駆ける、欠ける
サムエルさんの手紙を読んで、体が勝手に北門に向かっていた。
俺が行って力になれることだってあるはずだ。だって俺はチートだから。
かつては恐怖したサムエルさんだが、今ならチートのおかげで肩を並べられる。
戦闘経験はほとんどないが、それでも能力はあるんだ。
体を動かせれば何とかなる。だから最後に必要なのは戦う勇気だ。でもそれなら大丈夫なはずだ。
だって俺は【勇者】だから。
流石に街中で全速力で走るわけにはいかず、小走りで北門に向かっていった。
そして北門からは全速力で加速を使いながら走った。
今朝出ていったということだから、急いでいけばすぐに会えるだろうと思っていた。
会ってどうするかは決めていないが、俺の能力のことを話してでも力になりたい。
そう思わせたのは、何もない俺をサムエルさんが助けてくれたからだ。
たとえ【鑑定】がなくてもサムエルさんは助けてくれただろう。そういう人だということは、たった二日間とはいえ伝わってきた。
だから、助けたいんだ。
ドラゴンは弱っているとは言え、それでも危険な存在だ。
戦えるやつの数が大いに越したことはないはずだ。
もし俺が行く必要がなかったとしたらそれに越したことはないが、苦戦しているようだったら戦闘に介入する。
サムエルさんは気にするなと言っていたが、俺がステータスを言わなかったらドラゴンに戦いを挑まなかったかもしれない。
そう考えると放ってはおけなかった。
街道を走っても、サムエルさんたちには出会えなかった。
なんでこんなに朝早くに出ていくんだよ。まるでおじいちゃんみたいだな。
そうか、サムエルさんは老化してるのか。今度からおじさんじゃなくておじいちゃんって言ってやろう。
まだまだイジリ足りないからな。生きてろよ、サムエルさん。
山の麓まで行くと、昨日乗った馬車が見えた。どうやら、既に山に入ったようだ。
御者には声はかけずに、そのまま山に入っていった。止められそうだからな。そんな時間も惜しい。
山に入っていくと、いくつかモンスターの気配を感じた。
ドラゴンに向かう道中、フォレストウルフが出てきたのでナイフで仕留めた。
チートのおかげでレベルも上がり、すぐに52に上がった。これで威圧も怖くないはずだ。
隠密を使いながら、山の中腹まで急いでいくと、もの凄い轟音が聞こえてきた。
もう戦闘が始まってる!
急いで音の方まで向かうが、中々たどり着かない。
それでも音だけは聞こえてくる。それぐらい激しい戦いだという事だ。
その音が気持ちを焦らせる。
走り続ける。加速もLv.があがっているのだろう、最初よりもずっと速く走れる。
・・・見えた!ドラゴンだ!
しかも、血だらけだ!かなりダメージを与えているみたいだ!
少し安心して、戦っている人の様子を見ると、すぐに気がついた。
サムエルさんがうずくまっている。
ガクガク震えながらドラゴンを見ている。
恐らくあれは恐慌状態だ。
まだ誰一人倒れてはいないが、今まさにうずくまるサムエルさんに向けてドラゴンが攻撃を仕掛けようとしていた!
させるかよ!
