第38話「ドロップアウト」
王国最強⋯⋯
俺がそう呼ばれていたのは今は昔の話だ。
冒険者稼業をはじめて2月、適当なクエストをこなしては金を得るその日暮らしをしている。
寝るところもギルドの2階にある一室を間借りして不自由はしていない。
食事も顔馴染みが世話を焼いてくれている。
求めてはないが今朝もドアをノックする音を立ててわざわざ部屋まで運んで来てくれた。
「あー、今朝の分だけど」
「そこに置いといてくれ。ノーラ」
パン、スープといった簡単な軽食を乗せたトレイをベット傍のテーブルの上に置いてもらい、支払いに置いておいたコイン2枚を引き取ってもらう。
あくびをかいているか頬杖をついているかして、普段は気だるそうに受付の仕事をしているが面倒見はいい。
「あー、ちょっと髪伸びたんじゃない?」
「そうか」
「あー、髭も整えたら」
鬱陶しいと分かっていても髪を切る気にならなければ、髭も手入れする気にもなれない。
なにもかもおっくうに感じる。
俺は生きているのか死んでいるのかーー
頭の中に靄がかかったまま漠然と過ごしている。
***
ギルドの1階は朝から騒々しくごった返している。
大勢の冒険者たちが掲示板に群がって我れ先にと高い報酬の依頼書を剥ぎとっていく。
そして受付窓口の前はすでに順番を待つ冒険者で長蛇の列ができている。
並んでいる間は前後の冒険者たちで自分たちの武勇を語らい花を咲かせている。
しかし、どんなに混雑していてもノーラの窓口だけはいつも並ばずに手続きが受けられる。
安くてかまわない。誰もやらなそうな雑用を彼女に回して貰っている。
手続きを進めている最中、ノーラは仕切りに私のうしろの方に目をやる。
「うしろに気になるものでもあるのか?」
「あー、あの子たち3日もあそこで粘っているの」
振り返るとたしかに角のテーブル席を陣取り、行き交う冒険者たちを食い入るように見ている3人組がいる。
まるで不気味だ。多少のことでは動じない俺も少しひいた。
「何をしているんだ?」
「スカウト」
聞けば3人はギルドに突然押し掛けてきて、強い冒険者を探しているとのことらしい。
「協力してあげたら?」
「けっこうだ」
関わり合いになりたくない。
とくに女の子たちの方は顔立ちからして、棘鞭の少女やナユタ少年と同じ種族だ。
関係があるに違いない。
それに短い黒髪の子の目は苦手だ。
あきらめないという目をしている。
「だいいち、あの子たちに俺をおススメできないと言ったのはノーラだろ」
「そうだったかしら」
ノーラはあの子たちに冒険者等級の仕組みを教えたそうで、それからああやって冒険者が身につけているプレートの色に目を凝らしているようだ。
ここの冒険者たちはプレートの色で自分たちの優劣を判断する。
***
あれはめずらしく1階のテーブル席で酒をあおっていたときのことだ。
銀のプレートを首からぶら下げた男が声をかけてきた。
「なぁ、あんた強そうな得物を持っているじゃねぇか。どうだ俺たちのパーティーに入らねぇか?」
男は、横に立て掛けておいた“聖剣トライトエール”に目をつけて声をかけてきたようだ。
無視して酒を口に運んでいると青年がやってきた。
「イドル、よく見ろこいつ鉄だぞ」
男は俺の首許に目を落として、おののくように立ち上がった。
「マジかよ⁉︎ 紛らわしいもん武器にしてんじゃねぇよ。見掛け倒しもいいとこじゃねぇか」
「なぁあんた 、俺は“頼れる剣”のリーダー、オルタ・ヴォルグだ。駆け出しのあんたにいいことを教えてやるよ。
俺たちは銀以下は冒険者だと思っちゃいねぇ。とくに鉄なんかクエスト中、うしろでチョロチョロしているかヘマやらして、いらねぇフォローをさせるかして迷惑をかける。こっちはそのために無駄な体力を消耗して、高い回復アイテムがパー、挙げ句、クエスト失敗とかロクなことにならねぇ。どこぞのボンボンか知らんがこんな大層な剣を持って形から入っても無能はパーティーで恥かくぜ」
勘違いしておいて、ひどい言われようだな。
そんな青年は金のプレートを首からさげている。
俺はプレートの色に興味はない。その日を過ごせるだけの金が手に入りさえすればそれでよい。
