虚無
前の世界にいたころ、大学2年生の夏休み。
クーラーの効いた部屋で俺は一人ゲームにはまっていた。
ネットでたまたま見つけて注文した、レトロゲームとは言えないかもしれないが、20以上前のゲーム。グラフィックも、音楽も、ゲームの幅も、今のゲームに比べて劣っていた。
それでも、思いの外楽しんでやっていた。結局、そういったものはゲームの楽しさにはあまり関係がないのかもしれない。
そのゲームは、やたらと難易度が高かった。
当時においてその難易度は普通だったのかもしれないが、最近のゲームに慣れていた俺からすれば、とても難易度が高いように感じた。
少しずつアイテムで自分を強化しながら、理不尽とも思えるクソ難しい面をクリアしていった。
苦戦しながら、それでも何とか進めていったが、中盤で出てきたボスに完膚なきまでにボコボコにされた。
そのゲームはセーブ式ではなくパスワード式だったため、俺はパスワードを入れては負けてを繰り返していた。
いい加減パスワードを覚えるぐらい戦ったが、それでも勝てなかった。
数時間やっても勝てず、正攻法で勝つことを諦めた俺は、ネットで攻略サイトを探した。
するとすぐに見つかった。こんな古いゲームなのによく攻略サイトがあるもんだと感心しながら、俺はボスの倒し方を見ていた。
スクロールしていくと、【裏技】と書いてある欄があった。クリックすると最初っから最強状態で始められるパスワードが書いてあった。
なるほど、これを使えばあのにっくきボスを攻略できる、と思った俺はすぐさまパスワードを入れて開始した。
すると、これまで難しかったゲームをいとも簡単に攻略していくことができた。
今まで理不尽を押し付けられたんだ、今度はこっちが理不尽になる番だ。
爽快感と共に、今まで苦戦してきた敵を一掃した。気持ちよかった。
そして、あのボスのところまでやってきた。
結果は、完勝。完膚なきまでにボコボコにしてやった。
ようやく勝てた喜び。
そして、襲い来る虚無感。
これまでは色づいていたゲームの世界が、生き生きとしていたキャラクターが、カッコよく見えていた主人公が、途端にただの機械的なものにしか見えなくなった。
一応最後までクリアしたが、そこには何の達成感もなかった。
パスワードを入れた時から、ゲームは簡単なものになった。しかし同時に、何の戦略性も面白みもないゲームに成り代わってしっまった。
一からやり直せばいいのかもしれないが、そんな気分にはなれなかった。今更頑張って攻略出来るわけがない。
あの時、【裏技】を使わなければ、もっとゲームを楽しめたのかもしれない。
【裏技】というズルをしたことで、ゲームの世界が壊れてしまった。
ちょっとした後悔を抱えながら、俺は二度とそのゲームをやることはなかった。
あの時の感情と、今は似ている。いや、もっと苦しい状況と言ってもいいかもしれない。
これはゲームじゃないから。生きた、生身の、異世界だけど、現実だから。
残念ながらリセットボタンがない。やり直しも、出来ない。
サムエルさんたちは、30年以上この時のために努力してきた。
喜びも大きいだろう。大声で泣いて喜ぶ姿には納得できる。
ここに来るまでにどれほど苦しんだのか、その姿を見るだけで、何となく伝わってくる。
たくさん、たくさん、努力してここまで来たのだろう。
でも、今の俺にとって、ドラゴンはそこまで大喜びする相手ではない。
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名前:ハルヤ・セガワ
性別:男
年齢:22
職業:勇者
状態:正常
称号:異世界からの救世主
レベル:951
体力 :17120
魔力 :18013
筋力 :8035
防御 :6459
敏捷 :7121
知力 :7942
スキル:
【共通スキル】
棒術Lv.5、格闘術Lv.5、剣術Lv.6、短剣術Lv.6
水魔法Lv.6、火魔法Lv.6、風魔法Lv.8、土魔法Lv.6、光魔法Lv.6
闇魔法Lv.6、無魔法Lv.6、回復魔法Lv.6
