第57話「英雄譚」
新緑が生い茂る大草原に朝を告げる太陽が顔を出した。
射し込む光が合図となって、軍のテントが軒を連ねる野営地に騎馬隊が突進してゆく。
思わぬ奇襲にテントから飛び出してきた兵士たちは、迎撃する間もなく騎馬隊の槍に貫かれていく。
「我らはルーリオ・ディオール神様の聖なる騎士団だ。抵抗する者あらば容赦なく斬る」
と、馬上から声を張る老騎士に対峙した兵士たちは驚く。
「あの姿はまさかラガン公ではないのか?」
「⁉︎ それじゃあ、攻めてきているのは帝国最強のラガン兵⋯⋯」
絶大な脅威を目の前に兵士たちは次々とその場に武器を捨てて逃げ出した。
このときの帝国軍の敗走劇とルーリオ・ディオール軍の活躍はすぐさま帝国中に広まった。
齢90を超えるフェンリファルト帝国皇帝が後継者である皇太子を失ったことによって皇帝を支える24の貴族たちは割れた。
ネルフェネスさんの盟友であったラガンさんが真っ先に俺たちを支えてくれたことで俺たち側についてくれた貴族はあわせて10人。
一方、皇帝側についたのは古参の貴族たち6人と俺たちの方が優勢だ。
そして残り8人は沈黙したまま、いまだ態度を決めかねている。
おそらくどちらの旗色の方がいいのか見極めるまで静観するつもりだろう。
しかし侮れないのは皇帝側についているガルザ公爵。
帝国最古参の貴族で、誰よりも皇帝への忠誠心が強く、敵国をたった1人で滅ぼしたというツワモノ。
思い返せば、はじめて皇帝の御尊顔を拝したあの場にいて、目があっただけでも一瞬で殺してきそうなヤバイオーラを俺たちに向けてきた無精髭の厳ついおっさんがそうだろう。
いずれにしろ皇帝が勢力図を眺めながら歯軋りする音が聞こえてくるようだ。
***
皇帝は地図が広がる机の上を激しく叩いた。
「おのれ! リファッチャめ。儂を裏切り聖人どもにつくとは。
これまで儂がどれだけ目をかけてきてやったと思っている。
他の8人もそうだ。どうして沈黙を続ける。迷う選択ではないはずだッ!」
「心中お察しいたします皇帝陛下」
「ガルザよ。もはやそなただけが頼りだ。はやく悪神“ディオール”を語る賊どもを抹殺するのだ」
「ハッ、このガルザ、命に代えても皇帝陛下ため、忠義を尽くして戦い抜く覚悟でございます」
「それでこそガルザだ」
「ハッ」
「ところでユークスの様子は如何であった?」
「ハッ、メイドたちの話によれば、最近、読み書きを覚えはじめたところとか。お父上を失くし、さぞお嘆きかと心配しておりましたが、
お変わりなく今日もメイドを連れお庭で遊んでいるとのこと」
皇帝は窓の方に降り向いて中庭を見下ろした。
そこにはメイド2人と花壇の手入れをしているユークス新皇太子の姿がある。
「なんでも探求心が旺盛で『この花はなんだ?』とか『この虫はなんと言うのだ』などと、捕まえた虫を見せてはメイドたちを困らせているご様子」
「左様か⋯⋯儂はユークスのためにも長く生きなければならぬ。そのためにもガルザ、そなたが頼りぞ」
***
ガルザ領・クエッジャ --
ここは3ヶ月ほど前まで別の国の領土だった街だ。
建物の壁や広場の掲示板、人目につくところには皇太子殺しの下手人として俺、ルーリオ、
シルカ、ロザリーさんの指名手配書が貼られている。
幸いにして似顔絵がまったく似てないが、俺たち5人は用心深く白いローブのフードを目深に被りながら街の様子を探って回った。
陽も落ちてから見つけた酒場に立ち寄ると店内は俺たちの話題で持ちきりだった。
「ルーリオ様というお方が帝国を退けたとあるぞ」
「おい、しかもクエッジャの近くだ」
「すげぇ! あそこには相当な数の兵士たちが駐留していたはずだぞ」
「ひょっとすれば、この街にもやってきて俺たちを開放してくれるかもしれんぞ」
もはや指名手配書で俺たちを悪人に仕立てる印象操作なんて無意味だ。
今回の俺たちのクエストは”ルーリオ・ディオール“の名を英雄として轟かせることだ。
この街は帝都とトゥワリスを結ぶ街道沿いにある宿場町街だから情報収集と噂を広めるにはうってつけだ。
なによりもこれはネルフェネスさんの汚名をそそぐことにもなる。
ネルフェネスさんの意志を継いだ”ルーリオ・ディオール“が颯爽と現れて、領民を苦しめる帝国という悪を挫く。
そんな英雄譚が広まれば帝国民たちに期待が生まれ、ディオール神の治世を望むようになる。
そうなれば帝国崩壊の機運が一気に高まる。
これもすべてラガンさんが描いた筋書きだ。
さすがは帝国最強と恐れられるだけあってかなりの策士だ。
ラガンさんは、ギルドのテラス席でネルフェネスさん、ネウラさんの3人でお茶を飲むことを日課にしていた。
はじめて会ったときはギルドによく顔を出す近所のおじいちゃんくらいに思っていたが、知らないというのは恐ろしいことだ。
それにいつも持ってきてくれる甘いお菓子は、ロザリーさんの腰回りをふっくらさせていた。
本当に恐ろしい⋯⋯
--
そんなラガンさんの策にルーリオは乗り気じゃない。
「やらなきゃいけないのはわかるけど僕は英雄ってガラじゃないよ⋯⋯」
そう言ってルーリオは自信がなさそうな顔を見せる。
まぁ無理もない。なんの準備もないまま突然、神様に祀りあげられてしまったのだから。
「だとしても、お前がやらなかったら誰がこの世界の希望になってやるんだ?」
俺はラガン領の外に出てから帝国がいかに腐っているかわかった。
俺たちのいる吹き抜けの2階席から一階席を覗けば、ズカズカと入ってきた帝国の騎士たちが
さっそく傍若無人な振る舞いを見せている。
飲んで騒ぎ出したかと思えば、食事をしている他の客に因縁をつけて脅し、酔った勢いで体を触りながらウェイトレスのお姉さんに絡む。
あまりのガラの悪さにドン引きだが、ああ見えてちゃんとした社会的勢力なんだぜ。信じられるか?