“頼れる剣”といったか、先日も貢献度が低い仲間を追放していたのを思い出した。
彼らがプレートの色にこだわるのは、エイドリッヒ公爵が白金等級の冒険者を勇者待遇で側に置いたことからはじまっている。
勇者は、冒険者を見下している騎士よりも上の位で厚遇されるので、彼らが躍起になるのも当然だ。
しかし、あれは冒険者をしていた妾の子を夫人にバレずに側に置いておくための苦肉の策に過ぎない。
白金になったからといって勇者にしてもらえる冒険者は後にも先にも現れないのだ。
しかしこのギルドでは等級主義が過熱しすぎている。
オルタと名乗る青年は俺のとなりに座るなり腰を据えて自慢気に語りはじめた。
「この間、村の家畜がモンスターに殺される騒ぎあっただろ? 鉄の冒険者たちがこぞって討伐しに行ったけどみんな失敗して戻ってきた。
仕方ねぇから俺たちが行ったらなんてことはない。ザコ1匹だ。どうしてどいつもこいつもあんな下級モンスターに手こずっていたのやら」
高い難易度のクエストをこなせばそれだけ高い報酬も得られて等級も上がりやすい。
俺もノーラに頼まれ被害の様子を見に行ったが、殺された家畜たちはモンスターの牙というよりは鋭利な刃物で殺されたような痕があり違和感を覚えた。
首を突っ込むのも面倒だったのでギルドには特に報告しなかったがどうやら下級モンスターの仕業と見せかけて牧場を荒らし、
解決に来た冒険者たちを襲ってはクエストを失敗させて難易度を不当に吊り上げているらしい。
案の定、ギルドがクエストの難易度を上げて報酬を増やした途端にモンスターが討伐され解決した。
なるほど。彼らのプレートは虚飾に塗られている。
***
牧場近くの草原までやってきてキリングウサギの駆除を行った。
40匹ほどの始末を終えて帰ろうとしたとき、丘の方からはしゃぐ女性の声が聞こえてくる。
振り向くとやはりあの子たちがいた。
ノーラがこのクエストを勧めてきた理由がなんとなくわかってきた気がした。
子供のお守りをしろというわけか。
あいにく向こうも相手してくれる冒険者を見つけたらしく、師事を仰いでいるようだ。
さっきから見ていればあの黒髪の子は剣の扱い方もおぼつかない。
あれで冒険者を集めていったい何と戦おうというんだ。
しかし、あの目はなんとかならいか。
さっきから『めげそうだ』と、何度も口にしていても目の輝きが失われていかない。
むしろ強くなってきている。
どうしてなんだ。あの目が俺をムシャクシャさせる⋯⋯
***
キリングウサギの討伐で3日分の報酬を得た俺は日がな一日、ベッドの上で過ごすことに決めた。
しかし黒髪の子の目が頭から離れない。うまく寝付けず嫌な汗をかく。
目を閉じれば靄がかかった頭の中で強い光を放ち続けている。
前も後ろも右も左も分からない靄の中を走って逃げた。あの光が届かぬ場所へ。
俺は死に場所を求めていた。だけど死ぬことが叶わずこうして生きながらえている。
辺り一面の白い靄の中は生き残ってしまった俺への罰なのか?
燃え盛る城を前に見ていることしかできなかった俺への。
どうしてあのとき、光が失われていないあの目から彼女の考えていることが読み取れなかったんだと
終わりのない後悔にもがき、頭をかきむしり、声を上げる。
”⁉︎“
ハッと目をこじ開けた。気がついたら夢を見ていた。
おまけにうなされていたようだ。それより驚いたのは、目の前にあるはずの天井はなく、ノーラの顔がある。
「ノーラ⋯⋯メイドに教わらなかったか? 男の上に覆いかぶさるのははしたないと。ウェルス王国の第一皇女様」
「あいつらが話しているのを聞いた。あの子たちが向かったダンジョンに急いで!」
「落ち着け。どうしたんだ急に⁉︎ あの3人のためにどうして俺が働かなければならい」
「あんたしかいない。起きて。“頼れる剣“の奴らはタチが悪い。初心者向けのダンジョンと偽って未攻略のダンジョンを勧めたの。
あいつらは攻略のためにあの子たちをトラップの囮に使うと話していた」
ノーラの目が黒髪の子と同じ目をしている。
彼女がここまで真剣になる姿はいつぶりだ?
