第45話「ウィギレス再始動」
周囲に紋章が浮遊する真っ暗な空間で稲葉新一郎は宣言する。
「魔王とイキり散らす右条を俺が倒した」
紋章に映し出されているのは詠凛学園2年B組の生徒たちの顔。
生徒たちは稲葉に拍手と喝采を送る。
『ざまぁ右条』
『後藤君たちの仇をとってくれたんだね』
「聞いてくれ。俺は知事として言うことを聞かない貴族どもを押さえ込んだ。だけどそれは一筋縄では行かなかった。
俺の呼びかけにも無視、味方の振りして裏切ろうとする奴までいた。その筆頭がアルマンの勢力だった」
稲葉の脳裏に砦のてっぺんから矢が雨のように降り注がれる光景が蘇る。
「覚えているか? ウェルス王国とはじめて戦ったときのことだ。アルマンたち貴族の攻撃で俺たちは絶望を味わった。
このまま死んじゃうんじゃないかってぐらいのケガをした奴もいた。それをヒーラー能力の仲間が必死になって救ってくれた。
俺たちはウェルス王国の貴族に対する憎しみは一際大きい。
王国を滅ぼしてやっても貴族たちの傲岸な態度は変わらない。
そんな貴族たちを従わせ、俺は何万もの兵力をつくりあげた。そしてその力でアルマンの勢力を滅ぼした。
どうだ? 俺こそ7人会議のメンバーにふさわしいと思わないか?」
再び生徒たちから拍手が沸き起こる。
「それに比べて月野木はどうだ? 小さな村の領主。大騒ぎしてやっと倒せたのがオーク1匹だ」
紋章の中からあざけ笑う声が沸き立つ。
「右条と亜人どもが暴れたときだってそうだ。仲間を集めるのが先だとほざいて戦線を離れていった。ようやく戻ってきたかと思えば集めてきたのはたった2人だけ。
そいつらと徒党を組んで倒したのがゴブリンの群れだけだ。ザコモンスターばかりじゃないか? もうこれで誰がふさわしいか明白だよな」
生徒たちからは稲葉に同意する声が飛び交う。
稲葉は、鷲御門の顔が映し出された紋章を見やる。
『残念ながら陽宝院がこの場に顔を出せていない。月野木の弁解をする気はないようだ』
「なら決まりだな」
『いや、判断を下すのはニュアル女王陛下だ』
「チッ、めんどクセーな。どうせ結果は変わんねーだろ。さっさとニュアルに決めさせてくれ」
「その必要は無いよ」
突如、聞こえてきた声に生徒たちは一斉に反応する。
稲葉が振り向くと、空間を裂いて陽宝院が入り込んでくる。
「陽宝院、どうして俺の屋敷に?ーー」
「今日の学級会での決定は女王陛下のお手を直接煩わすことではないと思ってね」
「そうか。俺を直接、祝いに来たのか?」
「さて、どうかな」
「俺は自分の能力を使った実験に成功して最強の部隊を完成させている。月野木のつくった討伐パーティーなんて目じゃない。
貴族だろうが亜人だろうが刃向かってくる異世界の奴らを駆逐できる。7人会議にふさわしいのは俺だ! 月野木じゃない。迷う判断じゃないぞ!」
「そうだね。君に裁定を下そう。稲葉新一郎君、君は”逮捕“だ」
「は?」
***
黒い瘴気が街を覆い尽くす。
漂う瘴気を吸い込んだ人々が手で口や鼻を覆いながら苦しそうにして道端に倒れ込んでいく。
稲葉はその様子を眺めながら不敵な笑みを浮かべている。
「どうして人間ってのはこうも脆いんだ?」
「ひっ!」
凄惨な光景を目の当たりにした青年は思わず声を上げてしまう。
「?」
稲葉がギロッと目を向けると、青年は一目散に逃げ出す。
「早く弟と妹を安全なところに逃がさなくては」
