第30話「爵位カースト」
戦闘を終えて私は単騎、馬を走らせてアルマンの居城に戻る。
「お帰りなさいませ」
城に着くと、さっそく我が弟子アルデルトが出迎える。
「ハンク勢の騎士長級の首を3つ取ってきた」
「さすがウェルス王国最強の戦士、ディルク・ライザーですね」
「よせ、王国ひとつ守れなかった男だ。今も国王から授かった剣が泣いているのだ」
私は背中に横向きにして挿した聖剣トライトエールをさすりながら窮状を嘆く。
王国はフェンリファルト皇国の人外とも言える攻撃に晒され太刀打ちできないまま一週間も経たないうちに降伏した。
敵は決して大軍勢なんかではなかったーー
はじめは目を疑った。攻めてきたのはわずか10人程の少年少女たちであった。
武器や身体の一部から魔法のような光弾を放ち、15万はくだらなかった王国軍の軍勢を瞬く間に葬り去った。
そして勇者とまで讃えられた私が戦場で対峙した少女に恐怖心を抱いてしまった。
黒い棘鞭を手にし、ケタケタと笑いながら血を欲するような紅い眼光を向けられた瞬間、トライトエールを握る私の手の震えが止まらなかった。
気づけば後退りまでしていた。
屈辱であったーー
生きてその場から逃げられたときは安堵した。
戦士として恥ずべきことをしたという罪悪感すらその時は浮かばなかった。
周囲から聖人君子のように扱われてきた私がこれ程にも卑怯で醜かったのかと思い知らされた。
今持って彼女の目を思い出すたびに恐怖が支配する。
守るべき王国を失い、自尊心まで失った私は、喪失感に打ちのめされながらも、王国が滅びても尚、激動に抗い続ける故郷アルマンに一縷の希望を抱き戻ってきた。
「よくまいられた。ゆうしゃディルクよ」
たどたどしくも無邪気な声の主はアルマン家の現当主リチャール・アルマン。
僅か6歳でありながら家督を継ぎ、目の前の玉座に鎮座している。
その傍らには母であるリリーシャ・アルマンが寄り添う。
アルマン家もまた激動に飲み込まれた。
嫡男のリチャールがこのようにまだ幼いうちに、先代当主ルイール・アルマンが35歳の若さで
ダルウェイル国との戦に敗れて戦死。アルマン家の衰退がはじまった。
きっかけとなったダルウェイル国ですら今はもうない。
今持って尚、地図が塗り変わり続ける激動にあるということだ。
リチャールは当主といえど年相応に人見知りをする。
古参の家来でもなかなか心を許してもらうのが難しい。
だが、幸いにしてリチャールは私を書物に出てくる絵空事の勇者を見るように慕ってくれている。
「ディルクよ。アルマンは勝てるか?」
屈託のない無邪気な質問に私よりリリーシャ夫人の方が困惑している。
「勝てます」
私ははっきりと宣言した。
「まことか?」
リチャールは目を輝かせた。
「はい。そのために私がここにいるのですから」
多くの大人たちがこの質問に答えをはぐらかし続けて来たのであろう。
「いいですかリチャール様。敵は化け物と言っていいほどの人外の力を有していますが、戦は素人とお見受けします。力を過信しているがゆえ、陣形を碌に組まず、横に広く伸ばしているだけ、それを我が手勢が夜明けとともに斜めからつけば、敵は意表を突かれて一気に乱れましょう。
そこに我らの勝機があります」
「おお!」と、リチャールは感嘆の声をあげながら拍手する。
きっと私が説明したことの8割は理解していないのであろうが私の声色が彼を納得させたんであろう。
「クスッ」
リリーシャ夫人が堪えきれず笑いはじめた。
「ディルク、あなたが申せば、私まで本当に勝てそうな気がしてきました。さすがです。自信に満ちたあなたは昔と変わらない⋯⋯」
私とリリーシャ夫人は同じ村で生まれ育った幼馴染だった。
先ほどまで険しい表情をしていた彼女が昔と変わらない優しい笑顔を見せた。
新たな主君との約束を果たすべく、わずかな手勢で作戦を決行した。
アルマンが勝つために思案を巡らせている私はかつて⋯⋯
“アルマンなど滅んでしまえ”
と、願っていたことがあった。
***
「これを見てくれ」と、アルデルトに戦利品を差し出した。
「手甲⋯⋯ですか?」
「敵兵から剥ぎ取ったものだが、いささか気掛かりになる印を見つけてな」
私は円形に刻まれた印を指差しアルデルトに説明した。
「たしかに、これはいったいなんでしょうか⋯⋯」
「分からん。だが向こうは皆、この印が入った防具を身につけていた」
「もしかしたら、あいつらの化け物じみた強さのヒントになる。ということですね」
「おそらくな。試しにこれを付けて戦ってみたいと考えている。アルデルト、出陣の準備だ」
「は、はい!」
