第60話「覆される盤上」
覚醒したルーリオ・ディオールの勢いは止まらない。
クエッジャからガルザ公爵の居城がある都市に向かって一気に軍を進める。
その際に立ちはだかった南西6キロに伸びる巨大な砦を攻略。
難攻不落とまで言われ、ガルザ領防衛の要となるその砦の陥落は帝国中に大きな衝撃を与えた。
これによりルーリオ軍は帝国最大の規模を誇るガルザ領の60%を抑えた。
残るはガルザ公爵の居城“ガルザリンキャッスル”と帝都だけだ。
だが、帝都には天に届きそうなほどにそびえ立つ堅固な城壁が待っている。
ネルフェネスさんと帝都を訪れたときにはじめて見た衝撃は今でも忘れない。
あの壁の攻略するのは想像しただけでも骨が折れそうだ。
***
落とした砦では現在、ルーリオを筆頭に軍議が開かれている。
議題は、ガルザリンキャッスル攻略までの道筋。
そして未だに態度を決めかねている8人の貴族についてだ。
ルーリオ軍の快進撃は止まらない。
“飛ぶ鳥を落とす勢い”、“破竹の勢い”、いや、その言葉たちすら凌駕する勢いだ。
それに加えて、ラスボス然としたあの皇帝が死んだことがさらに拍車をかけてルーリオ・ディオールに
対する期待の声が高まっている。
なのに、8人の貴族たちはその態度をはっきりさせていない。
俺たちにも疑念が残る。
しかし、その前にガルザリンキャッスルの攻略の仕方を巡って、先程からいざこざが起きている。
「ルーリオ様、先程なんと仰られましたか⁉︎」
メタボな体型のリファッチャ伯爵が声を荒げて立ち上がった。
ルーリオがすかさず睨み返して押し黙らせる。
ガルザリンキャッスルにたどり着くには、ガルザ公爵の家臣が守る3つの城を落とさないといけない。
その城攻めをボルネス準男爵に命じた。
命令はそれだけじゃない。数で劣るボルネス軍に、リファッチャ伯爵の軍が加勢して援護しろというものだ。
「し、しかしルーリオ様、伯爵家が準男爵家に与するというのは聞いたことがありません。
到底、承服しかねます」
「ボルネス殿には調略に長けた家来が居て城盗りの名手です。
僕はガルザ公爵の城にたどり着くまでに一兵も損じたくはありません。
ボルネス殿に任せて戦わずに済むのならそれに越したことはない。
だけど、相手も死にもの狂い、調略に失敗し、いざ戦となれば伯爵の力が必要です。その時のためにボルネス殿にお力を」
不思議とルーリオにネルフェネスさんの姿が重なる。
「ルーリオ様、我が兵を見くびらないで頂きたい。あのような脆弱な城、回りくどい手を使わなくても
3つとも我が方なら1日あれば落とせます!」
「よいのですか? この城攻めは伯爵にとっても苦しいものになりますよ」
そう言ってルーリオは透き通った瞳でリファッチャ伯爵を見据えた。
「杞憂にございます」
ルーリオの目が変わったのは兄弟子ファルドと戦ったときからだ。
あのどこまでも飲み込んでしまいそうな透き通った瞳はどこまで見通せているんだ?