***
玄関のドアを勢いよく開けて、息を切らした青年は兄妹の名前を叫ぶ。
「アル! リル! どこだ、どこにいる?」
「「兄ちゃん」」
薄暗い部屋から幼い兄妹2人が顔を出す。
「ここにいたか。化け物が来る。早く逃げるんだ」
「誰が化け物だって?」
「⁉︎」
青年が恐る恐る振り返ると、稲葉が立っている。
「見ていたんだったら逃げるなよ。俺の実験に付き合ってくれてもいいじゃねぇか。
ノリ悪いぞ」
「人殺しが何言ってんだ。俺は死にたくない。弟と妹の面倒を見なくちゃいけないんだ」
青年は近くにあった食器や家具を投げつけて近づいてくる稲葉に抵抗する。
それでも稲葉は怯むことなく一歩づつ近づいてくる。
「うッ!」
一瞬だった。
大きなサソリの尻尾が青年の胸に針を刺す。
床に倒れ込んでもがき苦しむ青年の身体は次第に異形の姿へと形を変えてゆく。
その光景に稲葉の口端がほころぶ。
「成功だ」
稲葉の声が弾む。
起き上がった青年は蟻を彷彿とさせるような姿になっていた。
「俺の最高の兵隊、”怪人“の完成だ」
***
ガルードさんとリルフィンさんたちに匿われていた幼い兄妹は
泣くのを必死に堪えながらそのときの恐怖を私たちに話してくれた。
私は取り出したスマホの画面を2人に見せた。
「ねぇ、思い出すの怖いと思うけど。2人が見たのはこの人?」
2人はコクリと頷いて、顔を背けるようにしてリルフィンさんにしがみつく。
石を投げてきた男の子もスマホの画面を覗き込んできて、指をさす。
「こいつだ!こいつがお父さんやお母さんを殺した」
「決まりのようだね」
私が子供たちに見せたのは稲葉君の写真だ。
みんな異口同音、犯人は彼だと答える。
ここにいる人たちが私たちを陥れようと示し合わせているわけじゃない。
だけど私にもクラスメイトを信じたいという思いがある。
決断の時が迫っている。
「まもなく学級会が開かれる。そこで稲葉君の7人会議入りが決まる。
さぁ、君たちならどうするウィギレス」
私は俯いたまま静かに立ち上がった。
そしてまっすぐ前を見据えて宣言する。
「稲葉新一郎君を逮捕します」
***
「外を見てみたまえ」
稲葉は一目散に空間の端へ駆け寄って、カーテンを開ける。
現れた窓が真っ暗だった空間へ光を差し込む。
窓外を覗き込むと、入口の門の前には月野木天音を中心に東坂慎次、東堂あかね、葉賀雲 影家、如月那由他のウィギレスのメンバーと
ディルク・ライザー、ミレネラ・ドートスが立っている。
「なんのマネだ陽宝院⁉︎」
焦燥する稲葉の問いに、陽宝院はニコやかな笑顔を向ける。
『てっマジかよ⋯⋯』
『普通に引くわ』
稲葉を称賛していた生徒たちは旗色が悪くなってきたことを感じ取り通信を切りはじめる。
次々と消えてゆく紋章に稲葉は狼狽しながら「ちょっと待て⁉︎ 手のひらを返すな」と、叫ぶ。
***
私たちが知事屋敷に乗り込むとエントランスの大階段の上の方から屋敷を守る兵士たちが続々と出てくる。
しかし、やはりというべきか⋯⋯
先頭で兵士たちを率いて大階段を降りて来るのはハンク子爵ーー
子爵との対決はどうしても避けられないようだ。
おまけに数人の貴族まで従えていて、その中にトルトン男爵がいるのには少々驚きだ。
しかもどうしてなのかみんな感情を失ったような表情をしている。
「どうやらツキノキ殿と私はどこまでも対峙する運命のようだ。ここで決着をつけよう」
普段の雰囲気とは異なり淡々とした口調で話すハンク子爵に違和感を覚えていると、
