第72話「決別」
陽宝院君は高らかに宣言する。
『これが魔王討伐軍だ』
ざっと50人はいようか。
一糸乱れぬ行進で私たちの目の前にやって来た兵隊は一斉に歩みを止めた。
彼らの手に握られているライフル銃の型をした武器が私たちに威圧感を与えてくる。
「銃の量産化にようやく成功してね。苦労はしたが、こうやって君たちにもお披露目することができたよ」
「答えて! どうして私が女王なの? 」
陽宝院君が私を女王にしたいと言ったのは、これがはじめてじゃない。
私をかってくれているのはうれしいけど、今の私たちにはあの娘がいる。
「ニュアルちゃんをどうするつもり!」
私の問いかけにダグラス内務卿が割って入って答えた。
「ニュアル様の体には卑き血が流れているのです。だからこそ彼女は我らが信じる神に相応しくない」
「やはりあなたは教会の⋯⋯」
「おや、そこまでご存知だとは」
「月野木君、僕はこの異世界のために神になってあげる必要があるんだ。君たちは知らないかもしれないが
僕たちが身体に宿した力はそのための力だ」
「偉大なる皇帝陛下亡き今、陽宝院様こそが我らが信じる神になられるべきお方。あのようなまがい物には務まりません。
エルムの森にある神殿で途方にくれているところを拾ってくださり、いっかいの信徒に過ぎなかったこんな私を重用していただいた。
とても感謝しています。ああ、このお方こそが神に相応しいんだと、私はそのとき強く実感したのです」
「陽宝院が神様になるのは勝手だけど、どうして天音を女王にする必要があるのよ」
「おじい様からの教えでね。“人の上に立ち、大事を成すには己を支える腹心が必要”だと。
つまりはパートナーだよ。それは何十年もかけてようやく見つかるものだとも言っていた。
だけど幸運なことに僕はすぐに見つけることができた。それが月野木天音君だ」
***
陽宝院君と出会ったのは高校に入ってからだ。
はじめて開かれたホームルーム。
『さっそくなんですけどクラス委員長を決めたいと思います』
まず最初に決めなければいけないこととして、担任になった佐倉先生が議題にあげた。
「誰か立候補したい人はいる? 推薦でもいいよ」
入学したばかりでクラスメイト同士がよそよそしくしながらお互いの距離感を探りあっている時期だ。
微妙な空気が教室を支配していて声をあげることすらはばかれる。
クラスの重たい雰囲気に佐倉先生も思わず苦笑いを浮かべた。
「あっ、まだ知り合ったばかりの人も多いから急に言われても難しいよね⋯⋯」
そんな空気を打ち消すように、陽宝院君が堂々と手を挙げた。
「やらせてください」
「他にやりたい人がいなければ陽宝院君で決まりでいいかな」
「ちょっと待ったぁ」
陽宝院君に続いてあかねが手を挙げる。
「東堂さんも立候補?」
「ハイハイ! 私は推薦したい子がいます! 月野木天音さんです」
「⁉︎」
まさに青天の霹靂だった。
「ちょっとぉ! 何勝手に推薦しているのよ」
取り乱す私をよそにあかねは小学校、中学校時代の私の行動を列挙しはじめる。
クスクス笑い出す子もいれば、紡木美桜さんって子は冷たい目でこっちを見てくる⋯⋯
「恥ずかしいよ」
「この子はなんにでも一生懸命ですごいんです」
結局、クラス委員長は陽宝院君に副委員長を仕方なく私が引き受けることになった。
自分から進んでなったわけじゃない私に陽宝院君は全部自分でやると言って心を開いてくれなかった。
だけど、やると決めたらやる私だ。
放課後、一緒に居残って、お仕事を手伝っているうちに陽宝院君が仕事を任せてくれるようになった。
***
陽宝院君もそのときのことを思い返しながら話しているようだ。
「放課後の教室で月野木君とこれからどういうクラスにしていきたいか語り合っていた頃は楽しかった。
最初は必要ないと持っていたが君の働きぶりを見ていて考えが変わった。
月野木君はよく気づいてくれる。常に先回りしながら行動して僕を支えてくれた。ときには耳が痛いことも言ってくれる。
おじい様が言っていたのはまさに君のことだと気づかされた。これから僕が理想とする社会を実現するためには月野木君が必要だ。
月野木君を僕の生涯のパートナーにしたいんだ」
あかねの表情がひきつる。
「え⁉︎ 突然だいたん。だけど引く」
陽宝院君は生徒会長に当選した後も私を副会長に任命してくれた。
陽宝院君が私を評価してくれていることはわかっている。
だからこそ出す答えはひとつだ。
「お断りします!」
「天音! 即答ではっきりと⁉︎ ちょっとかわいそうだよ」
慌てるあかねをよそに私は陽宝院君に強い眼差しを向ける。
仲間を切り捨ててまでつくりたい陽宝院君の世界に私は到底同意できない。
口が回る陽宝院君もさすがに言葉を詰まらせる。
「くっ⋯⋯」
『ハハハハッ』
膠着した空気を打ち壊すように鷲御門君が突然、声に出して笑う。
「鷲御門君が笑った⋯⋯」
「うそ、信じられない⋯⋯」
「これは想定外だったな陽宝院。東坂、俺を牢に連れてってくれ」
「お、おう」
呆気にとられる私たちをよそに鷲御門君は潔かった。
「月野木、ニュアルのことを頼んだぞ」
え、ちょっと待って今のが陽宝院君の予想を覆すことなの⁉︎
どういうこと?
