君には、感謝を。だから救ってくれ
前回のあらすじ
ハカセという人物から生前クローズ博士が使っていた日誌をキオリに見せた。
クローズ博士の日誌を何故、ハカセが持っているのかと口に出す前に、顔に出ていたのかハカセは口を開いた。
「クローズ博士の死後。クローズ博士の主張は正しいことであるという結果が、当時の博士の集まりと呼ばれる集団が調べた結果、分かったのだよ。それを一切信じなかったのは、先代の王様とそれに従える従者と先代の王様の信者など。まぁ、この世界の約3分の2がクローズ博士の言葉を信じなかったんだ。残り1割は、私たちのような研究者の他に、この世界の勇者などだ。クローズ博士の遺品整理を行った際のその日誌が出てきたんだ。いずれやってくるであろう魔王を救ってくれる人物に、この日誌を渡すことに決めていたんだ。だから、君がこれを受け取ってくれ」
その時のハカセの顔は、今でも忘れそうにない真剣な顔であった事を俺は、忘れたりはしないのだろうと思った。元の世界に戻れたとして記憶が継続されるかどうかさえ不明なのに不思議なものだ。
そのあとは、ハカセに平和組が住む世界についていろいろ質問攻めにされたりしたのだが、特に驚かれたのは、電気が使えるが魔法が使えないこととか、魔物やモンスターが居ないってところだろう。実際に信号機やら車やらを知らなかったみたいだからな。
「動く鉄とは、なかなかに興味深いな…………。実に興味深い。君たちの住む世界に行ってみたい知的好奇心もあるのだが、流石に魔法が使えないとなると不便だな…………。うん。やっぱりやめよう。私はこの世界で済む方が性に合っているかもしれないからな」
1人で提案して勝手に納得するという俺には、よく分からない性格をハカセはしているようだ。
片手に持っていたサンドイッチを食べ終えてから手洗い場を借りて手を洗ってタオルで拭いた後に、改めてクローズ博士の日誌を受け取ってから俺は、玄関の鍵を開けたハカセに向かってお辞儀をした。俺の突然の行動にハカセがどんな顔をしていたのかは分からない。顔を下げていたし、頭上に目がある、怪物でもないくただの人間だ。だから、ハカセの顔がどんなだったのかなんて知るはずもない。
「そうだね…………。君、上半身を起こしてくれ」
とハカセに言われて俺は90度に曲げた腰を起こしてからハカセの顔を見た。ハカセは穏やかな顔をしていた。
「何のお辞儀なのかは、あえて聞かないが、君がそれをするには、それ相応の理由があるのだろう? だが、お辞儀をするのは、私も同じだ。今まで分からなかった迷子族のことを、かなり詳しく訊けたからね。それまで、子供たちの証言だけじゃ、少し確信には至らなくて迷子族の研究を諦めてかけていたに違いない。だから、君にはすごく感謝しているのだよ。ということで、これはお互い様だ。君が話した迷子族のお駄賃として君にクローズ博士の日誌を渡すから、無くさないようにするんだぞ」
ハカセは右手で俺の左肩を乗せるようにそう言ってから
「さ。もうすぐ鐘が鳴る。民宿に泊まっているのだろう? 早く帰るといい。他の2人にも私からよろしくと伝えてくれると助かる」
にこやかな笑顔でそう言った。俺は、ハカセに今度は、口でお礼を言ったのち、ハカセの家を後にしたのであった。
宿泊している民宿に戻れば、既に、スズカとカズキの他に、ドロシー、ラーシュ、ソフィさんが戻ってきていた。
「おかえり。キオリ! 話は、スズカとカズキから訊いたよ。研究熱心な博士に連れられたんだって?」
そのうちの1人であるドロシーと目が合って、ドロシーさんは、どことなく楽しそうな顔をしながら近寄ってきた。
「あはは…………。迷子族のことでいろいろ訊かれていただけですよ」
「迷子族? ああ、木で出来た妖精のようなものでしょ? ソフィから詳しく訊いたよ。彼は迷子族の研究者だったの?」
ドロシーの言葉に俺は頷けば、ドロシーは納得した表情を浮かべながら
