入れ替わり立ち代わり
前回のあらすじ
キオリが無意識的に行動により吸血鬼と契約することになった。
吸血鬼。
本来の吸血鬼ならば、ニンニク、十字架、太陽といったものを嫌い夜になるとコウモリに化けて人の生き血を吸う不老不死の存在で主に映画などの創作でよく見かけられる設定が俺たちがいる世界ではそうなっていた。
だが、この世界の吸血鬼は基本的には血や辛い物以外の色が赤ければ赤いほど植物でも無機物でもその成分で栄養を摂取する場合が多く、吸血鬼は人間と同じ数だけ生まれその人間と契約を結び主従関係になるのを生きがいとしている。その主従関係になる場合は、相手が無意識的にとった行動により主従関係になり、そこで初めて名前を人間から与えられる。
というのが、この世界の吸血鬼の流れだ。カズキの主従関係になる予定の男性吸血鬼が渡してくれた本に間接に分かりやすくまとめた本を読んでいた。これを製造したのも小人族らしい。知識が豊富で俺としては羨ましい限りだ。
「それで君が戻る方法は、外の世界が夜にならないと元に戻れないんだ。朝だからとかいうのではなく、君が無意識的に行動をしたのは夜に行う行動だからということだ。丸1日はこちらにいると考えていいだろう」
と教えてくれた。
「夜限定で無意識的に行う行動か…………」
俺が無意識的にとる行動って一体なんだろうか? などと思っていると突然、瞼が重くなり始めた。重力に逆らえないぐらいに引っ張られている感じがする。
「ああ。外の世界が夜になって君が戻るころ合いだ。またお会いできることを楽しみにしているよ」
男性吸血鬼はニコリとほほ笑むとそのまま手を軽く振ったのを目にして俺はそのまま意識を失った。
「キオリくん!? 無事!? ケガはない!?」
誰かに揺すり起こされる感覚がして目を覚ますとスズカたちが俺をのぞき込んでいて、どうしたのかと声を掛ける前にスズカは俺の両肩を掴んでからそう言ってきた。
「スズカ。両肩が痛いから離れてくれ、そして落ち着け」
俺の言葉にスズカは渋々ながら従った。
「で、さっきの質問の答えだ。ケガは指定なし無傷だ。転げただけだからケガ何てどこにもないはずなんだが…………」
「いや、そうじゃなくて!! えーっと……………………? あれ? なんだっけ?」
「? 俺に聞かれてもって感じだが?」
スズカは少し首をかしげながら
「ちょっと戦闘でスズカのミスがキオリに向かってケガを心配しているんだよ。そうでしょ?」
「あー…………? うん。そうなんだ。ごめんねキオリくん。凄く焦ってて」
「そうなのか? ならいいが」
スズカは未だに首をかしげながら、その場から離れた。どうやら4番目の小屋に到着していたようで俺は背伸びをしてから
(で。これは契約には含まれていなかったはずだが?)
心の声でそう言えば、
≪それは、そうだとも。キオリと僕が契約をした瞬間に、記憶操作を行わなければならないんだ。カズキの吸血鬼がそう言っていただろう? 契約の内容によっては、口外するのを禁じたりする。それはどこの吸血鬼も同じなんだよ。だから、そのようにした。それにキオリもそう契約書に記したし、吸血鬼入れ替わった時の記憶も主人は記憶にあるのだろう?≫
脳内から聞こえる吸血鬼。ドーラは姿が見えないが何故かニヤニヤしていることだけは感じ取った。
(確かにそうだが…………。まぁいいか。ドーラ。キオリとスズカが吸血鬼と契約したら教えてくれ)
≪了解≫
吸血鬼の名前と契約したことで何のメリットがあるのかを訊き忘れたが、あとでいいかと俺は漠然と考えていた。
翌日。
4番目の小屋を後にしてからしばらく進むとスズカとキオリが同時に石に躓いた。
(なぁ。1つだけ聞いていいか? あの吸血鬼の住処は転ばないといけないものなのか?)
