第53話「家族」
先輩パーティーが難易度Sの大型熊モンスターを倒したことを祝って、今夜はこれまで以上に大きな打ち上げが開かれた。
大きな成果を成し遂げた本日の主役たちは、男女でバディを組む剣士2人と、遠距離からメンバーをフォローするクールな狙撃手1人、
メンバーの回復と強化を担うお姉さん魔術師が1人、防御とパワーに特化したマッチョ戦士1人の理想的な編成だ。
“俺もはやくこんなカッコいいパーティーを作って冒険してぇー”
俺は逸る気持ちを昂らせながら5人を祝福した。
それにロザリーさんがみんなに振舞ってくれている手料理がうまい!
倒した熊モンスターから取れた素材を使って作られていて、かぶりついてみると身が引き締まっていてとても美味しい。
帝都から帰る道中、ずっと険しい表情をしていたネルフェネスさんも美味な熊モンスターの肉を肴にいつもの席で上機嫌に酒を飲んでいる。
ずっとネルフェネスさんは何者だと思っていたが驚いたことに帝国の軍事力を束ねる軍務卿で、皇帝と肩を並べる存在でもあった。
たしか聖人の王とも呼ばれていたな⋯⋯
ん? 聖人ってなんだ? ⋯⋯
この異世界には分からないことが多過ぎる。
俺は、紋章について知るために、ネルフェネスさんに誘われるがまま帝都について行ったが、皇帝が話していたことを含めて
結局、何がなんだかさっぱりわからないまま帰ってきた。
帰りの馬車の中で、ネルフェネスさんに尋ねても「尋ねる前にまずは自分で見聞きしたことを自分の中で整理して考えるんだ」と、言われておしまいだ。
知りたくないか? と、誘っておいてそれはないだろと思ったが今は置いておこう。
俺は充分考えた。考えたけどわからないんだ。
「ネルフェネスさん、そろそろ教えてくれ。皇帝が話していた神ってなんだ?
俺の右手の紋章とどう関わりがあるんだ?」
「その様子だと自分の中でちゃんと考えてきたみたいだね」
「ああ。答えには辿り着かなかったがな」
「そうだね。直接的に話そう。関係はある。君の右手の甲に宿っている紋章は神の一部だ。
それがプリミティスプライム由来の物なのか、ディオール由来の物なのかはまだ分からない。
だけど君と君の友達は神の力を得ているのは確かだ」
「そのプリミティスプライムとかディオールって言っているのは⋯⋯」
「少し歴史の話をしよう。遥か昔、この世界は始祖の神ディオールによって生まれた亜人たちが暮らす平和な世界だった。
その中でも始祖ディオールの血を引く者たちは聖人と呼ばれ彼らに慕われてきた。
あるとき聖人の中から異能を持たぬ知恵者が生まれた。
その者は知恵を生かし道具を作り文明を創った。
知恵者はやがて人類と呼ばれ、自らを神“プリミティスプライム”と名乗った。
人類は瞬く間に世界を侵略し、我らの始祖たるディオールを滅ぼした。
そこから数千年、人の世が続く。
だが、星の巡りが再び神としてディオールをこの世界に降臨させた。
その結果、人類の滅亡を恐れた”プリミティスプライム”は激しく抵抗し、相打ちの末、この世界から神が不在となった。
それが150年前の出来事。
そして現在、星の巡りはこの世界に新たな神を選定しようとしている。
それが昨日、君たちが見た光景だ。
皇帝は神になろうとした。いや、なる必要があった。だが、星はディオールを選んだ。これも運命だ」
つまりこの世界には人の神“プリミティスプライム”と亜人の神”ディオール“の2つの神が存在していて
どちらがその時代の神に選ばれるかによってこの世界の支配者が変わる。
そしてこの世界で今起きている争いはどちらの神も不在になったことで続いている。
だからこそフェンリファルトの皇帝は神になることに執着していて、人類の神となれば
敵対している国々は全部自分に従うと考えている。
それが皇帝の願う平和か⋯⋯だけどそれじゃあ世界征服を企む悪の組織の首領と発想が変わらないじゃないか。
「その始祖の神ディオールの血を引く聖人がネルフェネスさんなんだな?」
「そうだ。ルーリオとシルカそしてネウラも聖人の血を引いている」
「2人が⁉︎」
ネウラさんは見た目からして“聖人”ってオーラがするけどルーリオとシルカもそうだったのか。
「聖人ももはや希少種だ。人類の世ではひっそりと暮らすしかないのだ。
だが、星がディオールを欲するならば帝国はこの先、私たちをひっそりとしては置かないだろうね」
ネルフェネスさんが再び険しい表情をした。
「ハルト、難しいことは忘れて今日は楽しもう」
それもそうだな。せっかくの冒険者ライフだ楽しまなくちゃ。
***
今夜の打ち上げはかなり盛り上がった。
日付が変わっても誰一人として帰らず、みんな騒ぎ疲れてソファや床に雑魚寝をする始末だ。
ロザリーさんなんか壁にうつかって寝ている。
いつもは一番に寝室に戻るネルフェネスさんもめずらしく席に残ったまま俺たちに混ざって寝ているし
よほど楽しかったんだ。
俺もそうだ。満たされているってのはこういう感覚のことを言うのかもな。
イケてるイケてないで区別される学校生活から解放されて、みんなで成果を分かち合って喜び合う。
サイコーじゃないか異世界。サイコーだよ冒険者ってやつは。
ネルフェネスさんの言うように神様とか紋章とか難しいことは忘れてこの生活を楽しもう。
今日もぐっすりと眠れそうだ。
ーー
俺の身体が深海のさらに奥へと沈んでいくーー
『ハルト⋯⋯ハルト⋯⋯』
どこからかイリスの声がする⋯⋯
どこだ?
