書き換えられたキオリ
前回のあらすじ
キオリの精神が過去に飛んだ。
1月10日
誤字修正。
アルデバランが取り出したのは、魔王が記載されている本でその中に名前以外はクエスチョンマークでしるされている部分があったが、唯一記されている名前にはヘルモーズと書かれていた。
「あのキオリがヘルモーズ!?」
「キオリの外見ではないのは僕が保証するが、それ以外は思い出せないんだ。全員がヘルモーズの姿形は見たはずなのに、何故か誰も覚えていない。靄が掛かったような感じだ」
アルデバランの言葉にドーラは真面目に、そう答えつつ
「それにキオリがヘルモーズだというのにそれを結びつける証拠がないんだ。ただの妄言でしかない。それだけ確証も確信もない」
外見が違うということはドーラは保証をしているが、それに確固たる証拠がないのでドーラは非常に困惑していた。
「訓練するなら構わないぞ。見物だけになるが、その情報をキオリに渡すことは可能だからな。だから訓練していてくれ。スズカとドロシーとイザールが集まった時に、キオリの精神がいつ戻るのかということを話そう。それまで僕はキオリの振りをしておくぞ」
ドーラの言葉にアルデバランは頷いてから
「これ以上の延長すれば、魔王の帰還に影響が出てしまうな…………。ソフィ、ラーシュ、カズキ。それでいいな?」
そう言えば、3人は困惑した表情を浮かべたものの先延ばしにも影響があると考えて訓練を受けることにした。
記憶喪失という前提でトールに出逢った俺、キオリ改めヘルモーズがトールに案内されて連れてこられた場所は、謁見室であった。淵が豪華な紫色の絨毯が床に玉座に向かって伸びていた。
(あんまり、あそこより変わらないようだが、ここが魔界の魔王がいる場所か?)
などと思っているとトールは
「アトゥム様。道端で倒れていた人物を拾いました」
そう言って膝を床について首を垂れる。首を垂れるってことは偉い人だよな? 俺は空気を呼んで首を垂れた。多分困惑していたと思う。
「……………名を何と申す」
小人より同じかそれより上かの声音だと俺は思った。
「記憶喪失だったので、僕がヘルモーズと名付けました」
トールがそう言えば、
「……ヘルモーズ。顔を上げよ」
と言われて一瞬誰の事だと思ったのだが、俺のことだと思い至り顔を上げた。
魔王の姿は普通の一般人と変わらないと思った違う所は黒い角が生えていることと爪を切ってくれと思うぐらい黒のマニキュアで塗られた爪と白いギザギザの歯だろうか。
「なるほど…………。トール。貴様は下がってよい。ヘルモーズはこちらで面倒を見る」
「! ありがとうございます」
トールはそう言って立ち上がった後アトゥムと呼ばれた男性にお辞儀をしたのち、俺を見てから笑顔でほほ笑んだのちその場から去っていった。
「ティアマト。人体実験は成功のようだぞ」
人体実験? と口に出す前に
「まぁ! まぁ! なんということでしょう! わたしの最高のッ人体実験が! 成功しないはずはありません! ああ、最初こそは初めての失敗作だと思って破棄しようと思いましたが、うふふふふ! 素晴らしいわ! アトゥム様。これはわたしが育ててもよいのですね!?」
やたらとテンションが高いポニーテールをして黒色の白衣のようなコートを着た女性が俺の手を掴みながらそうアトゥムに尋ねれば
「勿論。構わん」
そう言っていた。その表情はいつものかという風な表情である。これって日常茶飯事のことなのかと思いつつ戸惑っていれば彼女は
「わたしは、貴方の創造主であるティアマト。お母さまかママって呼んでね。さ、こっちに行きましょう。男の子に創ったのだけど、女の子の顔っぽくしたから問題ないはずよ。女装でもして少しお散歩でもしましょう!」
「じょ!? 人前じゃなければ女装は許可するんで、人前だけではやめてください!」
女装って、高校の文化祭でメイド服を俺以外のクラスメイト全員に押し切られて着たことはあったがあれはあれで恥ずかしいんだからな!?