≪一応気絶するというのが利点だね? そうしないと向こうに運べないだろう? ただし一瞬さ≫
ドーラの言う通り、既に入れ替わったらしいスズカとカズキはすでに別人になっているらしくドロシー達が俺を庇うように相手を睨みつけていた。
「あー。ドロシー。この2人は害がないから警戒はせずに」
「害がないと何故わかるの?」
ラーシュは俺に怪しい視線を送りつつ首を傾げた。
「乗っ取りの場合、相手に気づかれたときは、早々に俺たちを殺すはずだろう? そうしないってことは、相手に危害を加えるつもりはないってことだ。油断させた場合、殺すってパターンもあるが、そこのところは戦闘経験が長いラーシュなら分かるはずだと思うんだが?」
と俺が言えば、ラーシュは腕を組んでから
「確かに。無防備な状態で武器を隠せるような場所や術も見当たらないとなると、アタシたちに危害を加えるつもりはないってのは分かるね」
「キオリもここに来てから成長しているからね。ああ、身長じゃないほうだよ?」
ラーシュの言葉にソフィさんも同意しつつ、何かを否定した。
「それは分かってるが…………。ドロシーも納得出来たか?」
「はい。警戒して少し損をしました」
俺の言葉にドロシーは落ち込んだ。
「ま、警戒するのに越したことはないからな。悪いな。2人とも」
そう言えば2人は笑顔で許してくれた。
「いやいや。気にしなくていいよ」
「君は気さくな性格なんだな」
そうだろうか?
「明日のこの時間帯には帰ってくるから安心してほしいよ。僕たちは彼女たちに危害を加えたりはしないからね」
とスズカの姿のまま違う声音で彼女はそう言った。
「シュレディンガーに着く予定なんだが、君達は街に入っても平気なのかい?」
ソフィさんは首を傾げると彼女は頷いた。
「もちろんだとも。僕たちは友好的な関係を築くことを目的としているからね。それで君達を驚かせてしまったことに僕たちは謝罪しよう」
そう言って彼女たちは俺たちに頭を下げたのを見てぎょっとしたラーシュは
「わわわ!? 確かに驚いたけど仕方がないことなんだよね? それにスズカとカズキが無事だってのは君たちが保証するんでしょ?」
そう言えばカズキの姿のままの彼が頷く。
「ああ。危害を加えることは僕たちでは禁止事項に入る。それに必要のない戦闘も好まないし暴力沙汰も簡便願いたい」
「あ、意外と平和なんですね」
彼の言葉にドロシーは意外だといわんばかりにそう言った。
しばらく会話をしながら進めばすでに夕方になり目と鼻の先に目的地である東の街。シュレディンガーにたどり着いた。
「ようこそ、シュレディンガーへ。確か平和組の勇者様ですね。話は伺っています。こちらに名前をお願いします」
俺たちは名前を書いてから
「ああ、すみません。ソルトって人います?」
「ソルトは、わたくしですが? 何か御用で?」
「2番目の小屋から3番目の小屋の間に柵が壊れていて、そのあたりのモンスターのボスに貴方にいえば柵を設置してくれると訊いたんですが」
「2番目の小屋と3番目の小屋の間の道…………。ああ。確かに報告を胡蝶蘭から承ってますね。分かりました。ありがとうござます。シュガー隊長。失礼します」
ソルトと呼ばれた門番はシュガーと呼んだ彼に敬礼をしながらその場から離れた。
「さすが平和組だ。風の噂で聞いたが、誰も気にしない場所を気にするとは優しい人たちだ。その優しさで1つ教えてあげよう。宿屋の場所は案外近いんだ。門をくぐってすぐの右手だ。シュレディンガーでよい1日を!」
シュガーと呼ばれた門番は俺たちに敬礼をして見送られた。
シュレディンガーは、農業の街だ。洋風なつくりの家には家庭菜園が出来るほどの広さで、どの家も家庭菜園を行っており、奥の方には野菜やらが遠目でも確認できた。
まず俺たちはシュガーと呼ばれた門番の言う通りに入ってすぐの右手にあった宿屋に入り宿帳に名前を記入した後、部屋に向かって今後のことで話し合うことにした。
【ドーラ】
キオリがつけた吸血鬼の名前。ドラキュラのドーラという単純明快な名前。