全ての人から忘れられた少女〜誰にも消せない想い〜
※誤字脱字報告有り難うございます!
俺は何か大切なものを失った。それだけは分かる。だがそれがなんなのか思い出せない。故郷に帰り、喪失感を抱えて過ごす。すると隣に住むおばさん達が魂が抜けた様な俺を心配して訪ねてきた。
「サーシル、大丈夫?旅の途中で何かあったの?」
「それにしても泣き虫だったサーシルがこんなに立派になるとはなあ」
おじさんの一言で何か違和感を感じた。俺は確かに泣き虫だった。だけど俺のすぐ側に誰かが居た気がする。
「おじさん……俺が泣いてる時、誰か側にいなかったですか?」
おじさん達は少し考えるようにして、腕を組む。
「いや、言われてみれば誰かがいつもサーシルの側に……誰だったか……そう、誰かが……」
「そうです!!……誰かがいつも俺の側に居たはずなんだ!!でも誰なのかが思い出せない!!霧がかかったようにぼやけて思い出せないんだ!!」
俺は頭を抱え大声をだして叫ぶ。大切な何か。失いたくなかった何か、、、何なのか分からないのに涙が溢れ出す。おじさん達は驚きながらも、慰めてくる。
「きっとサーシル、疲れているのよ」
そう言ったおばさんの目から一筋の涙が流れる。
「あ、あれ?私どうかしちゃったのかしら」
誤魔化すように目を擦り笑うおばさんに誰かの影が重なって見えた。甘栗色の髪をした少女の影が。
「おばさん達に、子供はいましたか?」
「……いや、俺たちに娘なんていない……娘?なんで今俺は娘って言ったんだ?」
困惑するおじさんの目からも涙が流れる。やっぱりだ。俺たちは大切な誰かを忘れている。それが誰なのかは分からないが、俺にとってはそれが一番大事な人なのだと心が訴える。
「おばさん、おじさん……俺、取り戻してきます。記憶から消えてしまった誰かを必ず……!!」
そう決めた俺の行動は早かった。冒険者になり、魔王が居た場所へと向かった国、街、村、を順番通りに冒険者の仕事をしながら辿った。するとある街で偶々かつての仲間だったガゼルと出会った。
「よう、勇者様。まさか冒険者になってるとはなあ。聞いたぜ、呪われた地に向かってるってな。辞めとけ、魔王が死んでもあそこは魔の巣窟だ」
「なあ、ガゼル。俺の側にいつも居た誰か、お前は覚えているか?」
「ああ?マリベルの事か?可哀想に、マリベルは勇者様に惚れてたからなあ。それをフってまでお前が……大切にしてた……誰か……誰だ?」
ガゼルは顔色を変え考え込む。その様子を見て、あやふやだった考えが確信に変わる。
「ガゼル、俺はおかしな事を言ってるように聞こえるだろうが、魔王討伐の旅に誰かもう一人居たんだ」
「そんなわけないだろう!!お前と将軍とマリベルと俺だけだった筈だ!!もう忘れたのか!?」
「いつも体を張って戦えないマリベルを守っていたのは誰だ?俺か?将軍か?お前か?違う、俺たちが忘れているだけで、誰かいたんだ!!俺はその誰かを取り戻すために冒険者になって、国を越えて向かってるんだ」
「サーシル……はあ、分かった。お前のその旅に付き合ってやるよ。流石の勇者様も、魔の巣窟に一人で乗り込めないだろう。俺も引っかかる節があるしな」
それからガゼルと共に呪われた地と言われている、俺たちが倒した魔王がいた地へ向かう。旅の途中途中で甘栗色の髪をした少女の影がよぎる。
旅の途中に寄った街に着くと、甘栗色の髪をした少女が目の前を歩いている。俺はガゼルの制止も聞かず少女の肩を掴むと、驚いた顔をして少女が振り向いた。違う、この娘じゃない。そう心が叫ぶ。
「すまない、人違いだったみたいだ」
「い、いえ、気にしないでください!!」
少女は顔を真っ赤にしてあわあわしている。後ろからガゼルに肩を掴まれ引きずられる。
「馬鹿か!?ナンパならもっと優しく声をかけろ!!」
「俺は、『 』しか要らない!!」
咄嗟に出た名前は言葉にならなかった。君は誰なんだ、何故こんなにも心をしめる。胸が痛い、君の名前さえ忘れてしまった自分が許せない。
「今日はゆっくり休もうぜ、宿は前にとった場所だ」
「……ああ」
ーーーーーーーーーー
『大丈夫だよ、サーシル。サーシルは私が守るから』
顔が見えない少女は笑って俺の手を引く。
『きっとサーシルが優しいから私も一緒に戦う運命なんだよ』
戦わなくて良い、君が傷つくところは見たくない!!そう叫ぼうとした瞬間、場所が変わる。此処は神殿か……?
『辛いだろうが君の運命は魔王の攻撃からサーシルの盾となり死ぬ運命なんだ、でも分かってくれ。勇者は何にも変え難い存在なんだ』
『大丈夫、サーシルの為だったら死んでも良い。サーシルが死ぬよりずっと良い』
辞めてくれ、俺はそんな事望んでいない!!君を失うくらいなら世界がどうなっても良い、君に死ねという世界なんて壊れてしまえばいい!!
だから、だからもう俺から離れないでくれ!!
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「おい、サーシル!!朝だぞ……随分と魘されてたが、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ……夢を見ていた」
「もう呪いの地は近いんだ、気を引き締めろよ」
「分かっている」
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かつて踏み入れた地、魔王を倒してからもう三年も経つ。魔物をガゼルと共に倒しながら慎重に崩れた城を進むと、大きな扉の前までやってきた。三年前、この扉の先に魔王がいた。ガゼルと目を合わせ、扉をこじ開ける。
すると大きな玉座の上に少女の姿をした水色の綺麗なクリスタルが座っていた。目を閉じ、微笑んだ顔で。それはずっとずっと追いかけていた少女だと心が叫ぶ。
ゆっくりと少女に近づいていく。
『サーシルは優しいから、暴力が嫌いなだけで弱虫なんかじゃないよ』
『サーシルは優しすぎるんだよ』
『サーシルは私が守るからね!!』
クリスタルの少女の前で膝をつき泣き叫ぶようにずっと忘れていた少女の名前を叫ぶ。
「……ターニャ!!すまない、ずっと、ずっと忘れていて!!君を忘れるなんて!!」
涙がクリスタルになったターニャの膝を濡らす。すると涙で濡れた場所から光が漏れ、光がターニャを包み込む。俺はターニャを離すまいとクリスタルのターニャを抱きしめる。すると徐々に硬かった感触が柔らかくなっていく。
光が収まり抱きしめていたターニャを見ると、クリスタルだった体は元の人間の姿になっていた。閉じられた目蓋が震え、ゆっくりと持ち上がる。
クリスタルと同じ水色の瞳が俺を映す。
ターニャは微笑んだままゆっくりと俺を抱きしめる。
「おはよう、サーシル。私を思い出してくれて有り難う」
「すまない、こんなに遅くなってしまって……君を忘れていて……すまない……!!」
「泣き虫だなあ、サーシルは。あとガゼルさんも」
コロコロとターニャは笑う。ガゼルが後ろで涙を拭っていた。
「お二人さん、早く此処から出るぞ。長い話はそれからすれば良い」
俺はターニャの手を握り、崩れた城から出る。俺はもう二度とこの手を離さない。
半透明の少年がふわふわと浮きながら離れたところでそれを眺めていた。
『本当、人間の想いって面白いなあ』