***
息が詰まるような軍議の場から抜け出してきた俺は、歩廊から帝都がある方角を眺めながら思わずため息が溢れた。
ネルフェネスさんの死からはじまった俺たちの戦いはここまで順調だ。
しかし、ここへきて貴族と冒険者の価値観の違いが表面化してきた。
それはロザリーさんが溢していた愚痴にも現れていた。
「ハルト君、聞いてくださいよ! あのリファッチャとかいう小太りの伯爵様、
子爵や男爵たちと同じ料理が食えるかとか文句を言うんですよ。休んでもらう部屋の割り当てだって
他の貴族たちと扱いが一緒なのが気に入らないって不服を言うんですよ! 侯爵のラガンさんも同じですよって言ったら
その場はいったん治ったんですけど。そしたら所詮は冒険者風情の集まりだって捨て台詞を吐くんです」
俺たち冒険者にも等級はあるけど、飲み食いするときや寝るときだって分け隔てなく付き合うのが当たり前だ。
ロザリーさんもその感覚で貴族たちに接してきた。
だけど貴族は違う。家柄や階級を重んじている。
自分が持っている常識とは異なる相手との接し方にロザリーさんは苦慮している。
それは身分制度なんてなくなった現代日本人の俺も同じだ。
最近、ロザリーさんの顔に疲労の色が見える。
「どうしたら⋯⋯」
すると、背後から“ポンッ”と肩を叩かれた。
振り向くとラガンさんだった。
どうやら軍議が終わったようだ。
「ラガンさん、俺たちが圧倒的有利なのに、どうして残り8人の貴族はすぐに味方になってくれないんですかね?」
ラガンさんは言葉を選びながら答えた。
「⋯⋯やはり血統ですかな」
「血統⋯⋯」
「ルーリオ様はネルフェネス様の後継者であっても実子ではない。それに出自についても家柄があるお家の生まれではない。
しかもネルフェネス様に拾われる前は孤児だったと聞く。ゆえに貴族たちも戸惑うのです。神様とて、家柄と身分を大事にする
自分たちの上にそのような人物を立たせて良いのかと。言葉は厳しいですがそれが現実です。これからは駆け引きが必要となってきます」
「駆け引き?」
「はい。リファッチャ伯爵のようにお味方してくださっている貴族たちの中にも、今の自分たちが抱えている矛盾に揺らいでいるものもおります。
それをルーリオ様やハルト様が彼らと駆け引きをなさることで惹きつけるのです。それが貴族との戦い方、つまり“政”です」
たしかに⋯⋯だが、軍記物のゲームはやったことがないから政治的な駆け引きなんてからっきしだ。
どうしたら⋯⋯
頭を悩ませていると、靄のかかった脳裏にパッとひとりの人物の顔が浮かんできた。
「陽宝院光樹⋯⋯」
そうか! 生徒会長にして駆け引きの天才、あいつならーー
それにあいつのじいちゃんは昔の総理大臣だ。いける! いけるぞ!
政変が起こって帝国領になったばかりのダルウェイルを味方につけるのは大きい。
その政変も絵図を描いたのは陽宝院に違いない。だったら!
ーーダメだ。
クラスの奴らと手を組むのはさすがに気がひける。
俺はクラスから追放された。
紡木と稲葉たちによってたかって攻撃されて殺されかけたんだ。
今さらどうやって付き合えって言うんだ。
それにどうしてさっきから恐いという感情が俺の胸を支配してくるんだ!
逃げてる⋯⋯俺が? そうじゃない。
何の手立ても無しに会いに行けば今度こそ殺される。
ただの犬死だ。他に手はないのか?
焦燥感に駆られながら考えを巡らせる。
「⁉︎」
閃きが走った。
「ニュアル⋯⋯そうか!」
***
リファッチャ伯爵は自分の意見を押し通して自軍だけで城攻めに取り掛かっていた。
「リファッチャ様、このままでは前線が持ちませんここは撤退を!」
駆けつけた兵士が切迫した様子でリファッチャ伯爵に戦況を知らせる。
ふたつ目の城の攻略にはすでに1日以上が経過している。
ひとつ目の城を順調に攻略し、意気揚々とふたつ目の城の攻略に取り掛かると戦況が一変する。
砦の攻略からここまで連戦で戦ってきた兵士たちの疲労が限界を越えていたのだ。
戦力が著しく低下したところに、狙ったかのようなガルザ軍の奇襲が重なった。
行軍の横を突くように攻めてきたガルザ兵たちの槍に、数で勝るはずのリファッチャ兵が次々と貫かれていく。
そして追い討ちをかけるように城の櫓から弓矢の雨が降り注がれる。
