第69話「お城を取り戻せ!」
「みおちゃん⋯⋯その腕どうしたのーー」
ダラりとぶら下がったその腕に私は驚愕した。
「すずの⋯⋯動かなくなっちゃったのよ⋯⋯」
髪は乱れ、弱々しい声で私を見るみおちゃんの顔はやつれきっていた。
こんなみおちゃんを私は見たことない。
常にまっすぐで、仁王立ちのまま、学校の風紀を乱す男子たちにも動じないみおちゃんが、
あんなに強いみおちゃんが⋯⋯椿に肩を借りながらじゃないと立っていることすらできないなんて⋯⋯
「椿君がせっかくくっつけてくれたんだけど。ダメなの。指先なんて一本も動かないの⋯⋯ピクリともしないわ」
「⁉︎ ッーー」
よくも⋯⋯
ぎゅっと握りしめた拳が小刻みに震える。
許せないーー よくも私の大好きなみおちゃんの腕を。
許せない、許せない、許せないッ!
***
「私は許さないッ右条晴人!」
お腹の底から込み上げてきた怒りに思わず叫んでしまった。
となりに突っ立ていた川南君なんて体をビクッとさせている。
「乾さん、どうしたの?」
この子の鈍さにはときどきイラッとさせられる。
「なんでもないわ」
にしても城を守っていた兵士たちがみんな蜘蛛の糸に絡めとられて壁や中庭の木に磔にされている。
しかもほとんどが息していない。
昔の私だったら耐えられない光景ね。
右条に奪われたウェルスのお城を取り戻すために王都にある貴族屋敷の地下室にあった隠し通路を抜けて、
エミル、川南君、三好さん、三鷹くんと5人で乗り込んだけどホント、稲葉は余計なことをしてくれたわ。
鷲御門派の不始末はなんとしても鷲御門派で片付けないと。
「先に潜入している沼田君の情報通り、この中庭は警備が手薄ね。はやく目的のルートを探しましょう」
お城には有事の際に王様を逃す隠し通路がある。
そのせいでウェルス国王の逃亡を許したけど今回は逆に利用させてもらうわ。
「ここだね」
川南君が立ち止まって石垣を指差した。
「ここのはずよ」
王の間に繋がる最短ルートの隠し扉。
石の表面に指を滑らせながら確かめる。
「あった」
目当ての石に手を置いてかるく力を入れる。
“やっぱりだ”
押し込まれた石が奥にはまって、積まれていた石の中でもっとも大きな石が
低い音を立てながらスライドしていく。
現れた通路の入口をくぐり抜けて難なく隠し通路へ進むーー
ここまでは順調⋯⋯と言いたいところだったけど 、松明で照らされた通路の先には、私たちを阻むように
ウジャウジャと群がる緑色のゴブリンたちが長い舌を出しながらヨダレ垂らしている。
気持ち悪い⋯⋯
「これってあきらか僕たちのこと待ち構えていたよね」
「だって武器まで持って戦闘態勢っすよ。見たまんまでしょ」
「てことは右条君、僕たちが来ることわかってて⋯⋯」
ゴブリンを見て焦り出した川南君と三鷹くんが身構えて能力を展開しはじめる。
「ちょっと、早まらないでよ男子」
「乾さん?」
「ここはエミル。あなたに任せるわ」
「ハーイ。任されました」
石動エミルーー この子はヒーラーだけど多勢を相手にした全体攻撃なら彼女がうってつけ。
『ターン・ヒール!』
エミルの能力でゴブリンたちの全身が紫色に発光。
そしてここからが見もの。
次々にゴブリンたちが喉を抑えて苦しみだす。
そして吐血ーー
エミルの能力はヒーリングの真逆がおこなえる。
この子の光を浴びると身体が回復するどころか細胞が退化していって徐々に腐っていく。
水分を失った皮膚は黒く変色してさっきまで活発だったゴブリンはもう虫の息。
ついには死に至るわ。