―――――――――――――――――――――
ドラゴンは思ったよりも強かった。
これでステータスが落ちてるって言うんだから嫌になるよホントに。
初めは十分に戦えていた。
正面からはエドムの魔法、後ろからは大金かけてかき集めた攻撃魔法の魔道具を俺、降りてきたところや爪術で攻撃してきたところをアレックスの大剣で攻撃する。
魔道具は使用者の魔力を食う。そのせいか俺の体も段々重くなってきている。
それでも魔力回復のポーションをがぶ飲みしながら、魔法を使い続ける。
魔道具は一回使うとすぐに壊れると来たもんだ。ポーションも一番良い物を使っている。おかげで今までの稼ぎが全部吹っ飛びそうだ。それでも、ドラゴンに効果があるんだ。そのためならいくら払っても惜しくはない。
俺は惜しみなく高価な魔道具を使いまくった。
ブレスも大きく息を吸い込む予備動作が分かりやすかったから、その予兆を細かく観察し続けて合図を出し、フェリの盾術で無事に防げた。
後ろにいる俺は高い敏捷と加速もちだ。ブレスとわかりゃ避けるのはわけがない。
ただ、あいつの攻撃は思ったよりも重く、あいつの体は思ったよりも固かった。
いや、段々とそうなっていった。
それには理由がある。岩山に鹿がいたんだ。俺たちはドラゴンに夢中で鹿に気が付いていなかった。
アイツは一瞬のスキを突いてそれを食った。それ以来少し強くなったのだ。
恐らくまだ全力ではないのだろうが、それでもアイツのステータスは上がったはずだ。
奴が戦闘開始後にエサを食う可能性は事前に注意していた。だから常に攻撃し続けて、逃がさないようにしていたんだ。
ただ、一瞬のスキを突かれた。
俺の魔道具と、エドムの魔法は、常に溜め時間が必要になる。
その溜め時間の一瞬のスキを突かれたんだ。
ここまでの大技を連続して使う機会は今までになかった。だから、連携も十分に取れていなかったのが要因だろう。
そもそもなんでこんなところに鹿が出てくんだよ。ドラゴンと大戦争繰り広げてんだぞ。そんな危険なとこに近づくんじゃねぇよ。ツイてねぇ。
いや、ツイてないのはあの鹿なのかもな。
何にせよ、それで力が上がったドラゴンは、さっきよりも強い威力の攻撃を繰出してくる。
鹿食っただけでよくもまぁここまで強くなるよ。燃費よすぎだろ。
完全だったらどうなってたことやら。
勝機がないわけじゃないが、かなり厳しい戦いになってきた。
それにやっぱりドラゴンは頭が良いモンスターだ。戦い方を熟知している。
恐らくこっちの魔力や体力の消耗を狙っている。さっきからチマチマ攻撃しながら、あまり飛翔も使っていない。魔力消費を抑えているんだろう。
ドラゴンにかなりダメージを与えたと思っていたが、随分と余裕そうに見える。
おかげで、大技を仕掛けるタイミングが掴めねぇ。やるじゃねぇか。
ただ褒めてるようで腹が立つからずる賢いと言っておくがな。
こちらが攻めあぐんでいると、ドラゴンが動いた。少しだけ息を吸った。
ただ、吸い方が今までとは違う。今までは少し下を向いて吸っていたが、今は少し上を向いている。
そして今までのブレスの時の、5分の1ぐらいしか吸い込んでいない。
ただ、それだけで分かった。今までとは違う何か。そこから考えられるのは一つだ。
やつは咆哮を使う気だ!
咆哮に対しては、音魔法【サイレント】を使える魔道具を俺とネルソンが持っている。
溜め時間もそんなにいらない魔法だ。息を吸い込む際にこれを使い回避できる予定だった。
アイツの奥の手だ、ここぞという場面で使うはずだと読んでいた。
そう考えて冷静にその時を待っていたからこそ、発動前に気が付くことが出来た。
しかし、想像以上に小さな息を吸っただけで、溜め時間があまりにも短かった。
そのため音魔法を使う時間がなかった。
ドラゴンがこちらを見て、ニヤリと笑ったように見えた。
溜め時間が短かったからだろう、咆哮は想像以上に小声だった。
「咆哮」って言うんだったらもっと大声出せよクソトカゲ!!
ドラゴンの後ろを取っていた俺だけが、聴力補正を持っていた俺だけが、咆哮を真正面から食らった。
・・・・怖い、辛い、苦しい、不安、絶望。
いろいろな負の感情が内側から沸き起こる。
今俺は何に立ち向かっているんだ?ドラゴンだ?
こんなやつを相手にしちゃいけないんだ。あまりにも強力な敵だ。ダメだダメだダメだ。
うずくまる俺に、誰かが「サム!」と叫んだ。
顔を上げると、ドラゴンが息を吸っている。
大きく大きくドラゴンが息を吸った。
あれで、俺は死ぬんだ。
あまりにも怖くて、足が震えて、もう立つことすら出来ない。
怖い!怖い!怖い!!!
