく、街や国家も戦える場所があるということだ。ならば、俺は空が暗い範囲の所の中でも、戦えそうにない場所にいかなければならない。
その方針で考えたところ、比較的近くにある街であり、規模も小さいためモンスターへの対策も厳しいだろうから急ぐ必要があるというエリーの情報によって、アンデーキアに向かうことが決定した。
この街に図書館があるというのも都合のいいことだった。
ステータスの中から見つけられた二つ目の情報がチートパックの1000レベルで解放された能力の中身だ。
1000レベルで解放されたスキルは【聖装解放】という。
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【聖装解放】
聖装を解放することができる。
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これによって、俺は聖装を得ることが出来るようになった。
が、聖装なんて持ってない。場所も知らない。
エリーも「知るわけないじゃないですか」ときたもんだ。
【預言】のスキルも役に立たねぇ。
というわけで、自力で探さないといけなくなったが、あまりにも手掛かりがない。
そこで、アンデーキアの街の図書館で手掛かりを探そうという事になった。
本来、多数の本は国が保管するため一般公開はされない。ごく少数の研究者などが使うだけだ。
しかし、アンデーキアの街は図書館を一般開放しているらしく、身分を証明してお金を払いされすれば誰でも利用できるそうだ。
それが、アンデーキアに向かう理由だ。
俺たちは朝早くに起きてアンデーキアの街に向かうことにした。
襲われているかもしれないからな、とにかく急がないといけない。
残念ながら時空魔法は行ったことのある場所にしかいけないので、初めは自力で行くしかない。
そのため、現在俺たちは【浮遊】で西の方角に向かっている。
ちなみに、エリーは俺の背中に乗っている。
最初は、手でエリーの首根っこを掴んで運ぼうかと思ったが、エリーが拒絶した。
「猫に咥えられたネズミみたいで嫌です!」
コイツにも尊厳というものがあったらしい。
ちなみに、エリーはネズミが嫌いなんだとか。それもあってネズミを連想させる行為が嫌だったらしい。
そんな押し問答の末、エリーが俺の背中に跨ることになった。
馬みたいに跪く俺に、エリーが何の躊躇もなく跨る。
屈辱である。
ていうかなぜコイツは躊躇しないんだ。
エリーと俺って、立ち位置的に勇者と従者みたいなもんじゃないのか?
なんでコイツの馬にならないといけないのか。本気で置いていこうと考えたが、俺はこの世界の常識があまりにもない。
今回も街の情報など、エリーに聞かないと分からないこともあったので、しばらくは連れていく必要がある。だから、渋々コイツを背中に乗せることにした。
浮遊は周辺の風も操作してくれるので、空気や風の影響を受けない。だが乗っているエリーはどうなのかと思ったが、特に問題はなかった。便利だなスキルは。クソっ。こいつもちょっとは苦しめ。
「凄いですね!空から見る世界は、こんなに綺麗なんですね!」
エリーが珍しくはしゃいでいる。確かに、朝日がちょうど出てきて、絶景とも言える景色が広がっている。
「あまりはしゃぐなよ。落ちても知らねぇぞ。」
「ふふふ。落ちてもハルヤさんが拾ってくれると信頼していますから。」
なんでコイツはいつも俺を信頼しているのか。預言の力なのか?大したことをしたつもりはないが、何がエリーをここまで信頼させるのか。
「それに、私は死んだって大丈夫なんです。」
「・・・は?死んだって大丈夫って、何がだ?」
死んだら終わりだろう。生き返らせるスキルもないし。生き返るスキルでも持ってんのか?
そんなスキルがあるのか?
