香料会
前回のあらすじ
侵入者がいるぞ
謁見の間からシャプシュと一緒に出て帰っていた俺は、アフラ・マズダーさんの言葉を訊き、真剣に悩んでいた。
「彼って以外と気さくでしたね。キオリ様。あたし、彼のファンになってしまいそうです! あ、ですが安心してくださいキオリ様。そう易々と心変わりするほど安い女ではありませんので!」
時間が動き出してから、アフラ・マズダーさんは、シャプシュさんに今後の活躍を期待することと、今度メル・マグのお土産を期待しているという声かけと、俺の活躍を期待しているということで表面上は、それで終わっているので、シャプシュさんを見る限り彼女は、アフラ・マズダーさんが時間を止めたということを全く知らない様子であった。
この魔王城内に裏切り者がいる。
その言葉を訊いた翌日。俺は不用意に外出をするのを避けるようになりたいと思うようになったのだが、突然引きこもると返って不信を抱くかもしれないという結論に至り、何もない日常を送るようにしていた。
そんなことを繰り返して2週間ぐらい経過した時に、シャプシュさんに連れられて俺は、香料会に参加していた。
香料会。表向きは調味料の風味である香料を知ってもらおうという宗教の名をかぶった普及活動なのだが、本当の目的は、外族の信仰者を広げるという目的があったりする。
「おや、シャプシュじゃないか。君が香料会に参加するのは珍しいじゃないか」
シャプシュさんに声を掛けたのはアラルさんである。
アラルさんは俺に右手を軽く上げるように挨拶をした。
「以前、メル・マグに立ち寄った時に香料会の設立者でもあるアルスヤラルユルに出逢って、意気投合をしたの。それで、キオリ様を普及していたら興味が出たらしくそれで彼に招待状を渡したのよ」
シャプシュさんは、俺と話す時とは違い友達と会った感じに気さくに話していた。
「なるほど」
アラルさんは納得して、一緒に香料会がある食堂へ向かったのである。
食堂には、既に20人ほどの魔族がいた。中には、トールとティアマトさんや、アスモデウスさんもいた。
「今回は、男子が少し多いな。7割が女性たちだらけだな」
とアラルさんは、入るなりそう言ってから俺を見て
「いつもは、1割にも満たないんだが、その理由は耐久レースという、競技が魔王城内で任意参加として参加していることがあるからなんだ。あっちは男性が9割以上占めていている。だが、今回は耐久レースは、キオリがメル・マグに行っているときにちょうど行われていて、既に終わっている。それに、香料会は不定期、しかも久々の開催だし特に行事ごともないから参加する男性が多い。食堂の端にいるコック姿の彼らが料理長と調理しだ」
そういって食堂の端をみれば、紙とペンを持っている料理長らしき人とその料理長に話しかけている男女が数人ほどいた。
「料理長の周りにいるのが、料理長の弟子だ」
とアラルさんは、小声で教えてくれた。
アラルさんとシャプシュさんは、他の人達に挨拶をしてくると言って俺から離れて言ったと同時に1人の男性がこちらにやってきた。
「やぁ。君が、キオリだね? と言っても君が僕を知らないのは、無理もないさ。僕が一方的に君を知っているだけだからね。だから、僕は君に自己紹介をしなければいけない。そうだね。うん…………やっぱり、やめておこう」
要領を掴めない変な男性は、独り言なのかそうでないか判断が付かないぐらいの声音で俺を見ながらそう言っている。
俺が困惑の表情をしていれば、彼は、両手を俺の前に押すようなポーズを取りつつ怪訝そうな顔を浮かべた。
「ああ、駄目だ。駄目だ。キオリはそんな顔を浮かべてはいけない。そうだろう? 何を困惑しているんだい? 呪いに関してかい? それとも、ぼ・く?」
ちょっとイラっとしてしまうが、俺はその感情を抑えつつ
「俺に話しかけておいて随分一方的だな?」
そういえば、彼は驚愕して
「僕が見ているのかい?」
「は?」
「キオリ様? どうかしましたか? 突然大きな声で、機嫌が悪いのですか?」
シャプシュは困惑した表情を浮かべながら俺の方向へ来てから尋ねてきた。