ハンク子爵の身体が徐々に膨張をはじめて、ビリビリと服を裂きながら巨大化していく。
そしてハンク子爵は巨大な蜘蛛へと変身した。
周りの貴族と兵士たちもハンク子爵に続くように続々と全身を変化させて蜂のような異形の姿に変身する。
「これがあの兄妹が言っていた“怪人”⋯⋯」
驚きと同時に紋章の能力を使って人をこのような姿にしてしまった稲葉君に憤りを覚えた。
「お前がいなければ、お前がいなければ、この私が司祭となって亜人の神に君臨し、やがてはウェルス王国の王となっていたはずなのに!」
ハンク子爵は私たちを踏みつぶそうと鋭利に尖った爪を光らせながら蜘蛛の脚を高く振りあげて下ろしてくる。
それを私たちは四方に避けて躱すと爪は大理石の床を貫いた。
単純な攻撃だけどその威力は凄まじい。
だけど、あの2人は余裕そうな表情で立ち上がる。
「行くぞ、ナユタ少年!」
「僕にちゃんとついてきてね。ヘタレのおじさん」
「侮るなよ」
ディルクさんは那由他君のペースに苦笑しつつも2人は息ピッタリの動作で反撃に出る。
「お前はまさかウェルス王国最強の戦士ディルク・ライザー⁉︎ なぜこの小娘と一緒に⋯⋯」
2人の姿は瞬時に消えて、蜘蛛ハンク子爵の全身を2つの閃光が交差しながら駆け巡る。
ディルクさんが強いことは分かっていたけど、那由他君のスピードについていけるディルクさんもかなりの化け物だ。
2人が放った剣撃の閃光が蜘蛛ハンク子爵の関節部分を切断して、巨大な身体が崩れ落ちる。
「どうしてだ。どうして権威も無ければ、したたかさも無い、剣も碌に握れないような非力な小娘に人が集まる。力が集まるのだ」
「それはあのお嬢ちゃんがまっすぐだからだよ」
そう言ってディルクさんは蜘蛛ハンク子爵の頭部の上に立って、頭蓋にトライトエールを突き立てる。
「ぎゃあああああ!」
蜘蛛ハンク子爵は断末魔の叫び声を上げて力尽きる。
ハンク子爵にはいろいろと嫌がらせをされてきたが、手を合わさずにはいられなかったーー
敵の攻撃は止まない。やかましい羽音を立てて蜂型の怪人の大群が襲いかかって来る。
「蜂の巣を突っついたような騒ぎってまさにこのこと⁉︎」
「また飛ぶヤツ⁉︎」
大階段を駆け上がりながらあかねとミレネラさんのボヤキが止まらない。
「ここは私とナユタ少年に任せて先へ行け!」
エントランスの怪人はディルクさんと那由他君に託して先を急ぐ。
「お願いします!」
***
知事室に繋がる通路に1体の蟻型の怪人が立ちはだかる。
ミレネラさんがレイピアを引き抜いて私の前に出る。
「こいつは私に任せて先へ行って」
私にはこの蟻型の怪人が何か訴えかけてきているように見えてならない。
顔は完全に蟻と同じ形をしていて、紅い複眼が鈍く光る。表情はまったくわからないけど、俯き加減でどこか悲しげだ⋯⋯
「アル君、リルちゃんは今も元気です!」
怪人が顔を上げる。
やっぱりだ⋯⋯この怪人はーー
「2人はリグリットの村で面倒をみます。だからもう⋯⋯安心して下さい!」
表情はたしかにわからないけど、そのときだけ私には“もう思い残すことは無い”という晴れやかな表情に見えた。
「ミレネラさん、お願いします」
そして蟻型の怪人は抵抗することなく、静かにミレネラさんに首を斬り落とされる。
私たちは立ち止まるわけにはいかない。
稲葉君に彼や領民たちにした罪を償わせるために稲葉君のいる部屋に急ぐ。
つづく




