アルパン
いかにも不満ですと言わんばかりの顔をしながら、キオリは二千年ぶりの食事を摂っていた。
キオリが起きた時、ニ、三日か一週間ほど寝ていたのかという感覚で起きたのだが、食堂に向かうときに違和感を覚えた。
前まで無かったカーペットが敷かれてある。飾り気のなく地味な内装から一変して真新しいしくなっていた。所々ひび割れていた壁も修復されて前より明るくなったような気がする。
そこで、キオリはもしかして一ヶ月以上眠っていたのではないかという考えに至った。ニ、三日か一週間程度で内装が一新するはずがないと結論に至り、じゃあどれだけ眠っていたのかと困惑した表情を浮かべながら食堂へ向かった。
食堂には今までなかったシャンデリアの他に、白色のテーブル掛けの中心に小さな花瓶に入った色とりどりの花に観葉植物と風変わりであった。
「驚いたかな? キオリくん」
キオリが座っている前の席に腰を下ろした女性はキオリを見ながらそう言った。
「おはよう。と言ってももう昼過ぎているんだけど、体調の方面はどう? キオリくん」
「え……いや、まぁ。大丈夫ですけど……あなたは?」
いきなり話しかけてきた女性に困惑しながらキオリは慎重に恐る恐る尋ねれば、彼女は目を見開き数回ほど瞬きを繰り返してから
「あぁ……そう言えば、そうだったわね。忘れていたわ。あたしは、貴方を見たことがあるし名前も周りから聞いていたから知っているけれど、キオリはそうじゃないものね。そうよね」
と独り言のような感じで勝手に納得してから、真面目な表情に戻してキオリの方向を見た。
「初めまして、キオリくん。あたしはアルパンよ。魔王を務めているわ」
キオリは訝しげに首を傾げた。
「魔王? アフラ・マズダーさんではなく?」
キオリはそう問いかければ、アルパンは両手の指を重ねるように合わせてから
「キオリくん。実は、貴方はあれからちょうど二千年寝ていたの」
と言えば、キオリは驚愕した。
「に、二千年!? え、俺そんなに眠れ……?」
驚きを通り越して混乱しているキオリをアルパンは落ち着かせるようにしてから
「驚くのも無理はないわ。ユグドラシル大樹の時に血を流しすぎたのとヘルモーズがキオリのサポートに回ってくれていたみたいで、ただ単に体力の消耗と疲労が重なって二千年ほど眠ったのよ。エリゴスもリグレット洞窟にいた際に寝ていたのと同じ理由よ」
「ヘルモーズが?」
キオリは意外だと言わんばかりの表情をアルパンに見せた。
「ええ。今の支配下は貴方で、今まで傍観の姿勢をしていたみたいだけれど、今回のユグドラシル大樹での出来事は流石に放っておけない状況になっていたのよ。キオリが寝ている時にヘルモーズがユグドラシル大樹での出来事を事細かく教えてくれたわ。無自覚の用だから話すのだけど、寝ている時にヘルモーズが動いていたわ。体力が回復したのは、ヘルモーズが先。でも二百年の差ぐらいしかないわ」
アルパンの言葉にキオリは項垂れた。
「でも、気を付けた方がいいわ。ヘルモーズが目を覚ましたということは、貴方の精神面が崩れかけているということだから」
アルパンのその言葉にキオリは疑問を呈した。
「? それは、どうしてだ?」
「おまたせしましたー。今日の昼食でーす。あ、キオリさん! お久しぶりです。おはようございます!」
食堂を切り盛りしている4姉妹の一人であるザラはキオリに気づいて笑顔でそう言った。
「あー。うん。おはよう。と言っても俺にとっては、そんな感覚ないんだげどな……」
俺は苦笑いしながらそう言えば、ザラは
「仕方がないですよー。眠っていましたから。魔王様も今日も麗しいですね」
「ありがとう。ザラ」
ザラの言葉にアルパンは笑顔を見せればザラは頬を少し赤くなりながら
「はぅ……艶ややかしいですぅ……」
と口調まで崩れて、今回の昼食のメニューをテーブルに置いた後去っていった。
昼食はサンドイッチであったのだが、キオリは起きたばかりということもあり、ふやかしたパンを食べることになった。
「ゆっくり食べた方がいいわ。よく噛んで、刺激を与えずに食べればそれでいいわ」
アルパンは世話焼きのようだとアルパンは思ってから
「分かりましたよ。先ほどの質問にまだ答えてもらってないんで。後で話し合いましょう」
キオリはそう言えば、アルパンはいい笑顔で頷いた。
世話焼きアルパンは、キオリが食事中でもネチネチと言って来た。キオリは、流石にうるさいなとは思ったものの二千年眠り続けていたこともあり体力がなく、口に出すのにも体力がいるので、ぐっとこらえた。今は体力をつけるのが先決である。
「あとで、貴方の部屋を綺麗にしたいのだけどいいかしら?」
ごちそうさまと食べ終えてからアルパンはキオリにそう尋ねた。
なんでも魔王城全体を改装工事を行ったらしく残りしていないのは、現在キオリが使用しているヘルモーズの部屋であった。
「別にいいですけど、ヘルモーズには何て言ったんだ?」
「ヘルモーズは、構わないけど、キオリにも尋ねたらどうだって。両方の同意がないと工事は始められないでしょう? 部屋の内装はヘルモーズの要望で通すけど、いいかしら?」
アルパンは再びそう尋ねたので、キオリは部屋の内装がヘルモーズのものになるならと同意した。
「キオリくんの仕事は、体力づくりよ。魔力測定も行いたいのだけど、これも体力がいるから。それと……って、流石に世話焼き過ぎたわね。これ以上は苦情が来そうだからやめておくわ。前魔王のアフラ・マズダーからの伝言を預かっているわ。割り出せたが長期戦になる可能性が高いから気を付けろ。だそうよ。それじゃ」
キオリを部屋まで送り届けたアルパンはアフラ・マズダーの伝言を言い終えると、さっさとその場から立ち去った。
体力をつけるのに無理やり動かして疲弊してしまう可能性も高いと言われたキオリは、部屋に入ってから魔界に来てから初めてやるラジオ体操第一をやった。
「準備運動でも、結構体力使うな……」
二千年分の運動不足が今になって現れたようでキオリはラジオ体操第一をやっただけなのに、息切れをしていた。
「もう少し蓄えないとな……」
キオリはここに誓うのであった。
それから、キオリは、食事と運動をこまめにやった。夜は十分に睡眠をとるようにしているのだが、ヘルモーズが動いているのであろう全然寝た気になれなかった。
どうやらヘルモーズも運動を行っているらしくその証言はシャプシュから訊いた。
「そう言えば、キオリ様。夜中に歩くなんて毎日頑張っているのですね!」
期待した眼差しを向けられたキオリは、どうもこうのは言えなかった。