火が放たれようとしたまさにその瞬間、大きな竜巻がドラゴンを襲った。
少し吐かれたブレスも巻き込んで、竜巻はドラゴンを血だらけにしていく。
唖然としてその光景を見ていると、ここ二日間ずっと聞いていた声が聞こえた。
「サムエル親分。鑑定料3万じゃ足りないっすよ。あんな怖い思いしたんだ、10万ぐらい出してくださいよ。」
・・・何でこいつがここにいるんだ?
いや、今はそんなことはどうでもいい。他に言うべきことがあるだろう。
「・・・お前さん、顔が赤いぞ。カッコつけるにはまだ早えな。ハハハッ!」
―――――――――――――――――――――
俺は全力の風魔法を放った。
自然災害球の竜巻をかなりの魔力を込めて撃ったのだ。
轟音が聞こえてきてからずっと溜め続けていたおかげか、かなりの威力だ。
溜めながら走れるのか心配だったが、何とかなって良かった。
竜巻はドラゴンのブレスも巻き込み、ドラゴンに傷をつけることが出来た。
流石のドラゴンも予想していなかったようで竜巻にそのまま巻き込まれていったが、何をしたのかわからないが竜巻から何とか逃げ延びたようだ。
クソ、あれで仕留められると思ったんだがな。
流石はドラゴン、風の躱し方を熟知しているのだろう。
ドラゴンは少し警戒しながら俺を見ている。
俺はとりあえず、初めてサムエルさんと出会ったときの俺のようにうずくまっているサムエルさんに文句を言っておいた。
「サムエル親分。鑑定料3万じゃ足りないっすよ。あんな怖い思いしたんだ、10万ぐらい出してくださいよ。」
これは当然の権利だ。死ぬほど怖い思いして3万Gだぞ?価値がよく分からないが、一食500Gで考えたら3万で60食分だ。一日3食だと20日分。一ヵ月にも満たないんだ。
せめて2月分ぐらいは出してほしい。
俺の文句に対して、サムエルさんも調子を取り戻したのだろう。
「・・・お前さん、顔が赤いぞ。カッコつけるにはまだ早えな。ハハハッ!」
クソ、相変わらず嫌味な人だ。ピンチに駆け付けたんだ、ここはおとなしくカッコつけさせとけよ。
「・・・さっきまであんなカッコ悪かったサムエルさんには言われたくないですね。」
「馬鹿野郎、カッコ悪いことでもやってのけるようになってようやくおじさんなんだよ。」
「あんたの回る口の方が俺よりよっぽど商人向きだよ!」
クソ、人に商人が向いてるとか言いながら、この人の方がよっぽど口が回るじゃねぇか。
すると、サムエルさんはドラゴンを警戒しながら、俺に話しかけてくる。
「それはそうと、なんでこんなとこに来たんだ?」
あ、ちょっと怒ってるっぽいな。でももうしょうがない、来ちゃったんだから。
「戦えるから来たんですよ。感情に任せて行動するのが若者の特権ですからね。」
「・・・はぁ、まぁいい、さっきの魔法は助かった。恩にきる。戦えるのも分かった。さっきの魔法はまた撃てるのか?」
「すぐには無理ですね。だいぶ魔力使いましたし、溜め時間もかなりかかります。」
実際に魔力はかなり消費したし、さっきの溜め時間をここから得られるのかはわからん。
溜めても走れるが、スキルは使えないからな。加速も回避も使えないから、ドラゴンに殺されかねない。
「それもそうか。あの威力だしな。ただあの魔法、お前さんは一体・・・いや、それは後だな。」
「えぇ、そうです。ちなみに、ドラゴンは大分弱ってきています。」
ここまでの戦いでドラゴンはかなり弱ってきている。ドラゴンはまだ余裕そうに見せているが、かなりジリ貧だ。
レッドドラゴン
体力:5780(292)
魔力:4590(615)
筋力:1510(1321)
防御:970(680)
敏捷:610(418)
知力:908(811)
「なに!そこまで削ってたのか!アイツめ、演技まで上手だとはな。その情報は最高の情報だぜ!」
