第66話「腕試し」
「おかえりなさいませ。魔王様」
ヴァンパイアの執事が魔王城に戻った俺とイリスを出迎える。
煤汚れた謁見の間にはウェルス王国の国王が待っていた。
天井や壁にあいた穴、割れたガラス、そこかしこに稲葉との戦闘の傷跡が残っている。
「待たせたな」
国王は俺を見るなり、玉座に向かって静かにひざまづく。
「驚いただろ? 久々に見たこの広間がこんなにボロボロで。蜘蛛のバケモノを退治するのに少々手こずってな」
「とんでもございません。ディオール神様、此度は我が城を取り戻して頂き誠に感謝をしております。
我々の力が及ばずこのようなことになってしまい、汗顔の至りにございます」
久しぶりに国王の顔を見たがだいぶやつれた印象だ。
国王は鷲御門の軍勢から城を奪われ、今の今までエイドリッヒ公爵領に身を潜めていた。
「恥じることじゃない。相手はプリミティスプライムになるかもしれない奴らだ」
「ニュアル・ウルム・ガルシャード⋯⋯」
「さて、どうだろうかな」
「は⋯⋯」
「さっそくだが相談がある。手取り早く王都民の支持を得たい。何か方法はあるか?」
「支持をですか?」
「この城の主人が再び変わったことを王都民には伏せてある。混乱を起こされても困るからな。
しかし、いつまでも黙っているわけにはいかない。どうせならインパクトを与えたい。それも魔王らしく」
「魔王⋯⋯らしくというのはわかりませんが、暗部の連中を一掃するのはいかがかと」
「おもしろいな。だが俺が欲しいのは英雄的な支持ではない。畏怖だ」
***
国王め、暗部の一掃などと、ちゃっかり自分が抱えていた厄介ごとを押し付けてくれたな。
俺は、イリスたちアームズ族の4人を連れて、城内にある闘技場に向かった。
歩いてきた通路を抜け出ると、ギャラリー席になっていて、そこから闘技場を見下ろすと、
亜人たちが鍛錬のために汗を流していた。
今日はダークエルフたち、そしてワイバーンのガルード、エルフのリルフィン、ゴーレムのロックガード、ガーゴイルの3兄弟といった
亜人では珍しい異種族のパーティーが鍛錬に励んでいる。
「お前たちに命令だ!」
俺が闘技場に降りると、亜人たちはすぐさま鍛錬をやめて俺にひざまづいた。
「これより王都に蔓延る暗部組織を壊滅させたい。この中に自ら志願したい奴はいるか?」
「俺にやらせてください!」
ダークエルフの青年が真っ先に手を上げた。
若干細身だが、身体は引き締まっていて筋肉もしっかりしている。
俺が暗部を壊滅させたいと言ったときも真っ先に反応していた。
任せてやりたいところだが、なぜか心配になる。
「たしかトールと言ったな。ずいぶんとやる気じゃないか」
「魔王様、俺は奴らに村を焼かれて妹を連れ去られた。この魔王軍に参加したのも奴らから妹を取り戻せると思ったからだ」
「そうか。だったらトール、お前はダメだ」
「⁉︎」
トールは眼を見開いて驚く。
俺の判断に周囲もざわつき出す。
「なぜですか⁉︎ 魔王様!」
「単純にお前が弱いからだ」
「そんなことはありません! 俺は力比べでは村一番でした。ここに集まった多種族の猛者たちとも手合わせをしましたが
引け劣ってはいなかったはずです」
「すでに俺に背後を取られていてそう言えるのか?」
俺はトールの背後から顔を出した。
トールはゾッとした表情で俺の方に振り向く。
「ああ⋯⋯」
「周りが見えていない。前のめりになる奴は危うい」
自信を喪失したトールはその場に膝から崩れ落ちる。
「ガルード、お前たちがゆけ」
「魔王様、我らはその命令には従えない。お断りする」
「魔王の命令に背くのか」
「我らは魔王様の人間を殺せというお考えには賛同できない」
「そう言えばお前たちは皆殺しを命じた人間たちを勝手に匿っていたな」
「なにとぞよしなに」
「殺せと命じているのは悪い人間たちだ。それでもか?」
「よしなに」
「頑固なんだな。だったらこうしよう。俺と戦って一撃でもダメージを与えられたら、考えを翻してやる」
***
ガルードと俺は互いに目で闘志をぶつけ合いながら闘技場の真ん中で対峙する。
ガルード(コイツ)は本気だ。
「イリス、セレス、オッド、ライル。手出しは無用だ。そこで見ていろ」
攻撃を仕掛けてきたのはガルードからだった。
大きな翼をはためかせて強風を吹き付けてくる。
目くらましのつもりか?
すぐに頭の上から鋭い爪が迫ってくる。
黒い物体が落下してきたと思ったら、轟音を立てながら地面の土が砕け飛び散る。
闘技場にクレーターができた。
「その巨体にしてはすばやいんだな」
ガルードは浮遊する俺を見上げた。
顔色ひとつ変えずに俺に向かってくる。
今度は両手での連続パンチ。そして尻尾での打撃。
その巨体からは信じられないが、どれも常人の肉眼では捉えることのできない速さに驚かされる。
だが、どの攻撃も俺が魔法陣のシールドを展開するスピードを越えられていない。
「今度は俺も反撃させてもらうぞ」
「望むところだ」
ガルードが迫ってきたところを眉間にデコピンを食らわした。
「ぐわッ!」
ガルードは弾かれたボールのように地面に叩きつけられる。
「退屈だ。リルフィン、ロックガード、3兄弟、一斉に掛かってこい!」
「「「「「うおおおおッ」」」」」
攻撃魔法、投石、超音波、飛行能力を活かした死角からの不意打ちキック、
焚きつけられたガルードの仲間たちは躊躇なく俺に攻撃してくる。
起き上がったガルードも再び。
存分に相手になってやろう。
俺は手のひらを翳して、ガルードたちの腹部に魔法陣を発動させる。
そして拳を握ると爆散。
ガルードたちはうめき声をあげて地面に倒れた。
「そんなものか。お前たちは。その程度でこの魔王に背むこうとは片腹痛いわ」
おっと調子に乗って小物の魔王が吐くようなセリフを言ってしまった。
舐めプしていると、思わず言ってしまうもんだな。
死亡フラグになる前に本気を出すか。
「?」
「うおおおおーッ!」
側面から先ほどのトールが拳に魔力を込めて走ってくる。
やれやれ。心を折ってやったと思ったが再び挑むか。
まぁ、あいつらたちを相手にしながら、横目でイリスがトールを焚きつけているところを見ていたがな。
***
イリスはしゃがみ込んでいるトールに近づいてこう言った。
「ハルトは言った。勝ったら考えを翻すって」
イリスの言葉にハッとトールは、曇っていた瞳に輝きを取り戻した。
***
「行きますよ魔王様。喰らってください!」
驚いた。
トールのド直球のパンチが俺の腹部に直撃した。
「あ! やりました! 俺やりました!見てましたイリスさん」
両手を高く上げて舞い上がるトール。
俺は少々呆気にとられた。
「俺の勝ちっすよね。魔王様」
まっすぐなトールの顔を見て思わず吹き出しそうになった。
「おめでとう。この任務はトール、お前に任せる」
「ありがとうございます。魔王様」
本当にうれしそうだ。
だがーー
「おかえしだ」
トールの頭の上にげんこつを落として首まで地中に埋めてやった。
場内にみんなの「え〜」というドンびきした声が響く。
「何するんですか魔王様〜」
「クライム、大人気ない」
「最後に勝つのは俺なんだ」
つづく




