第62話「決戦の地へ」
2日後、俺は単身、ルーリオ軍が陣を敷く城に到着した。
俺が離脱して3日しか経っていないのに兵士たちの士気が目に見えて下がっている。
どうした? いったい何が起きた。
ちょうど軍議終わりの広間に入ると、ルーリオが疲れた表情でうなだれていた。
「ハルト、早かったね。会談はうまくいった?」
「『早かったね』じゃねぇよ。予定より進軍が遅れているみたいじゃねぇか。おかげでこっちは、はやく合流できたけど」
「そうだったね」
「何があった?」
「リファッチャ伯爵が姿を現さなくなった」
「は?」
おいおい、城3つを1日で落とすと豪語しておいて、1つも落とせなかったから顔が出せないんじゃなくてか?
「皇帝側に寝返ったって噂が広がっている。静観していた8人の貴族たちも皇帝についたそうだよ」
「それって⁉︎」
「非常にマズイね。数の上でも向こうが優っている。あんなに動揺したラガンさんの顔を見たのははじめてだ」
俺とルーリオはテーブルの上に広げてある地図に視線を落とした。
「リグレーヌ平原。帝国軍はここに集結しつつある」
「リグレーヌ⋯⋯」
ユークス皇帝が決着をつけると言っていた戦場ってのここのことだったのか⋯⋯
「大丈夫。勝機はある」
***
ダルウェイルとの国境付近にある人気のない教会で陽宝院との会談が実現した。
「しばらく音沙汰のなかった右条君からの連絡に驚いたよ。まずは謝らせてくれ」
そう言って陽宝院は深々と頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、紡木君が稲葉君と後藤君をそそのかして君を襲ったこと。
一歩間違えれば君は死んでいた。僕の責任だ。この異世界で誰も死なせないと約束しておきながら
クラスメイト同士の諍いを止めることができなかった」
「もういいんだ。過ぎたことだぜ」
「君がもたらした外からの情報はありがたい。僕らが置かれている状況は理解した」
「だから陽宝院、力を貸してくれ」
「勝てる見込みはあるんだね?」
「もちろん」
俺より先にレオン・ハイストンが答える。
「そのためにも俺の考えを受け入れてほしい」
「あなたが本当にあの咲田副会長なんですね?」
「そうだ。証拠を出せと言われても困るけどね。顔も人種もDNAも変わってしまったからね」
「十分です。その考えというのは?」
「和睦だ」
***
「和睦?」
ルーリオが首を傾げる。
俺は地図上に描かれたウェルス王国、ダルウェイル、そして俺たちの現在地を棒で指し示しながら説明する。
「今、ウェルス王国と俺たちの仲間は戦争状態にある。その状態のまま、ダルウェイルの城を出て、俺たちの軍に加勢すれば
ウェルス王国に背後を突かれてしまう。だけどレオンが言っていたがウェルス王国はディオール神を崇拝していて、俺たちに手を貸したがっている。
しかし、そうしたくてもダルウェイルと強力なガルザ軍が邪魔だ。
ウェルス王国とダルウェイルの和睦が成立すれば、ダルウェイルだけじゃなくて、ウェルス王国も安全に帝国領内を通って俺たちに加勢できる」
「なるほど。ウェルス王国の加勢は頼もしい。師匠も言っていたけど、ウェルス王国には大砲というすごい武器があると聞いた」
「だから言ったろ。勝機はあるって」
「それでレオンさんは?」
「和睦の準備のためにウェルス王国に戻った。あとは両国が決起するのを待つだけだ」
「「ハルト!」」「ハルト君」
俺を呼ぶ声に振り返るとイリスとシルカ、ロザリーさんが待っていた。
イリスは目を潤ませながら『おかえり』と言って俺に抱きついてくる。
「3日もひとりにして悪かったな」
「ハルトのバカ」
「ところで2人は何のお話をしていたんですか? 私たちも混ぜてくださいよ」
