第73話「名探偵月野木天音」
僕が月野木天音君と意見を違えたのは今回がはじめてじゃない。
あれは生徒会長に当選して1ヶ月が経った頃だ。
前生徒会長が飛び降り自殺をするという事件が起きてからまだ間もないというのに再び学園内を騒然とさせる事件が起きた。
それは人気のない廊下を歩いていた女子生徒が背後からカッターのような刃物で襲われて切りつけられた事件。
犯人と思われる男子生徒は近くにいた教員によってすぐに取り押さえられた。
被害に遭った女子生徒は左肩に傷を負ったものの幸い軽傷で済んだ。
僕と月野木君はさっそく生徒会室に篭って、事件の事後処理に追われた。
風紀委員を動かして全校生徒の緊急持ち物検査を実施。
心的なショックを受けた生徒がいないかアンケートも行った。
とにかく生徒たちの不安を和らげることが第一優先だ。
一日も早く、生徒たちの日常を取り戻す必要があった。
そのためにも何より急いで行わなくてはいけないのが、被疑者である男子生徒の“処分”だ。
「1年C組の木沼暦君の処分だが、“退学勧告”を生徒会として学園の理事長に進言したい。
月野木君はどうかな?」
「⋯⋯」
月野木君は僕がテーブルの上に置いた勧告書に目を落としたまま言葉を発しない。
彼女は事件が起きた当初から木沼が犯人であることに否定的だった。
今も顎に手を添えながら考え込んでいる。
「ねぇ、陽宝院君、本当にこのまま木沼君を犯人と決めつけちゃっていいの? だって目撃者もいないんだよ?」
「被害者が顔を見たって言っているんだ。それに彼は事件の2時間前に体調不良を理由に1階にある保健室に行くと言っていたはずが、
なぜか事件が起きた時間に3階の現場近くにいたんだ。保険医の先生も彼がその日一度も保健室を訪れていないことを証言している。
被害者の城坂柚芽は授業の前に音楽室を訪れて楽器の点検を行う係を担当していた。
被害者と同じクラスの木沼ならあの日、あの時間に彼女が現場となった廊下を通ることが分かっていたはずだ。
これは彼が被害者を狙って計画的に待ち伏せしていたとしか思えない」
「動機はなんだと思うの? 木沼君は黙秘しているのよ。状況証拠だけじゃ木沼君を断罪できない」
「動機ならあるさ。2ヶ月前に木沼は城坂柚芽君に告白して振られたという噂が、SNSで瞬く間に広まっている。
それに“退学勧告”は彼のためでもあるんだ」
「なぜ?」
「一緒に見たじゃないか。彼の机の上は誹謗中傷の落書きで埋め尽くされ、下駄箱には脅迫状が溢れんばかりに詰め込まれている。
彼はもう普通の学園生活には戻れない」
「だからこそ、私たちが真犯人を突き止めなきゃいけないんだよ。生徒を信じてこその私たち生徒会でしょ」
***
「また来たのかい?」
僕と月野木君の顔を見るなりげんなりとしたのは、事件直後に木沼を取り押さえた音楽の柴辰巳教諭だ。
僕たちは事件が起きたときの木沼の様子を聞くために柴先生がいる職員室を訪ねた。
「生徒会長と副会長が2人して刑事ごっこのつもりなのかい? 熱心なのはいいけど正直、遺憾だなぁ」
「生徒たち自身による自浄作用を高めるためです。ご協力お願いします」
「参ったな。今度は何が聞きたいの?」
はやる月野木君が間髪入れずに質問をぶつける。
「先生はどのように事件を目撃したんですか?」
柴先生は女子生徒たちからの評判が高い教諭のひとりだ。
無精髭を生やしているものの眼鏡をかけたその甘いルックスもさることながら、
コンクールで優勝経験がある柴先生の奏でるピアノは聴いたもの全員を惹き込んでしまうほど美しい音色をしている。
それなのにピアニストなら絶対に大事にしなければいけない手を使って、果敢に犯人を取り押さえたんだ。
今回の事件でもっとも株を上げた人物に違いない。
「準備室でコーヒーを飲んでいたら突然、女性の悲鳴が聞こえてね。
ドアを開けたら城坂さんが肩から血を流してうずくまっていたんだ。
そばに血の付いたカッターが落ちていたからすぐにピンと来た。
犯人がまだ近くにいるかもしれないと見渡していたら物音が聞こえてね。
物置になっている階段下スペースをのぞいたら、スマホを手にした木沼が隠れていたんだ」
「じゃあ先生は刃物を持って暴れている木沼君を力尽くで取り押さえたんじゃないんですね」
「そうだよ。噂が勝手に一人歩きしているけど、実際は無抵抗の木沼を床にうつ伏せにして抑え込んだだけだ。