雷魔法Lv.5、氷魔法Lv.5、重力魔法Lv.6、召喚魔法Lv.1、音魔法Lv.7
体力回復速度上昇Lv.8、魔法操作Lv.9、魔力回復速度上昇Lv.8、瞑想Lv,8、溜め時間省略Lv.8
投擲Lv.4、隠密Lv.9、忍び足Lv.8、気配察知Lv.MAX、観察Lv.MAX、回避Lv.6、視力補正Lv.MAX、聴力補正Lv.8、加速Lv.MAX、跳躍Lv.5、暗視Lv.5、嗅覚補正Lv.7、気配偽造Lv.MAX、マッピングLv.MAX
勇気Lv.MAX
採取Lv.MAX、解体Lv.7、調理Lv.4、筆記Lv.MAX
【固有スキル】チートパック
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今なら俺一人でドラゴンに完勝できるだろう。
サムエルさんたちの30数年を、俺は僅か4日で、肩を並べるどころか、遥か高い位置にまで行ってしまったのだ。
たくさんの、たくさんの努力の30数年を、俺は僅か4日で抜いてしまった。
そこにあるのは優越感なんかじゃない。
虚無感、場違い感、申し訳なさだ。
もしこの人たちが悪い人たちだったら、優越感を持てたかもしれない。
でも、そうじゃない。
30数年努力して、周りからも信頼されて、好かれている、とても尊敬できる人たちだ。
サムエルさん以外は知らないが、サムエルさんの仲間なんだ。きっとそうなんだろう。
だから、自分が場違いに感じてしまう。そして遥か高い位置から見下ろしてしまうことに、申し訳なさを感じるんだ。
幼稚園児の競技に、一人大人が混ぜられてしまったようで。
園児たちの喜びを見ながら、「スゴイね」って上から言っているようで。
そんな感情がたまらなく嫌になった。
まるで彼らを下に見ているかのようで。
まるで彼らの努力を馬鹿にしているかのようで。
彼らの、30年以上かけて掴んだ勝利の価値を、俺のステータスが低くしてしまう。
その思いは、俺に罪悪感をももたらす。
彼らが一生懸命30年以上の時間をかけてたどり着いたところに、俺はチートと言うズルをして割り込んでしまった。あまつさえ、今ではその偉業を、俺のステータスがぶち壊してしまう。
生まれた時からこうして生きていたなら、ここまで罪悪感を抱かなかったかもしれない。
与えた誰かのせいにできるから。
ただ、今の自分は望んだからこうなっているんだ。
チートが欲しいかと聞かれて、【はい】と答えたからこうなっている。
【裏技】と書かれたパスワードを入れた時のように、最強になってしまったからすべてが虚しく、自分で選んだことだから、ズルをしてしまった罪悪感が押し寄せるんだ。
俺が望んだ特別は、こういうことじゃないんだ。
ちょっと周りから褒められて、ちょっと周りから尊敬されて、モテて、金持ちになって、偉くなる。それを、その世界の常識の範疇で楽しみたかっただけなんだ。
これは、特別なんかじゃない。
ただの異物だ。
圧倒的なチートが、圧倒的すぎるが故に、この世界と俺を隔てている。
レベルやスキルに縛られたこの世界では、俺は誰とも肩を並べられない。誰とも、切磋琢磨することはできない。それはつまり、誰とも感動を共有できない。
そんなことを、ステータスが伝えてくる。数字は、やっぱり残酷だ。
ただただ茫然と、この世界での自分を認識していると、ようやく落ち着いてきたサムエルさんが話しかけてきた。
「お前さん、ありがとな・・・。助かったぜ。お前さんがいなかったら、俺は死んでいただろう。本当にありがとう・・・。」
俺に感謝しないでくれ。
「それにステータスについてもだ。お前さんのおかげで、戦うタイミングとして最高のタイミングだった。ちっとハプニングはあったが、飢餓状態のあいつじゃなければ俺たちはやられていただろう。」
あなたが良い人であればあるほど、罪悪感が重くのしかかってくるんだ。
「おお!お前さんがあのステータスを教えてくれたやつか!!ありがとな!!おかげで、俺たち勝ったんだぜ!!!これで俺たちはドラゴンバスターズになったんだ!!」
