第40話「ケモミミ族」
魔王クライム・ディオールとなった俺はついに魔王城を手に入れた。
少々やりすぎたようでところどころ風穴だらけになってしまったが
まぁそれはそれで魔王城らしいからいいが。
そして人間たちが舞踏会を開いて踊り狂っていたようだがホールは、多種族の亜人たちが食べ残された酒や料理を手に祝杯をあげている。
この城の主人様だったクロム・ハンクは見苦しくもまだ逃亡を重ねている。
セレス姉さんは壁に貼り付けた地図をスティックで指しながら、俺、イリス、ライル、オッドにハンク軍との戦況を報告してくれる。
「クロム・ハンクは今、ルドワルド領を出て南下、再びネルム領に向かっているとのこと。こちらはゴブリン軍を討伐に向かわせまています」
「ゴブリンならさっさとハンクを首だけの状態にしてここへ持ってきてくれるな」
「そうですね、魔王様」
あらためてこいつらに魔王って言われるとこそばゆいな。
「ですが偵察から戻ってきたハーピーの情報によれば西方よりシャルホンス軍が進行してきているようです。
油断はならないと思いますが?」
「そうだな。ゴブリン軍を二手に分けるのは得策じゃないか。リザードマンたちに行かせるか? いや⋯⋯」
「だったら俺たちにやらせてくれよ。魔王!」
聞こえてきた活発な男の声に振り向くと、その姿に驚かされた。
犬? キツネ? それらを彷彿とさせる尖った耳を頭の上に乗っけた亜人たちがそこに集まっていた。
“声が震えた”
「ケモ⋯⋯ケモミミ⋯⋯ケモミミ族」
「違う。クライム。彼らは獣人。ケモ⋯⋯?⋯⋯ケモミミ族じゃない」
「いや、ケモミミ族だ。お前らは今日からケモミミ族だ」
それよりやつらのケツにくっついている茶色い毛に覆われた物体にそそられる。
「それ触っていいか?」
「尻尾か? いいぜ」
俺はお言葉に甘えて頬を擦り付けながら遠慮なくガッツリさわれせてもらった。
「モフモフだぁ〜」
さっきからイリスが気持ち悪いものを見る目でドン引きしているが、もうおかまいなしだ。
「ハッハッハッ、魔王ってやつはおもしろいな。よくわかんねぇけど、いいぜ俺たちはケモミミ族だ。魔王!」
「そうか、気に入ってくれたならうれしいぜ」
「クライム。顔緩んでる」
「おっと」
俺は顔を引き締めなおしてこいつらと向き合った。
話を聞けばこの陽気な兄ちゃんはロイズといって若くしてケモミミ族のオサをやっているらしい。
ケモミミ族は素早い動きが特徴の戦闘民族とのことだ。
「それでうしろにいるのが、俺の兄弟、弟のロノ、ペル、ペレ、ノア、妹のモコ、リア、ニアだ」
「兄弟多いんだな」
「まだまだだ。俺たちは兄弟だけで24人はいる」
すげぇ、普通の人間とは次元が違う。
「こいつが一番下の妹だ」
人間でいうと3〜4歳くらいのケモミミがロイズの脚にしがみつきながら恥ずかしそうに顔をひょこっと出して見せた。
「まおうちゃま⋯⋯りずといいます」
“うひょー、ぬいぐるみみてぇ!モフモフしてぇ。これはもうエンドレスモフモフじゃん!”
「クライム」
イリスが送った冷たい視線が刺さった。よい、ここは自重せねば。
「よし、わかった。西方から攻めてきている奴らはお前らに任せる」
「ヨッシャー。待っててくれ魔王! 俺たちバッチリ倒してくっからよ」
「ああ、期待してるぜ。あとはハンクを倒せばリグリット村は安泰だ」
イリスはムッとした顔で俺を見やる。
「イリス、そんな顔をするな。俺はあの神殿を人間の手から取り戻したいだけだ」
「ウソ、あの女は絶対クライムを邪魔する。よくない」
「大丈夫だ」
「それで魔王は、そのハンクってのを倒したあとはどうするつもりだ?」
「ああ、このエルドルド支配地域を滅ぼし、次はフェンリファルト、そしてディフェクタリーキャッスル⋯⋯最後はこの世界すべてを支配する」
「やっぱおもしれぇぜ魔王。俺たちはどこまでもついていくぜ」
ロイズが俺の肩に手を回してくっついてくる。
こいうノリは苦手だが嫌いじゃない。なんだかあいつらのことを思い出す。
冒険者ギルドでルーリオたち仲間と一緒にバカ騒ぎして盛り上がってた頃の情景が目に浮かんできた。
「さぁ魔王! まずは一緒に呑もうぜ」
「おい、ちょっと待て、どこへ連れていく⁉︎」
「あっちでリザードマンたちが呑んでんだ。盛り上がってるぜ」
「おい、ちょっと待て。まだ軍議が⋯⋯」
「いいじゃねぇか。魔王」
ケモミミ族に強引に連れてかれる俺を見てライルたちがやれやれといった顔をしている。
「俺たちも付いてこうぜ。オッド、セレス」
「そうでありますな」
「行きましょう」
「ほら、イリスも」
「うん」
***
銀色の鎧に身を包んだ兵士たちが森の中を行軍している。
先頭を行く兵士の首に一筋の光が横切ると、その瞬間、鮮血が頭部を吹き飛ばして噴水のごとく噴き上がる。
うしろの兵士たちがその光景に慄いていると、「まずは1匹」とロイズが陽の光を背に高く飛んで、高い木の枝の上に立った。