だが、俺より先にロザリーさんの方が我慢できなかったようだ。
「私、ああいうのキライなの。挨拶がわりにお尻を触ってくる。踏ん反り返ってテーブルの上に脚を乗せる。
ソースでビチャビチャにした皿の上に皿を重ねる。グラスの中に食べ残したものを詰める。
こぼしておいてテーブルの上を拭かずに散らかしたままにしておく⋯⋯」
なんだか俺の心にも突き刺さるようなことをブツブツと呟きながらロザリーさんは一階席へ飛び降りた。
「それと、ハルト君がさっき失礼なことを考えていたのは許せませんから。あとでお仕置きです」
なぜわかった⁉︎
「イリス、俺たちも戦うぞ!」
「うん」
ロザリーさんはお得意の火炎魔法で騎士の1人を焼きはじめた。
「落ち着いてロザリーさん! こんなとこで炎を出したら店ごと焼けちゃう」
シルカが慌てて制止してもロザリーさんに止まる気配はない。
「こりゃあ、店が焼き上がる前にこいつらを倒しますか」
俺がメイスの先端を向けると、騎士たちも黙っていない。
ヤンキーばりの罵詈雑言で俺たちを威嚇してくる。
しかし、このガラの悪い騎士たちは、剣の使い方がまるでなっていない。
口ほどにもないとはまさにこのことを言うのか、1分も掛からず無力化できた。
この光景に騎士隊長と思われるメタボリックなおっさんが狼狽える。
「お、お前たち何者だ⋯⋯」
さっそくチャンスが巡ってきた。”ここにおわすお方をどなたと心得る”からはじまる見せ場だ。
「ルーリオだ。ルーリオ・ディオール」
目深に被ったフードを外してルーリオは素顔を晒した。
「はやいよ」
「なにがだい? 僕は怒っているんだ」
そう言ってルーリオはメタボリックな騎士隊長を睨んだ。
「騎士というのは領民を守るのが役目じゃないのか? 君たちを見ていたら、この街の人たちがどうして騎士のことを
モンスターや盗賊のように討伐されることを望んでいるかわかったよ」
「やれるじゃないか。神様」
すると、メタボリックな騎士隊長は悲鳴を上げて逃げ出した。
それを見たルーリオとシルカ、ロザリーさんがあとを追う。
俺も続こうと駆け出そうとしたとき、背後から呼び止められる。
「待てよ、詠凛学園の後輩」
「⁉︎」
今、詠凛学園って言ったか⋯⋯
振り向くと20歳くらいの男が立っていた。
「ずいぶんと派手にやったな。俺はレオン・ハイストン。俺も詠凛学園の生徒だったんだ」
おいおいちょっと待てよ。俺たちに金髪碧眼、そして西洋人丸出しのイケメンマスクの先輩はいねぇよ。
「ああ、そうか。向こうにいた頃の名前じゃなきゃわかんないよな。俺は咲田幸太郎⋯⋯って言っても20年以上前の先輩だからわかんねぇよな」
「ちょっと待てよ? 咲田って、1年前に学校の屋上から転落した生徒副会長⋯⋯」
「知っていたのか? そうだよ。俺はこの世界に転生してやってきたんだ。エルムの森で詠凛学園の制服を着た少年たちと
戦ってひょっとしてと思ったんだ。あのときは先輩としてムキになってやり過ぎちまったが、そのどこから見ても日本人って面構え、
お前たちこっちの世界に転移して来たんだろ?」
ちょっと待て⋯⋯どういうことだ? どうしてこっちの世界だと、1年前に死んだ先輩と俺たちで20年以上の開きがあるんだ⋯⋯
ーー⁉︎
そのときだった只ならぬ殺気が身体を突き刺した。
俺は先輩を放ってすぐさま酒場を飛び出して、ルーリオたちが逃げた騎士隊長を追いかけて行った方角へ走った。
***
追いつくとさっきのメタボリックな騎士隊長は首と胴体が切り離された状態で道の真ん中に横たわっていた。
「冒険者崩れが騎士になろうだなんて思い上がりもはなはだしい。所詮、ガルザ様の面汚しだ。ああ、そうだった、
お前たちも神になろうだなんてずいぶんと思い上がっていたんだったよな」
そう言って男は暗がりで不適切な笑みを浮かべる。
ルーリオとシルカ、ロザリーさんが対峙して武器の先端を向けるその男はネルフェネスさんを殺した兄弟子“ファルド”
「その程度⋯⋯その程度で神を騙るか」
ファルドが鞘から刃をのぞかせた瞬間、激しい竜巻が起こる。
凄まじい威力に俺たちの身体は巻き上げられ、全身に切り傷のダメージが与えられる。
見上げると胸部から血飛沫を撒き散らしながら宙に飜るルーリオの姿があった。
「ルーリオッ!」
つづく