無抵抗の生徒相手に見っともないと思うかもしれないが、別の刃物だって持っていることだって考えられるんだ。あの瞬間はすごく緊張したよ。
なんせ僕には家族がいるからね」
月野木君が柴先生のデスクに立て掛けてある写真に触れる。
「写真に写っているのは先生の娘さんと奥さんですか?」
「そうだよ。来週、保育園の運動会でね。今から楽しみにしているんだよ」
***
「自浄作用を高める⋯⋯我ながら苦しい言い訳だったよ」
「ごめんね。陽宝院君」
月野木君は手を合わせて謝る素振りをしてはいるが顔はおどけた表情をしている。
少なくとも反省はしていないようだ。
「柴先生は終始おだやかだったけど、僕なら気分を害すね」
「それでも疑われている生徒を守ってあげるのが生徒会の務めでしょ」
「月野木君は頑固というか⋯⋯どうしてそこまで木沼が犯人じゃないと言い切れるんだ?その根拠は? 」
「それは私が木沼君は犯人じゃないと確信したからよ」
月野木君に言葉を返すたびにため息が止まらない。
「その自身はいったいどこから来るんだ」
「事件が起きた同時刻に木沼君と一緒にいたって証言している人がいるの」
「え? どうしてそんな大事なこともっと早く言ってくれないんだ!」
「その人もまだ一緒にいたのが木沼君本人だって確証を持てていないのよ」
「それはどういうことなんだ? 一緒に居たのに本人かわからないって」
「それを調べるためにさっきから聞いてまわっているんだよ。陽宝院君」
“まだまだだねワトソン君”と言われたような気がして思わず大きなため息が溢れた。
「あいかわらず君は僕の想像の斜め上を行くね」
「ちょっと待って」
月野木君は慌てた様子でスカートのポケットからスマホを取り出す。
「返信が来た!」
と、月野木君はスマホの画面を食い入るように見る。
「手がかりが掴めたよ。一緒に木沼君に会いに行こう」
***
考えたら月野木君と2人でファミレスに来るなんてはじめてだ。
ただ2人きりじゃないってのが非常に残念だ。
目の前に座る木沼が僕の顔を見て怯えている。
僕が今どんな顔をして彼と向き合っているのか想像もつかない。
少なくとも普段使っていない表情筋がつり上がっているのを感じる。
「いきなりだけどごめん木沼君! “redollar543”って単語分かる?」
月野木君の突拍子も無い質問に木沼はハッとした表情をする。
「⁉︎」
「ビンゴ! ”redollar543”はやっぱり木沼君だったんだね!ありがとう。木沼君は犯人じゃない」
何に納得したのか分からないが月野木君は注文したカフェオレがまだ来ていないというのに席を立とうとする。
「待ちたまえ!」
「ごめん。あとは2人でゆっくりしててね」
「は?」
そう言って月野木君は走って店をあとにする。
呆気に取られる僕と木沼は思わず顔を見合わせた。
「「は?」」
***
「こんなところに呼び出してなんなんだ」
今度ばかりはさすがの柴先生も機嫌を損ねたようだ。
月野木君は話したいことがあると事件現場に柴先生を呼び出した。
「月野木君、昨日の今日で何が分かったというんだ? 僕はまだ納得していないぞ」
「いいから、陽宝院君はそこで私の推理を聞いていて」
「今度は探偵ごっこか。先生もさすがに新しい生徒会には失望が隠せない」
正直、腹が立つが言われても仕方ない。 ごもっともだ。
「いいですか柴先生、この事件の犯人がわかりました。犯人は柴先生あなたです」
月野木君は探偵モノの主人公よろしく、犯人と断言した柴先生に向かって指をさした。
「はぁ⋯⋯何かと思えば僕が犯人⋯⋯付き合ってあげるからどうして先生が犯人なのか説明してみなさい」
「先生と城坂さんは不倫関係にありますよね?」
「⋯⋯」
何? さっきまで余裕な態度だった柴先生の様子が変わった。
「何を言い出すかと思えば、僕が女子生徒と付き合っているなんてあり得ない妄言を⋯⋯
そんな妄想を聞かせるために先生を呼び出したのか?」
「証拠ならありますよ」
月野木君はスマホを取り出して、柴先生と城坂君が一緒に繁華街を歩いている写真を画面に表示させた。
「うっ⋯⋯」
「先生は知っていますよね? 私たちのクラスに忍者がいることを。この写真はその彼に撮ってもらいました。
なので私たちも先生への失望を隠せません」