「よいのですか? この城攻めは伯爵にとっても苦しいものになりますよ」
思わぬ苦戦を強いられるリファッチャ伯爵にルーリオの言葉が刺さる。
「おのれ⋯⋯この状況を見通していたというのか」
リファッチャ伯爵は唇を噛み締めながら忸怩たる思いに駆られる。
***
櫓から苦闘するリファッチャ伯爵を眺めている小さな男の子が口を開く。
「これでわかったでしょガルザ。勝敗を決めるのは数じゃないって」
「お見事です。ユークス皇帝陛下」
「大事なのは頃合いだよ。勝ち続けたことに驕りが生じて兵士たちの疲労を見落としていたんだ。
兵士も人だ。道具じゃない。そのことを忘れた将に勝ち目はない」
「はっ、十分に肝に銘じておきます」
「ならば行こう。将もまた人だ」
***
リファッチャ伯爵はガルザ軍の猛攻に最初に攻略した城への撤退を余儀なくされた。
疲弊した状態で城にたどり着くと、自分が座るはずの玉座に小さな男の子が座っているのが目にとまり驚く。
「伯爵おかえり」
「そこで何をしているんだ貴様!そこをどくんだ!」
「無礼者!」
と、紅い幕の内側からガルザ公爵が姿を現した。
「ガルザ卿がなぜここに⋯⋯」
「不敬ですぞ。リファッチャ伯爵」
「はじめまして。僕はユークス・ウルム・ガルシャード。この帝国の皇帝だよ」
「こ、皇帝陛下⁉︎」
「そして神プリミティスプライムへの頂きに立つ者さ」
リファッチャ伯爵は両手を地面につけて頭を下げた。
「ご無礼をお許しくださいませぇ!」
「随分と粗末だったね。リファッチャ。だけど君はあれだけの数の兵をまとめられる優秀な貴族だ。
しかし向こうでは気苦労が絶えなかったんじゃないか? 貴族の常識では推量ってくれない憤りを君から感じる。
分相応の地位をやろう。たとえば軍務卿なんてどうかな?」
果たしてこれが4歳児の口振りなのだろうか。
そんな驚きがリファッチャ伯爵の頭を支配する。
「そうだ。入ってきてよ」
ユークスが手を叩いて合図するとリファッチャ伯爵の背後の方から複数の靴音が迫ってくる。
振り向くとそこには先帝とルーリオ、双方の呼びかけにも頑なに応じなかった8人の貴族たちだった。
貴族たちが一斉にひざまづく。
「いかがかな?」
「あ、ありがたき幸せ。あなた様はまさに“神童”でございます」
***
俺は一緒に行くと言って聞かないレオン・ハイストン、一応先輩を連れて夜の街道を急いだ。
「自分を切り捨てた仲間にいまさら会って何をするつもりなんだい?」
「交渉をするんだ」
「いったいどんな?」
「ニュアル・ウルム・ガルシャードを新皇帝にする」
「皇帝⁉︎ そしたらルーリオ様はどうなるんだ?」
「貴族たちが素直にルーリオを従うことができないなら、貴族の棟梁である皇帝に貴族たちを従えさせる。
そしてニュアル皇帝にルーリオ・ディオールを奉じて貰えば、帝国はひとつになる」
「それは確かにおもしろいね」
「先輩どうして俺についてくるんだ?」
「聞きたい?」
「しつこくつきまとわれて迷惑しているんだ。理由を教えてくれないとこっちも不安だ」
「やれやれ信用されてないんだね僕って」
「これまでに信用できる要素がどこにあった」
「いいだろう。ウェルス王国も実はディオール神を崇拝しているんだ。
帝国が覇権主義に駆られた侵略をやめてディオール神を奉じるのなら、ウェルス王国も矛を納めて君たちと同盟を結ぼう。
だから君の案には乗った。だけど、君の仲間が支配したダルウェイルがウェルス王国と戦争を始めた。
これが収まらなければ君の計画は成り立たない。だから僕が必要ってわけ」
***
夜が深くなった。
これ以上、山中の街道を進むのは危険だ。
俺たちは道中にあった宿屋に泊まって朝が来るのを待つことにした。
「相部屋でよろしいですかー?」
かなり盛っている宿屋のようだ。
広間の酒場では絶え間無く酒盛りの賑わいが聞こえてくる。
部屋に入ると相部屋の相手がベッドの上に座っていた。
俺たちは目を疑った。そこにいたのは5歳にも満たないくらいの
小さな男の子だった。
そして目の次に耳を疑うことになった。
「日本人の旅人なんて珍しいね。僕はユークス・ウルム・ガルシャード。
フェンリファルト帝国の皇帝さ」
***
翌朝、ルーリオ軍では軍議が開かれた。
だがその場にリファッチャ伯爵の姿はなかった。
つづく




