第52話「皇帝陛下」
今朝もロザリーさんが焼いてくれたパンをおいしく頬張りながら7人で食事を楽しむ。
生意気な妹、新聞紙に顔を埋めたままの無口な父親、そして小うるさい母親、
日本にいた頃は家族と顔を付き合わせて食事するのなんて苦痛でしかなかった。
今はこうして静寂で時間に追われることのないおだやかな空気を堪能しつつ、
この人たちと一緒に生活をしているのが楽しくて仕方ない。
とても居心地がいい。
すると、“CLOSE”という看板が見えなかったのか、
ドアを力強く開けて入ってくる客人が現れた。
空気が一変する。
ものものしく入ってきたのは甲冑を着た帝国の騎士だった。
騎士が甲冑を着て出歩くなんて有事の際だ。
何事?と、尋ねる間も無く、騎士様がネルフェネスさんの目の前までやってきてひざまずいた。
「ネルフェネス様、皇帝陛下がお呼びです」
驚いた。金の装飾が入った甲冑からして位の高そうな騎士様が
こんな片田舎で冒険者をしているネルフェネスさんに深々と頭を下げるのだ。
たいていの騎士なんて偉そうな命令口調で上からものを言うのに⋯⋯
本当にこの人は何者なんだ? しかも皇帝からのお呼び出しって⁉︎
俺を川から拾い上げてくれたときもそうだ。
「君だね。ルーリオが言っていた紋章に選ばれし子というのは」
紋章のことについても知っている風だった。
いったい⋯⋯
朝食後はルーリオとシルカの3人で木剣を振るのが日課だ。
庭にある1本の木を大型モンスターに見立てながら
「「「エイッ」」」 「「「エイッ」」」 「「「エイッ」」」
と、3人で声を揃えて振り下ろす。
一見地味だが、ネルフェネスさん曰く、強くなるために必要な基礎鍛錬だそうだ。
これを毎日続けることが大事だとも言っていた。
そこへ騎士様と話を終えたネルフェネスさんがやってきた。
「これから帝都に参る。ハルト、もし君が紋章について知りたいようなら私についてきなさい」
思わず呆気にとられた。これまで紋章については、“力を過信するな“としか話してくれなかったネルフェネスさんが
急に態度を変えたからだ。
「ルーリオとシルカもだ」
こうして俺たち3人は、イリスとロザリーさんを残して、ネルフェネスさんとネウラさんとで帝都に向かうことになった。
***
馬車を乗り継ぐこと1日、ついにフェンリファルト帝国の帝都に到着した。
のっけから度肝を抜かれる。
駅前の高層ビルかってぐらいに200mは優に超える壁がそびえ立っている。
帝都全体をこの高い壁が囲んでいるそうだ。
城門を潜ると、さらに驚かされる。
そこに広がっていたのは中世の北欧を彷彿とさせるレンガ造りの高い建物が立ち並ぶ大都会だった。
道路は石畳が敷かれ多くの荷馬車が行き交う。
露天商が並ぶ繁華街では人、人で賑わっている。
人混みは日本に暮らしていた頃ならさほど珍しくも感じなかっただろうが
森やら草原やら自然あふれる景色に見慣れてしまっていたためかとても新鮮だ。
ルーリオとシルカもこれほどの街並みや人を見るのは初めてなようで、
馬車の窓から身を乗り出しながら目を輝かせている。
やれやれお子ちゃまだな。
そして一際目立つのが帝都中心の高台に立つ皇帝の城 ”ディフェクタリーキャッスル“
その高さはスカイツリーに匹敵するんじゃないかと思うくらいに天空に向かって伸びている。
***
旅の目的地である“ディフェクタリーキャッスル“にたどり着くと、
そのてっぺんは雲の彼方に消えてさらに見えなくなっていた。
巨人が作ったのか? と、考えたくなってしまうほどの大きな城の大きな城門が
”ゴゴゴゴッ“と、重たい音を立てて開く。
そこから城の中へと入って行くとVIPが泊まるホテルと見紛うばかりの豪華絢爛な内装の空間が広がる。
今回の旅は、はじまりの街の王様から新たなクエストをもらう的な定番の展開を予想していたが、そのスケールを遥かに超えている。
ネルフェネスさんは勝手知ったるといった感じで案内人を必要ともせず、俺たちを連れて永遠に続くのではないかと錯覚するほどの長い廊下を進む。
***
皇帝が待っているという部屋の前にまでやって来ると槍を手に武装した兵士たちがその部屋の入り口を厳重に守っている。
一気に緊張が高まるーー
だけど、その兵士たちはネルフェネスさんの顔を見るなり警戒を解いた。
本当に何者なんだこの人?
兵士が扉を開けて俺たちは中へと通された。
まず目に飛び込んできたのは、大きく長いトラック状のテーブルにいる軍服のような正装をしたおじさんたちだ。
みんな立派な口髭を蓄えて、胸にはたくさんの勲章をジャラジャラとぶら下げている。
おそらく全員、伯爵以上の貴族たちだ。
それにローブを着ているあいつらはなんだ?教会の奴らか?
「君たちはここで待っていなさい」
ネルフェネスさんは、戸惑っている俺たちに声を掛けてテーブルへと向かう。
その3歩後ろをネウラさんがついて行く。
そして上座に座るあの老人こそが皇帝ーー
ワインのような深い紅色をしたマントを肩にかけて、まぶたに覆い被さるほどの白い眉毛。
顎ヒゲは1mあるんじゃないかってほど長い。
歳は90を越えてそうだが、それにしてもなんだこの威圧的なオーラは⋯⋯
さっきから体の震えが止まらない。
まるで攻撃を受けているような気分だ。
あれがはじまりの街の王様なんてとんでもない。あれこそ魔王だ!