はじめはエミルの能力もケガを回復させるヒーリングだったけど、あるときレベルが上がって
今の能力が使えるようになった。
だけど、その力がなんなのか分からなかったエミルは負傷して担ぎ込まれてくる味方兵たちに使用して死なせてしまった。
ひどく傷ついたエミルだったけど、自分の力の役割を理解してよく立ち直ったわ。
エミルは強い。
「お掃除完了だよん」
「まずはゴブリンを全滅。いい調子ね」
だけどそれもすぐにうんざりさせられる。
間髪入れずに次の敵がこれもまた大勢でやってきた。
今度は魔道服に身を包んだ骸骨リッチィを先頭にスケルトンの集団。
エミルが“ターン・ヒール”を試みる。
「ダメ。アンデットだから削るHPがない」
「代わって。今度は私がやる」
アンデットどもには私の力が有効。
『ターン・アンデット!』
私が放った聖なる光を浴びたアンデットたちはもがきながら全身が灰になって消える。
「また余計な邪魔が入らないうちに先に進むわよ」
『あら〜ごめんなさい。さっそく邪魔しに来ちゃった』
「誰ッ!」
”コツンコツン“と靴音を鳴らしながら暗がりから現れたのは
金の装飾の入った黒いドレスを着てマントを肩に掛けた大人の女性が現れた。
「はじめまして。私はヴァンパイアの女王、イザベラよ」
『5人か。さっさと片付けるぞ』
立て続けに今度は軍服を着たオオカミ男がやってくる。
「そしてこの毛むくじゃらがウェアウルフのロータスよ」
ヴァンパイア⋯⋯ってちょっとアンデットの中では最強じゃなかったけ?
私もだいぶ異世界に詳しくなってきたな⋯⋯
さっきから冷や汗が止まらない。
「川南君、三好さん、三鷹くんはオオカミ男をお願い」
「乾さん?」
「ここは二手に分かれましょう。アンデットなら私の方が有利」
「わかった。気をつけて」
「ならば、俺の相手には特別な会場を用意しよう。来たまえ」
そう言って、オオカミ男が指を鳴らすと、目の前に紋章が出現して川南君たちの姿が消えた。
同時にオオカミ男の姿も。
「あなたたち、魔王軍幹部相手に総力戦を仕掛けないなんて、相当、勇気があるわね。それともただの無謀だったりして」
なによ。高笑いなんてしちゃって余裕でいられるのも今のうちよ。
『ターン・アンデット!』
問答は無用。先に仕掛けてあんたも消し炭にしてあげる!
吸血鬼が光に弱いことなんて定番⋯⋯
『ありがとう』
そう言ってヴァンパイアの女王は顔を寄せて囁いた。
「⁉︎」
うそ、さっきまで目の前にいたはずなのにいつのまにーー
「なんで灰にならないのよ!」
てか、何? その全身のオーラ。
「ねぇ、あなたの光って月の光よね」
「⁉︎」
「月の光ってね。私たちヴァンパイアをパワーアップさせてくれるのよ」
「うっ⁉︎」
女王の拳がお腹に減り込んできた。
「これはお礼よ」
「うっう、おえええ」
吐血⋯⋯うそでしょ、血がお腹の中から込み上げてきて止まらない。
「どうしたの? 内臓潰れちゃったかしら」
「すずのちゃん。ヒールを」
「⋯⋯そ、それよりこの化け物にターン・ヒールを⋯⋯」
声を絞り出すのがやっと⋯⋯とにかく私のことよりこの女に反撃することが大事。
ヴァンパイアなら死者ではないからエミルの攻撃が効くはず。
『ターン⋯⋯』
「ダメ⋯⋯この人のHP無限⋯⋯」
「これは知らなかったのかしら。ヴァンパイアは不死身よ」
『エナジードレイン』
「ぎゃああああ!」
女王が牙を立てて私の首筋に噛み付いてきた。
「うーん。おいしい血ね」
力が入らない⋯⋯なんなの!