俺たちの会話に興味を示しながらスマイル満面のロザリーさんが歩み寄ってくる。
「なになに? ドラゴンの倒し方とか相談してた?」
シルカも俺たちが眺めていた地図を覗き込んできて興味津々だ。
「ある意味そうかもね。相手は強大でもっと大きい」
ルーリオはシルカに合わせてリグレーヌ平原に布陣する帝国軍を巨大なドラゴンに見立てて話をはじめた。
「どれどれぇ」
「縦にも横にも伸びてくるからね。そして絶え間なく僕たちに攻撃してくる」
圧倒的物量⋯⋯今の戦力のままなら持ち堪えるのは難しい。
「大丈夫です。私がこの辺りでみなさんにヒールをかけつづけます」
「はじめは大きくても倒し続ければドラゴンも小さくなるよ」
そうか。2人ともわかっていて俺たちに付き合ってくれているのか。
だったら乗ろう。この巨大なドラゴンの倒し方について語り合おう。
「ついでに攻撃力と効果範囲を広げてもらって攻めよう」
「だったら私はこのあたりから攻撃するかな」
「こうしてみなさんが話していると懐かしいですね」
ロザリーさんの言うとおりだ。
ギルドにいた頃は1階の酒場で他のパーティーの冒険者たちも交じって
ダンジョンの攻略や大型モンスターの討伐の方法ついて夜通し語らっていた。
「なぁ俺、このドラゴンを倒したら、ギルドをつくってもう一度、冒険者をやりたい」
あーあ。なんでベタなフラグ立てちゃうかなぁ。だけど、それがついて出た俺の本音だ。
「そうだね。またのんびりやりたい」
シルカが笑う。
「えー、私は忙しかったですよ。ハルト君に振り回されて」
ロザリーさんが嗜める。
「まったくだよ。ハルトには出会ったころから振り回されてばっかだ」
ルーリオがやれやれとしながらも乗ってくれる。
クエストに出る前のいつものやりとりだ。
この瞬間が、この仲間たちとずっと一緒にいたいと思せてくれる。
「それともうひとつお願いがあるんだ。俺たちのパーティーに加えたいやつがいる」
俺は「頼む」と、思わず深く頭を下げた。
「そいつは強がりで、誰よりも自分が辛いくせに誰よりも笑顔でみんなをひっぱってくれて、
あいつが手を差し伸べてくれるだけで希望になってくれる。下手したら俺よりめんどくさいやつかもしれない。
それでも仲間に加えてくれ」
「その人ってもしかして女⋯⋯」
ロザリーさんの視線がなんか痛い。
そしてイリスがムッとした表情で俺を睨んでくる。
「な、なんですか、イリスさん⋯⋯」
「なーんだ。ハルト君にもいたんだ。そういう人。なんか残念」
「ハルトって鈍いだけだと思ってた」
シルカもだ。
「ハルトはまったくだね」
ルーリオまで!
「えッ⁉︎」
なんで急に俺、ディスられてんの?
「仕方ない。いいですよ。ハルト君が連れてくる方だったら私たちは大歓迎です」
「あ、ありがとう」
だけど痛いです⋯⋯イリスさん。
抱きつきながら横のお肉をギューっとするのはやめてくれませんか。
「いたああい⋯⋯」
そんな俺を見て、みんなから笑い声が漏れる。
こんなみんなの笑顔を見るのはひさしぶりな気がした。
***
右条晴人との会談を終えた陽宝院はダルウェイルの城に戻り、
晴人との会話を思い返していた。
「ダルウェイル国王を倒せば、この異世界でクラス全員が安心して暮らせる安全圏を確保できると
行動していたけど、実際はひどくなるばかりだ。後藤君たち主戦派はウェルス王国との戦いを活発化させ、
ダルウェイル内も国王派の残党が過激なテロを繰り返している。争いに際限が無い」
***
(どうしてそんなことを彼に⋯⋯)
陽宝院は思いがけず転がってきたキャスティングボードに頭を悩ませていた。
帝国につくべきか? ルーリオ・ディオールという新興の勢力につくべきか?
