ユグドラシル大樹
いつ殺されるか分からないからという理由で、キオリは最高上位幹部とトールとティアマトの誰かと同伴して行動するように言われた。特に外出に関しては、念を押すように何度も言われたのだが、キオリ自身は、それに対して子供ではあるまいしそんな大げさなとは思っていたのだが、既に首に絞められた痣が出来て、それをティアマトとトールに見られている以上は、文句を言ったところで叱られるのが目に見えていた。
もちろん、誰が敵なのか分からない状況なので、魔王城内にいる時は、明らかに分かりやすい近づきすぎないことでアフラ・マズダーさんと最高上位幹部とトールとティアマトが話し合った結果をキオリに伝えれば、キオリは複雑そうな顔をしながらも頷いた。
キオリは、ティアマトに頼まれていたユグドラシル大樹近くにある泉で水を組むことを思い出し、暇を持て余していたトールに事情を説明し一緒に行こうと言えば、トールは元気よく頷いた。
「ユグドラシル大樹ってどんなものなんだ?」
ユグドラシル大樹というのが、実際に目にしないとどんなものか分からない。大樹と言っているんだから、よほど大きい物だろうと想像は付く。
「戦闘部隊長のアウラさんから訊いたんだが、ユグドラシル大樹は、ヘルヘイムが荒野状態になってから過去4000万年間一切、生えなかった植物の内の1つが今はユグドラシル大樹と呼ばれる大樹なんだ。過去はは9つの国があったらしいんだが、魔族と天族、そして人間の為に1つにしたのが今のヘルヘイムだ。ユグドラシル大樹がある場所は、ユグドラシルと呼ばれる国にあった大樹なんだ。その名残でユグドラシル大樹と呼ばれているんだ」
と最初に名前の由来をトールは丁寧に教えた。
「ユグドラシル大樹の大きさは、三千四百m前後だと言われている。正確な大きさは測ったことがないらしいから、あくまで目測の範囲だ。太さは、キオリが両手を思いっきり広げて二十人分前後ぐらいにはなる。ティル・ナ・ノーグではよく見かけるが、ヘルヘイムでは見かけない植物や小動物が沢山生息しているし、空気も美味しいんだ」
トールは、まるで自分の息子を自慢するかのように得意げな顔でそう言った。
ユグドラシル大樹は魔王城を北西に二十km先にあるのだが、今回は馬車を使っての移動のようで、シマウマ柄で茶色の毛並み、紫色の瞳をしているキオリが知っているシマウマよりかなり異なる馬が2頭いた。馬車の荷台には、木で造られた籠が二つ。その中には大量のニンジンが大盛りに積まれてあった。
「この馬の品種名は知らないが、名前はある。左がサンダーで右がサンダー二世だ」
サンダーとサンダー二世。
「…………親子か?」
「いや、赤の他人だが。何故かそうなっているんだ」
キオリの言葉にトールは首を横振ってから呆れるように明後日の方向を向きながら
「両方雄で、当時は何故か雌だと勘違いされていて、可愛い名前にしようってティアマトさんを含めた女性たちで話し合っていたんだが、その実力主義者で効率重視のであった3代目の魔王であるアンシャルという人物が、子供が生まれたその日に名前を即決してしまったらしくてな……。丁度その時雷なっていたからっていう理由でサンダーということらしい。雌なのに雄の名前を付けたと最初は不平不満の嵐だったんだが、当時、馬の世話をしていたバルバトスさんが、両方雄だって確認したらしくてな」
トールは、そう言って乾いた笑みを浮かべながら明後日の方向を見た。
「ただ、名付けがなぁ……」
とアンシャルさんのネーミングセンスに不満があるらしく肩を竦めながら文句を垂れ流していた。
「なら、トールは、どういう名前にするんだ?」
「あずきとアズキ」
「……………………は?」
「あずきとアズキ」
キオリは思いだした。そう言えば、トウヤは独特的な破滅的命名をお持ちだったのだが、それは前世からだったのかと。ヘルモーズの名付け親でもあるトールなのだが、その時にまともに名付けてもらえてよかったと俺は心の中で安堵した。
運転手は俺とトールの交代ずつで行うことになった。片道三時間の移動を費やすことになるらしいので、必要な荷物を荷台に詰めた後、いざ、北西にあるユグドラシル大樹へ出発することになった。
