異世界語への理解と懸念
異世界の言葉は分かっちゃったよ編。
古い本の修復を行ったりするのが小人だと西の街に住むメンカリナンさんに訊いたことがあるのだが、その他に、宿屋で見かける本を制作しているのも小人が行っていると訊いたのは、胡蝶蘭で再会したグリーバスさんの言葉だった。今、手元にある【よく分かる異世界語】という本の製作者も小人。小人が何故日本語を知っているのか一切不明なのだが、やることが増えたが、残り7ヶ月の間に分かればいいだけのことだ。
夕食も食べ終えてから、小人とトントン族について詳しく訊くことになった。元々、この異世界の事情は良く分かっていない。ただ、魔王を討伐してくれたらそれでいいという投げやり感が満載だったのを、何となくだがそう思っていたのだ。
街の住民はモンスターが強くなって困惑は、しているものの、不便さが感じられない。というより魔王が出現する100年前が非常に困惑していたように思う。だが、目に見えてないだけで、小さな問題がどこかで発生しているかもしれない。実際にトントン族が時計を製造しなくなってからは、時計が開発される前に使用していた今は、何時だということが明確に分かりやすくなっているのだが、時計で慣れていた習慣があるのか、つい時計を探してしまう仕草をしてしまうことは、西の街でも、北の街でも確認できた。
だが、俺たちは何も知らないのだ、ただ魔王を討伐してこいと言われて、それをするだけで、何かを成し遂げたのかと言われたら微妙なところだ。西の街の問題はソフィさんがいなければ、敗北していたのかもしれないし、北の街では、自称勇者一行が殴るのをやめなかったらと考えてしまうことがある。既に終わったことなのだが、自分たちが一体何の役にたったのかと問われても、その答えを持ち合わせていないのだ。
だからと言って、魔王討伐以外にも役に立つことがあるのかと言われれば、分からないのだ。ただ困っている人がいれば助けたい。それが魔王討伐だったというわけだ。
いや、これは、ただの言い訳だな。
話はそれてしまったが、いろいろ知っていそうなグリーバスさんに事情を詳しく訊いてみようという思いいたった結果が、これだ。
「トントン族ガ時計ヲ作ラナクナッタ理由? アクマデ噂ダガ、トントン族ガ元々、住ンデイタ所ニ、脂ギッタ男ガ突然乗ッ取ッタンダ」
「脂ぎった…? ソフィさん達を強制的にここに連れ出した男もそんな感じじゃなかったか?」
グリーバスさんの言葉に、カズキはそう尋ねた。
「確かに。そうだね。特徴までは訊いてないけど、そんな感じだったような……?」
「ン? ソフィハ、同時召喚ジャナイノカ?」
「あ、いいえ。ソフィさんの他にも6人ほど召喚されているんですけど、その人たちが、今、グリーバスさんが言った男によって強制的に召喚されたらしんですよ」
カズキがそう言えば、グリーバスさんは、腕を組んでから
「成程。モシ、トントン族ヲ追イ出シタ人物ト、ソフィ達ヲ半場強制的ニ呼ビ出シタ人物ガ同一人物ナラバ、死刑ニ値スルナ」
と真面目な顔でそういうものだから、スズカは驚愕して
「死刑!? いくらなんでもそれってやり過ぎじゃ……………」
と言えば
「コノ世界ニハ、アル程度ノ決マリ事ガアル。ソノ内ノ1ツ『土地ヲ奪ッテハナラナイ』ハ、死刑に値スルのだ」
「そ、そうなんですか…………」
ズイッと近寄り器用に指を曲げながら真面目な顔つきでいうグリーバスさんにスズカは残念だという顔をして返事をすればグリーバスさんは少し首を傾げた。
「どうかしましたか?」
俺は尋ねるとグリーバスさんは、
「気のセい。ダト思うノダが。こちらの言葉を喋ってないか?」
「……………………へ?」
「何を言い出すんです? 僕もスズカもキオリも日本語で喋ってますよ」
「なぁ、カズキ。俺も気のせいと思う、グリーバスさんは日本語を練習しているのは、ついさっき知ったよな?」