「その目で俺を見ないでくれ」
顔を横に向けて彼女から目を逸らした。
「リリーシャの目なんだその目は。どんなにつらいめにあっても変らない。決して折れないという強い眼差し。
あの黒髪の子も同じ目をしていた。恐いんだ俺は⋯⋯みんなその目で俺に期待をかけてくる。だけどその期待に応えられたことは一度もない。
もう俺を静かに死なせてくれ⋯⋯」
「このカッコつけ!」
打たれた。
「死に場所を探しているなんて言って一向に死ぬ気なんてないじゃない。いっつも私が運んできたギルドマスターの手料理を食べて、
フカフカのベッドで寝て、怠惰を貪っているじゃない! もっと働け!」
目が点になった。2つ驚いたことがあった。
怠惰を絵に描いたような女に働けと言われたことーー
そして食べていた手料理はおっさんが作っていたということーー
「あんたの死に場所なんてこの世界のどこにもない。あったらリリーシャはあんたを置いて先に死んだりしない」
「教えてくれ、どうしてそこまであの子たちに肩入れするんだ?」
「あの子たちは私に”ありがとう“と言ってくれたのよ。そんなこと言われたら死なせたくないじゃない」
そういって彼女は目から大粒の涙をポロポロとこぼした。
「安心しろ。“私”を誰だと思っている」
「もちろん知ってる。ウェルス王国最強の戦士で、メンタル最弱のヘタレ。ディルク・ライザーよ」
「⋯⋯後半ははじめて聞いたぞ」
「ーーあー、王宮の中じゃそう呼ばれてたけど⋯⋯」
「やっぱ死ぬ」
「めんどくせぇ⋯⋯」
***
握ったトライトエールを勢いよく振り下ろす。
縦に入った一筋の光が、靄のかかった真っ白な世界を真っ二つに割った。
割れて出た向こう側の世界にあの黒髪の子の姿があった。
***
「聖剣トライトエールに斬れないものは無い!」
真っ二つになったムカデ型モンスターの向こう側から気力のない冒険者さんの姿が現れた。
眩い光を放つ鉄のプレートにオルタさんは驚く。
「バカな⁉︎ あの鉄が!」
そのときオルタさんの首筋に刃が突きつけられる。
気力のない冒険者さんはすでにオルタさんの背後に立っていた。
まるで瞬間移動だーー
「見誤ったな。冒険者をプレートの色でしか判断していないから相手の真の強さを見計れない」
「いったい何モンなんだあんたは⋯⋯」
「ウェルス王国最強の戦士ディルク・ライザーだ」
その名を聞いた瞬間、オルタさん力なくその場にへたり込んだ。そして隠れていたパーティーメンバーたちも。
「ウソだ⋯⋯鉄が最強の戦士なんて」
気力のなかった冒険者さんは、覆っていた前髪をたくし上げその力強い目を私たちに向けてくれた。
次の日ーー
なんとウェルス王国最強の戦士ディルク・ライザーさんが私たちの一行に加わった。
そしてーー
「ルメリアさん、私たちのパーティーに入ってくれますか?」
ノーラさんが受付から見守る中、もう一度彼女にアタックした。
ルメリアさんは数秒沈黙したのち「ごめんなさい」と深々と頭を下げた。
「やっぱダメですか⋯⋯」
「ルメリア! それってもう一度俺たちとやり直してくれるってことか⁉︎」
縄に繋がれたオルタさんが取り調べ室から飛び出してきた。
彼ら”頼れる剣“のメンバーはこれから騎士たちに連行されるのだ。
「ごめんなさい。私、冒険者を引退するの!」
「「ええッ!」」
私とオルタさんは声を揃えて驚いた。
「私ね。ここのギルドマスターと結婚するの」
「「えッ!」」
二重に驚いた。オルタさんなんかこの世の終わりというような顔をしている。
「私、歳上が好きなの。白い髭を蓄えてポッチャリとしたおじ様が私の好みで。料理が趣味なとこがまたかわいいの」
あ⋯⋯さっきから後ろで顔を赤くしているおじさんがそうか。
オルタさんは力なく引きずられながら騎士たちに連行されて行った。
***
魔王と戦うと決めたときから私にはどうしても仲間にしたい子がいた。
赤絨毯が敷かれた屋敷の廊下を突き進む。
突き当たりの大扉の前にたどり着いくと思いっきりその大扉を開いた。
「いつまでそうしているつもり!」
暗い部屋の中でうずくまる彼女に、私は煽るように言葉をかけた。
「ミレネラ・ドートス」
つづく