「魔王様がお呼びみたいよ。 これでも食らってみなさい」
『魔光砲』
女王が翳した手のひらから飛び出してきた光線が私とエミルを飲み込む。
***
エミルと一緒に激しい爆発に吹き飛ばされて、そのまま壁を突き破ってひらけた場所の地面を転がる。
全身を強く打ってしまって立ち上がれない。
目を開けるとエミルが意識のないまま倒れている。
「⁉︎⋯⋯エミル!」
見渡すとここはなにかの闘技場のよう。
「⁉︎」
真ん中あたりにはオオカミ男と戦っていたはずの川南君たちが倒れている。
なにをされたらあんなにボロボロになるの⁉︎
「魔王城へようこそ」
見上げると高いところから玉座に座った右条晴人が地面に横たわる私たちを澄ました顔で見下ろしている。
ムカつく⋯⋯
その周りには亜人たちがいっぱい。さっきのヴァンパイアの女王とオオカミ男も⋯⋯
「⁉︎」
しかも右条のとなりに探していたウェルス国王が立っている。
こいつらグルだったのか。
「右条晴人ッ!」
「これはお前たちの忘れ物だろ」
右条の合図でオオカミ男が黒い物体を放り投げた。
ドサッと音を立てて目の前に落ちてきたのは⋯⋯人間?
体中のありとあらゆる関節がありえない方向に曲げられている。
「⁉︎ ーー沼田君ッ!」
変わり果てた姿に認識するのに時間がかかった。
もちろん息はしていない。
「あり⋯⋯えない⋯⋯」
「透明色しためずらしいネズミがウロちょろしていたんで始末しただけだ。おかげでお前たちをここまでもてなすことができた」
これまでが右条の手のひらだったというの?
同級生をここまで弄んでなにが楽しいんだこいつ⋯⋯
「リルフィン。こいつらを回復させてやれ」
「よろしいのですか魔王様?」
「さっさとしろ」
エルフの女の人が戸惑いながら私たちに向かって手を翳す。
体が緑色に発光した。ヒーリングの光だ。
女王に与えられたダメージが回復していく。
エミルもオオカミ男にやられた川南君たちも意識を取り戻した。
「なんのマネ!」
「俺からのおもてなしだ。余興にこれから俺の家来がお前たちと戦って楽しませてくれる。ゆけッ! ガルード」
亜人たちが道を開けて出てきたのは大きな翼が生えた黒いドラゴン。
しかもなにあれ、腕や頭とか胸に銀色の防具をつけているの?
「ドワーフに造らせた特別の鎧だ。エルフ族から献上された魔鉱石で生成した銀だ。防御力だけじゃなくて、攻撃力、スピードを3倍にしてくれる。
装備した感想はどうだ?」
「悪くありません」
「だったらあの人間たちを殺せるか?」
「変わった人間の女と約束しました。次、戦場で会ったときは容赦しないと」
「ならばいけ」
黒いドラゴンが翼をはためかせて私たちのところに降りてきた。
「人間、手加減は無用。まとめてかかってこい」
「もとよりそのつもりよ」
「みんな僕の能力を使って! 『スカイウィング』」
川南君の能力で背中に2つの竜巻ができて、これで私たちもあのドラゴンのように飛行して戦える。
「空中戦か。受けて立つ」
ドラゴンも翼をはためかせて浮上した。
「みんな、気をつけてこのドラゴンはワイバーンだ。あの翼でも攻撃してくる」
「とにかく、死角を狙って一斉攻撃よ」
図体がでかいことが仇になるっていうこと思い知らせてやる。
『バーテックス・ストリーム』
川南君が両手に剣を持って、螺旋を描きながら飛行する。
パワータイプの三好さんはワイバーンの側面から、そしてその反対から三鷹くん。
背後からはエミル。
私は顔。まずはその目を潰す。
『月光蝶乱舞』
正面に突き出した剣の刀身が放つ光沢が無数の蝶の姿となって襲いかかる。
これは光による目くらまし効果だけじゃない。爆ぜてダメージを与えられる。
よし! 爆発して視界を奪った。