「人前じゃなければいいのね!? うふふふふ。許可はとれたし、室内の時は女装をお願いね。さ、行きましょうヘルモーズ。ヘルちゃんっていいかしら? まずは服選びからね。では、アトゥム様、失礼します」
「あ、えっと、失礼します」
ティアマトにつられて返事をすればアトゥムさんは頷くだけで可哀そうにと同情の視線を送られたのは気のせいだと思いたい。
ティアマトに連れてこられた場所は、いろんな薬品などがある研究所を通り過ぎた奥の衣裳部屋。フリルや女性らしい色合いが並べられていた。
「破棄する予定だったから、襤褸布のままだったけれど、少しマシな衣装があるといいわね。といってもここはわたしの衣裳部屋。趣味の服しかないけれど、とりあえずこれで我慢してくれる? 下着は男物がいいでしょう?」
「あ、はい」
下着まで女ものだったら流石に逃げている。いろいろとアウトだ。
「いろいろと検査をしなければなりませんし、動きやすい服装がいいですわね。このボレロとかどうかしら? 色合いは青と赤と黄しかないけど」
「あー…………その。好きなようにしてください。そういうの分からないんで」
「まぁ、確かにそうよね。じゃあ、このAラインワンピースにボレロを合わせましょうか。ゴシック迷彩の服とか人前に出ても恥ずかしくないわね」
ということで選ばれた服装は白のレースが入った青のボレロ、ゴシック迷彩のAラインワンピースに白のレースの靴下に桃色のフラットシューズである。
「靴下と靴の色が全く合わないけれど可愛さは増したわね。お外ではこういう恰好をしていきましょう。髪も少し切りましょうか。毛先が床についていて清潔感がないわね。わたしと同じ腰ぐらいにして切り落としましょうか」
ティアマトは慣れた手つきで俺を椅子に座らせてはさみを手に持って長かったらしい髪をチョキチョキと鼻歌を歌いながら切りはじめた。髪が長いというのはここにきて初めて知った。服を着る際に普通だと思ったんだが、俺が見ている視線と周りからは違うのか? と少し悩む。
(この鼻歌って…………。トウヤが口ずさんでいた曲だ)
と懐かしい思いになりながらそんなことを考えていれば
「はい。終わり。うんうん。我ながらいい出来栄えね。画家に連絡してこの姿残しておきましょうか。じゃあ、次ね」
椅子から立たされてから鏡の前に移動させられる。
「さ、わたしの言葉を繰り返してくださいね」
「え、あ、はい」
「『わたしは』」
「わたしは」
「『全ての記憶を消去し』」
「すべてのきおくをしょうきょし」
「『ここに仕えます』」
「ここにつかえます」
頭の中の警告音が鳴る。じわじわと迫りくるような黒い何かが俺の思い出を美味しそうにむしゃぼりついている。それは、目も鼻も存在しない不思議な何か。そして、その最後に何かを食べたと同時に俺は意識を失った。
「あなたの名前はヘルモーズ。幻術と幻覚が得意な魔王直属の側近。母であるティアマトと共に異世界の人間を滅ぼす兵器。人を殺しても何も感情は生まれない。それが当たり前のことだもの。人間だったころの精神を馴染ませて一緒に勝手に我が王を殺した人間を滅ぼしましょう」
ティアマトはそう言ってヘルモーズの顔を見れば、口角を上げた。ヘルモーズの瞳が人間の精神だった瞳と連動した黒ではなく、ティアマトと同じように紫色になったからだ。
ティアマトが一歩離れれば、ヘルモーズを禍々しいほどの黒い渦がヘルモーズを包み込んだ。ヘルモーズの身体はその渦の中で変化していく。黒くて短い髪は変化し急成長するように伸びていく艶やかな長い髪。何もない頭に魔界特融の黒い角。鋭い歯と長い爪。黒い渦が消えるころには、最初の面影は無くなっていた。
「……………。お母さま…………。わたしを生んでくれてありがとう」
ヘルモーズがそう言えば、ティアマトは笑みを隠さないまま
「ようこそ、ヘルモーズ。私たちのところへ」
【アトゥム】
魔王を統括する人物。グインよりすこし高めのバリトンボイスを発している男性。
【ティアマト】
女性の科学者で、アトゥムに言われてヘルモーズの器を作ったが魂と精神が無かった状態で破棄する予定だったらしい。少女趣味。
髪が長いと言って切ったのだがその切ったのは、人と人との縁である。