「今朝の襲撃で敵が混乱しているうちに畳み掛けるぞ」
***
「籠城だ」
リヴァル・オルトロス公爵が出陣を拒む。
「戦うなら今が好機。ミスミス逃すわけにはいかない」
「先ほどの軍議にて“籠城”することが決まった!ディルク卿、勝手な振る舞いは謹んで頂こう」
「軍議だと?」
「開かれていたなんてそのような話は聞いておりません」
アルデルトが食い下がる。
「そうだ」とアルマン家の家臣たちも同調する。
「ディルク卿が不在だったが急を要するため、致し方なく我ら王国騎士団だけで開かせて頂いた。
それに田舎者たちの意見など聞いても心許ないから場には不必要だと判断した」
「これはアルマン家の戦。長きに渡りアルマン家に仕えてきた家臣たちを蔑ろにするのは如何なものか!」
アルマン家の家臣たちはディルクの言葉に押され、一気に不満の声をあげる。
場が騒然とする。
「黙れ! 我らは国王直属の王国騎士だ! しかも私は王国軍師団長まで務めている。ウェルス王からの覚えめでたい我に逆らうとは、身のほど知らずと知れ! 」
「オルトロス公爵、何故籠城なのですか? 籠城して勝てる見込みあるのか!」
「あるさ。あるからやると言っているんだ! 砦の強化が完了した!兵糧は尽きることなくトゥワリスから入ってくる。我らはただ、敵がこの難攻不落の城の攻略に苦しむ様を眺めていればいい。我々が兵を為損ずることはないんだ。何が不満だというんだ。敵なら疲弊したところをいくらでも叩けるだろ」
「落としどころはどうするおつもりだ?」
「は?」
「ここでの戦をしのいだとしてもフェンリファルト皇国は巨大だ。大国をひっくり返すまで戦い続けるつもりか? 無謀だ!」
「それがどうした? その程度の気概しか持ち合わせずにここにいるのか? ウェルス王国最強の戦士が聞いて呆れる」
「気概でどうこう治る次元じゃない。現実を見ろ」
「だったら教えてくれ。王国最強の戦士が考える現実ってなんだ」
「敵陣をかき乱し戦を優勢に運ぶ、敵将の首がひとつでも討ち取れればなおのことよし。そこでフェンリファルトに和睦を申し出る。我らの力がわかれば相手も下手に出てくる。
そうなれば我らは優位に交渉ができる。アルマン家がハンク勢に劣るような扱いはされないはず。アルマン家の面目が保たれる」
「手緩いは! ハンクは討ち滅ぼすんだよ! そのための籠城だ」
オルトロス公爵は私の耳に顔を近づけて囁く。
「アルマンのためと仰ったが、そなたも国王の剣ならば、我らは国王の無念を晴らすために戦っていることをゆめゆめ忘れるな」
「忘れてなどいないさ。だからこそ、この戦は短期決戦で済ませるべきだ!」
「言わせてもらうが、あんたは死に場所を求めているだけだ! そのような者に兵士たちの命を預けられるか! だから籠城だ!他の連中も戦いたければ戦えばいい。ただし、城を出たらもう戻ってくることは許さん。敵として始末する」
***
「この戦争は出来うる限り長期化してもらうのが望ましいーー」
ディフェクタリーキャッスルに戻った陽宝院光樹は執務室でひとりスマホを手に通話をしながら
思案を巡らせている。
「エルドルド支配地域の混乱が長引けば、僕がこの争いに介入することができる。
そうだ。7人会議へのメンバー入りは稲葉くんにとって荷が重いということを分からせなくてはいけない」
***
「王国騎士だからって偉そうにしやがって」
アルマン家の家臣や兵士たちは不満を漏らしながら食事をとる。
一杯の白米にわずかな具材の入ったスープをすする。
到底、長期戦を維持できるようなモチベーションではない。
「まったくですよ。オルトロス公爵は威張ってますけど、フェンリファルト皇国が攻めてきたとき兵を置いて真っ先に逃げたのあの人ですから」
アルデルトも食事に交わり彼らの溜飲を下げてくれている。
戦う場所を求めてアルマン家に参集した王国騎士たちは上流であることをひけらかし
アルマンの者たちを差別して、横柄な振る舞いを見せた。
オルトロス公爵はリチャールの後見人を自称しアルマン家を乗っ取る。挙句リチャールの名を使って
エルドルド支配地域の新しい支配者である知事に対して反抗の意思を示した。
彼が自らの地位や名誉を鼓舞するためにこのドロ沼を生んだと言っても過言ではない。
気掛かりがひとつある。
今朝の奇襲は極一部のものしか知らない。どうしてオルトロス公爵たちに漏れたんだ⋯⋯
考えられるのは、窓際でポツンと食事をしている少年だ。
小柄で無口な彼だが、どうにも気になっていた。
黒い瞳に黒い髪⋯⋯人種は王国を襲った10人の少年少女に近い。
それになんだ、あのやたら袖の長いヒラヒラした服は?