『ハルト⋯⋯』
そうか、天からだ。海の中から見える太陽が揺らめきながら青く輝いている。
あの太陽からイリスが声をかけているのか?
行かなきゃ⋯⋯
俺は急いで浮上する。そしてハッと瞼をこじ開けた。
「どうしたイリス?」
「気配がするハルト。囲まれている」
「ギルドがか⁉︎」
イリスは強く頷く。
カーテンを開けて窓を除くと松明を持った騎士たちがギルドの正面に集まっている。
どうなっているんだ⁉︎ どうして騎士たちがギルドを取り囲んでいるんだ?
「おーいッ! ネルフェネス! 貴様をディノス皇子暗殺の罪で処刑する。出てこいッ!」
馬に騎乗しながら叫んでいる男は隊長クラスと思われる。
せっかちにもこっちがリアクションする前にもう部下に火を放つ指示をした。
先端に火がついた弓矢が飛んでくる。
ギルドの壁は丸太を積んでできているから燃えやすい。
さっそく煙が室内に入り込んできた。
匂いでルーリオや他の冒険者たちも目を覚ましはじめた。
だけど騎士たちは間髪入れずに雪崩れ込んでくる。
「反逆者どもを殺せーッ!」
丸太で突進して扉を壊し、抜刀した騎士たちが次々に冒険者たちに襲いかかる。
さっそく俺にも斬りかかって来やがった。
俺は紋章の力で身体能力は人間を遥かに上回っている。
だけどこいつらは経験値とテクニックでその差を埋めてくる。だから厄介だ。
ここはイリスの力を借りて戦うしかない。イリスの攻撃力があれば倒せる。
「イリス! 力を貸してくれ」
「⋯⋯」
反応がない。
イリスの顔を見やると完全に怯えきった顔をしている。
炎を見て村のことを思い出したのか。
「お父さん⋯⋯お母さん⋯⋯」
まずいこの状態のイリスを庇って戦うことは難しい。
一旦、どこかに隠れるしかない。
積んであった酒樽を倒して、騎士たちが怯んだ隙にイリスを抱えて走った。
ひとまず食料庫に隠れて、小さな穴から外の様子を確認する。
驚くことに難易度Sの熊モンスターを倒したメンバーが騎士たちの剣さばきに圧倒されて血飛沫をあげながら倒れていく。
なんてことをするんだ。あの人たちは苦労してようやく強いモンスターを倒せたって喜んでいたのに。
すると今度は気持ち悪い笑顔をした騎士がロザリーさんに馬乗りになって無理矢理服を引きちぎる。
「いやああああっ!」
「へへ⋯⋯いい声で騒ぐじゃねぇか姉ちゃん」
他の騎士たちも集まってくる。
「お前だけお楽しみなんてずるいじゃねぇか」
「寄るな!俺が先に見つけて楽しんでいるんだ。充分遊んでから貸してやるよ。
だけど、その前に壊れちゃうかもな。ハハハッ」
騎士は再び気持ち悪い笑顔をロザリーさんに向ける。
「やめて、放して!」
ロザリーさんはグーで騎士を叩きながら必死に抵抗をする。
だけど⋯⋯
「おとなしくしてろ!」
騎士は暴れるロザリーさんの二の腕に剣を突き立てた。
「きゃあああ!」
「おい、本当に壊す気かよ」
「お楽しみはこれからだぜ」
「こいつ興奮すると女、刻んじまうからな」
許せねぇ! 今すぐ飛び出してその汚ねぇ顔、八つ裂きにしてやる。
『そこにいなさい』
ネウラさんの声が聞こえてきた次の瞬間、ロザリーさんを弄ぶ騎士たちの首が噴水のような血飛沫をあげて吹っ飛んだ。
「大丈夫ロザリー。私の癒しの力で治してあげるから安心して」
ネウラさんは泣いているロザリーさんを抱きかかえて傷口に光の球が灯った手のひらを添える。
痛みが引いて安心したロザリーさんはそのまま意識を失った。
俺は息を吐いて胸を撫で下ろした。
「⁉︎」
そういえばルーリオとシルカは?