「いや、俺はそいつに」
と言ってその方向を見てから指をさせば
「そいつとは、誰の事を言っているのでしょうか?」
「彼女には、僕が視えてはいないよ。ほら」
彼はそう言ってシャプシュさんの頭を触ればすり抜けた。
「うぁっ!?」
「!? 本当にどうしました!?」
俺の声にシャプシュさんは驚き、再び尋ねてきた。
「いや、すまん。その…………まだ、寝ぼけているかも知れない。かおをあらわなければー」
最後のほうだけ棒読みになったのを気にせず俺は、そいつの手首を握ってずんずんと歩いてから人が通らない場所まで移動してからの認識阻害魔術を掛けてから
「あんたは、幽霊か何かか?」
「ゆうれい? ああ、この状態の事を言うんだね? それは違うと否定させてもらうよ。僕は、概念さ」
「……………………」
「そんな呆れた顔をしないでくれよ。実際にそうなんだよ。僕は概念そのものなんだ。ああ、でもキオリが思っている概念ではなく、その…………なんというか、魔族が想像した人物像がこの僕なんだよ。つまり創造物による架空の人物。そう捉えてくれると嬉しいと僕は思っているよ」
こいつの言っている意味がよく分からない。
「つまり、どういうことだ?」
「分かりやすくいえば、透明人間みたいなものかな? 魔族の誕生してからずっといるけど視えている人物に逢うのは、キオリの他に1人いたかな」
えらく長くいるんだな。
「ん? 1人?」
「そうだよ。初代救える者の1人が魔界に来たことがあるんだ。それも不本意でね。その時に僕と会話をしたんだ」
初代救える者は、今も謎が大きい。それを紐解くチャンスがあるな
「あー…………なら、香料会の後にヘルモーズの部屋に来てくれないか? そこで詳しく話を訊きたいんだが」
「もちろんいいとも」
そいつと別れた後、俺は認識阻害魔術を解いてから再び食堂に戻れば
「キオリ様。もう大丈夫ですか?」
「ああ、顔を洗って来たから平気だ」
シャプシュさんが不安そうな顔で詰め寄ってきたので俺は笑顔を向ければ、シャプシュさんは安堵の表情を見せた。
そして、周りにも迷惑かけたので謝罪すれば、食堂にいた魔族たちは、笑顔で大丈夫だよと答えてくれた。
数分して天族が10人ほど入ってきて、楽しい料理教室が始まった。
今回作る料理は、転生冒険者が好んで食べるというお手軽簡単料理。サンドイッチである。
「使用する材料は」
と材料を説明しているのが香料会の設立者、アルスヤラルユルさんだ。目つきが悪いのが印象的だが、優しい声音で材料を説明していく。誰でも手軽に作れるものが前回の要望で多かったものを取り上げたようである。
「まず、ムシュマシュを」
アルスヤラルユルさんの言葉を聞きながら俺は、過去のことを思い出した。
異世界に転移するまで、俺は料理をしたことがなかった。両親が作るそれが当たり前だったからだ。異世界に転移してからは、必要最低限の料理は覚えようと、スズカに料理の事について尋ねた時がある。
「スズカのところは、母親とか父親とか料理はしないのか?」
そう言えば、スズカは何が可笑しかったのか笑いながら
「あはは、ごめんね。キオリくん。あたしの両親は、仲良く料理するよ。あたしが進学する場所は、実家より遠いんだ。それで1人暮らしをするなら、料理を覚えろって両親に叩き込まれたの。特にお父さんが料理研究家で、味には厳しくてね。だから、料理はある程度は作れるんだ」
と少し涙目になりつつそう教えてくれた。
俺はその言葉に納得しつつ
「そうだよな。いつかは実家を離れる時がくるよな」
と元に戻った時を思い出して感傷に浸っていれば
「うん。そうだね。って、キオリくん! 焦げてる、焦げてる!」
「うぉ!? マジだ」
その料理は焦げているものの、美味しくは出来たが、再チャレンジがいつ来るか、魔界に来てからは未だに不明である。
【謎の男性】
キオリしか見えていない人物で魔族が創造で作り出した架空の人物像みたいなもの。
本人曰く、概念そのもの
【ムシュマシュ】
魔界に存在するジャガイモのこと