サムエルさんはその情報を聞いて、光の魔道具を空中に投げた。
仲間はそれを見て、全員が魔力を溜め始めているようだ。
さっきまで慌ててサムエルさんに駆け寄ろうとしてたのに、流石はAランク冒険者。立ち直りも早い。
そしてサムエルさんは続け様にドラゴンに向かって良くわからない何かを投擲した。
そしてドラゴンに向かっていく途中、それは爆ぜた。大きな音がなっただけだが、ドラゴンはさっきまで魔力を溜めている人たちの方を警戒していたのに、音の方に気を取られた。
ドラゴンは音の方を向いて、一瞬出遅れた。だが、ドラゴンも注意を惹こうとしていることを理解したのだろう。
ドラゴンは上を向いて大きく息を吸い込んだ。
すると、サムエルさんは今度は手で合図を出した。
すると、次の瞬間、無音になった。
ドラゴンが口を開けるが、何も聞こえてこない。恐らくドラゴンは今【竜の咆哮】を使ったのだろう。
そして、この無音の状況が、対策なのだろう。
全くの無音。
まるでテレビをミュートで見るかのように、何も音がしない世界で、映像だけが動いていく。
すると次の瞬間、大きな雷がドラゴンを襲った。
凄い、雷魔法だ。それも、Lv.6ぐらいの魔法じゃないだろうか?かなりの威力だ。何も音がしないが、聞こえていたらかなりの爆音が鳴っていただろう。
その雷がドラゴンに直撃した。
ドラゴンはたまらずフラフラしながら地面擦れ擦れまで落ちてくる。
そこに、大剣をもった人が勢いよく走り込み、ドラゴンに大剣を振るった。
「・・・・・・・!!!」
無音の世界なのに、叫び声が聞こえてきそうなほど大きく口を開けて、光る大剣がとんでもない速さでドラゴンの首へ振るわれた。
そして、ドラゴンの首が飛んだ。
・・・長い時間、沈黙が流れた。
この沈黙は、魔法のせいなのか、それともドラゴンを倒したからなのかはわからない。
長く、長く、何かを噛み締めるかのように、沈黙の時間が流れた。
一体どれほどだったのだろうか。わからない。
でも、俺でも長いと感じたんだ。ドラゴンバスターズの5人には、ひどく長い時間だっただろう。いや、逆か。一瞬のように感じていたのかもしれない。
最後に大技を使った大剣使いはその場に倒れているが、泣いているように見える。
大剣はスキルの影響なのか、ボロボロになっている。もうアレでは二度と使えないだろう。
サムエルさんはただ茫然とその光景を見ながら、目を赤くしている。
雷魔法を撃った魔法使いはその場にへたり込んでいる。あれだけの大魔法だ。出来る限りの魔力を込めたのだろう。
他の二人も、ただその光景を見ながら、静かに泣いている。
そして誰かが言った。いつの間にか、無音の魔法の効果は切れていた。
「勝った・・・勝った・・・ドラゴンを倒したんだ・・・!」
「うおおおおお!!!」
「勝った!勝ったんだああああああ!!!」
そこから、ドラゴンを倒したという感動に、5人はようやく大声を上げて喜び合った。
全員が泣いている。大の大人5人が声を上げて泣いている様は、そこにあった苦難の大きさを物語っているようだ。
30年以上、この時のために彼らは努力してきたんだ。
フラフラとした足取りで集まった5人は小さく抱き合い、その場にみんなでうずくまった。
勝った喜び、生きている喜び、終わった喜び。
あらゆる喜びの感情を帯びた小さな5人の輪は、世界一美しい光景だった。
俺もその光景を見ながら、ドラゴンを倒したという安堵と、30数年の思いが報われた5人の姿に、思わず目頭が熱くなる。
だが同時に、ある感情が沸き起こっていくのを感じた。
ドラゴンを倒したからだろう、俺にも経験値が入っている。
俺はステータスを確認して、その思いはより一層強くなった。
この感情の名前を俺は知っている。
多分アレだ
虚無感だ