大剣使いは、豪快に笑っている。ドラゴンバスターズ。今の俺には、その名前の意味が、軽くなってしまった。
「あなたの【鑑定】は非常に優秀でした。これからは何かあったらいつでも私たちに言ってください。何でも協力しますよ。」
僧侶の格好をした人が、協力と言ってくれた。嬉しいが、俺の方が圧倒的にステータスが上なんだ。その事実が、相手の善意を真っ向から受け止められなくしてしまう。
「ドラゴンの前まで【鑑定】しに行って、怖い思いしながら、今もこうして助けてくれた。君には、感謝してもしきれないな・・・。俺もいつでも力を貸す。何かあったら言ってくれ。」
大きな盾を持った、誠実そうな人が、とても優しく声をかけてくれた。【鑑定】なんて何でもないんだ。今ならドラゴンだって、怖いどころか、脅威ですらないんだ。
「・・・君の魔法は凄かった。私から見ても凄いものだった。それほどまでのLv.にその年で行き着くとは、相当に努力したのだろう。そしてそれを惜しみなく使ってくれた。・・・感謝する。」
魔法使いに、泣きながら礼を言われた。
努力なんてしてない。たった4日だ。4日で、こうなれるんだ。なれてしまうんだ俺は。
「みんなお前さんに感謝してる。まさかあそこまで強い魔法まで使えるとはな。お前さんの人生も、色々あったんだな。」
色々なんて何もないんだ。やめてくれ。俺を、優しい目で見ないでくれ。
俺は、俺は、30年以上も頑張ってきたあなた達と、肩を並べていい存在じゃないんだ!
光る涙の美しさが、自分をより醜い者に写すかのようで、見たくなかった。
「さて、疲れたが、休むのは街に帰ってからだな。さぁ、帰ろうぜ。」
そう言って、サムエルさんたちは倒したドラゴンの下に行くと、大きなカバンをドラゴンに向けた。すると、カバンにドラゴンが吸い込まれるように入っていった。
「ついにこれを使う時がきたんだな!!やったな!」
こんな大きいドラゴンを収められるんだ、きっと自慢のアイテムなんだろう。心なしかバッグを慎重に使っているように見える。
そのカバンには一つまでしか入れられないのか、ドラゴンの頭部はサムエルさんのカバンに仕舞った。
でも、【アイテム】を持っている俺なら、多分そのバッグも必要ない。
また、心がチクリと痛む。
サムエルさんたちはまるで少年みたいに、喜びと興奮の感情を帯びながら、森の中を歩いていく。楽しそうだ。
俺も、少し後ろを一緒になって歩いていく。だが、このまま街に帰っていいんだろうか。
このままサムエルさんたちと一緒にいたくない。
この人たちが悪い人だったら、こうは思わなかったかもしれない。
でも、この人たちは良い人たちで、尊敬できる人たちだ。
だから、チートな俺には、ズルした俺には、この人たちはまぶしすぎる。
俺が醜いもののように感じてしまう。いや、実際醜いのかもしれない。
「どうした?さっきからおかしいぞ?」
こんな俺をサムエルさんは心配してくれる。やっぱり、良い人だな。
良い人だから、やっぱり一緒にはいられない。
「・・・サムエルさん、僕は皆さんと一緒には行けません。やらなきゃいけないことがあるわけじゃないんですが、ちょっと冒険に出たくなりました。だからここまでです。ありがとうございました。本当に、感謝しています・・・。」
本当に、感謝している。
サムエルさんがいたから、すくなくともこれまでは楽しかったし、ワクワクした。
初めて出会った異世界の人がサムエルさんで本当に良かった。
でも、もう俺は場違いになってしまった。だから、もう一緒にはいられない。
俺は耐えられなくなって、サムエルさんたちから逃げた。
「は?何言って・・・おい!!ハルヤ!!!・・・・消えた・・・。」
ステータスが上がった俺は、高い敏捷とLv.MAXの加速のおかげで、信じられない速さで走ることができた。
あっという間にサムエルさんたちは見えなくなった。
もう、気配察知の外側にも出ただろう。
でも、上がった聴覚補正のせいか、サムエルさんの最後の叫びは良く聞こえてきた。
初めて、名前で呼んでくれた。
嬉しかった。




