第90話「幸運」
東坂が死んだ。
私たちのリーダーだ。
”大丈夫。私たちにはまだ、みおちゃんがいる“
正直フェンリファルト軍の士気は最悪だ。
皇都に目前と迫る魔王軍の侵攻をどうしても食い止めることができない。
それでも望みはある。
私たち乾すずの、石動エミルペアの部隊が峡谷を進む魔王軍を後方から奇襲して
そのまま、前方のみおちゃんの部隊と挟撃。
魔王軍は壊滅だ。
やれる私とみおちゃんなら。
『ターン・ヒール!』
エミルの能力で亜人のHPが下がった。
「いまだ!弾幕をはれ!」
谷底に向かっての一斉射撃。
これなら獣のような跳躍力、スピードを持った亜人でもひとたまりもないはずだ。
そして狙い通りに前方の部隊が慌てだした。
いいぞ。その調子で混乱するんだ。
そこへ私が背後から一気に斬り込んで混沌を生み出す。
『月光蝶乱舞』
楽勝だ。
さぁ、さっさと逃げなさい。
慌てふためく、獣人の顔が滑稽ね。
全速力で走って逃げたその先にはみおちゃんが待っている。
運が良くて痛みも感じずバラバラかしら。
だけど、私も背後から容赦しない。
私の攻撃は爆発したりするからとても痛いんだから。
「あーら、お久しぶり。魔王城に来てくれた子じゃない」
「⁉︎」
ウソ! なんでここにヴァンパイアの女王がーー
「どうして私がここにいるの?って顔ね。魔王様はすべてお見通しなの。
あんたたちとここでドンパチやれるのを楽しみにしてたわ」
誤算だ。まさか魔王軍No.2のイザベラを後方に回してくるなんて。
この女は如月那由多に倒されてもらうはずだったのに⋯⋯
『ターン・⋯⋯』
エミルが能力を発動しようと右の手のひらを翳して、魔法陣を展開した。
エミルが対ヴァンパイアのために編み出した能力。
不死身の細胞を反転させて寿命を与える。
そうなればお次は“ターン・ヒール”と私の“ターン・アンデット”で倒せる。
「やっちゃってエミル!」
魔法陣を展開するエミルの目の前をシュバッと黒い影が横切る。
「⁉︎」
「うーん。この娘の血おいしい!」
口を上に向けたイザベラがエミルの右腕を鷲掴みにしたまま高くあげて、
引きちぎれたような断面から流れる血液を口の中に流し込んでいる。
「きゃあああッ!」
悲鳴をあげてうずくまるエミル。
いつのまに⋯⋯
「もっといただけないかしら」
「よくもエミルの右腕を!」
『月光蝶乱舞』
攻撃を繰り出した途端、イザベラの姿はない。
“横⁉︎”
彼女の側面からのキックをまともに食らってしまった。
そのまま岩に叩きつけられて、そこから激痛が私を襲う。
「ぎゃあああ!」
腕の骨が折れた⋯⋯
なんて威力なの。
「すずのちゃんだっけ。悲鳴がとてもかわいいから。
たっぷりいたぶってから殺すね」
そう言って今度は反対の手を指ごと踏み潰してきた。
「ぎゃあああ!」
「もっとしてほしいの?」
「絶対、ぶっ殺す」
「なんて?」
ヒールの先端がお腹に⋯⋯
「ぐはっ!」
「あーら。内臓ぐちゃぐちゃかしら。
お口から血まで吐き出しちゃって。もったいないから吸ってあげるね」
イザベラが舌で私の口の周りに着いた血を舐めまわしはじめる⋯⋯
「やめろ!」
「すずのちゃんの血もおいしいじゃない。
いいこと教えてあげる。私の眷属になれば。こんな痛いのも一瞬で治って
今の若さのまま、ずっと私と暮らせるんだよ」
「なんであんたなんかと!」
「本当にいいのかなぁ。断っちゃうとエミルちゃんのように私のかわいい眷属ちゃんのエサだぞ」
