第85話「間柴壮吾」
”もっとバスケを続けたかった⋯⋯“
身体が細くて身長にもめぐまれていたことから中学の3年間、バスケ部のレギュラーで活躍できた。
学校が創立してからはじめての全国大会出場にも貢献できた。
3年の秋になると名門校から推薦の誘いも届いていた。
だけど、そんな僕が進学をあきらめなければならなかった⋯⋯
それを進路指導の先生に伝えると、とても残念がった。
経済的な理由だった。
僕は父に数えるほどしか会っていない。
それも顔を合わせる程度だ。
母は昔、芸者をしていて、常連だった父とは愛人関係だった。
その間に生まれた僕は妾の子だ。
父は僕を認知せず養育費も僅かだった。
母との生活は困窮していた。
少しでも家計を支えるため、早く社会に出て生計を立てる必要があった。
今も年齢を偽ってバイトを掛け持ちしている。
”春からはそれが堂々とできるんだ”
そう心に言い聞かせてモチベーションを高めた。
いくら自分を誤魔化しても進路指導室を出るとため息が溢れる。
「終わったかしら?」
「⁉︎」
見やると同級生の紡木さんが待っていた。
「間柴君。ちょっと来てーー」
なんだろう? この娘の目つき恐いんだよな⋯⋯
***
乗ったこともなかった黒塗りの車に乗せられて、
紡木さんとやってきたのは大きなお屋敷だった。
「鷲御門⋯⋯」
表札を見てこの家がなんなのかすぐにわかった。
父が暮らす家だ。
***
「お前が壮吾か。大きくなったな」
「は、はい⋯⋯」
実の父とはいえ、すごい威圧感だ。
圧倒される。
そもそもなんだこの状況は? ものすごく広い畳の広間で、
久しぶりに会った父の目の前に僕が正座させられているんだ?
それにどうして紡木さんまで一緒なんだ?
「そこにいる紡木家の令嬢はお前のいとこだ」
「は⁉︎」
「お久しゅうございます。おじ様」
「うむ。単刀直入に話そう。壮吾、お前は今日から鷲御門凌凱として生きろ」
「は?」
ちょ、ちょっと待て!
どういうことだ?
鷲御門凌凱って僕の腹違いの兄のはずだ。誕生日は1ヶ月しか違わないけど。
鷲御門家、嫡男の⋯⋯
「お前の母親には金を積んで許しをもらった。 これであの女も少しは楽な生活を送れるはずだ。
お前も進学をあきらめる必要はない」
「?」
「お前には凌凱が通うはずだった詠凛学園に通ってもらう」
! 詠凛学園っていったらかなりの進学校。
金持ちの子やスポーツに勉強といった一芸に秀でる生徒が通える学校だ。
それにバスケでもインターハイでかなりの成績をおさめている。
たしかプロも輩出していたはずだ。
“バスケができる”
このときは一瞬、父が僕ら母子のために救いの手を差し伸べてきてくれたのだと思った。
そう単純に考えた。
母が救われて自分もバスケができるなら影武者にだってなろうと。
影武者⋯⋯
ハッとした。
「ところで、凌凱⋯⋯兄さんはどうしたんですか? ここにいらっしゃらないようですが⋯⋯
僕に影武者をやれということは兄さんの身に何かあったということでしょうか?」
父が険しい表情をした。
「凌凱は⋯⋯死んだーー」
***
認識が甘かったーー
高校生になった登校初日。
紡木さんがつねに僕にくっついて歩く。
これも父からの命令だ。
紡木さんは本物の鷲御門凌凱を知っている。
だから僕がちゃんと鷲御門凌凱として振舞っているかを彼女は監視している。
「本物の凌凱は気安く返事なんかしない。寡黙な人よ。
今みたいに女子たちに話しかけられても手を挙げて軽く流して」
「ご、ごめん。紡木さん⋯⋯」
「美桜よ。私たちはいとこ同士なんだから、下の名前で呼んでちょうだい」
「はい⋯⋯」
今思えば、紡木さんが中学のとき同じクラスだったのも偶然じゃなかったような気がする。
きっとあの頃から父の命令で僕を監視していたんだ⋯⋯
僕はとんでもないお家騒動に巻き込まれた。
本物の鷲御門凌凱は不慮の事故で亡くなったらしい⋯⋯