「私は、特に悪いことはしてませんし、死んだら天国に行けますから。」
・・・そういうことかい。相変わらず自己評価の高い奴だな。
この世界にも、天国なんて考えがあるんだな。
「はぁ、こんだけ口が悪い奴が、悪いことしてないって言ってもなぁ。」
「私は口が悪いわけじゃないですよ。素直に発言しているのと、言い回しが独特なだけです。」
「何でも解釈次第だな。」
相変わらず口の回る奴だ。軽い話をしていたら、エリーは少し声を落として話し始めた。
「それに、死んでも大丈夫だ、というのは本当の気持ちなんです。」
「どういうことだ?」
「私の母が、最期に言い残した言葉でしたから。だから、私は信じてるんです。」
そういえば、エリーの過去の話は聞いたことがなかったが。そうか、母親を亡くしてたのか。
「私は、6歳のころに事故で父を亡くしました。その時に家族は母だけになってしまったのですが、13歳のころに母も病に倒れてしまいました。」
父親も亡くしてたのか。苦労してるんだなコイツも。
「それはとても辛く悲しいものでした。でも、母は死に際に笑いながら言ったんです。「死んでも大丈夫。天国で、お父さんにまた会えるから。だから、心配しないで。」って。」
・・・母親も、辛かったんだろうな。我が子を一人残して旅立つのは。だから、何とかして安心させたかったんだろう。
「だから、私はそれを信じることにしました。天国なんて、行ったこともないしあるかもわかりません。誰も帰ってきませんから。」
そりゃそうだ。帰って来ないのか、来れないのか。死後のことなんて誰にもわからないからな。それは、この世界でも同じなんだろう。
「でも、そのことを信じた時に、ちょっとだけホッとしたんです。死は全ての終わりじゃない。絶望じゃないって。死後のことは誰にも分かりません。でも、分からないことに不安になり続けることは、とても辛いことです。出口がありませんから。」
確かにそうだな。分からないことを悩んでも、結局分からないままだ。死後のことなんて答えが見つかるわけがない。
「ハルヤさんにも、そのことを覚えていてほしいんです。」
俺?天国かぁ。にわかには信じられないんだが。特に死生観なんて明確なものは持っていないが、どっちかっていうと、今こうして異世界に来ているわけだし、輪廻転生の方が考え方としては受け入れやすい。
「きっとハルヤさんはこれから、世界を救っていくのでしょう。でも、全員を救うのは難しいと思います。今だって、困っているところはいくつもあるでしょうに、一つにしかすぐにはいけません。その間に、他の場所がモンスターに襲われるかもしれません。」
・・・そうだ。実際そうなんだ。俺たちが行かないと、危険な場所があるんだ。なのに、全部を一気に救うことは出来ない。
「もしかしたら、間に合わないこともあるかもしれません。そのせいで、亡くなる人もいるかもしれません。守れたかもしれないのに、守れない時もあるかもしれません。それは知らない誰かの時もあれば、知っている誰かの時もある。もしかしたら、私かもしれませんし、リトラスの村かもしれません。」
それは・・・きっと悔しいだろうな。特に、知っている誰かだったら。
「そのことを、ハルヤさんはきっと悩みます。守れたのに、守れなかったと。責任があるはずじゃないのに、力を持ってしまったハルヤさんは悩むんです。」
チートで勇者という力を持ってしまったから、守れたかもしれないと、きっと悔やむんだろうな。
「だから、信じてほしいんです。「死んでも大丈夫だ」って。それは、死を軽く見ることではありません。誰かを見捨ててもいいということでもありません。ただ、誰かの死への責任を、少しだけ軽くする言葉です。」
・・・死への責任か。それは確かに、とても重たい。それを、少しでも軽くするために、エリーは言ってくれてるんだろうか。
「死の見方を変えることは、簡単ではありません。かくいう私も、こんな大層なことを言っておきながら、どこかで疑っています。でも、死というあまりにも大きなものを前にしたときは、ちゃんと逃げ道も用意しておかなければなりません。」
逃げ道か。そう言われると、ちょっとしっくり来るな。
「助けられなかった命も、間に合わなかった命も、きっと天国に行っているはずだ。だから、大丈夫だと。」
確かに、その考え方は、逃げだな。まさに、逃げ道だ。
「責任が重くなったら、逃げればいいんです。命の責任なんてあまりにも重たすぎます。だから、ハルヤさん一人で抱えるべきじゃないんです。なので責任は全部、神に押し付けましょう。」
神に押し付けるって、こいつは信仰者なのかどうか時折分からない発言をする。
「私たちにこんな役目を押し付けたんですから、責任は上司にとってもらうのが筋でしょう。ですから、重たくて潰れてしまう前に、逃げてくださいね。」
これから俺は、「何でも屋」とか言いながら、結局は勇者の道を歩んでいくことになる。そこには栄光も名誉もたくさんあるだろう。しかし同時に、たくさんの人の命の責任を負わされることになる。それは、とても重たいものだ。
俺は、そのことをあまり深くは考えていなかった。そう考えると、勇者という肩書は、途端に重たいもののように感じてしまった。果たして、俺は勇者としてやっていけるのだろうか。
きっとエリーは、そのあたりのことを心配してくれているのだろう。もし助けられないことがあった時、俺は苦しくて折れてしまうかもしれない。そのことを、心配してくれているんだ。
それが、ちょっと嬉しくなった。この世界に来てから、俺は何でも出来るようになった。でも、何でもできるが故に、誰からも心配されなくなってきた。だから、ちょっと嬉しかった。
「あ、逃げる前にはちゃんと私を逃がしてからにしてくださいね。私はただのか弱い人間ですから。ハルヤさんが囮になって私を逃がしてから逃げてください。」
「せっかくいい話だったのに!最後で台無しだよ!」
なぜコイツは嬉しくなった感情に泥を投げつけるかのような言葉をかけるのか。
「ふふふ。話にはオチをつけると習いましたので、勤勉でしょう?」
「今はいらねぇよ!」
「あら?そうでしたか。また一つ勉強になりました。」
何が勤勉だ。ペテン師め。
やっぱりコイツは宗教勧誘なんじゃねぇか?危うく引っ張られるところだった。やはりコイツはどこか信用ならん。
そんなこんなで、かつての疑惑を再燃させながらエリーと話しているうちに、アンデーキアの街が見えてきた。
街はまだ大丈夫そうだ。壊れたり燃えたりはしていない。結界が張ってあるのだろう。耐えているようだ。
ただ、大量のモンスターが街を囲っていた。




