第35話「魔王軍襲来」
鼻をさすような焼け焦げた臭いが漂う、
辺り一面の瓦礫の山を俺は進む。
“村が敵に囲まれている!”
3日前、東堂からの知らせに、待機していた屋敷を飛び出して森へと向かった。
村全体は森に囲まれている。敵であるハンク軍が攻めてくるとしたらハンク領がある方角、
おおかたの目星をつけて森の中を警戒して廻ったが、2千人と聞かされていたハンク軍の兵士たちの姿はひとりも確認できない。
物陰に潜んでいる様子もなく、人の気配を感じない。
鳥がさえずる声と木々の枝葉が風に揺れて擦れ合う音だけが聞こえる。
森の中は普段と変わりはない静けさだ。
本当に敵が攻めてきているのか?
『そんなはずはない! もっとよく探して東坂』
半信半疑になりつつも、東堂のただらぬ声色に俺は見えぬハンク軍の姿を追った。
気がつけば境界線を越えてハンク領側へ入っていた。
森を抜けて崖の上に立つと、そこからはハンク子爵が拠点としていたハンク領の中心地が一望できる。
目に写ったのは、あちこちに黒い煙が立ち上り、建物だったものが瓦礫と化した光景だったーー
***
リグリット村の襲撃を命令されていた兵士たちは瓦礫の下に埋もれ、その隙間から腕だけが出ている。
この街でハンク軍とハルト率いる魔王軍との戦闘があった。
ハンク子爵が住んでいた屋敷は跡形も無くなり、軍は壊滅。結果としてリグリット村は救われた。
だが素直には喜べない。
関係の無い多くの一般の人たちまでもが犠牲になってしまっている。
舞踏会から戻った月野木たちがルース城で起こった出来事を話してくれた。
俺が何より驚いたのはハルトのことじゃない。
この異世界でどんな逆境におかれても失うことはなかった月野木の眼の輝きが失いかけていることだ。
***
3日前ーー
紡木美桜が右の手の指を揃えてのばし手刀の形をつくると、水を発生させて水流の剣を作る。
「右条ォーッ!」と叫びながらバルコニーから飛び降りてクライム・ディオールに斬りかかる。
クライムは、平然としたままオッドが姿を変えた盾を取り出して紡木美桜の一撃を受け止める。
「よくも田宮さんを!」
紡木美桜は目尻に涙を溜めて怒りに満ちた形相をクライムに向ける。
普段、感情を表に出すことはない、彼女が感情を剥き出しにして剣に力を込める。
だが、戦車の装甲を彷彿とさせる鋼の盾には傷ひとつすらなつかない。
鍔迫り合いがつづく2人の間に一筋の閃光が走る。
その瞬間、紡木美桜の右腕が宙を飛ぶ。
「ぎゃあああッ!」
悲鳴に等しい呻き声をあげ、紡木美桜は大量の鮮血が噴き出した腕部を抑えながらその場にのたうちまわる。
「田宮もそうやって痛そうにしてたぜ」
「クソがあッ!」
意識が遠のいてゆく紡木美桜のもとに白いローブを着た人物が駆け寄る。
月野木天音は、その人物の正体に気づき名前を呼ぶ。
「椿君⁉︎」
ヒーラーの椿翔馬はすぐさま紡木美桜に斬り飛ばされた腕をくっつける処置を施す。
「右条君、僕たち同級生でしょ? なぜこんなことをするんですか」
天音もクライム・ディオールに向かって投げかける。
「そうだよクライム君!どうして亜人を引き連れて人間を襲うの!」
「お前たちにいいことを教えてやる。この世界はかつて亜人たちのモノだった。だが、ある時から人間たちが平和に暮らす亜人たちを武力で迫害しこの世界を侵略した。
亜人たちはこの世界の支配者のように振る舞う人間から下等な扱いを受けながら最果ての森でひっそりと暮らしてきた。だがそれももう終わりだ。
ディオールの名を受け継ぐ俺が、こいつらのために魔王として人間たちを駆逐する。そして人の支配より亜人たちを解放する。俺はそのために戦う!」
「おおおお!」
歓喜と歓声。魔王クライム・ディオールの宣言に亜人たちが沸き立つ。
そして気持ちが高ぶったゴブリンたちは逃げ惑う市民たちを背後から女、子供の区別なく斬りつけはじめる。
あちこちで悲鳴と血飛沫が交差する。
逃げる人たちの中には市場でアクセサリーを売っていたおばさんの姿があった。
あのとき親切にイヤリングを勧めてくれたおばさんがゴブリンの手にした剣によって犠牲になる光景が
天音に強い衝撃を与えた。
***
魔王軍はルース城を陥落させてさらなる侵攻を進めた。
そしてハンク子爵は、追いやられるように旧ヴィラム領まで落ち延びた。
月野木は領主屋敷にゴーグ長老ら村人たちを集めて
「ハンク子爵たちを救うために魔王軍と戦う」と宣言した。
どうしてハルトが亜人の親玉になってこんなことをしているのかは見当がつく。
だけどこんなやり方、月野木が一番望んでいないぞ。
ハルト!
***
私はあかね、ミザードさんとエイドリッヒ公爵領にある冒険者ギルドへやってきた。
強い冒険者を誘って魔王を討伐するためのパーティーを作るためだ。
ゲームで得た定番の発想だけど、ハルト君だったらこうするはずだ。
一緒にプレイしたMMORPGでハルト君から教わったやり方をハルト君を倒すために使うんだからなんの因果だろうか。
さっそく中へ入って、空いている受付のお姉さんに声をかけてみた。
「あの、このギルドで等級の高い冒険者さんを紹介して頂けませんか?」
「あー、スカウト? だったらそのあたりで酒を飲んでいる冒険者に好きに声かけていいわよ」
受付のお姉さんは、あかねに負けず劣らずの胸を台の上に乗っけて、気だるそうに頬杖をきながらテーブル席の方へ指を差した。
「いいんですか?」
「あー、ただしギルドを通さないから報酬はそっちで面倒見てね」
受付のお姉さんの態度がイメージと違うけどさすがにすべてがゲームのようにいかないか。
「ちょとどいてくれないか」
冒険者の男性が割り込むように入ってくる。
「依頼は達成した換金を頼む」
「はいはい」
目の前に立った冒険者の男性は背が高く屈強な身体つきをしていて素直に強そうだと感じた。
「ねぇねぇ天音、この人に声かけてみない? なんだか強そうだし」
私たちのヒソヒソ話が聞こえたのか男性がこちらを向いた。
男性の顔は無精髭を生やし薄緑色の髪で目許を隠していて表情が読み取れない。
わずかな隙間からのぞいてみえる男性の目はどこか儚げだ⋯⋯
「この人はオススメしないわ」
受付のお姉さんがそういうと、冒険者の男性は「じゃあな」と、立ち去ってしまった。
「あ! ⋯⋯」
「領主様、この街にウェルス王国最強の戦士ディルク・ライザーがいると噂を耳にしました。探してみませんか?」
肩を落とした私を見兼ねてミザードさんが励ますようにアイディアをくれた。
「よし、仲間探しはこれからね。行きましょう」
まずはギルド内で情報収集から。基本よね。
***
天音たちが受付を離れると、気だるそうな受付の女性は冒険者の男に投げかける。
「噂になってるわよ」
「それがどうした」
男は静かに答えてその場をあとにする。
つづく




