ゴエティア
前回のあらすじ
香料会の開催
香料会による料理教室は、大好評により幕を閉じた。
アルスヤラルユルさんは、シャプシュさんを見かけてから
「やあ、シャプシュ。隣にいるのがキオリかい?」
と俺に探りを入れるような目をしながらシャプシュさんに尋ねれば
「ええ。そうよ」
シャプシュさんは、それを理解した上で、頷いた。
「どうも、初めまして、アルスヤラルユルさん。手紙ありがとうございます」
俺は、アルスヤラルユルさんにお辞儀をしてそう言えば、アルスヤラルユルさんは左手を差し出してきた。俺は反対側の手でアルスヤラルユルさんと握手を交わせば、アルスヤラルユルさんは、何故か眉間に皺を寄せてから
「お前、何があった?」
と聞かれた。
「何があったというと?」
俺はわざとらしくボケて返答すれば、アルスヤラルユルさんはそれを看破して
「ここでは、話せない内容なのか? それとも何を隠す必要がある?」
「そ、それは…………」
俺が返答に困っていればシャプシュさんは
「キオリ様。何か隠し事があるのですか?」
俺の顔を覗き込むように尋ねてきた。
「……………………」
それに対して俺は、目を逸らした。
魔王城内に裏切り者がいて、なおかつ俺を狙っている。
そう話せば、どれだけ楽になるか…………。だが、裏切り者がいると知った時点で、俺は殺されることになるんだぞ。ただでさえ、リグレット洞窟とメル・マグ管理図書の地下空洞の犯人を言い当てただけで殺しに来るような奴だぞ? それを相手に教えてみろ。その人物を殺すに決まっている! いや、そう決定されたものではないが、そうするような気がするという想像だけだ。実際に殺したわけじゃないが、安易に話せるようなものじゃない。
そんな俺の心境など知るはずもないアルスヤラルユルさんは、俺に立て続けに質問をしてきた。
「内密にするようなものなのか? それとも気まずい話なのか?」
「そこまでにしろ。アルスヤラルユル」
そう言って来たのは、アフラ・マズダーさんである。
まだ食堂に残っていた他の魔族たちは、その場にひれ伏した。ひれ伏していないのは、俺と天族だけである。
「アンタは、ゾロアスター所属のアフラ・マズダーだったな。キオリと俺たちは仕方がないとはいえ、他の奴らがひれ伏すってことは、今回の魔王はアンタってことか」
アルスヤラルユルさんは、アフラ・マズダーさんを睨むように俺に質問した声音より2オクターブぐらい低くなった声音でそう言った。
「それは、仕方がないというものだろう? アルスヤラルユル。魔王城は、その名の通り魔王が存在しないと崩壊することが決まっているのでな」
アフラ・マズダーさんも、若干眉間に皺がよりつつそう言い放ってから
「アルスヤラルユル。香料会は無事終わったのだろう? メル・マグにいるミカエルが、香料会についての報告を待っているはずだぞ。彼女は気が長くない性格だと私は思っているが?」
と煽るようにそう言った。
「っち。今日のところは引いてやりますよ。お邪魔しました」
盛大な舌打ちをアフラ・マズダーさんにしたアルスヤラルユルさんは、アフラ・マズダーさんを睨みながら顔を背けてそのまま食堂から出て行った他の天族も、状況は飲み込めないままお辞儀をしたあと食堂から出て行った。
それを無言で見送ったアフラ・マズダーさんは、溜息をつきながら両手を2回ほど叩いた後
「横やりを入れて申し訳なかった。所要のあるもの以外は、食堂の片付けを手伝うように」
そう言った後、食堂から出て行った。
俺は食堂の手伝いを少しだけ手伝った後、幽霊のような人物と会話することを思い出し、シャプシュさん達に、深く謝罪してから食堂を早歩きで出て行った。
アフラ・マズダーさんが出て行ってから、魔族は俺に何かしたのかという疑いの目を向け始め、気まずい雰囲気になりつつ片付けに参加していた。騒がせた詫びのつもりだったんだが、なんでまだいるんだよ。という冷酷のような視線を浴びせられたままだ。