「⁉︎」
見やるとうずくまるエミルにたくさんのコウモリが群がっている。
「すずのちゃん⋯⋯」
「エミルをついばむな!」
「そんなこと言ったってあの娘美味しいんだもん。我慢できない」
「させるか!」
ーー
「⁉︎」
飛んできた斬撃がエミルに群がっていたコウモリを真っ二つにする。
「だれ?」
ほんの一瞬、みおちゃんが来てくれたんだと期待が胸を高鳴らせた。
だけどやってきたのはロングの金髪の女性⋯⋯
「月野木天音⋯⋯なの⋯⋯?」
「まーた。新しい女の子? 私は大歓迎よ。だけどその剣はかわいくないわね。
今すぐ捨てなさい。そーしたら、私の眷属ちゃんたちをバラバラにしたこと許してあげる」
「月野木さん逃げて! あなたが戦えるような相手じゃない!」
「「⁉︎」」
一瞬だった。
月野木さんがイザベラとすれ違うように通り過ぎるとイザベラの右腕が宙を舞った。
「なんなのその剣! ヴァンパイアである私が痛みを感じているじゃない!」
「⋯⋯」
「よこしなさいッ!」
月野木さんの背後からコウモリの群れがーー
「月野木さんッ!」
すると、月野木さんに迫るコウモリたちの上から突然、岩が落ちてきてコウモリたちを下敷きにする。
「どうなってる⁉︎ コウモリの姿で察知できないなんて」
岩は私たちが攻め込むときに滑り降りてきた崖の一部が崩れたようだ。
だけど、いったいなぜあのタイミングで⋯⋯
「妾の能力は”幸運“」
「はぁ?」
「紫芝さやかのときは岩が、ミレネラ・ドートスのときはシャンデリアが、
幾度となく妾はこの能力に救われてきた」
「いったいなんなのよ! さっき斬られた腕は再生しないし」
「妾はプリミティスプライム。この世界の神だ」
「神⁉︎ これが魔王様が言っていた⋯⋯たしかに魔王様と互角⋯⋯いや、それ以上の力を感じるわ」
「次はどこがいい」
「⁉︎」
その瞬間、イザベラの膝から下の両脚が切断され、イザベラが 崩れ落ちるようにして転がってうつ伏せになる。
「傷口が熱い! 痛い! なんなの」
イザベラの切断面から蒸気が噴き出している。
「魔王様! 魔王様! 援軍を! ⋯⋯なぜですか魔王様! 援軍を!」
「ずいぶんと子供のように喚く。ヴァンパイアの女王よ。次はその首で良いか?」
「ちょっと待っ⋯⋯」
イザベラの首が私の目の前まで転がってくる⋯⋯
「月野木さん⋯⋯私⋯⋯」
「案ずるな。その程度の傷、ヒーリングするのもたやすい」
「エミルは?」
「この者はすでにヴァンパイアたちにかじられ、炎症を起こした傷口からアンデット化するだろう。
ここは苦しませずに浄化してあげるのが救いだ」
「月野木さん⋯⋯ごめんね。私、人見知りでクラスに馴染めなくて、
それで友達がなかなかつくれなくて、悩んでいたところに月野木さんが高校ではじめての友達になってくれた。
なのに異世界に来て、戦えない月野木さんにひどい仕打ちをしてしまったーー」
「泣かない」
「ありがとう月野木さん⋯⋯」
月野木さんが緑色に光る手のひらを当てるとエミルの体が光の粒になって天に昇っていく。
「許せ」
「月野木さん。私もひどいことを言ってきた。だからこんな弱い私もエミルと同じように光の粒にして⋯⋯」
「ならぬ」
「どうしてよ⋯⋯」
「そなたの死に場所はここではない。参るぞ」
「⋯⋯」
月野木さんが差し伸べた手を私は手にとって立ち上がる。
「行こう」
「うん」
つづく
。