序盤からいきなりラスボスに遭遇しちまった⋯⋯
皇帝はネルフェネスさんが席に着くのを確認するなり口を開いた。
「これで全員揃ったな」
ネルフェネスさんを除く全員が皇帝に顔を向ける。
「この世界に神が不在となって150年の月日が経った。ウェルス、ダルウェイル、トゥワリスそして東方に散らばる国々⋯⋯
ついには亜人までもが好き勝手をはじめて世が乱れておる。儂は憂い、世を正さねばならぬと常に考えてきた。
だが⋯⋯我が帝国フェンリファルトの力を持ってしても、その力は及ばず⋯⋯嘆くばかりだ。
しかしーー ようやく星の巡りは今を示した。天啓とも言えるこの機会は決して逃したくはない。逃せばこの世界は永遠に混乱の渦となる。
だからこそ儂は腹を決めた。この儂が神へと至り、世を平らかにせんとしたい。ここに集まった者たちは皆よいか?
知恵者たる人類だけが成り得る神“プリミティスプライム”に儂はなる。異論はないな?」
ーー
一同が沈黙した。
当然だ。皇帝が何を話しているのかわからないがあんな凄みを見せられれば納得するしかない。
「ならばはじめよ。儂をプリミティスプライムとする儀式を」
一斉にローブの格好をした奴らが立ち上がった。
紅いローブの中、1人だけ白いローブを着た人物がフードを外した。
初老の男、白髪の碧い瞳、西洋人のような顔立ちをしていて
手には聖書のようなものが握られている。
この男は司教なのか?
「ではまず、資格者を定める儀式を行います」
司教を頂点に2人の紅ローブを着た人物がテーブルを挟むように両側に立った。
3人を結べば三角形が出来上がる。
3人が念を送ると光り輝いて三角形の中心に大きな紋章が浮かび上がってくる。
「紋章ッ⁉︎」
思わず声に出してしまった。慌てて口を塞ぐが両隣の兵士に睨まれる。
紅く光る紋章はバチバチと強いエネルギーを帯びている。
なんて凄まじい力だ。見ているだけで伝わってくる。
これが先生が言っていた紋章の秘密?
「⁉︎」
気づいたら右手の甲にある紋章が共鳴して光っていた。
やはりあの紋章は俺たちと同じ物⋯⋯ 紋章の力を持っているのは2年B組の生徒たちだけじゃないってことなのか?
とにかく見つからないように左手を当てて隠した。
すると司教が目を見開いて驚く。
「これはッ⁉︎」
「如何した?」
白眉毛の下から覗かせる皇帝の鋭い眼光が司教を刺した。
「恐れながら⋯⋯」
司教は口が震えて言葉続かない。
「こ、この⋯⋯この紋章はディオール神を示すものーー」
「何ッ⁉︎」
皇帝の顔が強張る。
そしてネルフェネスさんも目を見開き意外そうな顔で驚いている。
「ディオールの力を受け継ぐ資格を有するのは聖人の王であるネルフェネス軍務卿ただお一人⋯⋯」
この場にいる全員が一斉にネルフェネスさんの顔を見やる。
皇帝はテーブルクロスを握り締めながら狼狽した表情を見せる。
「まさか⋯⋯求めていた次代の神が再びディオールだと? ありえぬ。亜人の神など⋯⋯
この世を平らかに治めるのは純粋種である我ら人類の神“プリミティスプライム”でなければ。
100年以上待ってようやくやって来た天啓がディオールなどとは」
「ご安心下さい皇帝陛下。私は神になどなるつもりはございません。再び森に戻り静かに暮らします。
この世界にどうしても人類の神が必要というのならば、また100年後へ持ち越しては如何かな?」
「ならぬ! このときでなければ⋯⋯フェンリファルトが治める平かな世は儂の目が黒いうちに成し遂げなくてはならぬのじゃ」
「ならば私はこれで失礼する」
ネルフェネスさんは立ち上がる。
「ハルト、ルーリオ、シルカ帰るぞ」
ネルフェネスさんについて行くがまま俺たちはこの部屋を後にした。
去り際、ネルフェネスさんを見やる皇帝の眼光から凄まじい恐怖と憤りを感じた。
***
会議の間には皇帝と教会の人間だけが残った。
そこへ騎士がやってきて皇帝に駆け寄る。
「恐れながら申し上げます。ラガン領の山中にてディノス皇子を発見致しました。
残念ながら⋯⋯損傷が激しく、お召し物からディノス様と⋯⋯」
「左様か⋯⋯ネルフェネスだけは神にしてはならぬ。ディオールは人類の世を滅ぼす神ぞ」
***
エルムの森に隠されたある神殿ーー
ローブをきた信徒が狼狽する。
「な、なんと! プリミティスプライム神の紋章が消滅している⋯⋯」
信徒はその後、「なぜだ⋯⋯」と、うろたえながら神殿の外へと出てくる。
するとどこからか若い男女の笑い声が聞こえてくる。
「⁉︎」
信徒は声がする方へ藪を掻き分けて行くと、ひらけた場所を見つける。
「なんと⁉︎」
信徒は目の当たりにした光景に驚く。
人が住まぬエルムの森で、生活するための建物がたち、見慣れぬ服装をした少年少女たちが暮らしていたのだから。
つづく