ユグドラシル大樹への道は北西の為迷うことは滅多にないらしいというのをトールから訊いた。
「ここからでもユグドラシル大樹が視えるぞ。ほら、あの山のような深緑が視えるだろう? あれがユグドラシル大樹の高い部分だ」
トールは嬉しそうに微笑みながら右手を前に出してから指示した。
「? あ! あれか!」
目を細めながらトールが指示した方向を見れば、確かに山のような形をしたものが視えた。なるほど、遠くからでも分かるぐらいユグドラシル大樹は大きいのがよく分かる。
「指定された道を通ればモンスターは襲ってくることはないから安心して欲しい。何、不安がることはない」
とトールは語ってくれたのだが、余計なフラグが立ったように思って思わず困惑した表情を浮かべてしまった。
それを口に出すべきか迷っている間にも馬車が止まることはなくユグドラシル大樹へ向かっていた。
フラグは回収するものとはよく言ったものだ。
指定された道に向かっていたはずだったのだが、どこでどう違ったのか指定された道とは全く別の方向へ進んでいた事が馬車全体にモンスターが囲んでいる時で、既に時遅しである。
肝が据わっているのは、モンスターに囲まれても暴れないでふんぞり返っているサンダーとサンダー二世だけである。特にサンダー二世は欠伸をしているほどである。緊張感がないのか警戒心がないのかと考えてしまった。
「魔力で退治してもいいんだが、戦闘禁止なんだよなここ」
「え、そんなのがあるのか?」
どうにかしてモンスターを撃退できればと思い、魔法を繰り出そうとしたその時にトールに止められてからそう言われて俺は驚愕しながらトールに尋ねたらトールは頷いた。
「魔族は基本的に戦闘を控えるのが魔界の掟であるんだ。過去に起きた戦争によって魔界の約半分が焼け野原になったと言われている。その主な原因とされている俺たち魔族の固有能力は最高上位幹部を終結すれば大陸を滅ぼしかねないといわれるほど強力なんだ。で、魔力に関して何だが魔力に固有能力が上乗せされた状態で発動してしまうんだ。ヘルモーズの固有能力は幻惑に近かったはずだから馬車に飛び火する可能性が否めない」
とトールは苦虫を嚙み潰したような顔をしつつそう言った。
「え、じゃあ、どうするんだよ? モンスターの言葉なんてわかるのか?」
「分かる分けないだろ」
≪ダガ、オマエハ、ワカルダロ?≫
脳内に響く声に俺は一瞬だけ身体を跳ねらせた。そりゃあもう分かりやすいぐらい跳ねたのだろう。俺としてはトールに分かりづらいようにしたつもりだったんだが、すぐに気づいてから
「? どうしたんだキオリ?」
「いや……何でもない。少し緊張して気が張っているだけだ」
脳内に声が聞こえたと言ったら何を言われるかわかったもんじゃないので、黙っておくことにした。事態が収束したら話そう。
≪オマエ、オレタチノコトバ、ワカルダロ≫
脳内に響くような声の二度目。一度目は分からなかったが、少し低く、何重にも重なって聴こえた。
返事をしたいのは山々なんだが、どう返事をしようかと悩んでいると
≪ヘントウノシカタガ、ワカラナイノカ? イマ、カンジテイルカンカクデハナストイイ≫
難易度高いことを言ってくるな……。今、感じている感覚で話せって……。えーっと……
≪こんな感じか?≫
≪シュウトクガハヤイナ。ソウダ≫
まさかのこれだった。脳内に響いている声は、入浴しているときに響く音に近かった。それを口に出しているのだが、口から音そのものは出ないだけで口で動かしているだけとなる。なので
「キオリ? いきなり口を開いて何してんだ?」
トールがいきなり口を開いた俺に不審がって尋ねてくるわけである。
【ユグドラシル大樹】
高さが三千四百mもある大きな大樹で二十㎞離れている魔王城からでもギリギリ視認することが可能である。
戦争時代の時の名残で樹齢は不明。そこにある湖はヘルヘイムやティル・ナ・ノーグでは重宝されている。
【アンシャル】
三代目の魔王でネーミングセンスはないが観察眼はある。
【サンダーとサンダー二世】
シマウマ柄の茶色の毛並み、紫色の瞳をしている。両方雄。