腰に装備した剣も曲線を描く独特な形をしている⋯⋯アルマンどころかウェルス王国の生まれではないことはたしかだ。
「なぁ、そこの少年。前から気になっていたのだが、その剣は珍しい形をしているがどこで手に入るんだ? トゥワリスか?」
「日本刀⋯⋯を模して同級生が作った」
「は?」
少年はスッと立ち上がり私の目の前から立ち去ろうとする。
「ちょっと待て」
「ん?」
「口数が少ない割に随分とおしゃべりなんだな?」
「何言ってんの?」
「俺たちの計画をどうしてオルトロス公爵にしゃべった?」
「同級生を守るため。おじさんがリチャールを守りたいと思うのと同じ。月野木天音、彼女も居場所を失おうとしている」
「さっぱり分からん⋯⋯」
***
「これでおあいこだね」
少年に連れられ暗い地下牢へと案内される。
「少年、おじさんをこんなところに連れてきてどうするつもりだい? まさかと思うけど閉じ込めるつもりじゃないだろうね」
「違うよ」
「安心していいのかな?おじさんは⋯⋯」
これでも私は32である。
「なゆた⋯⋯僕は如月那由多。少年じゃない」
「ナユタと言うのか。私はディルク・ライザーだ」
「知ってる」
「ああそうか⋯⋯」
「ついたよ」
少年は一番奥の牢屋に立ち、手持ちのランプで中を照らす。
中を覗き混むとよく知る人物が横たわっていた。
「ギルティウス!」
扉をこじ開けて彼のもとに駆け寄った。
「ギルティウス!そなたのような者がなぜこのようなところに閉じこめられているんだ!」
彼は先々代の頃からアルマン家に仕える重鎮的な家臣である。
完全に衰弱しきっている。
「ディルク殿⋯⋯オルトロス公爵が⋯⋯」
***
リヴァル・オルトロス公爵は一室で側近たちを集めてワインを片手に宴会を開いていた。
「随分と贅沢ですね」
私の声にビクッとするオルトロス公爵たち。
私が姿を表すと表情を変える。
「ディルク卿、こんな時間になんの用だ。我々はこれからの長期戦に備えて親睦を深め合っていたところだ。
一緒に混ざるかね?」
「アルマンの兵たちがわずかな食事で我慢しているというのになんという有様ですか!」
オルトロス公爵は「ハハ⋯⋯」と笑って机を大きく叩く。
「我らは国王の直属家臣だぞ!そんな見窄らしい物を食べていたら下級の奴らに示しがつかんだろ」
「アルマン家の金を使い随分な言いようですね」
「ディルク卿ともあろうお方が私を罪人扱いとは無礼な!証拠はあるのですかな? そうまで言い切るのなら。無ければ首が飛ぶだけでは済まぬぞ」
アルデルトが私の合図に合わせてギルティウスを連れてくる。
「ギルティウス殿は長年アルマン家に仕え、出納を管理していました。
あなたは金を差し出せと強要した挙句、拒むギルティウス殿を地下牢に閉じこめた。
リリーシャ夫人やリチャール様には忠臣の鑑であるギルティウス殿が金を持ち出して出奔したと不名誉な濡れ衣を着せて、嘘の報告までした。
そこからアルマン家の資産を使って好き放題だ!
出入りしているトゥワリスの商人を捕まえて聞きましたよ。
随分とご立派な武器をたくさん購入されたんですね!”籠城“するなら使わないでしょう?
もったいないから私たちが使わせていただきます」
アルデルトの合図で武装したアルマンの兵たちが一斉に入ってきてオルトロス公爵たちを取り囲む。
「き、貴様らこんなことしてただで済むと思うなよ!」
「血迷ったか!ただ済ませて欲しかったらまずは黙れ。背後にいる誰と何の約束をしたか知らんが、”籠城“はあんたたちだけでやっていろ!」
***
「出せ! 出せ!」
オルトロス公爵たちは地下牢に閉じ込めた。
この者たちは戦を長期化させることを条件にフェンリファルト皇国で重用されることを持ちかけられていた。その程度の忠誠心でよく国王直属の家臣、王国騎士などとのたまわれたものだ。
「そこの鉄格子から私たちの戦いを眺めていてください」
「チクショー!! おのれディルク!」
***
「ナユタ、私についた方が君の背後にいる誰かにとっても為になると伝えてくれないか?」
「分かってる。彼女のためになるなら陽宝院は理解してくれるはず」
「ありがとう」
***
「行くぞー!」
私の掛け声にアルマン兵たちのボルテージが高まる。
「おお!」という兵士たちの勇ましい声が地鳴りを上げる。
城門がゆっくりと開くーー
私も騎馬隊の先頭に並び、戦場へ一斉に駆け出した。
つづく