「ぐぬぬぬ⋯⋯盗撮とは頂けないが⋯⋯分かったよ。先生と城坂との関係は認めよう。
だけど、なおのこと先生が城坂を傷つける理由がないだろ? むしろ容疑者から外れたんじゃないか」
「⋯⋯」
月野木君から反論がない。
まさか今ので詰んだというのか。
柴先生も呆れた顔で月野木君を見ている。
「はぁ、正直に話してやろう。木沼には柚芽とホテルから出てきたところを目撃されてね。
彼はその場から逃げるように立ち去ったけど、柚芽が襲われたのはその次の日だ。
学園内の噂だと木沼は柚芽に好意を寄せていたそうじゃないか。
僕が柚芽との関係で彼を傷つけてしまったのは申し訳ないが、それで柚芽に暴力を振るうことはないじゃないか。
むしろ憤りを感じているのは先生の方だよ」
「いいえ、憤りを感じているのは先生の奥さんと娘さんです」
お! なんだか探偵モノぽくなってきたぞ。
「そもそもこの事件には城坂さんを襲った犯人なんていなかったんです」
なんだと⁉︎
先生より先に僕の方が驚いているじゃないか。
そういう重要なことは先に話して置いてほしいものだ。
「城坂さんを切りつけたのは城坂さん自身。自演だったんですね」
「チッ⋯⋯」
「先生と城坂さんは2人の関係がバレたくないと、2人は共謀して木沼君を陥れることにした。
普段から木沼君があの階段下に隠れてゲームをしていることを知っていた先生は、木沼君があそこにいるのを
見計らって事件を起こした。
目的は彼を不登校、あわよくば退学に追いやりたかった。
彼を学校にいられなくするため、追い討ちをかけるように”木沼君が城坂さんに対して好意を寄せていた“
という嘘の情報を、SNSを使って拡散させた」
「どこにそんな証拠があるんだ? モテない少年のひがみが起こした事件だろ?」
「木沼君には大学生の彼女がいるんですよ。その彼女から木沼君の冤罪を晴らしてほしいと頼まれたんです。
彼は自分が巻き込まれた理由があの晩の出来事だということは理解していました。
コンビニに買い出しに行くため、普段使わない狭い路地を近道として通り抜け、先生たちとバッタリ会ってしまった。
正直、驚いたけど木沼君自身はとくに口外するつもりはなかったと話していました」
「ウソだ! 教師と生徒の関係だぞ! ガキどもや親が騒ぎ出す格好のネタだろ!噂したくて仕方なかったはずだ」
「木沼君を取り押さえたときに『2人の関係を喋ったらどうなるか分かっているだろうな』と、囁いたそうですね。
あまりにも必死な先生に木沼君は恐怖を覚えたそうですよ」
「⋯⋯」
「柴先生、分かって頂けたでしょう。僕たちもお遊びで調べているわけじゃないんです。一緒に理事長室のところまで行きましょう」
「嫌だッ嫌だッ! そんなことしたら僕は破滅だ」
見苦しい大人の悪あがきに頭を抱えていると、胸ポケットにしまったスマホが通知音を鳴らして騒ぎ出す。
取り出して画面を見やると大量の通知が送られてきている。
「どういうことだ?先生と城坂君が一緒に写っている写真が拡散している」
「なぜだ⋯⋯」
柴先生はこの世の終わりかというような顔でその場にしゃがみ込む。
「お前たちが拡散させたのかッ!」
『私ですよ。先生⋯⋯』
振り返るとそこに城坂柚芽君が立っていた。
「なぜこんなことをした柚芽! 俺たちの関係が世間にバレちまうだろうが」
「だからですよ。先生ーー」
「は? 柚芽、何を言っているんだ⋯⋯」
「副会長、全部お話しますね。はじめに木沼君を口封じしようと考えたのは私です」
「⁉︎ 城坂さんが⋯⋯」
「木沼君が保健室に行くと言っていたので、これはまたいつもの場所でサボるんだと勘づきました。
そこで計画を思いついた私は急いで先生に連絡。休み時間にこの場所で自分の肩を自分で切りつけたんです」
事件のいきさつを語りながら彼女は笑った。
「分からない。2人の関係を知られたくなくて自分を傷つけたはずなのにどうして自らそれをバラすようなマネをしたんだ?」
「先生が必死だったからですよ。先生は私との関係をみんなに知られたくなさすぎて、勝手に計画に無かったことをはじめたんです。
嘘の情報の拡散して、木沼君を羽交締めにしながらカッターを突きつけて脅す。自分の保身のために必死になる先生を見ていてなんだかズルいと思ったんです。
守ろうとしている先生の奥さんと娘さんが羨ましくて。先生が隠せば隠したくなるほど私の存在を知ってほしかったんです。みんなにーー」