「あたしは、フォレスト・ティータイムの中心部にある噴水を見てきたんだ。あたしのいるところでは、なかなか見ない光景でね。お昼時を忘れてじっくり見入ってしまったよ。ラーシュは牧場にいて、ソフィは公園で散歩していたみたいだ。カズキとスズカは出店を見回っていたようでね。キオリは午前中はどこに行ってたの?」
楽しそうな顔というより興奮した顔だったか。と俺は、内心思いながらも、俺は午前中の出来事をかいつまんで話したら、話を聞いていたらしくソフィさんが途中から乱入してきた。
「ああ、そういえば。その話なんだけど。ホラさんが、君には感謝していると言っていたよ。彼女が突然公園に現れたから話を聞けば、君に怒られたことによるものだったからね。それに、彼女は面と向かって怒られるってことが一度もなかったらしいんだ。呆れられて放って置かれるというのが、ホラさんの日常茶飯事のようでね。キオリが面と向かって怒ってくれたから彼女は、それを踏まえて君に感謝をしていたんだ。面と向かって怒ってくれてありがとう。感謝するっていうのが、彼女からの伝言だ」
ということだ。それを聞いたドロシーは目を輝かせる。
「なるほど! 流石、キオリ。もしかして君は、困っている人は放っておけないお人好しの性格をしているのかな!?」
と興味深げに俺の顔とドロシーの顔の距離がほぼ、文字通り目と鼻の先ぐらいに近づけてきた、俺は後方に1歩さがりながら
「困っている人は放っておけないってのは、俺も同意するが、お人好しっていう性格じゃないぞ。事なかれ主義のような性格はしているかもしれないが…………」
と言ってみたのはいいものの、俺は、本当に事なかれ主義なのかどうかさえ怪しかった。自称、事なかれ主義だな。などと自分の思想に思いに耽っていれば、右の肩を軽く後ろから叩かれて振り返れば、スズカが心配そうな顔をしていた。
「キオリくん、大丈夫? 夕食にしようかって話になったんだけど、ボーっとしていたみたいだし。いろいろあったから疲れたとか?」
その言葉に俺はハッとして周りを見れば、民宿の入り口付近にいるのは、俺とスズカだけになっていた。
「す、すまん。少し考え事をしていてだな。体調は悪くはない大丈夫だ」
若干言い訳っぽいが事実である。スズカは、それに対して気にする様子もなく
「そうなんだ。今日は焼き魚料理だって。じゃあ、あたし。先に言っているね」
スズカはそう言って、出入口付近から去っていった。
気を使われてしまったようだ。気にしていないってのは、俺の嘘だ。俺が考えることなんて今までに何度か会ったそれを踏まえているのだろう。そう思いながら俺は右手で頭を掻くまえにハカセからもらったクローズ博士の日誌がまだ手に残っていたことに気づいた。無くさないようにと念を押されたのにその場で直してなかったことを思い出して、俺は内心、ため息をつきつつクローズ博士の日誌を四次元麻袋の中に仕舞い込んでから、手洗い場に向かった。
夕食と風呂を済ませたあと、窓際近くのベッドで、数十分ほど横になっていたのだが、何かを忘れているなと考えつつ四次元麻袋を開いたらクローズ博士の日誌を見てから、これのことだと思い出した。
俺はすぐにスズカたちを呼んで、数分して集まったみんなにクローズ博士の日誌を見せた。
「これは…………?」
というソフィさんの言葉に
「クローズ博士の日誌だ。昼食のとき、白衣を着た男性に連れていかれたのは知っているだろ? その時の話の流れでこれを俺に渡してきてくれたんだ」
俺は、午後にあった出来事を話せば、俺以外の全員が納得した表情を浮かべた。
「この日誌は、この異世界語で書かれているが、キオリは確か読めるようになったらしいね。一応、なんて書いてあるか聞かせてくれないかい?」
ソフィさんの言葉に、俺以外も懇願されて俺は、日誌の最初に1ページ目を開き読み始めることにした。
【クローズ博士の日誌】
クローズ博士が、魔王やブラックホールの研究を死刑執行日まで書かれている日誌。
【博士の集まり】
ハカセやクローズ博士が参加している博士の集まり。ギルドのようなもの。