俺の言葉にカズキは首を傾げながらも頷く
「俺たちも、異世界語を勉強している。そこまではいいな?」
「うん?」
「グリーバスさんが、勉強していたと言ってもカタコトだったと思うだが、今は普通に喋っていた。しかも、俺たちが未だに、耳に慣れていない異世界語でだ」
俺の言葉にカズキは首を傾げたのち、腕を組んで暫く黙り込み、何かに気づいたようで、俺をみた。
「マジで?」
「大真面目だ」
スズカも理解したようで、納得していた。先ほどから違和感を持っていたらしい、
「ンー。デモ、聞き取りずらい所モアルし。いずれ、すっと入るだろ」
グリーバスさんは苦笑いをしながらそう言った。
確かに、所々だが、カタコトが混じっている。聞き取りずらい状況じゃ話しても何だしと、話題を終わらせて風呂へ入るように促した。
今まで不便だったことが幾つかあるうちの1つである言葉の壁。今まで、相手が日本語が喋れるか、スズカの手話での通訳をしていたりしたのだが、流石に不便がある。前者は、相手に申し訳ないという思いがあるし、後者は、スズカが手話で疲れてしまうということだ。言葉さえ乗り越えれば後は、異世界の文字を覚えればいいだけの話だ。できれば、同じ勇者候補の仲間の異世界語も習得したいところだが、贅沢すぎるだろうか。
風呂からも上がり、さっぱりしながら背を伸ばすと不意に肩を叩かれて振り返るとグリーバスさんは、笑顔で隣に座った。
「スズカとカズキは?」
「2人共疲れて眠っているよ。風呂から上がった後、イリルさん達から念話が逢ったみたいで。詳しい自事情は明日訊くことになってますけど」
グリーバスさんの問いに俺はそう返せば、彼は納得した。
「あまり憶測では、言いたくないのだが、キオリは、耳がいいのかい?」
「……………………どうして、そう思いましたか?」
「夕食の材料を買ってきた際に、君は、驚いていなかっただろう? カズキとスズカは驚いていたのに」
「………………それが?」
「たまにモンスターが部屋に居座っているときがあるんだが、その癖で足音や気配を消していたんだ。だからカズキとスズカは驚愕していた。だから、キオリは耳がいいと判断したんだ。違うのか?」
グリーバスさんは、俺を見据えながらそういうと
「……………………」
「……………………」
お互いのにらみ合いの上、降参した。
「そうですよ。俺、耳が昔からよくて。カズキとスズカには話しているんですけど、ソフィさんとラーシュにはまだ内緒にしているんで」
「それはどうしてだい?」
「………………ソフィさんとラーシュは異世界語が話せるのと同じ理由ですよ」
「なるほど。さて、涼むのもそこまでにして寝ますか。おやすみ」
「おやすみなさい」
グリーバスさんは立ち上がってから手を振ってグリーバスさんの寝床へと戻っていた。
さて、俺も寝るか。
翌日
朝食はベーコンと食パンと果汁100%のジュースだ。紫色のジュースなのだが、なんだこれ? ブドウ?
「これは、紫キャベツとブドウのジュースだ」
「紫キャベツ!?」
「お、おう」
カズキの言葉にグリーバスさんは少し引き気味に頷くと
「嘘だろ!? 炒めたやつしか食べたことがないぞ僕」
「それは、俺もだぞ。カズキ。まず紫キャベツは野菜だし。野菜ジュースしか飲んだことないぞ」
「あたしも、野菜ジュースなら飲んだ事あるよ」
「え、野菜ジュースってあのまずい?」
「嫌いなの?」
「嫌い」
カズキの好き嫌いが、若干激しいように思うのは気のせいだろうか。
「大丈夫か? カズキの奴?」
「ああ。驚いているだけですから」
途中までしか聞き取れなかったらしいグリーバスさんは心配そうな顔で尋ねるので、俺は苦笑いをしつつグリーバスさんに話をつけつつカズキを見てから
「んで、飲むのか?」
と尋ねれば
「……………………飲む」
数分間黙ったのち、カズキはコップを手に取った。