視点を変えると2人は1人の騎士と戦っていた。
その人物は他の騎士たちとは違いお揃いの鎧を身に付けず、ローブを目深に被ってどこか異なる風態をしている。
なんだこの人物の剣さばきは?
大人と子供の違いがあるにせよ。ルーリオとシルカを圧倒している。
剣の構えからして違う。只者じゃない。
そこへネルフェネスさんが割って入ってくる。
「私の命を取りに来たのが君でうれしいよ。“ファルド”」
「師匠、この人物を知っているのですか?」
「君たちの兄弟子ってやつかな。彼は私が育ててきた弟子の中でも一番の剣の腕を持っていてね。
今じゃ帝国最強の剣士様としても有名だよ」
「この人も師匠の弟子⋯⋯」
「例え先生でも帝国に仇なしたなら容赦なく斬る」
「そうかい。今の君と剣を交じ合わせることができてうれしいよ。ただし簡単には斬らせないよ」
ネルフェネスさんとファルドとかいう兄弟子の姿が消えた。
いや、俺たちの視覚ではとらえられない速度で戦っているんだ。
“カキン” “カキン”
剣同士が激しくぶつかり合う音が四方八方から聞こえてくる。
それだけ縦横無尽に動いて戦っているということなのか。
目だけじゃない。感覚を研ぎ澄ますんだ。研ぎ澄ませばネルフェネスさんたちの様子が見えてくる。
ーー
すごい⋯⋯2人とも桁違いのレベルの剣さばきで戦っている。
これは互いに本気で命を取ろうとしている。
そしてネルフェネスさんの渾身の一振りが空間に一線の光を走らせた。
すると、ネルフェネスさんの姿が再び肉眼でとらえることができた。
「やったのか⁉︎」
突然、ネルフェネスの腹部が横に斬り開いて血が吹き出す。
そして崩れるようにしてその場にしゃがみ込んだ。
「強くなったね⋯⋯」
「いや、先生が弱くなった。次はそこの弟子も斬らせてもらう」
「私だけで充分じゃないか」
「ダメだ。帝国に逆らった者はひとり残らず始末する。それに弟子はやる気だぞ」
見やるとルーリオが剣を握って構えていた。
はっきり言って分かる。よせ、ルーリオお前だけじゃ勝てない!
「こうなったら⋯⋯イリス、しっかりしろ! 戦うんだ。また大切な人たちが目の前で奪われていいのか!
俺は嫌だぞ。一緒に戦うんだ!」
イリスの身体の震えが止まった。
「ハルト⋯⋯」
「今は俺がいる。それにイリスは強くなった。俺たちが一緒に戦えばきっと守れる」
俺たちは隠れていた食料庫から飛び出した。
発光する右手の紋章がメイスに力を与えて強い光を放つ。
「うおおおおッ!」
渾身の一振りが放った衝撃波が、暴れる騎士たちの身体を粉砕し、兄弟子のファルドが被っているローブがめくれ上がり、
眉間のあたりに裂傷を与えた。
「ふん、先生の新しい弟子たちはもう少し生かしておいて成長させた方が楽しめそうだ」
そう言ってファルドは剣を鞘に納めて引き上げた。
あの目を見たときは本気で殺されるかと思った⋯⋯
「師匠ッ!」
ルーリオの声に振り向くとネルフェネスさんは吐血をはじめた。
「もういいんだ。私は充分に楽しめた。こう見えても150歳は過ぎていてね。ファルドの言う通り。私は弱くなった。
老いたんだよ。このあたりで楽にしてくれないか。今日は楽しかった。終えるならここで人生の旅を終えたい」
「3人ともロザリーを連れて行きなさい」
ネウラさんがロザリーさんを肩に担いでやってくる。
「この建物はもう持ちません。行くのです」
「ネウラ、君も行くんだ」
「ネルフェネス様、約束したじゃないですか。最後まで添い遂げると。だからあなたのお側に居させて下さい」
「そうだったね⋯⋯」
「それに私も充分なのです。目の前にる子供達に囲まれて幸せです」
「ルーリオ、君がディオールになるんだ。私が居なくなれば次に相応しい資格者は君だ。君なら心優しい神様になれるね。それにシルカ⋯⋯」
「はい。師匠」
「君の明るさと強さでルーリオを支えるんだよ。そしてハルト。この子たちを君に託す。任せたよ」
「⋯⋯」
「私からも。ロザリーが目を覚ましたら私のステッキを渡してちょうだい。この子なら預けられるわ」
「ありがとう。ハルト、ルーリオ、シルカ、ロザリー。そしてイリス。君も私たちの子供だ」
どうして⋯⋯どうして⋯⋯大人ってそんなに簡単にさよならできるんだよ。
俺はまだあんたたちと家族を続けたかったんだよ!
家族や誰かのことでこんなに涙をこぼしたのははじめてかもしれない。
倒れてきた柱が俺たちとネルフェネスさんたちを遮った。
そしてネルフェネスさんとネウラさんは激しい炎の中へと飲み込まれた。
つづく