父は分家の嫡男が宗家の家督をかすめ取ろうとしていることに危機感を募らせていた。
もしかしたらその嫡男に凌凱は⋯⋯という可能性も捨てきれないらしい。
幸い顔がよく似ていたってのもあって僕はいざというときのスペアだというわけだ。
本物の鷲御門凌凱は僕、間柴壮吾として葬られた。
中学の同級生たちが葬儀で僕のために泣いている姿を見るのはなんとも不思議な光景だった。
肝心のバスケはというと⋯⋯
「凌凱さんはそのようなスポーツはやりません! 三味線と剣の道です」
継母から反対され結局、バスケはできなかった。
それからは三味線を叩き込まれ、同級生の如月那由多の父、如月総一郎師範から剣を叩き込まれた。
これも鷲御門凌凱として生きるため。
彼の人生を借りて生きているんだから当然なのかもしれない。
彼の人生で僕はあきらめていた進学も叶い、勉強を学べる。
このまま行けば大学にだって進める。
母だって楽な生活が送れるようになった。
それによくクラスメイトたちに頼られるようにもなった。
詠凛学園に“鷲御門凌凱“の名前を知らない人物はいない。
“鷲御門凌凱“が小・中学生で築いてきた功績はもちろん詠凛学園にも伝わっている。
“鷲御門ならやってくれる”
“鷲御門君がいるから大丈夫”
“鷲御門君が来てくれたからもう心配ない”
みんなが持つ鷲御門凌凱のイメージが無条件にみんなを期待させる。
しまいには生徒会長にまで推してくれた。
これまでの間柴壮吾の人生ならあり得なかった。
師範に稽古をつけられてからは身体もガッチリとしてきた。
父やクラスメイトたちの期待に応えなければいけない。
“鷲御門凌凱“として。
一年かけて鷲御門 凌凱を演じなければという思いが強くなった。
「美桜、お前から見て今の俺は鷲御門凌凱に映るか?」
美桜がハッとした顔をする。
「ーーええ。あなたは誰がどう見ても鷲御門凌凱よ」
「そうか」
***
1年ぶりに父に呼び出された。
「壮吾、生徒会長の出馬を断ったとはどういうつもりだ?
それも陽宝院家の坊ちゃんに譲るとは」
「凌凱さんだったら逃げずに挑みましたよ。そして当選も致します」
「臆したか。壮吾。お前はもう鷲御門家の嫡男。鷲御門 凌凱だということを忘れるな」
「恐れながら申し上げます。陽宝院光樹は俺に頭を下げてきました。
鷲御門家は代々政財界を裏から牛耳ってきました。
ならば、総理大臣になると豪語する陽宝院に恩を売って損はなし。
この貸しは将来、鷲御門家に優位に働くはず。
鷲御門家の嫡男ならばここは陽宝院光樹を生徒会長に担ぐべきと
そう考え判断致しました」
「なるほど。たしかに凌凱ならばそう考える。
それならば認めよう。しっかりと鷲御門家の嫡男としての務めを果たせ」
我ながらよく言ったものだと思った。
本当は恐ろしかった⋯⋯
自分の欲望のために土下座までする陽宝院のことが⋯⋯
それと同時に羨ましくも思えた。
それができたら俺だってバスケを⋯⋯
「考えちゃダメだ」
首をしきりに横に降る。
俺は“鷲御門凌凱“になりきったはずだ。
なのに間柴壮吾が顔を出す。
それは美桜も見抜いていた。
「アレはウソ。凌凱なら陽宝院君が頭を下げたことで動じなかった。アレは壮吾の判断」
「⋯⋯」
***
ウェルス王国がはじめて攻めてきたときもだ。
脅えるクラスメイトたちが俺を頼る。
クラスメイトを守るために戦わなければいけないのに、俺の中の間柴壮吾がどうしても顔を出す。
恐いーー
死にたくないーー
間柴壮吾は臆病者で⋯⋯優柔不断で⋯⋯すぐお腹が痛くなる。
そんな間柴壮吾に他者のために戦うなんて勇気を持ち合わせているわけがない。
だから俺は恐れを感じるたび、あらわれる間柴壮吾を殺した。
俺が”鷲御門凌凱“であるために。
その度に身体のタトゥーが広がっていく。
だけど、剣が必ず応えて刀身を金色に染める。
「俺は”鷲御門凌凱“だ」
つづく