帝国側につけば、ダルウェイルと同じ扱いを受ける恐れがある。
それにいつ裏切られるかもわからない。その点、ルーリオ側は中枢に右条晴人がいるから
その心配はない。だが⋯⋯
「俺たちが勝てば、異世界がひとつになって争いが終わる。
そしたら月野木が日本にいた頃のように自由に生きられるんだ。月野木は今も平気と言わんばかりに俺たちの前では
笑顔を振りまいている。だけど、日本にいた頃はもっと腹のそこから笑顔だった。俺たちのところに来れば必ず月野木は腹の底から笑うようになる」
(だけど、そっちには君がいるじゃないか。右条君⋯⋯)
どうするべきが月野木天音にとって幸せなのか⋯⋯陽宝院にとって右条晴人から究極の選択を突きつけられたような気がしていた。
そこへギースとニュアルが入ってくる。
ギースは陽宝院の前でひざまづきこう告げる。
「陽宝院様、ここにニュアル様がおわすことをお忘れなきよう⋯⋯」
ニュアルはまっすぐと陽宝院の顔を見据える。
「そう⋯⋯だったな」
陽宝院はハッと光が射した表情を見せて、そのままニヤリと笑う。
***
俺たち5人がドラゴン(帝国)討伐の話に盛り上がっていると、
外から鬨を轟かせる声が響いてくる。
「なんだ⁉︎」
するとラガンさんが息を切らせて広間に入ってくる。
「みなさま。リファッチャ伯爵が攻めて参りました」
「「リファッチャが⁉︎」」
「それにお味方くださった他の貴族様たちも呼応してこの城を取り囲んでおります」
「リファッチャにつづいて他の貴族たちも⋯⋯」
こうも裏切りの連鎖が続くなんて、俺は内心焦った。
だけどラガンさんは落ち着いていた。
「リファッチャ伯爵が攻めてくることは読んでおりました。隠し門にみなさまが逃げる馬車が用意しております。
そこから脱出を」
「ラガンさんはお逃げになさらないのですか?」
ロザリーさんが涙を滲ませて尋ねる。
「私はここでリファッチャ伯爵を迎え撃ちます。そのためにトゥワリスから取り寄せた火薬を城のあちこちに忍ばせております」
「しかし、ラガンさん。あなたが居てくださらないと」
「私の育ててきたかわいい兵たちにはルーリオ様に付き従うように申し付けております。
それにみなさまが全力を尽くして戦う場所はここではございません。ぜひ、私たちのためにドラゴンを打ち取ってみてくださいませ」
ラガンさん⋯⋯本当に最後までカッコいいじいさんだったぜ。
広間に残るラガンさんの姿を目に留めながら俺たちは走った。
***
俺たちが用意されていた馬車に乗り込んで城の外へ脱出すると間もなくして
騎馬隊を率いたリファッチャ伯爵が正門に向かって突進してくる。
「我につづけーッ! 異端の神ルーリオ・ディオールの首を討ち取るのだ」
正門が開き、リファッチャ伯爵を先頭とした騎馬隊がなだれ込んでいく。
すると、見計らったように轟音を鳴らして石造りの城が爆発する。
リファッチャ伯爵は落ちてきた巨大な岩石の下敷きとなり“クチャッ”という音を立てた。
崩れていく城を見つめながらルーリオたちがラガンさんの名前を叫んだ。
ちょうどそのときだ。俺のスマホに着信が入る、
”陽宝院からだ“
「返事が遅くなった。僕たちは決起した。各個撃破しながらそっちに向かっている」
「ありがとう。頼もしいぜ」
***
そしてダルウェイルの決起はあの皇帝にも伝わる。
帝国軍はすでにリグレーヌ平原に陣を敷いてルーリオ軍を待ち構えていた。
「そうか。姉上が立ち上がったか」
***
いざ、ドラゴン(帝国)退治へ。
前を見据えながら馬車のスピードを上げて俺たちは決戦の地へ急ぐ。
つづく