シャプシュさんやティアマトさんもその視線の参加者だったこともあり、誰一人と会話しないまま非常に居たたまれなかった。
所要があったことを思い出して、逃げるように抜け出したのは、タイミングが良かったと言うべきか。
ヘルモーズと書かれた部屋に戻れば、幽霊の彼は椅子に座って寛いでいた。
そのことに思わず、呆れてしまったが、心のもやもやしたようなよく分からない感情は消え失せた。
俺は扉を閉めてさらに鍵をかけてから外部に漏れないように音量遮断魔術を掛けてから
「よう。待たせたか?」
と挨拶すれば、彼は俺を見てから
「やあ、待っていたよ」
朗らかな笑みでそう言った。
「それにしてもこの部屋は凄いね。君の物なら何でも触れられる。普段ならすり抜けられるはずなのに、扉から椅子、机、ベッドなど君が触れた物限定で通り抜けが出来ないとは僕は驚きが隠せないでいるよ」
彼は興奮しながらベッドにダイブしつつそう言った。
「俺限定って…………。例えば、俺がフォークをもって果物を刺す。そして抜く。その場合だと触れたことになるのか?」
テーブルに置いてあった果物とフォークで実験しつつ尋ねれば、彼はベッドから起き上がってからそれをためらいなく触れようとしたがすり抜けるように空を切った。
「無理のようだ」
知ってたという顔をしつつ彼は、悲しそうに眉根を下げていた。
どうやら、彼が触れられるのは俺が直接触れたもの限定のようだ。
「それで、僕に何が訊きたいんだい?」
「その前に、アンタの名前を俺は知らないんだが…………。いつまでも二人称じゃ不便だろ」
俺がそう言えば、彼は頷いた。
「確かにそうだ。僕は君に名乗ってすらいない。僕としたことがすっかり忘れていたよ」
そう言って彼は咳払いしてから
「僕の名前はゴエティア。魔界の誕生から今までを記録する概念姿形は魔族の想像で構成されているよ」
彼、いやゴエティアは笑顔でそう答えた。
「ゴエティアか。よろしくな」
俺はそう言って手を差し出せば、ゴエティアは嬉しそうに微笑みながら手を差し出して握手を交わした。
「さて、僕に何を知りたい?」
「初代の魔王がこの世界に強制的に召喚された時にこの世界に初代救える者がいると訊いたんだが、その人物はどういう人物なんだ?」
俺が真面目な表情でそう言えば、ゴエティアは
「なるほど。知らなくて当然だ。この世界に召喚された勇者候補は、元の世界に帰還する際に、異世界アトランダム帰還術式を使用するけど、その際に生じるデメリットは、この世界と魔界に関する記憶は、全て消去。ということになる。正直に言うと初代救える者は、平和組に最も関係性が深い人物なんだ。だから、平和組が再び異世界アトランダム召喚術式によってこの世界に召喚されたんだ」
「関係性の深い人物?」
ゴエティアの言葉に俺が首を傾げるようにそう言えば、ゴエティアは頷いた。
「正確に伝えると、キオリの母親、カズキの母親、スズカの父親が初代平和組だよ」
「……………………はぁ!?」
思わず驚愕する。
「いや、ちょっと待って、どういうことだ!? 母さんとカズキの母親とスズカの父親が初代平和組!? 記憶が消去されているとはいえ、なんで、そんな開きがあるんだ!?」
音量遮断魔術を使用して正解だった。外に漏れていたらますます怪しい奴になってしまうからな。
「この世界と魔界と平和組がいる世界の時間の流れは違うものなんだよ。この世界と魔界の1年は、平和組がいる世界で経った1時間なんだよ。平和組がいる世界で1年は、この世界と魔界で8760年経っていることになっているということなんだよ」
【ゴエティア】
魔界誕生から今まで記録している概念そのもので姿形は現在の魔族の想像によるもの。魔族の入れ替えによって姿形は異なる。
【異世界アトランダム帰還術式】
異世界アトランダム召喚術式によって召喚された勇者候補は、元の世界に戻される際に、その世界で起きた出来事を消去された状況で帰還させられる。
【初代平和組】
キオリの母親、カズキの母親、スズカの父親のこと