恐ろしい⋯⋯これが“匂わせ”っていうやつなのか⋯⋯
彼女は薄笑いを浮かべながら、刃物でズタズタにした柴先生の家族写真を『こんなもの、こんなもの』と、繰り返し踏みつけにしていた。
***
容疑を認めた柴先生は理事長によって即刻解雇となり、城坂柚芽も退学届けを出してその行方をくらませた。
「今回は反省しなくてはならない。僕は学園の体裁を整えることばかり考えていて、生徒たちのことをちゃんと見ていなかった。
危うく罪のない生徒を退学にするところだったよ」
「これからはちゃんと生徒たちのことを守ってあげる会長になってくださいね」
「返す言葉もない。今回は月野木君の頑固さに救われた」
「もぉ、また人を頭が硬いみたいに言って」
「ハハハハ、そいつはすまない」
はじめて一緒に仕事をしたときからそうだった。月野木君はよく気づいてくれる。
そして僕にはない発想で、僕の至らない部分を補ってくれる。
長い時間をかけて見つけるはずがこんなにも早く見つかった僕の大事なパートナーだ。
今回の一件で僕は気づかされた。僕は彼女のことをひとりの女性として意識している。
「それにしても、木沼君が犯人じゃないことをいつから気づいていたんだ?」
「右条君が教えてくれたんですよ」
「右条君って同じクラスの右条晴人君?」
「そうです。彼が事件が起きた時間帯に木沼君と一緒にいたと証言してくれたんです。
だけどちゃんと本人だという確証が持てなくて⋯⋯」
「右条君って⋯⋯先日のクラス対抗球技大会で稲葉君に目を付けられて以来、不登校になっていたんじゃないのか?」
「不登校? 違いますよ」
「だけど、もう1週間以上登校していないじゃないか。そんな彼がどうして木沼君と一緒にいることができるんだ?」
「イベントですよ。イベント」
「イベント?」
「ゲームですよ。オンラインの。私たち“ファンタルスフレイム”ってゲームでパーティーを組んでいるんです」
「ゲーム⋯⋯」
「ゲーム内だとハルト君って呼んだりしているんですけどーー」
!ハルト⋯⋯
「ハルト君、イベント限定のレアスキルゲットするために学校をサボってずっとログインしているんですよ。
私が学校から帰ってきてログインする頃にはひとりだけ強くなっていてパートナーの私は置いてきぼり。
まったくズルいんですよ」
「パートナー⋯⋯右条君の⋯⋯」
「あっごめんなさい。“ファンタルスフレイム”をプレイしていない陽宝院君にはわかりづらいよね。
ちょうど事件が起きた日のあの時間帯は“ファンタルスフレイム”のイベントが開始された時間だったの。
我先にと世界中のプレイヤーログインしてて、そのとき右条君が即席のパーティーを作って一緒にプレイしていたのが
“redollar543“
以前、チャットで会話したときからC組の木沼君じゃないかってのは勘づいていたみたいなんだけど、
それでも本当に木沼君本人なのかっていう確証が持てなくて⋯⋯
それでハルト君が確かめる方法として思いついたのを私にアドバイスしてきたの。
あの日、”redollar543“ という単語を唐突に木沼君に尋ねてみる。
そして木沼君の反応を見て確信した。木沼君が“redollar543“ だって」
「あれはそういう会話だったのか」
「“redollar543“ のパーティーは上位ランカーで、ゲーム内でも有名だった。
私は“redollar543“のパーティーメンバーである射撃手のリーチャさんと仲良くなってリアルで会ってみたの。
そしたら木沼君との関係を教えてくれて、今回の真犯人がピンときたんです」
噛み合わないはずだ⋯⋯月野木君は僕とじゃなくはじめから右条君と捜査をしていたのか。
熱い⋯⋯煮えたぎるようだ。
ならば僕は君のなんなんだ⋯⋯
刃物でズタズタにされた柴先生の家族写真を何度も踏みつける城坂柚芽の
姿が僕の心を支配していく⋯⋯
***
あの事件をきっかけに僕は生徒会に学園内を内調しトラブルを取り締まる組織を思いついた。
それがこの異世界で僕がつくった“ウィギレス”だ。
右条君、あのときまで君と月野木君の関係を知らなかった。
正直、妬ましかったよ。だけど、彼女は僕にこそ相応しい⋯⋯
君を倒すために4万の兵を揃えた。
右条君、君は僕の手で必ずぶっ潰すよ。
つづく