「今よ!」
川南君、三好さん、三鷹くんが3方から一斉に攻撃⋯⋯
「⁉︎」
ワイバーンは攻撃が当たる直前にぐるりと回転して尻尾で3人で弾き飛ばした。
『ターン・ヒール!』
「エミル避けて!」
エミルの背後に回ったワイバーンが今度はキックで、エミルを地面に叩きつけた。
速い⋯⋯
「⁉︎」
気づいたらワイバーンが下から私を狙ってくる。
『月光⋯⋯』
くっ間に合わないーー
「ぐわっ!」
ワイバーンのパンチをまともに食らってしまった。
そのまま勢いよく地面に落下。
ありえない⋯⋯今の衝撃でクレーターができるなんて。
生きている私もありえないんだけど⋯⋯
「ッーー」
おまけに腕が折れたみたい⋯⋯それも何箇所も。グニャグニャじゃない。
すると全身が緑色に発光して、これだけの大ケガが一瞬で回復した。
下手したら椿君より早い。
「右条なんのマネッ!」
「おいおい。せっかくのおもてなしなんだ。たった一回じゃ申し訳ないだろ」
「どういう意味よ」
「今、受けた痛みを殺さないギリギリのところで何度も何度も味あわせてやるってことだよ。
沼田なんかロータスの攻撃を48回耐えたぞ」
「外道⋯⋯」
「そうだ。サービスに痛覚を2倍にしてやろうか」
「殺す! お前は絶対殺す! みおちゃんの腕を使えなくしたお前を殺す」
「じゃあ思う存分楽しんでくれ」
「ごめんなさいッ!」」
突然エミルが泣きながら土下座をする。
「エミルこんな外道に頭を下げちゃダメ!」
「もういいよ。痛いのは、痛いのはもう勘弁して。右条君は怒っているんでしょ。
私たちが稲葉君と一緒になって右条君を攻撃したこと! あのときのことは謝るからもう許して!」
「何を勘違いしているんだ。俺は些細なことを根に持つようなタイプじゃない。むしろ感謝しているんだ。
あのときの出来事のおかげで、俺はあいつらに出会えた」
「もういい! ここは一旦退くよ」
「残念だもう帰るのか。だったらコレは俺からの手土産だ」
右条が川南君のような能力もなしに空中を浮遊して、私たちの目の前まで降りてきた。
「ライル!」
ウソでしょ⋯⋯
小柄な男子がガトリング砲に変身して、右条がそれを抱えて私たちに銃口を向けてきた。
「右条君⋯⋯それって冗談にもほどがあるでしょ」
「サービスだ」
「逃げるよ!」
直感がヤバいと思った瞬間、叫んでいた。
全員が走り出す。
ガトリング砲はけたたましい音を立てて、私たちに向かって弾を飛ばしてくる。
必死に走った。悲鳴をあげるエミルと一緒に。
すると三鷹くんが私たちの盾になるように両手を広げて弾を浴びる。
「みんな、早く逃げて。俺なら大丈夫。全身鉄っすから」
「何言っているの! さっきから弾を受けているところが砕けてっているじゃない」
「大丈夫っすから。早く!」
「いやあああああ」
川南君が立ち止まる私の手を引く。
「急ごう。乾さん!」
「うおおおおおおッ!」
三鷹君は全身のあちこちに亀裂が入って、ついには人の形が保てずに崩れてしまう。
「ドワーフ! こいつの鉄は特殊だ。余すことなく武器に使ってやれ。三鷹も喜ぶはずだ」
「ウジョーッ! キサマー、絶対にブッ殺してやる!」
「ロータス隊行け!」
***
必死だった⋯⋯
あれからどうやって城の外まで逃げて来れたのかよく覚えていない。
地面にうつ伏せに倒れたまま冷たい雨が激しく打ち付ける⋯⋯
ザコを相手に戦って、戦って⋯⋯
エミルたちとも散りじりになった。
ーー
なんだろう⋯⋯スマホがなっている。
まだ、みおちゃんの仇が取れていない⋯⋯三鷹くんも⋯⋯沼田君の分も⋯⋯
『乾君、お城は取り返せたかな?』
陽宝院⁉︎
『さぁ、ホームルームをはじめようか』
「ーーあああああッー!」
つづく