「やっぱ人間ってのはのろいな」
ロイズの右手からは真っ赤な鮮血が滴り落ちている。
「何者だあいつは!」
「おい、頭に獣のような耳がついているぞ」
「亜人か⁉︎」
兵士たちが木の上のロイズに気を取られていると、肉を刺すような鈍い音が聞こえてくる。
ひとりの兵士が口の片端から血を垂らしてゆっくりと自身の腹部に目を落とすと獣の手が突き出ていた。
背中の方を見やるとロイズの弟ロノが立っていて、彼が腕を引き抜くと兵士は白眼を向いてその場に崩れ落ちた。
驚いた兵士たちは慌てて、槍の先端をロノに向ける。だが、その兵士たちの背後にロイズの兄弟たちが飛び降りてくる。
そしてーー
「「「「「ぎゃあああ」」」」」
兵士たちの悲鳴とともに腕や脚が宙を舞う。
ケモミミ族=獣人の武器は鋭い爪。その爪は鉄製の鎧をも切り裂く。
「おのれバケモノども!」
兜に派手な飾りを付けた隊長格と思われる兵士が剣を引き抜く。
それに続けて側近の兵士たちも槍を捨てて剣を手に取る。
「いいねぇ。俺の爪とどっちが斬れるか勝負だ」
そういってロイズは木の枝から飛び降りると、一陣の風のように兵士たちの間を駆け抜ける。
そして兵士たちの首がいっせいに吹き飛ぶ。
「いっちょあがり! 俺の勝ちだぜ」
人間離れしたロイズの攻撃に戦意を喪失した兵士たちはぞくぞくと逃げだしはじめる。
「どうした人間? 戦士としての誇りは無いのか!」
ロイズは背を向けて逃げる兵士たちの姿に呆れ「チッ」と、舌打ちをする。
「モコ! そっちへ行ったぞ!逃すな」
逃げる兵士の行く手をモコが塞ぐ。
「女⁉︎」
「美人だ⋯⋯」
「バカ! そんなこと言っている場合じゃないだろ。女だろうとバケモノだ。かまわず殺せ!」
なりふりかまわず兵士たちは槍を手に突進していく。
目の前のモコの姿がゆれる雲煙のごとく実態像が消えると、立ち込めた霞とともに漂う甘い花の香りが兵士たちの鼻を刺激する。
「なんだこの匂いは? なつかしいような」
「それより女はどこへ消えた⁉︎」
すると兵士たちの全身に複数の切れ込み走り、バラバラと崩れ落ちる。
晴れた霞の中から再びモコが姿を現す。そして茶色く長い髪を掻き分けて、凛とした切れ長の目が兵士たちの肉塊を見下ろす。
「ヨッシャー!これで全員いっちょあがりだ。それにしても、人間も数だけでたいしたことなかったな」
「ロイズ兄ィ、さっさと帰って魔王に報告しようぜ。これだったら人間より魔王と手合わせした方が手応えあるぜ」
「そうだなロノ。こいつらじゃ下の弟たちの遊び相手にもならねぇ」
ロイズたちがあっけなく終わった戦闘に手応えのなさを感じていると森の奥から叫び声が聞こえてくる。
「ぎゃああああ」
「あれはペルの声だ」
ロイズたち兄弟が駆けつけると木々にはりめぐらされた透明の糸に絡め取られるようにして縛りつけられたペルの姿があった。
「ペルッ!」
「ロイズ兄ィ⋯⋯来ちゃダメだ逃げて」
ロイズが手を伸ばした瞬間、糸がピンッとはってペルの身体はバラバラになる。
「ペルッ!」
「よう。ケモノ人間、今度は俺の糸とどっちが斬れるか勝負しないか?」
木々との隙間の陰から進み出て来たのはスパイダーフォームに変化した稲葉新一郎であった。
「よくも弟を」
「なんだこいつ。亜人に見えるけど人間なのか?」
ロノは亜人でもない人間の存在に困惑する。
稲葉は舌を出して紋章を見せつけながらロイズたちを挑発する。
「下がってろ兄弟たち。こいつの糸は俺の爪で断ち切る」
ロイズは全身に力を入れると筋肉を隆起させて構える。
そして獲物を捉えたチーターのように飛び出す。
先に仕掛けたロイズは稲葉の首めがけて右手を突き出す。
するとロイズの右腕は地面に転がり鮮血を噴き出させた。
「グッ!」
ロイズは激痛に顔を歪めつつももう一方の手で襲いかかった。
「おせぇよ」
稲葉がほくそ笑むと蜘蛛の糸を結って作られた円錐形の槍がすでにロイズの腹部を貫いていた。
「う⋯⋯」
ロイズは吐血を繰り返し、槍が引き抜かれたと同時に息絶える。
「「「ロイズ兄ィ」」」
「よくもロイズ兄ィを!」
弟たちは怒りを爆発させて一斉に稲葉に飛びかかって行く。
「だからおせぇよ」
ひとり、またひとりと稲葉の目の前で弟たちが倒れてゆく。
「言っただろ。お前たちの体にはすでに俺の毒が廻ってんだ。兵士たちを殺しているのに夢中になっていて俺の毒針に気づきもしなかったな。
安心しろ。てめぇらの身体は大事に取っておいてやるから。俺のダチに壊れるまでちゃんと使ってもらうように言っておくから」
兄弟全員が稲葉を前にして倒れる中、モコだけが残る。
「あとひとりいるじゃねぇか」
稲葉は怯えるモコに近づき、彼女の首を鷲掴みにする。
「うう⋯⋯」
「さぁ今度はどうやって殺そうかな。俺は女でも容赦しねぇぞ」
稲葉はモコの顔をまじまじと見た瞬間、衝撃が走る。
「!! 先生⋯⋯なぜあんたがここにいるんだ⋯⋯」
つづく