「⋯⋯やはり右条君は潰さないといけないか」
陽宝院君は険しい表情を浮かべてその場から立ち去った。
***
私たちは女王陛下の部屋を訪れてジェネラル鷲御門が牢に入ったことを直接ニュアル女王陛下に報告した。
「そうであったか」
ニュアルちゃんは予想に反してあっけらかんとしていた。
女王を支えていた2人の対立、そして鷲御門君の逮捕。
正直、取り乱すと思っていた。
さすがはあの皇帝陛下の孫⋯⋯
どっしりとしている。
「そなたらは私より長くあの2人と居て気づかなかったのか?」
「え?」
「あの2人は水と油。やがてこうなることはわかっていた。間をとりもっていたギールも難儀したな」
「ハッ」
ギールさんは軽く頭を下げてニュアルちゃんに同意する。
「鷲御門は黙っていても背中で人を惹きつける力がある。対して陽宝院は巧みな弁舌を使って人を惹きつける男じゃ。
人の信を集めるのなら同じ力に思えるかもしれないが心の在りようが違う」
「それってどういう⋯⋯」
「お前たちは鷲御門のためなら命を捨てられる。そうじゃろ?」
ニュアルちゃんの言葉に東坂君がハッとした顔をした。
「現に牢に繋がれた鷲御門派の者たちの行動がその証拠じゃ。だけど陽宝院ためならどうじゃ?
先ほどのお前たちのように袂を別つじゃろ? 口で惑わした者たちなど覚めればそんなもんじゃ。
ゆえに陽宝院は鷲御門を恐れる。常に鷲御門を見る奴の目は怯えていた」
「だけど、このままだとニュアルちゃんが⋯⋯」
「よい。放っておけ。奴が私欲のために踊っている様は見ていて面白いのだ」
「⋯⋯女王陛下」
***
私たちは女王陛下の部屋を後にして、ライフル銃型の武器を作っている施設に向かった。
場所はだいたい見当がつく。ディフェクタリーキャッスル内にある中庭の辺り⋯⋯
そこには博士こと結城 護 君のラボがある。
ひさびさに訪れてみると、施設は見上げるほど大きくなっていた。
まるで工場だ。
中に入ると蒸気が立ち込め、ライフル銃型の武器のパーツと思われる部品が機械や人の手によってたくさん作られている。
「なんだ東坂たちじゃねぇか」
私たちの顔を見て声をかけてきたのは鳴島海君
「よッ」
家がバイク屋さんのため機械いじりが得意だ。
よく博士と組んでは2人で何かを作っている。
能力は鉄の錬成。
そして「なるしま〜」と、博士もやって来た。
「鳴島、銃身のこの部分なんだけどもうちょっと薄くできない?」
「ここのところか? まぁ厳しいけどやってやるわ」
「さっすが鳴島。ん? なんだ月野木さんたちが来ていたのか」
「あの⋯⋯ここで何を作っているの?」
「対亜人用ライフル銃だよ」
まんまライフル銃だった⋯⋯
「最近俺の力がレベルアップしてな。土から鉄をつくるだけじゃなくて。イメージした形に錬成することができるようになったんだ」
「鳴島の力のお陰で、この異世界のテクノロジーは300年進んだよ。鳴島に金型をつくってもらってライフル銃の量産に成功した」
「もうじき車もできるぜ。そのうちには飛行機もできるかもな」
「へー⋯⋯」
この異世界に来て生き生きしているのはハルト君とこの2人だけだ。
「ところで対亜人用って、普通の銃と何が違うの?」
「それはこの弾丸さ」
博士は白衣のポケットから先端が鋭利に尖った細長い弾丸を取り出した。
「月野木君に渡したピストルの弾は試作品でね。完成形はこっちだよ。この弾丸の火薬には
亜人の細胞を破壊する特別な物質が入っている。亜人と言ってもドラゴンみたいな怪獣のような奴らばかりだ。
ただの弾丸では致命傷までは与えられないと思ってね。それで亜人の細胞を研究してたら彼らだけに存在する特殊な細胞に
作用する物質を発見してこの弾丸が生まれた」
「撃たれた亜人はどうなっちゃうの?」
「傷口から細胞が壊れて、ドラゴン級の大きさなら1時間くらいで死に至るかな」
なんでだろう。この弾丸に撃たれたイリスちゃんたちの姿が頭を過ぎった。
「葉賀雲君!」
私の影の中から葉賀雲君が出てくる。
「魔王軍は今、どのあたりまで攻めて来ているの?」
魔王軍の行動を監視して逐一レルク君に報告していたのは彼だ。
「先行するガルード隊がレナルパトル領に入ったところ。だけど魔王クライム・ディオールがいる本体を見失った」
「地図ある!」
はやくハルト君にこの武器の存在を教えないと。これでイリスちゃんたちまで失ったらハルト君はまた⋯⋯
葉賀雲君から手渡された地図に目を走らせる。
すると“ラガン領”と書かれた文字が目に止まった。
「⁉︎ ラガン領⋯⋯ハルト君はそこにいる」
「ラガン領は森の中にある田舎だ。皇都に侵攻するにも遠回りになるからありえない」
「いいえ。魔王はそこにいる」
つづく




